◆ はじめに
私は今でも、京都や奈良のような静かな古都をゆっくりと散策したいと強く思っている。しかし近年は、海外からの観光客の急増によるオーバーツーリズムの影響で、人気の観光地をどうしても敬遠してしまうことが多くなった。
オーバーツーリズムとは、観光地の受け入れ能力を超える観光客が押し寄せることで、地域住民の生活環境や自然・景観に悪影響が生じる状況を指す。古都のように人気の高い観光地では、地域側だけでなく、訪れた観光客自身の体験価値までも損なわれてしまうという深刻な問題を抱えている。
2022年10月、日本政策投資銀行と日本交通公社が共同で実施した「海外旅行したい国」のオンライン調査(対象:海外在住者約7,000人)では、世界31の国・地域の中で日本が第1位となった。コロナ禍後に“最も訪れたい国”として日本が選ばれたという事実は、今後さらに多くの観光客が日本を訪れる可能性を示しており、京都のようにオーバーツーリズムに悩む地域が増える懸念がある。
観光地はコロナ禍で大きな打撃を受けたため、海外からの観光客によって一時的に潤う側面もある。しかし、やがてはオーバーツーリズムによる弊害──住民生活の悪化、観光資源の劣化、そして経済的損失──に向き合わざるを得なくなる。これらは複合的に影響し、地域に深刻な負荷をもたらす。
これは決して“対岸の火事”ではない。私たちシニア世代にとっても、旅行は人生の大きな楽しみのひとつである。もし訪れたい場所がオーバーツーリズムによって魅力を失ってしまうとしたら、これほど残念なことはない。

そこで私が提案したいのは、シニア世代が旅先として積極的に選ぶべき場所として、日本が誇る 国立公園・国定公園 を挙げたいということである。
若い頃の旅先は山岳やスキー場などアクティビティ中心であり、子どもが生まれてからは遊園地や水族館、動物園など、子どもが喜ぶ場所が大半だった。自然公園に足を運んでも、当時の娘たちはあまり興味を示さなかったため、十分に楽しむことができなかったのも事実である。
しかし、リタイアして気の向くままに旅ができるようになった今こそ、自分たちが本当に興味を持つ場所を選ぶべきだと思う。国立公園・国定公園には、大自然が創り出した景勝地が数多く存在し、温泉地が指定区域内や周辺にあることも珍しくない。環境保護の観点から指定区域は広大で、太古の自然が残る場所も多い。立ち入りが制限されている区域もあるが、裏を返せば観光客で混雑することがほとんどないということでもある。
そう考えると、国立公園・国定公園を旅先として選ばない理由は見当たらない。シニア世代にこそふさわしい、静かで豊かな旅がそこには広がっている。
国立公園と国定公園の違い
日本の国立公園は、「国を代表するに足る傑出した自然の風景地」であり、自然公園法に基づいて環境大臣が指定し、国が直接管理する公園である。現在、日本には34ヵ所の国立公園が指定されている。
一方、国定公園は「国立公園に準ずる自然の風景地」で、同じく自然公園法に基づき環境大臣が指定するが、その管理主体は所在する都道府県となる。国定公園は全国に58ヵ所ある。
このように、国立公園と国定公園は“指定するのは環境大臣で共通だが、管理主体が異なる” という点が最大の違いである。国立公園は国(環境省)が、国定公園は都道府県が管理・保護を担っている。

ただし、両者の具体的な指定基準には明確な線引きがあるわけではなく、特段の変化がないまま国定公園が国立公園へ昇格・編入される例も珍しくない。
したがって、国立公園・国定公園のいずれも、日本を代表するにふさわしい優れた自然景観を有している点に変わりはない。
国立公園・国定公園一覧表
| 名 称 | 指定 | 所在地 |
|---|---|---|
| 阿寒摩周国立公園 | 国立 | 北海道 |
| 大雪山国立公園 | 国立 | 北海道 |
| 支笏洞爺国立公園 | 国立 | 北海道 |
| 知床国立公園 | 国立 | 北海道 |
| 利尻礼文サロベツ国立公園 | 国立 | 北海道 |
| 釧路湿原国立公園 | 国立 | 北海道 |
| 厚岸霧多布昆布森国定公園 | 国定 | 北海道 |
| 暑寒別天売焼尻国定公園 | 国定 | 北海道 |
| 網走国定公園 | 国定 | 北海道 |
| ニセコ積丹小樽海岸国定公園 | 国定 | 北海道 |
| 日高山脈襟裳国定公園 | 国定 | 北海道 |
| 大沼国定公園 | 国定 | 北海道 |
| 下北半島国定公園 | 国定 | 青森 |
| 津軽国定公園 | 国定 | 青森 |
| 十和田八幡平国立公園 | 国立 | 青森・岩手・秋田 |
| 三陸復興国立公園 | 国立 | 青森・岩手・宮城 |
| 早池峰国定公園 | 国定 | 岩手 |
| 栗駒国定公園 | 国定 | 岩手・宮城・秋田・山形 |
| 蔵王国定公園 | 国定 | 宮城・山形 |
| 磐梯朝日国立公園 | 国立 | 山形・福島・新潟 |
| 男鹿国定公園 | 国定 | 秋田 |
| 鳥海国定公園 | 国定 | 秋田・山形 |
| 越後三山只見国定公園 | 国定 | 福島・新潟 |
| 水郷筑波国定公園 | 国定 | 茨城・千葉 |
| 尾瀬国立公園 | 国立 | 群馬・福島・新潟・栃木 |
| 上信越高原国立公園 | 国立 | 群馬・長野・新潟 |
| 妙義荒船佐久高原国定公園 | 国定 | 群馬・長野 |
| 日光国立公園 | 国立 | 栃木・群馬・福島 |
| 南房総国定公園 | 国定 | 千葉 |
| 秩父多摩甲斐国立公園 | 国立 | 埼玉・東京・山梨・長野 |
| 小笠原国立公園 | 国立 | 東京 |
| 明治の森高尾国定公園 | 国定 | 東京 |
| 丹沢大山国定公園 | 国定 | 神奈川 |
| 富士箱根伊豆国立公園 | 国立 | 神奈川・東京・山梨・静岡 |
| 南アルプス国立公園 | 国立 | 山梨・静岡・長野 |
| 中部山岳国立公園 ・山岳と天然湖沼 ・高原と温泉郷 | 国立 | 新潟・富山・長野・岐阜 |
| 佐渡弥彦米山国定公園 | 国定 | 新潟 |
| 妙高戸隠連山国立公園 | 国立 | 新潟・長野 |
| 白山国立公園 | 国立 | 富山・石川・福井 |
| 能登半島国定公園 | 国定 | 富山・石川 |
| 越前加賀海岸国定公園 | 国定 | 石川・福井 |
| 若狭湾国定公園 | 国定 | 福井・京都 |
| 八ヶ岳中信高原国定公園 | 国定 | 山梨・長野 |
| 中央アルプス国定公園 | 国定 | 長野 |
| 天竜奥三河国定公園 | 国定 | 長野・静岡・愛知 |
| 揖斐関ヶ原養老国定公園 | 国定 | 岐阜 |
| 飛騨木曽川国定公園 | 国定 | 岐阜・愛知 |
| 愛知高原国定公園 | 国定 | 愛知 |
| 三河湾国定公園 | 国定 | 愛知 |
| 伊勢志摩国立公園 | 国立 | 三重 |
| 鈴鹿国定公園 | 国定 | 三重・滋賀 |
| 室生赤目青山国定公園 | 国定 | 三重・奈良 |
| 吉野熊野国立公園 | 国定 | 三重・奈良・和歌山 |
| 琵琶湖国定公園 | 国定 | 滋賀・京都 |
| 丹後天橋立大江山国定公園 | 国定 | 京都 |
| 京都丹波高原国定公園 | 国定 | 京都 |
| 山陰海岸国立公園 | 国立 | 京都・兵庫・鳥取 |
| 明治の森箕面国定公園 | 国定 | 大阪 |
| 金剛生駒紀泉国定公園 | 国定 | 大阪・奈良・和歌山 |
| 瀬戸内海国立公園 | 国立 | 大阪・和歌山・兵庫・ 岡山・広島・山口・ 徳島・香川・愛媛・ 福岡・大分 |
| 氷ノ山後山那岐山国定公園 | 国定 | 兵庫・鳥取・岡山 |
| 大和青垣国定公園 | 国定 | 奈良 |
| 高野竜神国定公園 | 国定 | 奈良・和歌山 |
| 大山隠岐国立公園 ・大山蒜山/三瓶山エリア ・島根半島エリア ・隠岐地域エリア | 国立 | 鳥取・島根・岡山 |
| 比婆道後帝釈国定公園 | 国定 | 鳥取・島根・広島 |
| 西中国山地国定公園 | 国定 | 島根・広島・山口 |
| 北長門海岸国定公園 | 国定 | 山口 |
| 秋吉台国定公園 | 国定 | 山口 |
| 剣山国定公園 | 国定 | 徳島・高知 |
| 室戸阿南海岸国定公園 | 国定 | 徳島・高知 |
| 足摺宇和海国立公園 | 国立 | 高知・愛媛 |
| 石鎚国定公園 | 国定 | 愛媛・高知 |
| 北九州国定公園 | 国定 | 福岡 |
| 玄海国定公園 | 国定 | 福岡・佐賀・長崎 |
| 耶馬日田英彦山国定公園 | 国定 | 福岡・熊本・大分 |
| 西海国立公園 ・西海エリア ・五島列島エリア | 国立 | 長崎 |
| 壱岐対馬国定公園 | 国定 | 長崎 |
| 雲仙天草国立公園 | 国立 | 長崎・熊本・鹿児島 |
| 阿蘇くじゅう国立公園 | 国立 | 熊本・大分 |
| 九州中央山地国定公園 | 国定 | 熊本・宮崎 |
| 日豊海岸国定公園 | 国定 | 大分・宮崎 |
| 祖母傾国定公園 | 国定 | 大分・宮崎 |
| 霧島錦江湾国立公園 | 国立 | 宮崎・鹿児島 |
| 日南海岸国定公園 | 国定 | 宮崎・鹿児島 |
| 屋久島国立公園 | 国立 | 鹿児島 |
| 奄美群島国立公園 | 国立 | 鹿児島 |
| 甑島国定公園 | 国定 | 鹿児島 |
| 西表石垣国立公園 | 国立 | 沖縄 |
| 慶良間諸島国立公園 | 国立 | 沖縄 |
| やんばる国立公園 | 国立 | 沖縄 |
| 沖縄海岸国定公園 | 国定 | 沖縄 |
| 沖縄戦跡国定公園 | 国定 | 沖縄 |
国立公園・国定公園の魅力
先述のとおり、日本の国立公園や国定公園は、美しい自然や多様な動植物、歴史・文化を将来に残すため、自然公園法に基づいて指定され、国(環境省)や都道府県が保護・管理しているエリアである。
国内には山や湖沼、田園風景など似た景色が数多く存在するが、その中でも「世界に通用する日本屈指の風景」と認められた地域が指定区域に選ばれている。
選定基準には、
- 景観の美しさ
- 規模の大きさ
- 自然性(人工物の少なさ)
- レクリエーション地としての利用のしやすさ
などがあり、厳しい条件を満たす必要がある。自然との触れやすさやアクセスの良さも評価対象であり、実際に多くの国立・国定公園には遊歩道やビジターセンターが整備され、訪れやすい環境が整っている。
国立公園・国定公園は、日本を代表する自然景勝地であると同時に、私たちのレクリエーションの場であり、動植物の観察や歴史文化の学びの場としても優れた観光資源を備えている。

現在、日本には国立公園と国定公園を合わせて92ヵ所が指定されており、日本列島全体に広く分布している。それぞれが広大で個性豊かであり、独自の魅力を放っている。すべてを巡りたいと思うものの、短期間で達成できる数ではない。裏を返せば、シニア世代の旅先リストに加えれば、足腰が弱って旅が難しくなる頃まで十分に楽しめるほどの選択肢があるということでもある。
また、環境省が進める「国立公園満喫プロジェクト」では、8つの国立公園を中心に、2030年に訪日外国人旅行者数6,000万人を目指す取り組みが進められている。これは、国立公園が世界に誇る観光資源として高く評価されている証左でもある。
海外から多くの観光客が押し寄せる前に、私たちシニアこそ、日本の自然公園の魅力をじっくりと味わいたい──私はそう強く思う。
ちなみに、「国立公園満喫プロジェクト」で選定された8公園と、それに準じる3公園を合わせた11の国立公園は以下のとおりである。
● 国立公園満喫プロジェクトで選ばれた国立公園
| 阿寒摩周国立公園(阿寒摩周国立公園) |
| 十和田八幡平国立公園(十和田八幡平国立公園) |
| 日光国立公園(日光国立公園) |
| 伊勢志摩国立公園(伊勢志摩国立公園) |
| 大山隠岐国立公園(大山隠岐国立公園) |
| 阿蘇くじゅう国立公園(阿蘇くじゅう国立公園) |
| 霧島錦江湾国立公園(霧島錦江湾国立公園) |
| 慶良間諸島国立公園(慶良間諸島国立公園) |
| 支笏洞爺国立公園(支笏洞爺国立公園) |
| 富士箱根伊豆国立公園(富士箱根伊豆国立公園 [関連計画]) |
| 中部山岳国立公園(中部山岳国立公園) |
◆ あとがき
私は最近、旅先を選ぶ際に国立公園や国定公園の指定区域を意識するようになった。都会の雑踏よりも大自然に心が惹かれることに加え、日本固有の動植物の生態にも関心が深まってきたからである。
しかし、日本の国立公園や国定公園は自然環境の保護を目的としているものの、動植物の保護を完全に網羅しているわけではないように思う。 そう感じる理由のひとつは、北海道の国立公園内で目にした痩せ細ったキタキツネの姿である。私が抱いていた“凛々しく北の大地を駆けるキタキツネ”というイメージとは大きく異なり、現実とのギャップに衝撃を受けた。エゾシカもまた、食料の確保に苦労している様子がうかがえた。
さらに、ヒグマが人里に出没し、人との遭遇によって事故が起きたというニュースを耳にするたびに、もともと共存が難しい野生動物と人間との境界が、あまりにも近づきすぎているのではないかと感じてしまう。

私が言いたいのは、国立公園や国定公園といった自然公園では、景観保護だけでなく、そこに生息する動植物の保護にも、より十分な予算と体制を整えてほしいということである。そうでなければ、国立公園や国定公園が“単なる景勝地としての観光スポット”に矮小化されてしまいかねない。
自然公園の本当の魅力は、その地に息づく動植物の固有性と、生態系全体が保つ多様性のバランスにある──私はそう強く思っている。