はじめに
私は、京都や奈良の静かな古都を散策したいと今でも強く思っている。しかしながら、昨今の海外からの観光客の増加によるオーバーツーリズムの影響で有名な人気観光地はどうしても敬遠してしまうことが多くなった。
オーバーツーリズムとは、観光地にその地のキャパシティ以上に観光客が押し寄せることで、その地域の住民生活や自然環境・景観に弊害が生じている状況をいうが、古都など観光客にも人気が高い観光地では、その地を訪れた観光客の楽しみをも奪っていることにもなっている。
2022年10月、日本政策投資銀行株式会社と公益財団法人・日本交通公社が共同で実施した「海外旅行したい国」のオンライン調査(対象:海外在住者約7000人)によれば、選択肢の世界31ヵ国と地域のなかで日本が1位を占めたという。コロナ禍後に訪れたい国の第一位に日本が選ばれたとなれば、今後、日本の有名観光地は京都のようにオーバーツーリズムで悩まされることになる懸念がある。
コロナ禍で経済的にも苦しめられた観光地は、海外から観光客によって一時的には潤うかも知れないが、やがてオーバーツーリズムの弊害に向き合わなければならなくなるだろう。その弊害は、住民の生活環境の悪化、観光資源の劣化、経済的な損失という三つの負の効果であり、それらは複合的に悪影響をもたらす。
これは対岸の火事ではなく、私たちシニアの観光客にとっても由々しき事態である。リタイヤしたシニア世代にとって観光や旅行は楽しみの一つであるから、行きたい観光地がオーバーツーリズムによってその魅力が失われているとしたら興醒めであり、残念であると言わざるを得ない。
そこで、私が提案したいのは、私たちシニアが旅先として選択肢に入れるべき場所は、日本が誇る国立公園/国定公園の指定区域ではないかというものである。
私が若かった頃の旅先と言えば山岳やスキー場などアクティビティに富んだ場所であり、子供が生まれてからは遊園地、水族館や動物園など子供が行きたい場所が大半であった。国立公園/国定公園などの自然公園に行っても私の娘たちはあまり興味を示さなかったので仕方のないことであった。
しかし、リタイアして気の向くままに旅ができる環境になれば、自分たちが本来、興味のある場所を選択すべきである。日本の国立公園/国定公園の指定区域には大自然が創り出した景勝地が豊富であり、なかには温泉地も指定区域内あるいは周辺地域に存在する。環境保護の目的から国立公園/国定公園の指定区域は一般に広大であり、太古の自然が残る場所も少なくない。私たち一般の観光客が立ち入ることができない場所も勿論ある。裏を返せば観光客でごった返していることはほとんどない。そういう意味でも国立公園/国定公園の指定区域を旅先に選ばない手はない。
国立公園と国定公園の違い
日本における国立公園には「国を代表するに足りる傑出した自然の風景地で、自然公園法に基づいて環境大臣が指定し、国が直接管理する公園」といった定義がされている。現在、日本には全部で34ヵ所の国立公園がある。
一方、国定公園は「国立公園に準ずるものとして、環境庁長官が指定し、所在の都道府県が管理する公園」と定義されている。現在、日本には全部で58ヵ所の国定公園がある。
国立公園と国定公園は、どちらも自然公園法に基づいて環境大臣が指定するという点で違いはないが、その管理する主体が異なっている。
国立公園の場合は、国(環境省)が管理・保護しているのに対し、国定公園の場合は、国ではなく、各都道府県によって管理・保護されるようになっている。
一方、具体的な指定基準の違いはあいまいで、特に変化がないのに国定公園から国立公園に昇格・編入されることも珍しくない。
したがって、両者は共に日本国を代表するに足りる傑出した自然の風景地であることに変わりはない。
国立公園・国定公園一覧表
名 称 | 公園指定 | 所在地(都道府県) |
---|---|---|
阿寒摩周国立公園 | 国立 | 北海道 |
大雪山国立公園 | 国立 | 北海道 |
支笏洞爺国立公園 | 国立 | 北海道 |
知床国立公園 | 国立 | 北海道 |
利尻礼文サロベツ国立公園 | 国立 | 北海道 |
釧路湿原国立公園 | 国立 | 北海道 |
厚岸霧多布昆布森国定公園 | 国定 | 北海道 |
暑寒別天売焼尻国定公園 | 国定 | 北海道 |
網走国定公園 | 国定 | 北海道 |
ニセコ積丹小樽海岸国定公園 | 国定 | 北海道 |
日高山脈襟裳国定公園 | 国定 | 北海道 |
大沼国定公園 | 国定 | 北海道 |
下北半島国定公園 | 国定 | 青森 |
津軽国定公園 | 国定 | 青森 |
十和田八幡平国立公園 | 国立 | 青森・岩手・秋田 |
三陸復興国立公園 | 国立 | 青森・岩手・宮城 |
早池峰国定公園 | 国定 | 岩手 |
栗駒国定公園 | 国定 | 岩手・宮城・秋田・山形 |
蔵王国定公園 | 国定 | 宮城・山形 |
磐梯朝日国立公園 | 国立 | 山形・福島・新潟 |
男鹿国定公園 | 国定 | 秋田 |
鳥海国定公園 | 国定 | 秋田・山形 |
越後三山只見国定公園 | 国定 | 福島・新潟 |
水郷筑波国定公園 | 国定 | 茨城・千葉 |
尾瀬国立公園 | 国立 | 群馬・福島・新潟・栃木 |
上信越高原国立公園 | 国立 | 群馬・長野・新潟 |
妙義荒船佐久高原国定公園 | 国定 | 群馬・長野 |
日光国立公園 | 国立 | 栃木・群馬・福島 |
南房総国定公園 | 国定 | 千葉 |
秩父多摩甲斐国立公園 | 国立 | 埼玉・東京・山梨・長野 |
小笠原国立公園 | 国立 | 東京 |
明治の森高尾国定公園 | 国定 | 東京 |
丹沢大山国定公園 | 国定 | 神奈川 |
富士箱根伊豆国立公園 | 国立 | 神奈川・東京・山梨・静岡 |
南アルプス国立公園 | 国立 | 山梨・静岡・長野 |
中部山岳国立公園 ・山岳と天然湖沼 ・高原と温泉郷 | 国立 | 新潟・富山・長野・岐阜 |
佐渡弥彦米山国定公園 | 国定 | 新潟 |
妙高戸隠連山国立公園 | 国立 | 新潟・長野 |
白山国立公園 | 国立 | 富山・石川・福井 |
能登半島国定公園 | 国定 | 富山・石川 |
越前加賀海岸国定公園 | 国定 | 石川・福井 |
若狭湾国定公園 | 国定 | 福井・京都 |
八ヶ岳中信高原国定公園 | 国定 | 山梨・長野 |
中央アルプス国定公園 | 国定 | 長野 |
天竜奥三河国定公園 | 国定 | 長野・静岡・愛知 |
揖斐関ヶ原養老国定公園 | 国定 | 岐阜 |
飛騨木曽川国定公園 | 国定 | 岐阜・愛知 |
愛知高原国定公園 | 国定 | 愛知 |
三河湾国定公園 | 国定 | 愛知 |
伊勢志摩国立公園 | 国立 | 三重 |
鈴鹿国定公園 | 国定 | 三重・滋賀 |
室生赤目青山国定公園 | 国定 | 三重・奈良 |
吉野熊野国立公園 | 国定 | 三重・奈良・和歌山 |
琵琶湖国定公園 | 国定 | 滋賀・京都 |
丹後天橋立大江山国定公園 | 国定 | 京都 |
京都丹波高原国定公園 | 国定 | 京都 |
山陰海岸国立公園 | 国立 | 京都・兵庫・鳥取 |
明治の森箕面国定公園 | 国定 | 大阪 |
金剛生駒紀泉国定公園 | 国定 | 大阪・奈良・和歌山 |
瀬戸内海国立公園 | 国立 | 大阪・和歌山・兵庫・ 岡山・広島・山口・ 徳島・香川・愛媛・ 福岡・大分 |
氷ノ山後山那岐山国定公園 | 国定 | 兵庫・鳥取・岡山 |
大和青垣国定公園 | 国定 | 奈良 |
高野竜神国定公園 | 国定 | 奈良・和歌山 |
大山隠岐国立公園 ・大山蒜山/三瓶山エリア ・島根半島エリア ・隠岐地域エリア | 国立 | 鳥取・島根・岡山 |
比婆道後帝釈国定公園 | 国定 | 鳥取・島根・広島 |
西中国山地国定公園 | 国定 | 島根・広島・山口 |
北長門海岸国定公園 | 国定 | 山口 |
秋吉台国定公園 | 国定 | 山口 |
剣山国定公園 | 国定 | 徳島・高知 |
室戸阿南海岸国定公園 | 国定 | 徳島・高知 |
足摺宇和海国立公園 | 国立 | 高知・愛媛 |
石鎚国定公園 | 国定 | 愛媛・高知 |
北九州国定公園 | 国定 | 福岡 |
玄海国定公園 | 国定 | 福岡・佐賀・長崎 |
耶馬日田英彦山国定公園 | 国定 | 福岡・熊本・大分 |
西海国立公園 ・西海エリア ・五島列島エリア | 国立 | 長崎 |
壱岐対馬国定公園 | 国定 | 長崎 |
雲仙天草国立公園 | 国立 | 長崎・熊本・鹿児島 |
阿蘇くじゅう国立公園 | 国立 | 熊本・大分 |
九州中央山地国定公園 | 国定 | 熊本・宮崎 |
日豊海岸国定公園 | 国定 | 大分・宮崎 |
祖母傾国定公園 | 国定 | 大分・宮崎 |
霧島錦江湾国立公園 | 国立 | 宮崎・鹿児島 |
日南海岸国定公園 | 国定 | 宮崎・鹿児島 |
屋久島国立公園 | 国立 | 鹿児島 |
奄美群島国立公園 | 国立 | 鹿児島 |
甑島国定公園 | 国定 | 鹿児島 |
西表石垣国立公園 | 国立 | 沖縄 |
慶良間諸島国立公園 | 国立 | 沖縄 |
やんばる国立公園 | 国立 | 沖縄 |
沖縄海岸国定公園 | 国定 | 沖縄 |
沖縄戦跡国定公園 | 国定 | 沖縄 |
国立公園・国定公園の魅力
先述したように、日本の国立公園や国定公園は、日本の美しい自然や動植物、歴史、文化などを将来に残していくために「自然公園法」に基づいて指定され、国(環境省)や都道府県が保護・管理しているエリアである。
山や湖沼、田園風景など国内には同じような景色がある中で、世界に通用する日本屈指の風景と認めた地域が指定区域に選ばれている。その選定基準も(1)景色の美しさ、(2)規模、(3)自然性(人工物との割合)、(4)レクリエーション地としての利用のしやすさなどがあり、認定されるために厳しい条件や数値をクリアしなければならない。自然との触れやすさや現地までの交通の利便性も認定基準に入っているという。確かに遊歩道やビジターセンターなどが設置されている国立公園や国定公園は多い。私たちが訪れやすい環境を提供してくれているように思う。
国立公園や国定公園は、日本の自然景勝地であり、かつ、私たちのリクリエーションの場となり、動植物の観察や歴史文化を学べる、国内屈指の観光スポットと言える。
日本には現在、国立公園と国定公園が合わせて92ヶ所もあり、日本全土に分布している。各自然公園は広大で、それぞれの特徴があり、独自の魅力を放っている。そのすべてを旅したいと思うが、すぐには達成できそうにない。逆に言えば、シニアの旅先の選択肢リストに入れれば、足腰が立たなくなって旅ができなくなる頃までは十分に足りる数であるいうことである。
現在、環境省では「国立公園満喫プロジェクト」と題して、8つの国立公園を対象に2030年の訪日外国人旅行者数を6,000万人にしようという計画を試みていることからも国立公園や国定公園には観光資源が豊富にある証左である。海外から多くの観光客が訪れる前に私たちシニアがしっかりと日本の自然公園を満喫しようではないかと私は言いたい。
ちなみに「国立公園満喫プロジェクト」で選ばれた8公園とこれらに準じる3公園は下記の11の国立公園である。
「国立公園満喫プロジェクト」で選ばれた国立公園
阿寒摩周国立公園 |
阿寒摩周国立公園 [PDF 4.4MB] |
十和田八幡平国立公園 |
十和田八幡平国立公園 [PDF 2.3MB] |
日光国立公園 |
日光国立公園 [PDF 9.2MB] |
伊勢志摩国立公園 |
伊勢志摩国立公園 [PDF 2.6MB] |
大山隠岐国立公園 |
大山隠岐国立公園 [PDF 7.6MB] |
阿蘇くじゅう国立公園 |
阿蘇くじゅう国立公園 [PDF 5.9MB] |
霧島錦江湾国立公園 |
霧島錦江湾国立公園 [PDF 1.2MB] |
慶良間諸島国立公園 |
慶良間諸島国立公園 [PDF 2.5MB] |
支笏洞爺国立公園 |
支笏洞爺国立公園 [PDF 3.0MB] |
富士箱根伊豆国立公園 |
富士箱根伊豆国立公園 [PDF 1.5MB] [関連する計画 (PDF4.3MB)] |
中部山岳国立公園 |
中部山岳国立公園 [PDF 3.1MB] |
あとがき
私は最近、国立公園や国定公園の指定区域を意識して旅先に選ぶようになった。その理由は元来、都会の雑踏よりも大自然が好きであることに加えて、日本固有の動植物の生態にも興味が湧いてきたことがある。しかしながら、日本の国立公園や国定公園は環境保護を目的にはしているが、動植物の保護までを完全にカバーしているわけではなさそうだ。私がそのように思う理由は、北海道の国立公園指定区域内で見かけたキタキツネの瘦せ細った姿を見たことが多分に影響している。私が勝手にイメージしていたキタキツネは凛々しい姿で颯爽と北の大地を駆け巡っており、現実とのギャップが大きかった。エゾシカも同様で、食べ物の確保に苦労しているものと推察される。ヒグマが人里に出没し、人と遭遇して危害を与えたとのニュースを耳にするたびに元々共存などできない動物と人との境界線があまりにも近すぎるのではないかと思っている。
何が言いたいかというと、国立公園や国定公園などの自然公園ではそこに住む動植物の保護もしっかりと予算をつけて実施してもらいたいと思っている。そうでなければ、国立公園や国定公園が単なる景勝地である観光スポットと変わらなくなってしまう。国立公園や国定公園などの自然公園の魅力は、その地に生息する動物や植物の固有種性と生態系全体における多様性のバランスにあると私は思うからである。