はじめに
「ランプの宿」として知られている渡合温泉旅館は、岐阜県中津川市加子母渡合に位置している。源泉の発見は江戸時代末期とされ、旅館としての営業は明治時代に遡るらしい。
この渡合温泉旅館に行くには、中央自動車道・中津川インターで下車し、国道257号線を下呂方面へおよそ40分進むと、付知峡口(信号)があるので、そこを右折して、林道を約30分ほど走れば到着できる。林道は途中から未舗装区間(約6kmほど)になるので、時間は予想以上に要するが、秘境感があって良い。
渡合温泉旅館は、付知峡【つけちきょう】にひっそりとたたずむ秘湯の一軒宿である。自家発電の電気しか使えないので、テレビや冷蔵庫はないし、中継局がないので携帯電話も使用できない。まさに秘境感あふれる場所である。
その代わり、木曽川の源流である付知川のせせらぎと野鳥のさえずりが聞こえ、澄んだ空気での深呼吸が気持ちが良い。夜には宿の優しいランプの光でゆっくりと癒され、晴天に恵まれれば、ふりそそぐほどの星空を楽しむことができる。
渡合温泉・ランプの宿は、日常の喧騒から離れて非日常を体験したい者にとっては、とても魅力的な宿と言えるだろう。
私たち夫婦は共にこのランプの宿・渡合温泉旅館が気に入っており、2年連続で訪ねている。本稿ではこの宿の魅力と共に付知峡の大自然の魅力についても記述してみたいと思う。
<目次> はじめに ランプの宿・渡合温泉旅館の魅力 秘湯感のあるの温泉 ランプの灯り デジタルデトックス体験 満天の星空 美味しい料理 宿主人のホスピタリティ 付知峡・付知渓谷の魅力 不動渓谷(不動公園) 高樽の滝 渡合三滝 あとがき |
ランプの宿・渡合温泉旅館の魅力
渡合温泉・ランプの宿は、岐阜県の付知峡に位置する秘湯の一軒宿で、下記のような魅力に溢れている。
秘湯感の溢れる温泉
渡合温泉の泉質はアルカリ炭酸泉で、pHは8.1である。冷泉(源泉の温度は10.5℃)であるため、加温して利用されている。燃料には高野槙【コウヤマキ】を使用しているという。加温はしているが循環をさせていないのは湧出量が十分であるからだろう。
温泉の効能としては、きりきず、末梢循環障害、冷え性、うつ状態、皮膚乾燥症などが知られている。
浴槽は檜風呂で気持ちが良い。一人で湯船に浸かっていると、贅沢な温泉だと実感する。入浴時間は午前7時から午後8半までと制限されているが、山奥の温泉で、しかも数組の宿泊客へのサービスとしては十分過ぎるほどである。暗くなればランプの揺れる灯りを眺めながら入浴できる。
ランプの灯り
渡合温泉は付知峡上流部の奥まった場所に位置する一軒宿であるため、電力会社から送電されていない。そのため、自家発電で必要な電力を賄っているが、客室には白熱電灯があるだけでテレビも冷蔵庫もない。
渡合温泉旅館では日中の照明は自家発電で供給し、夜間(午後10時以降)の照明には灯油を燃料とするランプ(ランタン)を使用している。それゆえに渡合温泉旅館は「ランプの宿」としても知られている。コレクションとなっている数多くの種類のランプを眺めるだけでも楽しい。
自家発電による白熱電灯の明りも午後10時までであり、その時刻を過ぎると翌日の午前7時までは消灯である。しかしながら、夕暮れが近づくと、館内にはいくつものランプが灯され、穏やかな炎が自然の中で優しく揺らめく。そして消灯後の客室に灯るのはランプの灯り一つだけになる。そのランプの灯を眺めていると何故か心が癒される。不思議な感覚である。
デジタルデトックス体験
携帯電話の電波中継局が近くにないため携帯電話も使用できない状況である。緊急時用として衛星電話が使用できるだけだ。まさに秘境感が半端ない。
携帯電話の電波が届かず、電気も通じていないこの場所では、ランプの光の下で静かな時間を過ごすしかない。昨今の私たちの生活は、いつしか知らず知らずのうちにスマートフォンなしでは生活の不便さを感じるようになってしまっている。そんな時代にあって、ここ渡合温泉での滞在中は、否応なしに「デジタルデトックス」を体験することができる。
デジタルデトックスとは、スマートフォンやパソコンなどのデジタル機器を意図的に使わないよう心がけて、心身のストレスや疲労を軽減・回復する習慣のことを指す用語である。デジタルデトックスは、デジタル機器との適切な距離感を保つことで、より健康的で充実した生活を送ることを目指すものである。デジタル機器が生活に欠かせない現代だからこそ、デジタルデトックスの考え方は非常に重要と言える。
デジタルデトックスには下記のような効果があることが知られているので、私たちは日常生活にも取り入れるべきものである。
- 脳疲労の軽減
- デジタル機器から発生する情報過多が脳疲労を引き起こすことがある。デジタルデトックスは、この脳疲労を軽減させることができる。
- 体調不良の改善
- 長時間の画面使用は眼精疲労や肩こりなどの体調不良を引き起こすことがある。デジタルデトックスは、これらも改善する。
- 睡眠の質の向上
- デジタル機器の画面から発せられるブルーライトは交感神経を刺激し、睡眠の質を低下させる可能性がある。デジタルデトックスにより、睡眠の質が向上する。
- SNS疲れの軽減
- SNSの頻繁なチェックはストレスを引き起こす。デジタルデトックスは、このストレスが軽減される。
- 時間にゆとりが生まれる
- デジタルデトックスでデジタル機器の使用に費やす時間が減り、他の有意義な活動に時間を使うことができる。
渡合温泉旅館でのデジタルデトックス体験であるが、残念な点が一つある。それは渡合温泉旅館では連泊ができない点である。つまり、折角のデジタルデトックス体験も一日だけということである。尤も一日で十分だという現代人には問題とはならない。
満天の星空
一軒宿であり、夜間には電灯が灯らないので、宿の外は暗闇が広がるだけである。そして標高が高い山奥であるため空気が澄んでいる。その結果、空に雲がなければ満天の星空を楽しむことができる。
私たちが初めて渡合温泉を訪ねたのは偶然にも10月の新月にあたり、夜には月明りもなく星空を眺めることができた。旅館の駐車場から満天の星空を見上げていたら、天文観察を趣味にしている宿の主人の息子さん(七代目今井氏)が私たち宿泊者をご自身の四輪駆動車で高台の広場へと「星空ナイトツアー」に誘ってくれた。
秋の星座であるカシオペア座をはじめ満天の星空に声が出ないほどに感動した。なかでも木星(ジュピター)の明るさが強く印象に残った。
秋の渡合温泉の夜は非常に寒い。星空を観るには防寒対策が必要である。七代目今井氏が用意してくれた星空観察用椅子や毛布、湯たんぽや暖かい飲み物のおもてなしは心に沁みた。満天の星空を見上げながらの暖かいロイヤルミルクティーは人生で最高のミルクティーの味がした。私はこの味を忘れることはないだろう。
天候にも恵まれ、私たちは非常にラッキーであった。「雨女」の私の妻も大喜びであった。
7代目今井氏のホスピタリティに妻の心が鷲づかみされたのは言うまでもない。彼女はきっと来年も渡合温泉に来て、星空を観たいと言うに違いない。否、再訪して星空を観たいと確かに言った。
そして翌年6月の新月(2024年6月6日)に再訪し、梅雨入り前でもあり星空観察を期待したが、その時は残念ながら曇天のために星空を観ることができなかった。
しかし、一瞬のチャンスを期待していたら、7代目今井氏が客室の前に星空観察用の椅子を2脚準備してくれていた。実に彼のホスピタリティには感動してしまう。結局、星空を観ることはできなかったが、彼の真心に感激して、私の心のなかには満天の星空が輝いていた。
美味しい料理
電気も通っていない山奥の旅館であるというから食事にはあまり期待していなかったが、その認識は誤りであった。夕食と朝食に出された料理は、すべて美味しくて、ダイエット中にもかかわらず私は完食してしまった。
地元の旬の食材を使用した料理は大変美味しいものばかりであった。例えば、アマゴやイワナなどの川魚や、季節ごとの山菜を使った料理が特に美味しい。
料理は、伝統的な調理方法で調理されているというが、特に囲炉裏で焼く魚は美味しい。また、私は山菜や茸の天ぷらが大好きになってしまった。
渡合温泉旅館の名物料理として、「わらじ五平餅」も忘れてはいけない。顔の大きさほどの特大サイズの五平餅で、ボリューム満点である。
特大サイズの五平餅を頂くと「白飯」がほとんど食べられなくなるが、この白飯がとても美味しい。どの銘柄のお米を使い、どのようにして炊いているのであろうかと気になる美味しさである。
宿主人のホスピタリティ
渡合温泉の源泉の発見は江戸時代末期とされ、旅館としての営業は明治時代に遡るらしい。現在の旅館の主人である今井俊博氏は6代目であるという。
今井俊博氏は、とても気さくで面白い方である。宿泊客は、夕食後にこの宿の主人から夜間に客室で使用するランプの取り扱い方法や注意事項を学ぶのが恒例となっている。ランプの燃料がエタノール(アルコール)ではなく、灯油であることを私が知ったのはこの旅館に泊まったことがきっかけである。
ランプの操作方法だけでなく、今井氏はロープの結び方や火打ち石の使い方なども得意の話術で興味深く教えてくれる。渡合温泉は、電波も届かない付知峡の山奥に位置しているため、スマホが使用できない。当然ながらテレビもない。退屈している客へのサービスの一環としてこのような試みを続けておられるのだろう。
今井氏によるランプの安全な取り扱い方や緊急時のロープの結び方の講義などを聴くと、とても楽しい時間を過ごすことができる。とにかく話術が素晴らしいので、聞き入ってしまう。このコミュニケーション力を習得したいものである。
勿論、食後に一人で客室に籠って静寂さを満喫しても決して咎められることはない。しかし、折角の機会なので宿の主人や他の宿泊者と交流するのも良い想い出になると思う。
6代目旅館主人の宿泊客へのサービスは翌日の朝食後のゲーム遊びへと続く。様々なゲームにチャレンジしていると気づかぬ間にチェックアウトの時刻(午前10時)に近づいていた。
渡合温泉旅館での宿泊をリピートして気付いたことがある。6代目旅館主人の宿泊客へのサービスは、初回の時と2回目では少し異なる。サービスの質は初回と変わるものではないが、リピーターが退屈しないように夕食後の「講義」の内容や翌日朝のゲームは初回とは違った趣向のものを用意してくれる。
例えば、ゲームの「射的」を例にとれば、初回に宿泊した際にはモデルガンを用いるが、2回目の場合は吹矢であった。モデルガンによる射的も楽しいが、吹矢も実に楽しかった。私の妻は珍しく童心にかえって熱中したほどである。
六代目今井氏のホスピタリティには大いに感謝したい。渡合温泉旅館の宿泊者にはリピーターが多いというが、その理由が十分に理解できた。
また、渡合温泉旅館では予期していなかった星空観察を七代目今井氏の御厚意で体験することもできた。私たちの旅が楽しいものになったのは彼のホスピタリティと言って過言ではない。
女将さんとの何気ない会話も楽しかった。そんな渡合温泉旅館のホスピタリティに感動した私たち夫婦はきっと今後もリピーターになっていることだろう。
付知峡一帯は手付かずの原生林が残されており、紅葉の名所としても知られるが、春にはシャクナゲ・ヤマザクラ・ツツジ・ヤマブキなどの花が咲き、花の名所としても名高いという。
渡合温泉旅館は、季節営業(4月~11月)の旅館である。冬季(12月~翌年3月)は積雪でアクセス道路(林道)が通行止めとなるためである。また、定休日や臨時休業日もあるようなので、公式ホームページから必ず予約をした上で訪ねることをお薦めする。
名 称 | ランプの宿・渡合温泉旅館 |
所在地 | 岐阜県中津川市加子母渡合 |
駐車場 | あり(無料) |
Link | 【公式】ランプの宿 渡合温泉旅館 – 付知峡の秘湯 |
付知峡・付知渓谷の魅力
付知峡【つけちきょう】は、岐阜県中津川市付知町に位置する美しい渓谷で、木曽川支流の付知川【つけちかわ】の源流にある。付知川は、その澄んだ水から「青川」とも呼ばれている。
付知川は、御嶽山の南麓から流れ出ており、不動滝や高樽滝をはじめ、大小さまざまな滝が点在する。付知峡には、手つかずの原生林が広がり、「森林浴の森日本100選」、「岐阜県名水50選」、「飛騨美濃紅葉33選」などにも選定されている景勝地である。
春にはシャクナゲ、ヤマザクラ、ツツジ、ヤマブキなどの花々が咲き誇り、新緑の季節を経て、夏には緑豊かな木々に囲まれた涼しい川遊びや釣りを楽しめるほかキャンプ場でキャンプを楽しむこともできる。そして秋には紅葉といった四季折々の風景を楽しむことができる。
不動渓谷(不動公園)
付知峡【つけちきょう】は、岐阜県中津川市付知町にある峡谷である。木曽川の支流である付知川【つけちがわ】の源流域に位置し、裏木曽県立自然公園の指定区域に含まれる。付知峡における観光スポットは、奇岩が重なりあって大渓谷をつくる不動渓谷である。不動渓谷の周辺は不動公園として整備されており、自然を満喫できる素晴らしい自然公園となっている。
不動公園には不動滝、観音滝、仙樽の滝などと名付けられた滝があり、滝好きにはたまらないスポットとなっている。滝への遊歩道も整備されている。公園の入り口には案内図があるので、散策前に見ておくと迷わずに進むことができるはずである。
不動公園の遊歩道を散策していて最初に目にすることになるのが観音滝である。観音滝は豪快な直瀑で、エメラルドグリーンの滝壺も美しい。滝を真正面から見れないのは少し残念である。
観音滝のすぐ下流に位置するのが不動滝である。公園の入り口から不動滝までは歩いて約10分ほどで到着できる。滝付近の地形は険しく、観瀑台の上からしか見ることができないのが残念な点であるが、エメラルドグリーンの滝壺には一見の価値がある。
仙樽の滝は岩盤の奥まったところにあり、沢に下りないとその姿を見ることができない。ところが仙樽の滝への遊歩道が、通行止めとなっており、残念ながら目にすることはできなかった。不動公園では、仙樽の滝がメインの滝であると思うので、改修工事が早く完了し、遊歩道が復旧することを願っている。
不動公園の奥にはBeGreen日和立というキャンプ場があり、夏季は多くの観光客で賑わうという。
不動公園内ではシャクナゲやコブシなどさまざまな植物を見ることができるので、開花時期が合えば四季折々の風景を楽しむことができるはずである。また、約1時間程度で公園内を散策することができるので、森林浴を楽しみながら、のんびりと散策するのも良いかも知れない。
尚、公園内にはトイレがないため、出発前に駐車場にあるトイレを利用しておくことが推奨される。
名 称 | 付知峡・不動渓谷(不動公園) |
所在地 | 岐阜県中津川市付知町下浦 |
TEL | 0573-82-4737(付知町観光協会) 岐阜県中津川市付知町6-39 |
アクセス | 中央道中津川ICから車で約50分 |
Link | 付知峡|岐阜県観光公式サイト 「岐阜の旅ガイド」 不動渓谷滝群 – 岐阜県公式ホームページ |
高樽の滝
付知川は、「青川」と呼ばれるほど透明度の高い清流で知られ、木曽御嶽山の南麓に源流がある一級河川である。付知川(西俣谷)と高樽谷の合流地点には「高樽の滝」と呼ばれる、落差約20~30mの豪快な直瀑がある。
岐阜県中津川市北部に位置する高樽山(標高1672m)を源流とする高樽谷が西俣谷(付知川)に合流する場所は断崖絶壁になっているので直瀑となって一気に流れ落ちる。それが「高樽の滝」である。
付知峡に位置する美しい滝である高樽の滝は、付知峡の上流・渡合温泉に向かう途中の林道で見ることができる。滝の周辺には木造橋や眺望台が整備されており、滝を上下の視点から楽しむことができる。
滝壺の美しさもさることながら、天気が良い日に西日が当たると滝壺付近に虹が架かることもあるという。
落差約20~30mの直瀑であり、豊富な水量の豪瀑であるので、きっと滝壺周辺には多量の水滴が漂っているのであろう。
この美しい滝の周辺は自然が豊かであり、四季折々の風景を楽しむことができるはずである。自然愛好家やアマチュア写真家に人気が高い知る人ぞ知る絶景スポットの一つであり、是非、一度は訪ねてみてほしい。そして、絶景と自然を満喫して頂きたい。
渡合三滝
渡合三滝は、付知川上流部に位置し、渡合温泉からさらに奥にあると言われている。「言われている」と記したのは、私はまだ目にしたことがないからである。二度ばかり渡合温泉を訪れているが、残念ながら2度ともに渡合三滝への登山道が崖崩れのため不通になっており、立ち入り禁止になっていたからである。残念ながら復旧の目途が立っていないらしい。
渡合三滝は、親滝・子滝・木曽越の滝の三滝から成り立っているという。親滝と子滝は、直瀑で、落差はそれぞれ20mと13mであるらしい。一方、木曽越の滝は、斜瀑で、落差は23mであるという。
これらの滝は、その美しさから訪れる人々に深い印象を与えるらしい。特に、直瀑である親滝はその落差から壮大な景色を提供しているであろうし、斜滝である木曽越の滝は斜めに流れる水が独特の風景を作り出しているに違いない。登山道が復旧し、近い将来、訪れることができることを願っている。
あとがき
本稿では渡合温泉旅館の魅力を記述したつもりであるが、その魅力を十分に伝えられたかはなはだ心もとない。文才の未熟さをただただ恥じるばかりである。しかしながら、渡合温泉旅館の魅力は、私たち夫婦が2年連続で訪れているという事実だけで十分に分かってもらえるような気がする。私たちは、宿泊予約を取ることができれば、多分来年も訪れたいと思っている。