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琵琶湖に浮かぶ竹生島に佇む安らぎの聖域「宝厳寺」

はじめに

琵琶湖に浮かぶ竹生島に位置する宝厳寺【ほうごんじ】は、724年に聖武天皇の勅願により、行基が開創したと伝えられている。

伝承によれば、天照皇大神が聖武天皇の夢枕に立ち、「江州の湖中に小島がある。その島は弁才天の聖地であるから、寺院を建立せよ。すれば、国家泰平、五穀豊穣、万民豊楽となるであろう」と告げたという。そこで、聖武天皇は行基に命じて、堂塔を開基させたのが宝厳寺の創建とされている。行基は、弁才天像(大弁才天)を御本尊として本堂に安置したという。

それ以来、天皇の宝厳寺への行幸が続いたという。また伝教大師最澄や弘法大師空海らも訪れ、修業したと伝えられている。

宝厳寺の境内マップ

宝厳寺は、豊臣秀吉との関係も強く、多く宝物が寄贈され、多くの書状も残されているという。1602年には、太閤秀吉の遺命により豊臣秀頼が豊国廟から観音堂や唐門などを移築させたという。観音堂には、千手千眼観世音菩薩像が安置されている。

目次
はじめに
宝厳寺
あとがき

宝厳寺

宝厳寺【ほうごんじ】は、滋賀県長浜市の竹生島にある真言宗豊山派の寺院で、山号を厳金山【がんこんさん】と称する。御本尊は大弁才天であるが、観音堂には御本尊として千手観世音菩薩を祀り、西国三十三所の第30番札所として知られている。

宝厳寺は、724年に聖武天皇の勅願により、行基が開創したと伝えられている。竹生島は弁才天信仰の聖地として知られ、日本三大弁天の一つに数えられている。

宝厳寺には多くの重要な建築物がある。特に、唐門(国宝)、観音堂(重要文化財)や舟廊下(重要文化財)が見どころである。

宝厳寺では、年間を通じて様々な行事が行われているが、特に有名なのは、毎年春と秋に行われる「蓮華会」や「天女ご縁日」である。

名 称厳金山 宝厳寺【竹生島宝厳寺】
御本尊千手観音菩薩
所在地滋賀県長浜市早崎町
TEL0749-72-5255
Link竹生島・宝厳寺 ~西国第三十番札所~

あとがき

弁才天は、本来、神道ではなく仏教の守護神である天部【てんぶ】の一つとされる。天部とは、天界の住民の総称で、天人あるいは天衆とも呼ばれる。天界には、神やその眷族が住んでいるとされている。インドの古来の神が仏教に取り入れられて護法善神となったものである。七福神唯一の女神としても知られる。

神仏習合によって神道にも取り込まれ、神道では市杵嶋姫命【いちきしまひめ】と同一神とされている。市杵嶋姫命は、日本神話に登場する女神で、アマテラスとスサノオが、天眞名井で行った誓約【うけひ】の際に、アマテラスがスサノオの剣を噛んで吹き出した霧から生まれた宗像三女神の一柱とされる。『古事記』では市寸島比売命、『日本書紀』では市杵嶋姫命と表記される。

市杵嶋姫命は、絶世の美しい女神とされ、商売繁盛、芸能、金運、勝負、豊漁、交通安全、五穀豊穣、海の神として信仰されている。芸能の神として信仰され、芸能人も参拝される神社としては、天河大弁財天社が有名である。

主祭神として市杵嶋姫命を祀る市杵島神社では、「市杵島姫命は天照大御神の孫の邇邇芸命(ニニギ)が降臨(天孫降臨)に際し、養育係として付き添い、邇邇芸命を立派に生育させたことから、子守の神さま、子供の守護神として、崇敬されている」という説明板があるらしい。


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