はじめに
有田川町【ありだがわちょう】は、和歌山県の中央部に位置する有田郡に属する町である。有田川沿いには平地もあるが、総じて山あいの町である。特産品の有田みかんや山椒【さんしょう】などの農産物の栽培地として知られる。
有田川町で絶景スポットと言えば、「あらぎ島」と呼ばれる棚田に加えて、有田川の二川ダム上に架かる吊橋の「蔵王橋」と、高さ25mの巨岩でパワースポットの「粟生の巌」が挙げられる。
有田川町のこれら3つの絶景スポットを中心に巡り、まだ日本に残る美しい田園風景と山里の温泉「しみず温泉」に泊まる旅を紹介したい。
あらぎ島
あらぎ島は、高野山を源流にする有田川が蛇行してできた河岸段丘上に作られた棚田のことで、島ではない。和歌山県有田川町清水地区に位置し、有田川町のシンボル的存在となっている。
有田川中流域の左岸に扇の形をした半島状の棚田に幾枚もの水田が弧を描きながら扇の先端に向かって伸びている。扇型あるいは舌のような形状をした独特の景観は、国の重要文化的景観にも選定されており、和歌山県で唯一「日本の棚田百選」にも選ばれている。
この棚田は江戸時代初期に、大庄屋だった笠松左太夫【かさまつさたゆう】が村民救済のため私財を投じて開発した新田の一つであったという。総面積約2.4haの土地に大小54枚の水田がある。現在は、6軒の農家によって耕作されているという。
畦道【あぜみち】は農機具が入るだけの十分な広さを持っているだけでなく、水路も十分に確保されているらしい。水路とは「上湯水路」【うわゆすいろ】を指す。上湯水路とは、有田川の支流からあらぎ島まで全長約3kmに及ぶ水路のことである。
あらぎ島の棚田の風景は独特で、季節や稲の育つ過程で異なる風景が楽しめるという。棚田特有のパッチワーク風の景観を楽しむには耕作中の水田風景が最適かも知れない。
あらぎ島の水田へは、観光客は立入禁止である。したがって、あらぎ島の景観は「あらぎ島展望所」から眺めることになる。新城展望所は、有田川を挟んであらぎ島の対岸の国道480号線沿いに設けられた展望所である。
あらぎ島展望所への道程は、国道480号線沿いにある道の駅「あらぎの里」から約700mほど歩く必要がある。
緩い坂道を登ることになるので約10分ほど歩くことになるが仕方がない。展望所近くに駐車スペースも数台分ぐらいはあるが、常に空いているとは言えないので、運次第である。
名 称 | あらぎ島 |
所在地 | 和歌山県有田郡有田川町清水1番地 |
駐車場 | 道の駅「あらぎの里」駐車場利用 |
車利用の場合 | 阪和自動車道「有田IC」から約60分 |
公共交通機関 | JR「藤並」駅から有田鉄道の路線バスで 約60分、バス停「三田」下車すぐ |
Link | あらぎ島/有田川町 あらぎ島 – 有田川町観光協会 |
蔵王橋(二川ダム)
蔵王橋【ざおうばし】は、有田川の二川ダム【ふたがわダム】に架かる全長約160mの赤い吊橋である。
蔵王橋は、足元が格子状の鉄骨になっているため、眼下のエメラルドグリーンのダム湖がしっかりと見えるのでスリル満点である(らしい)。
私は、高い所が苦手なので、足がすくんで渡ることはできない。だから推測で話をしているだけである。
蔵王橋が有名になったきっかけは、2016年にアメリカの人気俳優のザック・エフロンが訪れてSNSにアップしたことであると言われている。ザック・エフロンは『ハイスクール・ミュージカル』や『グレイテスト・ショーマン』などに出演した俳優であるらしいが恥ずかしながら私は知らない。
二川ダム湖沿いは桜の名所でもある。春になるとおよそ4kmにわたって、約1000本のソメイヨシノが咲き誇る。どちらかと言えば、私は吊橋ではなく、お花見スポットとして推薦したい。
名 称 | 蔵王橋 |
所在地 | 和歌山県有田郡有田川町沼1119 |
駐車場 | あり(無料)橋入口付近の駐車スペースを利用 |
車利用の場合 | 阪和自動車道「有田IC」から約40分 |
Link | 蔵王橋/有田川町 蔵王橋・二川ダム湖周辺 – 有田川町観光協会 |
粟生の巌
粟生の巌【あおのいわお】は、有田川【ありだがわ】と四村川【よむらがわ】の合流地点に位置し、高さ約25m、基底部まわりが約100mという巨大な岩である。
四村川に架かる大田口橋を渡ると河原に降りる道があり、そこから注連縄【しめなわ】が掛けられた「粟生の巌」を見上げることができる。
粟生の巌は、パワースポットとして知られている。古代より神の宿る磐座【いわくら】と伝わり、江戸時代の地誌『紀伊国名所図会』には「川中に霊巌あり」と記されている。粟生の巌は近くにある岩倉神社の御神体である。
四村川を挟んだ高台に建つ岩倉神社は、奈良時代の727年に、粟生の巌に勧進して「聖武天皇大社明神」と称し、奉祀したことが始まりとされている。神殿正面の扁額【へんがく】には「正一位岩倉大神」と刻まれており、神階【しんかい】が高い神様であることが窺える。
名 称 | 粟生の巌・岩倉神社 |
所在地 | 和歌山県有田郡有田川町粟生741 |
駐車場 | あり(無料)岩倉神社駐車場利用 |
車利用の場合 | 阪和自動車道「有田IC」から約30分 |
Link | 粟生の巌/有田川町 粟生岩倉神社・粟生の巌 – 有田川町観光協会 |
吉祥寺・薬師堂
吉祥寺【きっしょうじ】は、浄土宗の寺院である。有田川町の古刹で重要文化財の仏像を数多く所蔵している。
「粟生のおも講と堂徒式」と呼ばれる行事が室町時代から続いているらしい。子供が3歳になると薬師如来に将来の健康と幸福を祈願する行事であるという。この行事は、国の重要無形民俗文化財に指定されている。
薬師堂【やくしどう】は、元は岩倉神社の別当寺であった東福寺の建物であったという。
室町時代の応永34年(1427年)に建立された茅葺き屋根の三間堂で、国指定の重要文化財である。
名 称 | 吉祥寺 薬師堂 |
所在地 | 和歌山県有田郡有田川町粟生250 |
駐車場 | あり(無料) |
Link | 吉祥寺薬師堂 – 有田川町観光協会 |
安楽寺
安楽寺【あんらくじ】は、高野山真言宗の寺院である。
安楽寺の創建や由来は明らかでないが、この寺には非常に珍しい多宝小塔が室内安置されているという。総高2mという他に類のない多宝塔であるという。
多宝小塔は、重要文化財に指定されており、原則として拝観できないのは残念である。
名 称 | 安楽寺 |
所在地 | 和歌山県有田郡有田川町二川428 |
駐車場 | あり(無料) |
Link | 安楽寺│観光・旅行ガイド – ぐるたび 紀伊安楽寺多宝小塔 |
法音寺・本堂
法音寺【ほうおんじ】は、浄土宗鎮西派の寺院であるが、奈良時代(732年)に修験道の開祖・行基によって創建されたと伝わっている。
往時は七堂伽藍の大きな寺院であったらしいが、衰退し、現在では本堂のみが再建されて残っている。茅葺きの本堂は、建築様式や技法からも室町時代中期頃に建立(再建)されたと考えられており、国の重要文化財に指定されている。
法音寺には、御本尊の阿弥陀如来坐像、十一面観音立像をはじめとする数多くの仏像が所蔵されている。
十一面観音立像や伝釈迦如来坐像は平安時代前期に創作されたものとされ、この周辺地域では最古のものと言われている。
名 称 | 法音寺【ほうおんじ】 |
所在地 | 和歌山県有田川町岩野河364番地 |
駐車場 | あり(無料) |
Link | 法音寺本堂 – 有田川町観光協会 |
久野原の棚田
「あらぎ島」のような特異な形状をした田園ではないが、有田川町の久野原地区にも日本の原風景とも呼びたくなるような田園風景が残されている。
久野原地区の棚田は「つなぐ棚田遺産(ポスト棚田百選)」(農林水産省)に選ばれている。
秋分の日の前後には曼珠沙華(彼岸花)が田んぼの畦道に咲き、その赤色の花とイネの穂とコントラストが鮮やかであるという。
名 称 | 久野原地区の田園風景 |
所在地 | 和歌山県有田川町久野原 |
Link | つなぐ棚田遺産:農林水産省 (maff.go.jp) 「つなぐ棚田遺産」に県内8地区が認定- 和歌山経済新聞 |
しみず温泉
しみず温泉は、和歌山県有田郡有田川町清水にある温泉施設である。有田川町のシンボル「あらぎ島」や久野原地区の田園風景からも近いので、立ち寄りやすい場所に位置していると言える。
日帰り入浴施設のしみず温泉「健康館」は、「平成の合併」前の1988年に旧清水町が開業したもので、八角の屋根を八つの亀甲型に組み合わせた特徴的な建造物となっている。
有田川の流れを見下ろす高台にある健康館の槙作りの湯船からは周囲の山々の深い緑や有田川を眺めることができる。
健康館には休憩室も整っていて、ゆっくりくつろぐことができる。
しみず温泉の泉質は、ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩泉で、きりきず、やけど、慢性皮膚病、胃腸病、婦人病などに効果があるとされる。飲用すると慢性便秘にも効能があるという。源泉の泉温は、27℃と冷泉であるため加温して使用されている。
一方、宿泊施設のしみず温泉「あさぎり」は、合併後の2013年にリニューアルオープンした際にできた滞在型施設である。
木のぬくもりのあるモダンな佇まいは、山間の綺麗な空気と相まって利用者に癒やしをもたらす。情緒豊かなふるさと気分が満喫でき、研修や憩いの場としても利用できるようになっている。
情緒豊かなふるさと気分が満喫でき、研修や憩いの場としても利用できるようになっている。客室は全8室とこじんまりとしていて静かである。
1階は洋室、2階はバルコニーつきの和室となっていて、山々を眺めながらゆったりとした時間を過せるようになっている。
宿泊者には、地元食材を使った季節感あふれる会席料理も用意されている。
周辺には地域の伝統技術の紹介と体験を目的とした「体験交流工房わらし」がある。
伝統の保田紙の紙すきやわらじ作りなどが体験できるほか、日本一の生産量を誇る地元の特産物・山椒やそのほかさまざまな実習体験や歴史を訪ねる散策の拠点としても利用できるようになっている。
普段は清流の有田川も台風による上流域での豪雨のために濁流化しており、本来の有田川の美しさを見ることができなかったのは残念であった。
名 称 | しみず温泉 |
所在地 | 和歌山県有田郡有田川町清水1225−1 |
駐車場 | あり(無料) |
Link | しみず温泉健康館/有田川町 しみず温泉 あさぎり/有田川町 しみず温泉 あさぎり – 有田川町観光協会 しみず温泉健康館<有田川町ふるさと開発公社> しみず温泉 健康館 | 和歌山県温泉協会オフィシャルHP |
あとがき
有田川は、高野山奥之院を流れる御殿川が源流であり、永峯山脈を蛇行しながら西行し、紀伊水道へと注ぐ二級河川である。
有田川と言えば、和歌山市出身の小説家(劇作家・演出家)である有吉佐和子【ありよしさわこ】(1931年~1984年)に同名の『有田川』という作品があることを想い出した。
『有田川』は、『紀ノ川』『日高川』や『鬼怒川』と共に「川もの」と呼ばれるシリーズ作品の一つで、激動の近代にたくましく生きる女性の姿をたゆまず流れる川の様子に重ね合わせて描くことで多くの女性から支持を集めた小説であったらしい。私はこの小説を読んだ記憶はないが、不思議と小説のタイトルだけは鮮明に記憶に残っている。
有吉佐和子は、日本の歴史や古典芸能から現代の社会問題まで広いテーマをカバーした小説家であり、『紀ノ川』、『華岡青洲の妻』、『恍惚の人』など多くのベストセラー小説を発表したことで知られる。社会派の小説家と呼ばれる彼女の作品の中で、特に、認知症老人とその介護を描いた『恍惚の人』と、化学合成物質が人体へ与える悪影響に警鐘を鳴らした『複合汚染』を読んで衝撃を受けた記憶が私には残っている。
有田川町の景勝地についての本稿を書きながら、「有田川」というキーワードで私の学生時代に少なからず影響を与えた作家の一人である有吉佐和子の作品を図らずも想い出すことになった。