◆ はじめに
「伊賀の国」は、かつての日本の地方行政区分で、現在の三重県西部、上野盆地一帯に該当する令制国の一つであり、東海道に属していた。「伊賀」は、現在でも三重県の伊賀地方を指す呼称として使われており、伊賀市と名張市を中心に構成されている。伊賀は、伊賀流忍者の発祥地として知られ、伊賀焼(陶器・炻器)や伊賀組紐の産地としても有名である。
伊賀焼は、伊賀市を中心に生産される伝統的な陶器である。伊賀焼の特徴は、素材、技法、デザインにあると言われる。
- 素材
- 伊賀焼に使用される陶土は、古琵琶湖層から産出
- 耐火性が非常に高いという特性を有する
- 技法
- 高温で何度も焼成する「伊賀の七度焼」と呼ばれる製法
- この技法により独特の風合いと強度が生まれる
- デザイン
- 自然釉や焦げの景色を尊ぶ豪快な侘びを持つ作風が特徴
- 歪みの激しい造形や自然釉の美しさが高く評価される
伊賀焼の伝統と魅力を発信する施設として有名なのが、伊賀焼伝統産業会館と伊賀焼窯元 長谷園である。
伊賀焼
伊賀焼【いがやき】は、伊賀市周辺で作られる陶器を指す。
その歴史は古く、今から約1,200年前の天平年間、良質な陶土に恵まれた丸柱の農民が窯を築き、日用雑器を焼き始めたことが発祥と伝えられている。
室町時代から安土・桃山時代にかけては、茶道の隆盛とともに茶道具として注目されるようになり、江戸時代中期以降には、耐火性の高い伊賀陶土の特質を生かした日用食器が多く作られるようになった。その流れは現在にも続いている。

伊賀焼は、手触りや口当たりの良さ、料理を引き立てるための心遣いにこだわって作られており、素朴で無骨、力強い作風が特徴である。歪みや焦げ、炎が生み出す千変万化の表情を積極的に生かしている点も魅力のひとつである。
昭和57年(1982年)11月1日には、経済産業大臣指定の伝統的工芸品に認定された。
主な産地は、伊賀市阿山地区の槙山や丸柱周辺で、優れた耐火性をもつ伊賀陶土を使用している。そのため、土鍋や耐熱食器などに最適な陶器としても広く知られている。
伊賀焼の大きな特徴として、ビードロ釉【ゆう】と呼ばれるガラス質の釉薬と、赤く引き締まった素朴で力強い肌合いが挙げられる。ビードロ釉は、高温焼成の際に器に降りかかった灰が溶けてガラス質となり付着したもので、自然任せではなく、どのように付着させるかを計算した高度な技術によって生み出される。
また、伊賀焼は信楽焼【しがらきやき】に似ていると言われることが多いが、信楽焼に比べて硬く重みがある点が異なっている。
| 製品名 | 茶器、花器、食器 |
| 生産地 | 伊賀市丸柱周辺 |
| 産地組合 | 伊賀焼振興協同組合(伊賀焼伝統産業会館内) 伊賀市丸柱169-2 TEL 0595-44-1701 |
伊賀焼伝統産業会館
伊賀焼伝統産業会館は、伊賀市の伝統工芸品である伊賀焼を幅広く展示する資料館である。伊賀焼の製造工程や、古今の名品を紹介する展示が行われている。

また、伊賀焼伝統産業会館には、伊賀焼の体験教室や技術指導を行う実技研修室も備えられているという。

私がこの会館を訪れた際には、偶然にも伊賀焼の作陶家であり、釉薬製造所(恒岡精渥場・五代目)を担う恒岡光興氏(常山窯)にお会いすることができた。伊賀焼と信楽焼の違い、天然灰釉薬の特徴などを、素人にも分かりやすく丁寧に教えていただき、陶器と釉薬の奥深さに強い感銘を受けたことを覚えている。

釉薬研究者であり、釉薬製造も手がける恒岡氏が作ったカップと皿は、独特の色合いと洗練された美しさがあり、妻への土産として購入したところ、とても喜んでくれた。私にとって良い想い出となっている。

伊賀焼の奥深さに触れたひとときは、今も静かに心の中で温かく息づいている。
| 名 称 | 伊賀焼伝統産業会館 |
| 所在地 | 三重県伊賀市丸柱169-2 |
| 営 業 | 火曜日〜日曜日(9:00〜17:00) 休館日:月曜(月曜が祝日の場合翌日休館) |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 伊賀焼伝統産業会館 | 伊賀焼 – 伊賀焼振興協同組合 |

長谷園
長谷園【ながたにえん】は、三重県伊賀市丸柱地区に位置する窯元で、天保3年(1832年)創業の伊賀焼の老舗である。

(母屋はイベント時のみ公開される)
創業当時から代々暮らしてきた風情ある日本家屋(母屋)を中心に、工房や登り窯などの陶器製造施設が集まり、独特の景観を形づくっている。

(現存する日本最大規模の16連房の登り窯)
山里の自然に囲まれた敷地内には、伊賀焼の展示室(3棟)をはじめ、体験工房、休憩所である大正館、さらに展望台などが整備されている。

展示室には多くの伊賀焼製品が所狭しと並び、購入することもできる。体験工房の隣にある大正館には喫茶コーナーもあり、ゆっくりと時間を過ごしたいときにはありがたい空間である。

園内は広大で、観光スポットとしても親しまれているようだ。

また、毎年5月2日〜4日には恒例の「窯出し市」が開催され、多くの来訪者で賑わう。3日間の集客力は相当なものだと想像される。
山里に佇む窯元の風景は、訪れるたびに伊賀焼の奥深さを静かに教えてくれる。
| 名 称 | 伊賀焼窯元 長谷園伊賀本店 |
| 所在地 | 三重県伊賀市丸柱569 |
| 営業日 | 9:00~17:00(定休日なし) |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 本店|伊賀焼窯元長谷園 |
◆ あとがき
現代の伊賀焼ではあまり見かけなくなったが、かつては「伊賀に耳あり、信楽に耳なし」という言葉があった。これは、伊賀焼には一対の「耳」と呼ばれる取っ手が付けられていたことを指す。この耳は、桃山時代に生まれた「筒井伊賀」と呼ばれる作風の名残であり、当時の伊賀焼は「古伊賀」とも呼ばれ、個性的な作品が多く見られることで知られている。
伊賀焼は、何かにつけて信楽焼と比較されることが多い。伊賀流忍者と甲賀流忍者の比較ではないが、両者の産地が地理的に近いことが、その理由のひとつであるのは間違いない。
伊賀焼には力強く豪放なデザインが多く、信楽焼には自然の窯変を生かした柔らかな表情が多い。それぞれに魅力があり、どちらが優れているかを論じることにはあまり意味がない。使用目的や個人の好みによって評価は変わるものであり、両者とも日本の伝統的な陶器として高く評価されていることに変わりはない。
それぞれの土と炎が育んだ個性を思えば、伊賀と信楽の器はどちらも日本の陶芸文化を豊かに彩る存在であるとしみじみ感じる。
