はじめに
櫟野寺【らくやじ】は、滋賀県甲賀市にある天台宗の寺院で、御本尊は十一面観音坐像である。櫟野寺は「いちいの観音」とも呼ばれ、日本最大の十一面観音坐像を有することで知られている。
その十一面観音坐像は、像高が約3.12mもあり、平安時代後期の作とされている。十一面観音坐像は、かつては33年に一度だけ開帳される秘仏であったが、現在は春と秋の特別公開時に拝観することができる。
櫟野寺には、甲賀三大仏の一つとされる薬師如来坐像も安置されている。この薬師如来坐像は像高が約2.4mで、平安時代後期の作とされる。
さらに櫟野寺には、征夷大将軍だった坂上田村麻呂が彫刻したと伝えられる毘沙門天立像も安置されている。この像は、坂上田村麻呂が櫟野寺への報恩として本尊守護のために祀ったらしい。
櫟野寺
櫟野寺【らくやじ】は、天台宗の寺院で、山号を福生山と称する。御本尊は十一面観音(櫟野観音)であるが、「甲賀三大仏」の一つとされる薬師如来像も安置されている。
櫟野寺の創建については、延暦11年(792年)に延暦寺根本中堂の用材を求めてこの地を訪れた最澄が十一面観音を安置したのが始まりと伝えられている。
延暦21年(802年)、征夷大将軍に任命された坂上田村麻呂が蝦夷征討に赴いた際に、櫟野寺の十一面観音を参詣してから出陣したところ、蝦夷を平定することができたという。
それに感謝して田村麻呂は櫟野寺を祈願寺とし、大同元年(806年)に七堂伽藍を建立した上で、自ら等身大の毘沙門天像を彫刻したという。
さらに、家来に命じて相撲を奉納したという。
櫟野寺は、たびたび火災に合い、そのたびに伽藍を焼失しているが、そのつど再建もされている。
櫟野寺は延暦寺の有力末寺として、さらには甲賀六大寺の筆頭として、往時は広大な境内地を有していたと伝わる。
旧本堂は昭和43年(1968年)に焼失したが、仏像等は収蔵庫に保管されていたため無事であったという。
名 称 | 櫟野寺【らくやじ】 |
所在地 | 滋賀県甲賀市甲賀町櫟野1377 |
電 話 | 0748-88-3890 |
拝観時間 | 午前9時から午後4時まで |
駐車場 | あり(無料) |
Link | 福生山 櫟野寺(いちいの観音) |
あとがき
櫟野寺は、延暦11年(792年)に最澄が十一面観音を安置したときが創建と考えられているから、相当に長い歴史にある寺院である。
また、征夷大将軍に任命された坂上田村麻呂が蝦夷征討に赴く際に櫟野寺を参詣し、蝦夷を無事に平定できたことから祈願寺としたと伝わっている。
貴重な仏像を有する櫟野寺は、仏教美術の宝庫であり、その長い歴史と共に訪れる多くの参拝者にその歴史と神聖な雰囲気を与え続けている。まさに魅力的な観光スポットである。