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厄除の神となった坂上田村麻呂を祀る「田村神社」

はじめに

坂上田村麻呂【さかのうえ の たむらまろ】は、平安時代初期の公卿であり、武官としても名高い人物である。彼の主な功績としては、征夷代将軍として蝦夷征討に大きな功績を残したことと、平城天皇と嵯峨天皇の間で起こった政変「薬子の変」において嵯峨天皇側に立ち、政変を鎮圧したことが挙げられる。

このように、坂上田村麻呂は武勇に優れ、毘沙門天の生まれ変わりと噂されるほどの人物であったとされる。そんな坂上田村麻呂を主祭神として祀るのが、田村神社である。

田村神社は、滋賀県甲賀市土山町に位置し、「厄除けの神」として広く信仰されている。


<目次>
はじめに
田村神社
あとがき

田村神社

田村神社【たむらじんじゃ】は、坂上田村麻呂を主祭神として祀る神社である。

創建については、西暦410年4月8日、甲可翁が天照大御神を奉じて甲可日雲宮に鎮祀した倭姫命の生霊を鎮祭して高座大明神と称したのが田村神社の始まりであるという。

平安時代、坂上田村麻呂は嵯峨天皇に鈴鹿峠の悪鬼を平定するよう命じられ、たちまち悪鬼を平定した。その際、坂上田村麻呂は残っていた矢を放って「この矢の功徳で万民の災いを防ごう。矢の落ちたところに自分を祀りなさい」と言い、矢の落ちたところに本殿を建てさせたとされている。

坂上田村麻呂が亡くなった811年の翌年(812年)に、嵯峨天皇の勅によって坂上田村麻呂を祀る祭壇が鈴鹿峠の二子の峰に設けたという。そして同年、この近辺で疫病が発生したため嵯峨天皇の勅命により当社で厄除の大祈祷が行われたという。

このことが当社が「厄除の神」として崇敬されるようになったきっかけであるという。また、坂上田村麻呂が鈴鹿峠の悪鬼を討伐して交通を安全にしたことから、「交通安全の神」としても崇敬されるようになったされる。

822年4月8日に、二子の峰にあった坂上田村麻呂を祀る社を高座大明神の傍に移して高座田村大明神と称したとされる。

明治5年(1872年)に高座神社と名称を改め、さらに15年後の明治20年(1887年)4月6日に田村神社と改称したという。

田村神社において毎年2月17日~19日の3日間に執り行われる厄除大祭は特に有名である。

かつてはこの厄除大祭の初日には必ず大雪が降ることが地元では当たり前のように信じられていた。

私も甲賀に住んでいた頃に経験がある。スタットレスタイヤが普及していない頃で、通勤のために朝食後にタイヤチェーンを装着するのが億劫だった想い出がある。暖冬が続く現在ではどうなのだろうか。

名 称田村神社
所在地滋賀県甲賀市土山町北土山469
駐車場あり(無料)
Link開運厄除・交通安全 田村神社

あとがき

坂上田村麻呂は、弘仁2年(811年)に54歳で亡くなったと伝えられている。彼の死後、嵯峨天皇の勅命により、平安京の守護神として祀られたという。それほどに嵯峨天皇の信頼が厚く、功績も大きかったのであろう。

坂上田村麻呂の功績は、日本の歴史において重要な位置を占めている。私と同年代の者で、坂上田村麻呂の名前を憶えていない者は少ないのではなかろうか。

坂上田村麻呂は、身長が約176cmと当時としては非常に背が高く、立派な体格を持っていたとされる。そして、彼は武勇に優れ、毘沙門天の生まれ変わりと噂されるほどの人物であったと伝えられている。

その武勇と天皇への忠誠心から坂上田村麻呂には多くの伝説が残されている。代表的な伝説には下記のようなものがある。

鬼退治の伝説

坂上田村麻呂は、征夷大将軍に任命され、蝦夷討伐のために東北地方に派遣された。彼は多くの鬼神を討伐したとされ、その中でも特に有名なのが大多鬼丸【おおたおにまる】の討伐である。大多鬼丸は大滝根山を本拠としていた賊の首領であり、坂上田村麻呂は彼を討つために戦い、多くの伝説が生まれたという。

鈴鹿御前との伝説

坂上田村麻呂は、鈴鹿山に住む美しい女性であった鈴鹿御前と出会い、彼女の助けを借りて悪路王【あくろおう】や赤頭【あかがしら】といった妖怪を討伐したとされている。鈴鹿御前は、坂上田村麻呂の妻となり、共に戦ったとされる伝説も残されている。

他にも、京都の清水寺の創建にも坂上田村麻呂が関わっているとする伝説や、各地で温泉を発見したり、休息した石や矢をかけた松など、様々な場所に彼の伝説が残されている。

これらの伝説は、田村麻呂の武勇と信仰心を象徴するものとして語り継がれている。彼の伝説は、日本各地に広がり、彼の功績とともに多くの人々に親しまれてきたという長い歴史がある。しかしながら、現代の日本人、特に若者たちで坂上田村麻呂の名を知っている人はどれくらいの比率にまで低下しているのだろうか。


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