◆ はじめに
「伊賀の国」は、かつての日本の地方行政区分で、現在の三重県西部、上野盆地一帯に該当する令制国の一つであり、東海道に属していた。「伊賀」は、現在でも三重県の伊賀地方を指す呼称として使われており、伊賀市と名張市を中心に構成されている。伊賀は、伊賀流忍者の発祥地として知られ、伊賀焼(陶器・炻器)や伊賀組紐の産地としても有名である。
観阿弥【かんあみ】は、南北朝時代から室町時代にかけて活躍した猿楽師で、息子の世阿弥【ぜあみ】とともに日本の伝統芸能の一つである「能」を大成した人物として知られている。
観阿弥は、1333年に伊賀国で生まれたと伝えられている。しかしながら、具体的な出生地についての明確な記録がなく、伊賀国のどこで生まれたのかははっきりとは分かっていない。
そのような観阿弥が初めて座を起こしたとされる史跡として、「観阿弥創座の地」が名張市の小波田地区に残されている。
観阿弥創座の地
能の大成者である観阿弥が初めて座を起こしたとされる地が現在の三重県名張市の小波田地区にある。

現在、この地区には観阿弥が座を起こしたことを記念して能舞台が設置されており、「観阿弥ふるさと公園」として整備されている。

そしてこの能舞台で例年11月の第一日曜日に観阿弥祭が開催されている。私は偶然にも名張市の広報誌で2022年11月6日に観阿弥祭が開催されることを知り、その観阿弥祭を観劇できる機会を得ることができた。

コロナ禍で観阿弥祭の中止が続いていたらしいが、3年ぶりに開催されたという2022年の観阿弥祭は、第53回目を迎えていた。2022年の観阿弥祭では名張子ども狂言の会(大蔵流)による狂言(「しびり」)や連吟(「宇治の晒」)と、地元の能楽愛好団体による謡曲【ようきょく】や仕舞【しまい】が披露された。

さらに2022年の観阿弥祭は、名張能楽祭が同時開催されたことから大蔵流狂言師の茂山宗彦【しげやまもとひこ】氏と山下守之【やましたもりゆき】氏による狂言「清水【しみず】」を鑑賞することもできた。狂言「清水」は、大蔵流では鬼狂言と呼ばれ、太郎冠者(シテ=主役)と主人との掛け合いが楽しい話である。

主人に先回りするために家と清水との間を疾走する太郎冠者の様子と苦しい言い訳が演じられており実に楽しい。この狂言の話は、かつて学校の何かの教科書で学んだ記憶があり、非常に懐かしい思いがした。
| 名 称 | 観阿弥創座の地(観阿弥ふるさと公園) |
| 所在地 | 三重県名張市上小波田 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 観阿弥|名張市 |
◆ あとがき
能と狂言は、どちらも日本の伝統芸能であり、いずれも猿楽【さるがく】から発展した芸能である。共通点として、どちらもヒノキで作られた簡素な舞台で演じられ、主役を「シテ」と呼ぶ点が挙げられる。また、足の運びや発声法など、基本的な所作にも多くの共通性がある。
一方で、両者には明確な違いもある。能は主に神・幽霊・歴史上の人物などが主人公となり、能面をつけて演じる仮面劇である。物語は悲劇的・象徴的な内容が多く、観客に深い余韻や緊張感を与え、人生を省みさせるような構造を持つ。
能の観世流は、シテ方五流の一つであり、観阿弥・世阿弥の親子によって芸風が確立された。室町時代から江戸時代にかけて幕府の保護を受けて発展し、現在では最大の流派として多くの能楽師が所属している。観世流の特徴は、優美で繊細な芸風にあると言われている。
一方、狂言は武士・家来・庶民などが登場人物となり、基本的には面をつけず(演目によっては狂言面を用いる)、会話劇として演じられる。庶民の日常を題材にした喜劇が中心で、観客を笑わせ、心を和ませることを目的とする。
狂言の大蔵流は、主要な流派の一つで、江戸時代には奈良に住み、尾張徳川家に仕えた歴史を持つ。古い手組(リズムや型)や掛声を多く残している点が特徴で、音楽的構造が比較的素朴であるとされる。
このように、能と狂言は性質こそ異なるものの、同じ舞台で互いを補い合う関係にある。そのため、同日の公演で能と狂言が続けて上演されることも多く、観世流の能と大蔵流の狂言を目にする機会が自然と多くなるのは、こうした背景があるからである。
こうして舞台の歴史をたどるたびに、能と狂言が今も息づく理由をあらためて感じさせられる。
