◆ はじめに
伊賀市にある江寄山常福寺(えごやま・じょうふくじ)は、奈良時代に創建されたと伝わる歴史ある古刹である。国指定重要文化財の木造五大明王像をはじめ、本堂を彩る見事な彫刻や豊かな自然環境など、多くの見どころを今に伝えている。
境内に足を踏み入れると、まず目に飛び込んでくるのは堂々とした本堂。そして向拝を飾る極彩色の彫刻は、思わず足を止めて見入ってしまうほどの美しさである。さらに裏山には巡礼気分を味わえる大師道が整備されており、静かな山里ならではの穏やかな時間が流れている。
今回は、伊賀の里にひっそりと佇む常福寺を訪ね、その歴史や文化財、そして境内の見どころをご紹介したい。
常福寺の由緒
江寄山常福寺(えごやま・じょうふくじ)は、真言宗豊山派に属する伊賀の古刹である。寺伝によれば、養老6年(722)に西国三十三所観音霊場の創始者として知られる徳道上人によって創建されたと伝えられている。
徳道上人は、奈良・長谷寺の本尊である十一面観世音菩薩の造立に際し、その余材を用いて五大明王像を造らせ、この地に祀ったという。さらに天平2年(730)には聖武天皇に上奏され、勅願寺となったと伝えられている。
しかし、戦国時代の天正伊賀の乱によって、本尊を除く堂宇のほとんどが焼失した。その後、元和元年(1615)に紀州根来から宥俊法印(ゆうしゅんほういん)が入山して寺を再興し、中興の祖として仰がれている。
江戸時代には藤堂家の祈願所として保護を受け、現在の本堂は寛政8年(1796)に建立されたと伝わる。
本尊の木造五大明王像は国指定重要文化財で、平安時代に造立された全国的にも貴重な作例である。五体がそろって伝わる例は少なく、いずれも堂内の大厨子に安置されている。
また、本堂正面の向拝には見事な彫刻が施されている。木鼻や蟇股、鳳凰彫刻は、藤堂藩お抱えの彫刻師として知られる田中岷江(たなか みんこう)の作と伝えられ、伊賀市指定文化財に指定されている。特に鳳凰彫刻は、翼を大きく広げた躍動感あふれる作品として知られ、常福寺を代表する見どころの一つとなっている。
伊賀の里に静かに佇む常福寺は、千三百年の歴史と国指定重要文化財の五大明王像、そして名工・田中岷江による華麗な彫刻を今に伝える、伊賀を代表する古刹の一つである。
常福寺を歩く
常福寺は、奈良時代に創建されたと伝わる歴史ある古刹である。国指定重要文化財の五大明王像をはじめ、本堂を彩る精緻な彫刻や豊かな自然に囲まれた境内など、見どころが多く、日本の仏教文化と歴史を身近に感じられる寺院である。
● 本尊・木造五大明王像(秘仏・国指定重要文化財)
本堂には、御本尊である木造五大明王像が安置されている。五体がそろって現存する平安時代の五大明王像は全国的にも極めて貴重で、その堂々たる姿は圧巻である。
通常は秘仏となっているが、毎年1月1日から3日までと4月3日、8月18日のみ特別開帳される。間近で拝観すると、千年近い時を超えて伝えられた明王たちの迫力と存在感に圧倒される。
● 本堂の極彩色・精緻な彫刻(伊賀市指定文化財)
本堂の向拝(こうはい)には、龍や獅子、象鼻、鳳凰などの見事な彫刻が施されている。これらは藤堂藩ゆかりの名彫刻師・田中岷江(たなか みんこう)の作と伝えられ、伊賀市指定文化財に指定されている。躍動感あふれる彫刻と鮮やかな彩色は、常福寺を代表する見どころの一つである。
● 大師道──自然を満喫できるミニ霊場
常福寺の裏山である不動山には、「大師道」と呼ばれる巡拝路が整備されている。道沿いには四国八十八ヶ所や西国三十三ヶ所を模した石仏群が祀られ、気軽に巡礼気分を味わうことができる。木々に囲まれた静かな山道を歩きながら、心穏やかなひとときを過ごせるのも魅力である。
● 歴史を伝える鰐口(三重県指定有形文化財)
本堂内には、応永6年(1399年)に製作された鰐口(わにぐち)が保存されている。県指定有形文化財であり、三重県内でも最古級とされる貴重な文化財である。中世伊賀の信仰と歴史を今に伝える貴重な遺産として大切に守られている。
● 樹齢250年の御神木「広葉杉(こうようざん)」
境内中央には、高さ約25メートルにおよぶ広葉杉(こうようざん)の巨木がそびえている。樹齢は約250年とされ、常福寺の象徴的な存在である。堂々と枝を広げる姿は訪れる人々を迎え、長い歳月を寺とともに歩んできた歴史を感じさせてくれる。
● 本堂脇の庭園
本堂の脇には、梅をはじめとする草木が植えられた落ち着いた庭園が広がる。派手さはないものの、古刹らしい静けさと趣に満ちており、四季折々の自然を楽しみながらゆったりと過ごすことができる。
● 初夏を彩るハスの花
近年の常福寺は、「ハスのお寺」としても親しまれている。初夏になると境内には数多くの鉢植えのハスが並び、淡いピンクや白の大輪が美しく咲き誇る。その姿はまるで極楽浄土を思わせるようで、多くの参拝者の目を楽しませている。ハスは早朝から午前中にかけて最も美しく開花するため、この時期は朝の参拝がおすすめである。
歴史ある仏像、名工による華麗な彫刻、豊かな自然、そして季節の花々。常福寺は、伊賀の里にひっそりと佇みながらも、多彩な魅力を秘めた古刹である。ゆっくりと境内を歩けば、千三百年にわたる祈りの歴史と静かな時間の流れを感じることができるだろう。
| 名 称 | 江寄山 明王院 常福寺 |
| 所在地 | 三重県伊賀市古郡559 |
| TEL | 0595-38-1016 |
| アクセス | 名阪自動車道「上野東IC」から南へ約15分 (国道422号線経由で約10km) |
| 駐車場 | あり(無料)約20台 |
| Link | 江寄山常福寺ホームページ |
◆ あとがき
常福寺は決して大規模な寺院ではない。しかし、その境内には千三百年近くにわたって受け継がれてきた祈りの歴史と、人々が守り伝えてきた文化財が静かに息づいている。
国指定重要文化財の木造五大明王像、名工・田中岷江による華麗な彫刻、豊かな自然に囲まれた大師道、そして季節ごとに彩りを見せる花々。それぞれに見応えがありながらも、どこか素朴で温かみのある雰囲気が常福寺の大きな魅力ではないだろうか。
慌ただしい日常を離れ、ゆっくりと境内を歩いていると、歴史の重みとともに心が穏やかになっていくのを感じる。伊賀を訪れる機会があれば、ぜひ常福寺にも足を運び、古刹ならではの静寂と美しい彫刻の世界に触れてみてほしい。
千年を超える歳月を見つめてきた明王さまと彫刻たちが、きっと訪れる人を静かに迎えてくれるはずである。