◆ はじめに
多気町の静かな集落を歩いていると、大木の梢が空高く突き抜けるようにそびえているのが見えてくる。近づくにつれて、その圧倒的な存在感に思わず足が止まった。津田神社の大杉である。
この杉は、千年を超える歳月を生きてきたと伝えられている。その根元に立つと、古代から続く林神社の歴史や、この土地に生きた人々の祈りが静かに伝わってくるようであった。
一見すると静かな村の氏神さまであるが、その歴史をたどれば『延喜式』に名を連ねる古社「林神社」に行き着く。そして境内には、訪れる人を圧倒する一本の大杉が天を突くようにそびえている。 本稿では、千年を超える歳月を見つめてきたという大杉と、古代から続く林神社の記憶をたずねながら、ふるさとの歴史に思いを巡らせてみたい。
津田神社の由緒
津田神社は三重県多気郡多気町井内林に鎮座する神社である。現在の社名は津田神社であるが、その起源は延喜式内社として知られる林神社に由来する。
明治41年(1908年)、旧津田村にあった複数の神社と境内社を合祀し、社名を津田神社へ改めたという。以来、地域の総鎮守として今日まで信仰を集めている。
林神社は『延喜式神名帳』に記載された由緒ある神社であり、平安時代にはすでに朝廷の祭祀体系の中に位置づけられていた。長い歴史のなかで火災や時代の変遷を経験しながらも、その記憶は現在の津田神社へと受け継がれている。
境内には室町時代の神事に関する記録である「神事頭番帳」が伝えられており、当時の地域社会や宮座の様子を知る貴重な文化財となっている。
津田神社を歩く
津田神社は櫛田川右岸の河岸段丘上に鎮座している。集落の中にありながら、境内へ足を踏み入れると空気が変わる。
鳥居をくぐると正面に拝殿が建ち、その奥には神明造の本殿が静かに佇んでいる。派手さはないが、長い歴史を秘めた落ち着いた社叢が心を和ませてくれる。
境内には今も「林神社」の名を刻んだ石柱が残されており、この場所がかつて林神社であったことを静かに物語っている。
また鳥居のそばには「伊勢白龍大明神」が祀られている。これは後述する大杉への信仰と深く結びついている。
千年の時を刻む大杉
津田神社を訪れてまず目を奪われるのが、境内にそびえる巨大な杉である。
神社庁の案内によれば、この大杉は樹齢千年を超えると伝えられている。地域では「伊勢白龍大明神」が宿る御神木として崇敬されてきた。
見上げるほど高い樹冠と堂々たる幹は圧巻である。現地案内では高さ約38メートル、幹回り約7.4メートルとされ、まさに地域の象徴と呼ぶにふさわしい存在である。
老木ではあるが樹勢はなお旺盛で、今も力強く天へ向かって枝を伸ばしている。
何百年もの風雪に耐え、戦乱や飢饉、洪水や台風を見つめてきたであろう大杉。その姿の前に立つと、人の一生の短さと、自然が刻む時間の長さを思わずにはいられない。
林神社の記憶をたずねて
津田神社の旧称である林神社は、多気郡五十二座の式内社の一社として知られていた。
『延喜式』に名を残した神社は、千年以上前から地域の信仰の中心であったことを意味する。平安時代の人々もまた、この地に神を祀り、豊かな実りや暮らしの安寧を祈っていたことだろう。
現在では社名こそ津田神社へと変わったが、境内に残る「林神社」の石柱や古文書は、その記憶が途切れていないことを教えてくれる。
神社とは、単なる建物ではない。人々の祈りが積み重なり、その土地の歴史そのものを映し出す存在である。
津田神社には、林神社として歩んできた長い歴史の面影が今も静かに息づいていた。
大杉が語るふるさとの歴史
境内の大杉は、当然ながら言葉を持たない。
けれども、その年輪の一つひとつには、この土地の歴史が刻まれているように思える。
平安の昔、林神社として栄えた時代。
室町時代、人々が宮座を組み神事を営んだ時代。
江戸時代、村人たちが日々の暮らしを営んだ時代。
そして明治の神社合祀を経て津田神社となり、現在へ至る時代。
そのすべてを、この大杉は見守ってきたのだろう。
地域の人口が減り、暮らしの形が変わった現代でも、大杉は変わることなく人々を迎え続けている。
まるで、「歴史は過去のものではなく、今もここに生きている」と語りかけているかのようであった。
◆ あとがき
津田神社は決して大規模な観光神社ではない。しかしそこには、千年以上にわたる地域の記憶が静かに息づいていた。
とりわけ境内の大杉は、単なる巨木ではなく、この土地の歴史を見守り続けてきた生きた証人のような存在であった。
私たちは歴史を本や資料の中で学ぶ。しかし、ときにはこうして古社を訪ね、老樹の前に立つことでしか感じられない歴史がある。
津田神社の大杉を見上げながら、ふるさとの歴史は人が守るだけでなく、木々もまた語り継いでいるのだと、しみじみ感じたひとときであった。
人の一生は百年にも届かない。しかし千年杉は、その十倍もの歳月を静かに生き続けている。だからこそ、その前に立つと、自分もまた長い歴史の流れの一部であることに気づかされる。
津田神社の大杉は、過去を語るだけではなく、今を生きる私たちに「受け継ぐこと」の意味を問いかけているように思えた。
千年を超える時を生きた大杉は、多くの人々の祈りを受け止めながら今日まで立ち続けてきた。人の命はその前では束の間のようにも感じられる。しかし、その短い人生だからこそ、先人から受け継いだものを次代へ手渡していくことに意味があるのではないだろうか。