上色見熊野座神社を歩く──苔むす参道に宿る異界の気配

目次
はじめに
上色見熊野座神社
穿戸岩と鬼八法師
あとがき

はじめに

山あいの集落を抜け、上色見熊野座神社へと続く参道に足を踏み入れると、空気がひとつ深く沈み、まるで世界が静かに切り替わったように感じられる。苔むした石灯籠が並ぶ石畳の参道は、長い歳月をそのまま抱え込んだように湿り気を帯び、歩くほどに人の気配が薄れ、代わりに“異界の気配”がそっと立ちのぼってくる。神話の舞台を思わせるこの神域には、説明を超えた何かが確かに息づいており、訪れる者の心を静かに整えてくれる。シニア世代になった今だからこそ、この深い静けさと境界の感覚が、より鮮やかに胸に響くのかもしれない。今日は、その参道をゆっくり歩きながら、上色見熊野座神社が宿す異界の気配にふれてみたい。


上色見熊野座神社

上色見熊野座神社【かみしきみくまのいますじんじゃ】は、熊本県高森町に鎮座する神社で、御祭神は伊邪那岐神・伊邪那美神の二神である。さらに、阿蘇大明神として知られる健磐龍命【たけいわたつのみこと】の荒魂、そして石君大将軍【いわぎみたいしょうぐん】も祀られている。

上色見熊野座神社参道第二鳥居には「熊野宮」の銘がある

創建はきわめて古く、紀州熊野の熊野本宮大社から勧請されたと伝えられる。南郷地域の総鎮守として長く信仰を集めてきたが、従前の社殿は天正年間の兵火によって焼失したという。現在の社殿は享保七年(1723年)に再建されたもので、約三百年の歴史をもつ。

社殿の背後、山腹には「穿戸岩」【うげといわ】と呼ばれる巨大な風穴がある。縦横約十メートルにも及ぶこの大風穴は、古くから願いが通る場所として信仰され、現在ではパワースポットとして広く知られている。

名 称上色見熊野座神社
御祭神伊邪那岐神(=イザナギ)
伊邪那美神(=イザナミ)
阿蘇大明神(健磐龍命)の荒魂
石君大将軍
所在地熊本県高森町上色見2619
駐車場あり(無料)
Link上色見熊野座神社

穿戸岩と鬼八法師

上色見熊野座神社の社殿背後の山腹には、巨大な風穴「穿戸岩」【うげといわ】があり、いまでは大人気のパワースポットとして知られている。

この穿戸岩には、九州地方に伝わる妖怪・鬼八法師【きはちほうし】にまつわる伝説が残されている。鬼八法師は非常に力が強く、首を切り落とされても再生するほどの蘇生力を持つ存在とされ、霜を自在に操り農作物に被害を与える妖怪として恐れられた。一方で「霜宮」【しもみや】とも呼ばれ、霜を司る神として信仰された側面もある。

鬼八法師は、阿蘇大明神として知られる健磐龍命【たけいわたつのみこと】の従者であり、健磐龍命が放った弓矢を拾いに行く役目を担っていた。ところがある日、弓を拾う役目に疲れ果てた鬼八法師は、弓を足の指に挟んで健磐龍命へ投げ返してしまう。これに激怒した健磐龍命から逃れるため、鬼八法師は岩壁を蹴破って山中へ逃げ去ったと伝えられている。その蹴破った跡こそが、現在の「穿戸岩」であるという。

こうした伝承から、穿戸岩は「困難な目標でも必ず道が開ける象徴」とされ、合格祈願や必勝のご利益がある場所として多くの参拝者を集めている。


あとがき

上色見熊野座神社は、近年「異界への入り口」とも呼ばれ、SNSでも話題を集める人気の神社である。社殿へと続く参道の両側には、全部で97基もの石灯籠が静かに並び、深い森に包まれた道には苔むした緑の世界が広がっている。わずかに差し込む陽光が苔の表面を照らす光景は、幻想的であり、どこか神秘の気配を帯びている。

社殿を抜け、さらに急な坂道を登っていくと、やがて「穿戸岩」【うげといわ】と呼ばれる巨大な風穴にたどり着く。縦横10メートルほどもあるこの大風穴は、古くから願いが通る場所として信仰され、現在ではパワースポットとして知られている。

率直に言えば、私がこの地を訪れたのは、妻に誘われて穿戸岩を見学するためであり、上色見熊野座神社そのものは「全国に数多ある熊野神社の一社」程度にしか認識していなかった。今思えば、なんとも滑稽である。そして恥ずかしながら、熊野神社に祀られている神様の名前すら知らなかった。

ところが、上色見熊野座神社には日本神話でも重要なイザナギとイザナミの二神が祀られていることを知り、さらに、私が何度も参拝してきた熊野本宮大社をはじめとする熊野三山にも同じ二神が祀られていることを理解するきっかけとなった。御祭神名が難しく、イザナギ・イザナミと結びつけられなかったのである。

そう考えると、上色見熊野座神社は、私にとって特別な神社である。ただの観光地として訪れた場所が、神話の源流へとつながる扉だった── そのことに気づいた瞬間、旅の風景が静かに深まり、心の中に新しい余韻が生まれた。

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