はじめに
湖南三山は、琵琶湖の南側、滋賀県湖南市にある次の3寺院の総称である。
- 阿星山 常楽寺(天台宗)
- 阿星山 長寿寺(天台宗)
- 岩根山 善水寺(天台宗)
平成16年(2004年)10月1日に、いわゆる「平成の大合併」によって、かつて同じ甲賀郡であった旧石部町と旧甲西町が合併して「湖南市」が発足したのを機に、新しい市名に因んで3寺院を「湖南三山」と総称するようになったいう。「湖東三山」(西明寺・金剛輪寺・百済寺の総称)のように広く一般に認知されるようになれば良いと思う。
これら3寺院には共通点があって、いずれも奈良時代に建立された天台宗の寺院で、本堂や三重塔が国宝に、その他多数の建造物や仏像などが重要文化財に指定されている。また、これらの寺院は美しい自然環境に囲まれており、参拝者に静寂と安らぎを与えている。また、湖東三山と同様に、湖南三山は「紅葉の名所」として地元ではよく知られた存在である。
本稿では、秋が深まり紅葉の季節となったこの機会を捉え、紅葉の見頃を迎えた湖南三山の魅力を伝えたいと思う。
常楽寺
常楽寺【じょうらくじ】は、天台宗系単立の寺院で、山号は阿星山【あぼしさん】と称する。令和4年(2022年)に天台宗より離脱し、単立寺院となっている。御本尊は千手観音で、近江西国三十三箇所観音霊場の第1番札所である。
同じく湖南三山の一つである長寿寺の「東寺」【ひがしでら】という呼称に対して、「西寺」【にしでら】と呼ばれことがある。
創建の時期については、寺伝では和銅年間(708年~715年)に元明天皇の勅願によって良弁により創建されたとされる。
延暦年間(782年~806年)に天台宗に改宗し、平安時代から鎌倉時代にかけては長寿寺とともに歴代天皇の尊崇が厚く、阿星山五千坊と呼ばれるほどの天台仏教園を形成したとされる。
延文5年(1360年)に火災によって伽藍が全焼するが、同年のうちに観慶らによって再興されたらしい。
本堂と三重塔が国宝に指定されている。
現在、大津市にある園城寺(三井寺)の大門(仁王門;重要文化財)は、元々は常楽寺のために建立されたものが移築されたものであるという。
常楽寺は、春はツツジ、初夏はサツキ、秋は紅葉、冬は雪景色と四季の移ろいをたのしめる美しい寺院であるという。
常楽寺は、秋の特別公開中以外の参拝には事前予約が必須となっているので、秋以外の季節に参拝する場合には要注意である。
名 称 | 常楽寺 |
所在地 | 滋賀県湖南市西寺6丁目5-1 |
入山料 | 大人600円 |
駐車場 | あり(無料) |
Link | 常楽寺 | 湖南三山常楽寺ホームページ |
長寿寺
長寿寺【ちょうじゅじ】は、天台宗の寺院で、山号を阿星山【あぼしさん】と称する。御本尊は地蔵菩薩である。
同じく湖南三山の一つである常楽寺の「西寺」【にしでら】という呼称に対して、「東寺」【ひがしでら】と呼ばれることがある。
創建の時期については、寺伝では、奈良時代の天平年間(729年~749年)に聖武天皇が良弁に子宝の祈願をさせたところ皇女(後の孝謙天皇)が誕生したという。
そこで良弁が籠っていた阿星山が紫香楽宮【しがらきのみや】の鬼門に当たるので、鬼門封じとしてこの地に皇女の長寿を願って七堂伽藍24ヵ坊からなる勅願寺を建立して「長寿寺」と名付けたと伝わっている。
そして行基に作らせた子安地蔵を本尊としたとされる。
平安時代の貞観年間(859年~877年)に本堂が焼失するがすぐに復興され、その後は、阿星山五千坊と呼ばれるほどの天台仏教園を形成したとされる。
鎌倉時代には源頼朝が、そして室町時代には足利将軍家が祈願所として諸堂を造改修したとされる。
長寿寺の三重塔は、織田信長によって安土城山中の摠見寺に移築され、重要文化財となっている。
また楼門は栗東市にある蓮台寺(廃寺)に移設されたというが、現存していないのは残念である。
本堂(国宝)は、平安時代末期ないし鎌倉時代初期(12世紀)の建立と推定されている。中世初期の仏堂の形態を今に残す貴重な建築物とされている。
また、木造四天王立像等は国の重要文化財に指定されている。
名 称 | 長寿寺 |
所在地 | 滋賀県湖南市東寺5丁目1-11 |
入山料 | 大人600円 |
駐車場 | あり(無料) |
Link | 長壽寺 (chojyuji.jp) |
善水寺
善水寺【ぜんすいじ】は、天台宗の寺院で、山号は岩根山【いわねさん】と称する。御本尊は薬師如来である。
創建の時期については、伝承では奈良時代の和銅年間(708年~715年)に元明天皇が国家鎮護の道場として建立し、「和銅寺」と称したとされる。
その後、平安時代初期に最澄が入山して池から出てきた薬師如来を本尊として請雨の祈祷をし、天台寺院に改宗した上で延暦寺の別院諸堂を建立したという。
桓武天皇が病気になった際、最澄が法力により当寺の霊水を献上したところ、たちどころに回復したことから桓武天皇が「岩根山善水寺」の寺号を授けたと伝わっている。
その後に境内は拡張され、本堂のある地を「中尾」、清涼山を「東尾」、岩根山を「西尾」といい、塔頭が計26ヵ坊存在していたという。
西尾と呼ばれる岩根山には十二坊(善覚院・中之坊・角之坊・岩蔵坊・持蓮坊・宝泉坊・角心坊・善明坊・浄心坊・大門坊・宝乗坊・実蔵坊)があったことから岩根山は「十二坊山」とも呼ばれていたという。
本堂(国宝)は、南北朝時代の建立とされ、天台密教様式の仏堂と言われている。本堂には御本尊の薬師如来像はじめ30余躯の仏像が安置されている。
私が善水寺を参拝したときはちょうど紅葉が見頃を迎えていた頃であり、国宝の本堂をモミジの紅葉が彩っていて、本堂を一層引き立てているようであった。
モミジは仏殿と相性が良いのだろうか。そこに仏殿があるだけでモミジが引き立ち、モミジがあると仏殿が引き立つ。勿論、紅葉の時も素晴らしいが、春の若葉や夏の青葉のときもきっと素晴らしいに違いない。
善水寺の境内にはモミジが数多く植栽されているので、紅葉の時期は特に艶やかになる。
善水寺の境内には紅葉の撮影スポットが多いが、中でも私が気に入っている場所がある。それは庫裡【くり】の横から参道(通行止め中)が下方に見える場所から見える紅葉である。色彩のグラデーションが素晴らしいのである。ずっと見続けていても飽きることはない。参拝客は誰もいないので自由に写真を撮影できることも嬉しい。
また、モミジの紅葉と柿のコラボ写真はどうだろうか。ベストの構図ではないが、秋の季節を十分に感じさせてくれる一枚と言えるかも知れない。
境内には桓武天皇の病を治したとされる霊水「善水元水」の水くみ場があり、汲むこともできる。
善水寺本堂から岩根の里に下っていく途中には観音堂があり、丈六観音像が安置されている。
観音堂の周辺は参拝者がほとんどいないので静かな時間を一人で過ごすことができる。こんな素晴らしい環境の中で贅沢なことだと思う。
観音堂の近くの紅葉も見頃を迎えており、とても綺麗であった。
名 称 | 善水寺 |
所在地 | 滋賀県湖南市岩根3518 |
入山料 | 大人600円 |
駐車場 | あり(無料) |
Link | 岩根山 国宝 善水寺 |
あとがき
湖南三山を紅葉の見頃の季節に参拝した。どの寺院も甲乙つけがたい紅葉と見事な伽藍であった。尤も甲乙を付ける必要など全くない。それぞれに個性に富んだ素晴らしい寺院である。
実を言うと「平成の大合併」で湖南市が誕生する以前、つまりは「甲賀流忍者の里」である甲賀町と同じ甲賀郡であった時代に、私は甲賀町にある勤務先に通勤していたことがある。また独身時代には住んでいたこともある。しかしながら、当時はすぐ近くにこんな素晴らしい寺院があることを全く知らなかった。知らないから参拝する機会もなかった。当時も今日と変わらず素晴らしかったであろうから、なんとも惜しいことをしたものである。
当時からすでに有名であった「湖東三山」の方に足を伸ばして出かけて行ったものである。近くにこんなに素晴らしい名刹・古刹があるのであれば、休日は参拝後にゆっくりと散策をさせてもらって転地効果によるリフレッシュとストレス解消ができたかと思うと実に残念である。
リタイアした今はストレスフリーなのでストレス解消のための参拝は不要である。しかしながら、魅力的な湖南三山に時折参拝させて頂き、本堂に大切に安置された仏像に静かに合掌したいと思う。そうすることで不思議なことに日頃忘れがちな大切なことに気付かされることが多いと感じるからだ。