| <目次> はじめに 夏越の大祓とは 岡八幡宮を訪ねて 上野天神宮(菅原神社)を訪ねて 茅の輪くぐりの由来 茅の輪くぐりを体験する 人形(ひとがた)に託す祈り 地域に息づく夏の伝統行事 無病息災を願う心は今も変わらない あとがき |
◆ はじめに
六月の終わりが近づくと、全国の神社で「夏越の大祓(なごしのおおはらえ)」が執り行われる。
境内に大きな茅の輪が設けられ、人々はその輪をくぐりながら半年間の穢れを祓い、残る半年の無病息災を祈願する。古くから続くこの神事は、日本人が節目ごとに心身を整え、新たな気持ちで歩み出すための大切な習わしとして受け継がれてきた。
近年では、夏越の大祓を「一年の折り返し」として捉え、自らの暮らしを見つめ直す機会とする人も少なくない。慌ただしい日常の中で積み重なった疲れや不安を手放し、心を整える時間は、現代を生きる私たちにとっても貴重な意味を持っている。
今回私は、伊賀市に鎮座する岡八幡宮と上野天神宮(菅原神社)を訪ね、夏越の大祓と茅の輪くぐりに込められた祈りの心に触れる機会を得た。
そこには、遠い昔から変わることなく受け継がれてきた無病息災への願いと、人々が支え合いながら地域の伝統を守り続ける姿があった。
本稿では、両社の夏越の大祓を紹介しながら、茅の輪くぐりや人形(ひとがた)に託された祈りの意味、そして現代にも息づく日本人の心の在り方について考えてみたい。
夏越の大祓とは
夏越の大祓(なごしのおおはらえ)は、毎年6月30日頃に全国の神社で行われる伝統的な神事である。半年の間に知らず知らずのうちに身についた罪や穢れ(けがれ)を祓い清め、残る半年を健やかに過ごせるよう無病息災を祈願する。
「大祓」は古くから行われてきた神道の重要な神事で、平安時代の法令集『延喜式』にも記録が見られる。現在では6月末の「夏越の祓」と12月末の「年越の祓」が広く知られ、日本人が節目ごとに心身を整える習わしとして受け継がれている。
その思想的な源流は、『古事記』や『日本書紀』に記されたイザナギノミコトの禊祓(みそぎはらい)に求められる。黄泉の国から戻ったイザナギノミコトが川で身を清めた神話は、日本人の「祓い」と「清め」の原点として現在まで語り継がれている。
夏越の大祓では、神社ごとに多少の違いはあるものの、主に次のような神事が執り行われる。
● 大祓詞(おおはらえのことば)の奏上
神職が大祓詞を奏上し、参列者とともに罪や穢れを祓い清める。
● 形代(かたしろ)による祓い
人の形をした「人形(ひとがた)」や車形代に氏名や年齢などを記し、身体をなでたり息を吹きかけたりして穢れを移す。形代は神社によって川や海へ流したり、神事の後にお焚き上げされたりする。
● 茅の輪くぐり
チガヤで編まれた大きな輪を、左・右・左と八の字を描くように三度くぐり、最後に神前へ進んで参拝する。茅の輪をくぐることで心身の穢れを祓い、疫病退散や無病息災を願う。
古来より日本人は、半年ごとに自らを振り返り、心身を清らかに整える機会を大切にしてきた。夏越の大祓は、単なる厄除けの行事ではなく、新たな気持ちで次の半年を歩み始めるための人生の節目でもある。
伊賀の国にも、この伝統を今に伝える神社がある。本稿では、岡八幡宮や上野天神宮(菅原神社)を訪ねながら、夏越の大祓と茅の輪くぐりに込められた祈りの心をたどってみたい。
岡八幡宮を訪ねて
岡八幡宮(おかはちまんぐう)は、三重県伊賀市白樫に鎮座する由緒ある神社である。主祭神として応神天皇(八幡神)を祀り、地元では親しみを込めて「岡さん」の名で呼ばれている。
岡八幡宮は、源頼朝が奥州平泉征討の戦勝を祈願した際、「鶴岡八幡宮の末社を全国に建立する」と誓願し、その第一号として伊賀の地に創建したと伝えられている。社名の「岡八幡」は、鎌倉の鶴岡八幡宮の末社であることを示す略称である。全国への建立計画は頼朝の没後に中止されたため、岡八幡宮は結果として最初で最後の末社となったという。
境内は豊かな森に包まれ、古くから地域の人々の信仰を集めてきた。春には勇壮な流鏑馬神事が行われることでも知られ、歴史と伝統が今も息づいている。静寂な境内を歩いていると、鎌倉時代から受け継がれてきた長い歳月の重みが感じられる。
この岡八幡宮でも、毎年6月30日に夏越の大祓(なごしのおおはらえ)が執り行われる。半年間の暮らしの中で知らず知らずのうちに積み重なった罪や穢れを祓い清め、残る半年の無病息災を願う大切な神事である。
当日、境内には茅(ちがや)で編まれた茅の輪が設けられ、参拝者は神職の先導に従って輪をくぐる。古くから伝わる祓いの作法を通して心身を清め、新たな気持ちで日々を歩み始めるのである。
私が訪れた日も、茅の輪の前には地域の人々の静かな祈りの姿が見られた。華やかな祭りではないが、一人ひとりが健康と平穏を願うその姿に、日本人が古くから大切にしてきた「祓い」の心を感じることができた。
| 名 称 | 岡八幡宮 |
| 所在地 | 三重県伊賀市白樫3638 |
| TEL | 0595-20-1828 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| アクセス | 名阪国道「白樫IC」より車で約5分 |
| Link | 岡八幡宮 – 伊賀忍者ゆかりの神社仏閣 |
上野天神宮(菅原神社)を訪ねて
菅原神社(すがわらじんじゃ)は、三重県伊賀市上野東町に鎮座する由緒ある神社である。通称「上野天神宮」として広く知られ、地域の人々からは親しみを込めて「天神さん」と呼ばれている。主祭神は学問の神として名高い菅原道真公で、旧上野町43ヶ町6千戸の惣社として古くから篤い信仰を集めてきた。
境内には重厚な楼門や鐘楼が建ち、長い歴史を感じさせる落ち着いた雰囲気が漂う。また、松尾芭蕉が処女作『貝おほひ』を奉納した神社としても知られ、文学との深いゆかりを今に伝えている。学業成就や合格祈願はもちろん、文芸上達を願う参拝者も多く訪れる。
この菅原神社でも、毎年6月30日に夏越の大祓が執り行われる。境内には大きな茅の輪が設けられ、参拝者は古式に従って輪をくぐり、半年間の罪や穢れを祓い清める。無病息災を祈り、残る半年を健やかに過ごせるよう願う大切な神事である。
茅の輪を前にすると、多くの人が静かに手を合わせ、それぞれの願いを胸に輪をくぐっていく。華やかな祭礼とは異なるが、その光景には日本人が古くから受け継いできた「祓い」と「感謝」の心が息づいているように感じられる。
また、菅原神社では人形(ひとがた)によるお祓いも行われている。人の形に切り抜かれた紙の人形に氏名や年齢を書き込み、自分の身体を撫でたり息を吹きかけたりして、知らず知らずのうちに積み重なった穢れや災いを移すのである。人形は神事の中で祓い清められ、参拝者は新たな気持ちで半年の節目を迎える。こうした素朴な祈りの形が、現代においても変わることなく受け継がれていることに深い感銘を受けた。
岡八幡宮と同様に、菅原神社でも地域の人々が夏越の大祓を大切に守り続けている。その姿からは、伝統行事が単なる年中行事ではなく、人々の暮らしと心を支える文化として今も生き続けていることが伝わってくる。
| 名 称 | 上野天神宮(菅原神社) |
| 所在地 | 三重県伊賀市上野東町2929 |
| TEL | 0595-21-2940 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| アクセス | 名阪国道「上野IC」から車で約10分 |
| Link | 菅原神社 上野天神宮 | 公式 | 伊賀市 |
茅の輪くぐりの由来
茅の輪くぐりの起源は、古くから伝わる「蘇民将来(そみんしょうらい)伝説」に求められる。この伝説は『備後国風土記』逸文などに記されており、全国各地の神社で行われる夏越の大祓の由来として今日まで語り継がれている。
その昔、一人の旅人が宿を求めて、ある兄弟の家を訪れた。弟の巨旦将来(こたんしょうらい)は裕福であったにもかかわらず宿泊を断ったが、兄の蘇民将来は貧しい暮らしの中にありながらも、心を尽くして旅人をもてなした。
実はその旅人こそ、武塔神(むとうしん)であり、後に素戔嗚尊(スサノオノミコト)と同一視される神であったという。旅立つ際、武塔神は蘇民将来に対し、
「もし疫病が流行したならば、茅の輪を身に着けて蘇民将来の子孫であると名乗りなさい」
と教えた。
その後、疫病が国中に広がったが、教えに従った蘇民将来とその一族は災厄を免れ、末永く繁栄したと伝えられている。一方、もてなしの心を欠いた巨旦将来の一族は疫病によって滅んだとも伝えられる。
この伝説にちなみ、疫病退散や無病息災を願って茅の輪をくぐる習俗が各地に広まった。もともとは腰に付ける小さな茅の輪であったものが、やがて人がくぐるほど大きな輪となり、現在の「茅の輪くぐり」の形になったと考えられている。
茅の輪は単なる草の輪ではない。そこには、困っている人に手を差し伸べた蘇民将来の優しさと、それに報いた神の慈悲が象徴されているのである。現代の私たちが茅の輪をくぐるときもまた、疫病除けや無病息災を願うだけでなく、人を思いやる心の大切さを改めて見つめ直しているのかもしれない。
茅の輪くぐりを体験する
茅の輪くぐりは、夏越の大祓を代表する神事の一つである。古来、人々は茅の輪をくぐることで罪や穢れを祓い、災厄から身を守ることができると信じてきた。
神事に用いられる茅の輪は、茅萱(ちがや)などを束ねて作られた大きな輪で、夏越の大祓の時期になると神社の参道や鳥居の近くに設置される。参拝者はこの輪をくぐることで半年間の穢れを祓い、残る半年の無病息災を祈願するのである。
茅の輪くぐりは誰でも自由に行うことができるが、せっかく参拝するのであれば、古くから伝わる作法を知っておきたい。なお、作法は神社によって多少異なる場合があるが、一般的には次のように行われる。
● 茅の輪くぐりの作法
- 茅の輪の正面で一礼する。
- 左足から輪をくぐり、左回りに一周して元の位置に戻る。
- 茅の輪の前で一礼する。
- 右足から輪をくぐり、右回りに一周して元の位置に戻る。
- 茅の輪の前で一礼する。
- 再び左足から輪をくぐり、左回りに一周して元の位置に戻る。
- 茅の輪の前で一礼する。
- 最後に茅の輪をくぐって神前へ進み、参拝する。
一般には、茅の輪の前で「左・右・左」と八の字を描くように三度くぐることから、「八の字くぐり」とも呼ばれている。
実際に茅の輪をくぐってみると、単なる儀式以上の不思議な清々しさを感じる。輪をくぐるたびに、日々の忙しさの中で積み重なった疲れや迷いが少しずつ洗い流されていくような気持ちになるのである。
もちろん、茅の輪をくぐったからといって病気や災厄がなくなるわけではない。しかし、半年間を無事に過ごせたことへの感謝を捧げ、新たな半年を健やかに過ごそうと心を整えることに、この神事の本当の意義があるように思う。
神社を訪れる機会があれば、ぜひ作法に従って茅の輪をくぐり、古くから日本人が受け継いできた「祓い」の文化を体験してみたいものである。
人形(ひとがた)に託す祈り
夏越の大祓では、紙で作られた人間の形の「人形(ひとがた)」、あるいは「形代(かたしろ)」が重要な役割を果たす。人形は参拝者自身の身代わりとされ、そこに罪や穢れ、災厄を託して祓い清めるのである。
参拝者はまず人形に氏名や年齢を書き込む。そして、その人形で自分の身体を撫で、特に気になる箇所や不調を感じる部分に触れた後、息を三度吹きかける。こうすることで、自らの罪や穢れ、病気や災いのもととなるものが人形に移ると考えられている。
神事の後、集められた人形は神職によって祓い清められる。神社によって作法は異なるが、川や海へ流したり、お焚き上げを行ったりして、人々から託された穢れを祓うのである。
この儀礼の背景には、日本古来の神道の考え方がある。神道では、日々の暮らしの中で知らず知らずのうちに「罪」や「穢れ」が積み重なると考えられてきた。ここでいう穢れとは、単なる不潔さではなく、「気枯れ」、すなわち生命力や活力が弱った状態を意味するとされる。
夏越の大祓は、一年を前半と後半に分け、1月から6月までの半年間に積み重なった穢れや疲れを祓い、新たな気持ちで後半を迎えるための大切な節目である。
とりわけ6月末は、本格的な暑さを迎える時期であり、古くから疫病や夏の病への不安が大きくなる季節でもあった。そのため、人々はこれから訪れる厳しい夏を無事に乗り切れるよう、疫病退散と無病息災を願って大祓に参加したのである。
こうした祈りの心は、現代においても決して失われていない。
今日の私たちは、病気だけでなく、仕事や家庭、人間関係の悩み、情報過多によるストレスなど、多くの精神的な負担を抱えながら暮らしている。そう考えると、半年の節目に神社へ足を運び、人形に思いを託し、茅の輪をくぐることは、現代人にとっての「心の大掃除」とも言えるだろう。
目には見えない不安や疲れを形代に託し、自らの心と向き合う時間を持つ。そのひとときは、慌ただしい日常の中で忘れがちな自分自身を見つめ直す貴重な機会にもなっている。
年末の「年越の大祓」と対をなす夏越の大祓は、日本人が古くから培ってきた暮らしの知恵でもある。半年ごとに心身を整え、新たな気持ちで歩み出す。この習わしが今も多くの人々に受け継がれているのは、そこに時代を超えて共感できる普遍的な願いが込められているからではないだろうか。
地域に息づく夏の伝統行事
夏越の大祓に欠かせない茅の輪や境内のしつらえは、決して神職だけで整えられているものではない。その陰には、氏子や地域住民による多くの奉仕の力がある。
6月が近づくと、氏子青年会や地域の人々は山野や河川敷へ赴き、茅の輪づくりに用いる茅(ちがや)を刈り取る。集められた茅は一本一本丁寧に束ねられ、大人が両腕を広げても届かないほどの大きな輪へと編み上げられる。境内に据え付けられた茅の輪は、こうした地域の人々の汗と願いの結晶なのである。
そこには、「この夏も地域の人々が健康で過ごせますように」という素朴で温かな祈りが込められている。見返りを求めることなく受け継がれてきた支え合いの心が、毎年の神事を支えているのである。
また、夏越の大祓は子どもたちにとっても大切な学びの場となっている。親や祖父母に手を引かれて神社を訪れ、自分の名前を人形に書き、身体を撫でて息を吹きかける。そして青々とした茅の香りに包まれながら、茅の輪をくぐる。その一つひとつの体験は、地域の歴史や伝統を自然に受け継ぐ貴重な機会となっている。
こうした経験は、「目に見えないものを敬う心」や「感謝する心」を育むだけでなく、ふるさとへの愛着を深めるきっかけにもなるだろう。
多くの地域では、夏越の大祓が終わると本格的な夏祭りの季節を迎える。祇園祭や天神祭をはじめとする各地の祭礼へと続く流れの中で、人々は季節の移ろいを感じながら一年を過ごしてきた。神社の行事は堅苦しい儀式としてではなく、暮らしに寄り添う身近な文化として親しまれてきたのである。
かつて日本の村や町において、神社は単なる信仰の場ではなかった。祭礼や寄り合いが開かれ、人々が交流する地域共同体の中心であり、心の拠り所でもあった。
その役割は時代が変わった現在でも完全に失われたわけではない。夏越の大祓は、地域の人々が顔を合わせ、ともに祈り、ともに季節の節目を迎える機会となっている。
近所付き合いが希薄になったといわれる現代社会においても、「半年に一度、地元の神社に集う」という習慣は、人と人とのつながりをゆるやかに結び直す大切な役割を果たしているように思われる。
このように、夏越の大祓は単なる古い儀礼ではない。地域の人々が主役となり、次の世代へと受け継ぎながら守り続けてきた、生きた文化遺産である。その茅の輪には、無病息災への願いだけでなく、人々の絆やふるさとを思う心もまた、しっかりと編み込まれているのである。
無病息災を願う心は今も変わらない
健康で穏やかな日々を送りたい。大切な家族や友人にいつまでも元気でいてほしい。そんな「無病息災を願う心」は、時代が移り変わっても決して変わることなく受け継がれてきた。
科学や医療が飛躍的に進歩した現代においても、私たちは病気や怪我、自然災害、そして予期せぬ出来事への不安から完全に自由になることはできない。むしろ変化の激しい現代社会だからこそ、心の平穏や健やかな暮らしを願う気持ちは、ますます切実なものになっているようにも感じられる。
かつて人々は、疫病や災厄を神仏の祟りや目に見えない力によるものと考えていた。医療や衛生の知識が十分でなかった時代、祈ることは自身や家族の命を守るための大切な拠り所だったのである。
一方、現代の私たちは病気の原因を科学的に理解している。しかし、「病気になりたくない」「家族に健康でいてほしい」「平穏な毎日を送りたい」という願いそのものは、千年前の人々と何ひとつ変わっていない。
神道でいう「穢れ」とは、単なる汚れではなく、「気枯れ(けがれ)」、すなわち生命力や活力が衰えた状態を意味するとされる。
そう考えると、現代の私たちもまた、さまざまな「気枯れ」と向き合いながら生きていると言えるだろう。
- 仕事や家庭で積み重なるストレスや疲労
- インターネットやSNSによる情報過多と心の疲れ
- 人間関係の悩みや将来への漠然とした不安
- 忙しい日常の中で失われがちな心のゆとり
夏越の大祓で人形(ひとがた)に息を吹きかけ、自らの穢れや災いを託し、茅の輪をくぐる。その一連の所作は、現代人にとっても大きな意味を持っている。
それは単なる伝統儀礼ではなく、日々の暮らしの中で積み重なった疲れや不安を見つめ直し、心を整えるための貴重な時間なのである。
私たちが今も6月末になると神社へ足を運び、茅の輪をくぐるのは、単に昔から続く年中行事だからではない。その根底には、「どうかこれからの半年も無事でありますように」「大切な人が健やかでありますように」という、人間誰もが抱く素朴で切実な祈りがある。
形や作法は時代とともに変化しても、人を思いやり、平穏な日々を願う心は変わらない。
夏越の大祓が今日まで連綿と受け継がれてきたのは、その祈りが時代を超えて人々の共感を呼び続けてきたからだろう。
茅の輪をくぐる人々の姿を見ていると、無病息災を願う優しい心こそが、日本の夏を彩る最も大切な伝統の一つなのだと改めて感じさせられるのである。
◆ あとがき
岡八幡宮と上野天神宮(菅原神社)を訪ね、夏越の大祓に込められた人々の祈りに触れてみると、この行事が単なる古い年中行事ではないことがよく分かる。
茅の輪をくぐり、人形に思いを託す。その一見素朴な所作の中には、半年間を無事に過ごせたことへの感謝と、これからの日々を健やかに生きたいという切実な願いが込められている。
医療や科学が発達した現代においても、病気や災害、不測の出来事への不安がなくなることはない。そして、自分自身だけでなく、家族や友人、大切な人たちの幸せを願う気持ちもまた、昔と少しも変わっていない。
夏越の大祓が千年以上にわたって受け継がれてきたのは、そこに時代を超えて共感できる普遍的な願いがあるからだろう。
境内に立つ茅の輪は、単なる神事の道具ではない。それは、人々の健康や平穏を願う心、地域を支え合う絆、そして先人たちから受け継いできた祈りの象徴でもある。
六月の終わり、もし神社で茅の輪を見かける機会があれば、ぜひ足を止めてくぐってみてほしい。
その輪をくぐるひとときは、忙しい毎日の中で自分自身を見つめ直し、新たな半年へ向けて心を整える静かな時間となるに違いない。
無病息災を願う人々の優しい祈りは、これからも日本の夏とともに受け継がれていくことだろう。