◆ はじめに
近江の地に鎮座する建部大社は、日本武尊を主祭神とする古社として知られている。社伝によると、建部大社は景行天皇46年に、勅命によって日本武尊の神霊を現在の東近江市(旧蒲生郡)に祀ったのが始まりとされている。その後、約1350年前の天武天皇の時代に現在の瀬田の地へ遷座したと伝わる。
「建部(たけるべ)」とは、日本武尊の数々の武功(熊襲征討や東国平定)を称え、父である景行天皇がその功績を後世に伝えるために定めた軍事・警備の部隊に由来する。
境内に足を踏み入れると、森を渡る風がどこか懐かしく、 遠い昔の英雄の気配が、柔らかな光の中にそっと漂っているように感じられる。 今日は、この近江国一宮をゆっくり歩きながら、 建部大社がつむいできた日本武尊の物語に耳を澄ませてみたい。
建部大社の由緒
──近江国一宮としての歴史
建部大社【たけべたいしゃ】は、日本武尊【やまとたけるのみこと】と大己貴命【おおなむちのみこと】を主祭神として祀る神社で、近江国一之宮として崇敬されている。
- 日本武尊【やまとたけるのみこと】
- 武の神
- 景行天皇の御子
- 古事記や日本書紀に登場する英雄
- 大鳥大社(堺市)の主祭神
- 大己貴命【おおなむちのみこと】
- 別名、大国主命または大国主大神
- 国づくりの神・縁結びの神
- 出雲大社(出雲市)の主祭神
建部大社は、日本神話におけるスーパースター2柱の神を祀る神社であると言える。
建部大社の創建は、伝承によれば第12代景行天皇の46年(西暦116年)とされている。日本武尊の死後、彼の妃である布多遅比売命【ふたじひめのみこと】が、子の建部稲依別命【たけべいなよりわけのみこと】と共に日本武尊の御霊を祀ったのが始まりとされている。その後、天武天皇4年(675年)に、現在の場所である瀬田に遷座されたという。
平安時代末期、源頼朝が平治の乱に敗れて伊豆国に流される途中、建部大社に立ち寄り、源氏の再興を祈願したと伝わる。その後、頼朝は見事に源氏再興を果たし、再び建部大社を訪れて多くの神宝と神領を寄進したらしい。この出来事から建部大社は出世開運の神としても信仰を集めるようになったと伝えられている。
境内を歩く
──古社の風景
建部大社の本殿や権殿、摂社や末社などの建築物は、日本古来の美しい建築様式で造られており、長い歴史を感じさせられる。
建部大社には、平安時代の作で日本武尊の妃といわれる木造女神像や、県内最古の石灯籠など、重要文化財が多く存在する。
また、境内には「頼朝公の出世水」と呼ばれる御神水がある。源頼朝が源氏再興を祈願した際に飲んだとされる水で、現在でも参拝者が飲むことができる。
毎年8月17日に行われる例祭である「船幸祭(ふなこうさい)」は、大津三大祭の一つとして知られる。重さ1.5トンの大神輿を御座船に乗せて瀬田川を下る壮大な祭りである。
船幸祭は、日本武尊が海路東国へ向かったという日本書紀の記述にちなんだ勇壮な神事である。鳳凰と千鳥をかたどった2隻の御鳳輦船(ごほうれんせん)と呼ばれる御座船を中心に、多くの供奉船が琵琶湖を進む姿が見られる。
| 名 称 | 建部大社 |
| 所在地 | 大津市神領1丁目16-1 |
| TEL | 077-545-0038 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 建部大社 |
御神木「三本杉」
境内には「三本杉」と呼ばれるスギの御神木がある。この御神木の樹齢は約1300年と推定されており、樹高は約40mで、幹周りは約6mもある巨樹である。
この杉の御神木には、孝徳天皇の時代に大己貴命が権殿に祀られた際に一夜にして成長したという伝承が残されている。
◆ あとがき
建部大社を歩いていると、 日本武尊の物語が、古い伝承の中だけに留まらず、 今もこの近江の風の中にそっと息づいているように感じられる。英雄として語られる日本武尊の姿は、 時に力強く、時に孤独で、 その奥行きがこの社の静けさと重なり合い、 訪れる者の心に静かな余韻を残してくれる。
旅の途中でふと立ち寄った古社が、 自分の歩みをそっと見つめ直す時間を与えてくれる── 建部大社には、そんな穏やかな力があるように思う。次の旅でもまた、こうした静けさに出会えることを願いながら、 近江の地を後にした。