◆ はじめに
秋の紅葉は、自然が織り成す季節の大きな節目であり、夏の暑さが和らぎ、冬の気配が近づくことを実感させてくれる。カエデ、イチョウ、ナラなどの葉が赤や黄、橙に染まり、まるで絵画のような色彩が山々や街並みを彩る。日本では北から南へと紅葉前線が下りていき、地域ごとに異なる美しさを楽しめるのも魅力である。
私自身は、静かな森や山中で紅葉を味わうのが好きだ。自然の中に身を置くと心が洗われるようで、深いリフレッシュを感じられるからである。一方で、有名な神社仏閣の紅葉も実に見事だ。観光客が多いという難点はあるものの、それだけ多くの人を惹きつける名所である証でもある。人混みを承知で訪れたくなる気持ちも、また自然なものだろう。
滋賀県には、紅葉の名所として知られる美しいスポットが数多くある。比叡山や琵琶湖周辺では、秋になると山々が鮮やかに色づき、多くの観光客で賑わう。琵琶湖に浮かぶ竹生島も、紅葉の季節にはひときわ魅力を増す場所だ。そして、湖東三山(金剛輪寺・西明寺・百済寺)や永源寺は、滋賀県を代表する紅葉の名所として決して外せない。
本稿では、そんな滋賀県の紅葉名所を、私が撮影した写真とともに紹介したい。
常楽寺
常楽寺【じょうらくじ】は、天台宗系単立の寺院で、山号は阿星山【あぼしさん】と称する。令和4年(2022年)に天台宗より離脱し、単立寺院となっている。同じく湖南三山の一つである長寿寺の「東寺」【ひがしでら】という呼称に対して、「西寺」【にしでら】と呼ばれことがある。

創建の時期については、寺伝では和銅年間(708年~715年)に元明天皇の勅願によって良弁により創建されたとされる。延暦年間(782年~806年)に天台宗に改宗し、平安時代から鎌倉時代にかけては長寿寺とともに歴代天皇の尊崇が厚く、阿星山五千坊と呼ばれるほどの天台仏教園を形成したとされる。

延文5年(1360年)に火災によって伽藍が全焼するが、同年のうちに観慶らによって再興されたらしい。本堂と三重塔が国宝に指定されている。現在、大津市にある園城寺(三井寺)の大門(仁王門;重要文化財)は、元々は常楽寺のために建立されたものが移築されたものであるという。

常楽寺は、春はツツジ、初夏はサツキ、秋は紅葉、冬は雪景色と四季の移ろいをたのしめる美しい寺院であるという。

常楽寺は、秋の特別公開中以外の参拝には事前予約が必須となっているので、秋以外の季節に参拝する場合には要注意である。
| 名 称 | 常楽寺 |
| 所在地 | 滋賀県湖南市西寺6丁目5-1 |
| 入山料 | 大人600円 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 常楽寺 | 湖南三山常楽寺HP |
長寿寺
長寿寺【ちょうじゅじ】は、天台宗の寺院で、山号を阿星山【あぼしさん】と称する。同じく湖南三山の一つである常楽寺の「西寺」【にしでら】という呼称に対して、「東寺」【ひがしでら】と呼ばれることがある。

創建の時期については、寺伝では、奈良時代の天平年間(729年~749年)に聖武天皇が良弁に子宝の祈願をさせたところ皇女(後の孝謙天皇)が誕生したという。そこで良弁が籠っていた阿星山が紫香楽宮【しがらきのみや】の鬼門に当たるので、鬼門封じとしてこの地に皇女の長寿を願って七堂伽藍24ヵ坊からなる勅願寺を建立して「長寿寺」と名付けたと伝わっている。そして行基に作らせた子安地蔵を本尊としたとされる。

平安時代の貞観年間(859年~877年)に本堂が焼失するがすぐに復興され、その後は、阿星山五千坊と呼ばれるほどの天台仏教園を形成したとされる。鎌倉時代には源頼朝が、そして室町時代には足利将軍家が祈願所として諸堂を造改修したとされる。

長寿寺の三重塔は、織田信長によって安土城山中の摠見寺に移築され、重要文化財となっている。また楼門は栗東市にある蓮台寺(廃寺)に移設されたというが、現存していないのは残念である。本堂(国宝)は、平安時代末期ないし鎌倉時代初期(12世紀)に建立されたと推定され、中世初期の仏堂の形態を今に残す貴重な建築物と言われている。また、木造四天王立像等は国の重要文化財に指定されている。長寿寺は、境内の紅葉も美しいが、このように魅力的な寺院であるので、参拝してみる価値がある。
| 名 称 | 長寿寺 |
| 所在地 | 滋賀県湖南市東寺5丁目1-11 |
| 入山料 | 大人600円 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 長壽寺 |
善水寺
善水寺【ぜんすいじ】は、天台宗の寺院で、山号は岩根山【いわねさん】と称する。創建の時期については、伝承では奈良時代の和銅年間(708年~715年)に元明天皇が国家鎮護の道場として建立し、「和銅寺」と称したとされる。

その後、平安時代初期に最澄が入山して池から出てきた薬師如来を本尊として請雨の祈祷をし、天台寺院に改宗した上で延暦寺の別院諸堂を建立したという。桓武天皇が病気になった際、最澄が法力により当寺の霊水を献上したところ、たちどころに回復したことから桓武天皇が「岩根山善水寺」の寺号を授けたと伝わっている。

私が善水寺を参拝したときはちょうど紅葉が見頃を迎えていた頃であり、国宝の本堂をモミジの紅葉が彩っていて、本堂を一層引き立てているようであった。

モミジは仏殿と相性が良いのだろうか。そこに仏殿があるだけでモミジが引き立ち、モミジがあると仏殿が引き立つ。勿論、紅葉の時も素晴らしいが、春の若葉や夏の青葉のときもきっと素晴らしいに違いない。

善水寺の境内にはモミジが数多く植栽されているので、紅葉の時期は特に艶やかになる。

善水寺の境内には紅葉の撮影スポットが多いが、中でも私が気に入っている場所がある。それは庫裡【くり】の横から参道(通行止め中)が下方に見える場所から見える紅葉である。色彩のグラデーションが素晴らしいのである。ずっと見続けていても飽きることはない。参拝客は誰もいないので自由に写真を撮影できることも嬉しい。

善水寺本堂から岩根の里に下っていく途中には観音堂があり、丈六観音像が安置されている。観音堂の周辺は参拝者がほとんどいないので静かな時間を一人で過ごすことができる。こんな素晴らしい環境の中で贅沢なことだと思う。

観音堂の近くの紅葉も見頃を迎えており、とても綺麗であった。
| 名 称 | 善水寺 |
| 所在地 | 滋賀県湖南市岩根3518 |
| 入山料 | 大人600円 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 岩根山 国宝 善水寺 |
油日神社
油日神社【あぶらひじんじゃ】は、甲賀市甲賀町油日にある神社で、主祭神の油日大神【あぶらひのおおかみ】を祀っている。油日大神は勝軍神として武士の崇敬を受け、社名から「油の火の神」としても信仰された。油日岳を神体山とする。

長い歴史をもち、「甲賀の総社」として信仰され、中世には甲賀武士が軍神として崇め、信仰してきた。重要文化財に指定されている神殿は、本殿・拝殿・楼門が一直線にならび、左右を廻廊でかこむように中世の建築様式で建てられている。
| 名 称 | 油日神社 |
| 所在地 | 滋賀県甲賀市甲賀町油日1042 |
| 電 話 | 0748-88-2106 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 油日神社公式HP |
田村神社
田村神社【たむらじんじゃ】は、坂上田村麻呂を主祭神として祀る神社である。平安時代、坂上田村麻呂は嵯峨天皇に鈴鹿峠の悪鬼を平定するよう命じられ、たちまち悪鬼を平定した。その際、坂上田村麻呂は残っていた矢を放って「この矢の功徳で万民の災いを防ごう。矢の落ちたところに自分を祀りなさい」と言い、矢の落ちたところに本殿を建てさせたとされている。

坂上田村麻呂が亡くなった811年の翌年(812年)に、嵯峨天皇の勅によって坂上田村麻呂を祀る祭壇が鈴鹿峠の二子の峰に設けたという。そして同年、この近辺で疫病が発生したため嵯峨天皇の勅命により当社で厄除の大祈祷が行われたという。このことが当社が「厄除の神」として崇敬されるようになったきっかけであるという。また、坂上田村麻呂が鈴鹿峠の悪鬼を討伐して交通を安全にしたことから、「交通安全の神」としても崇敬されるようになったされる。

822年4月8日に、二子の峰にあった坂上田村麻呂を祀る社を高座大明神の傍に移して高座田村大明神と称したとされる。そして、明治5年(1872年)に高座神社と名称を改め、さらに15年後の明治20年(1887年)4月6日に田村神社と改称したという。

田村神社において毎年2月17日~19日の3日間にわたって執り行われる厄除大祭は特に有名である。
| 名 称 | 田村神社 |
| 所在地 | 甲賀市土山町北土山469 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 田村神社 |
大鳥神社
大鳥神社【おおとりじんじゃ】は、甲賀市甲賀町鳥居野にある神社で、主祭神として素盞鳴命(スサノオ)を祀っている。平安時代の元慶6年(882年)に、伊賀国阿拝郡河合郷篠山嶽より大原中に勧請されるが、その後鳥居野(現在地)に遷座する。

鎌倉時代から室町時代にかけ、近江守護の六角氏の崇敬が厚く、社名も河合社・河合祇園社・大原祇園社・牛頭大明神・牛頭天王社などと呼ばれるようになったという。明治元年(1868年)の神仏分離令によって河合寺と分離され、河合寺は弥勒如来坐像などを櫟野寺に移して廃寺となった。さらに令達によって旧大原荘の大の字と鳥居野の鳥の字を合わせて社号を「大鳥神社」に改められたという。

毎年7月23日と24日に行われる大鳥神社の祇園祭は、その歴史は古く、応永22年(1415年)から続く例祭で、「大原ぎおん」とも呼ばれる。すべての災いや病気の疫神を払う祭礼で、華麓さと壮観(荒々しさ)で知られている。
| 名 称 | 大鳥神社 |
| 所在地 | 甲賀市甲賀町鳥居野782 |
| 電 話 | 0748-88-2008 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 滋賀県甲賀市 大鳥神社 |
櫟野寺
櫟野寺【らくやじ】は、天台宗の寺院で、山号を福生山と称する。御本尊は十一面観音(櫟野観音)であるが、「甲賀三大仏」の一つとされる薬師如来像も安置されている。

櫟野寺の創建については、延暦11年(792年)に延暦寺根本中堂の用材を求めてこの地を訪れた最澄が十一面観音を安置したのが始まりと伝えられている。延暦21年(802年)、征夷大将軍に任命された坂上田村麻呂が蝦夷征討に赴いた際に、櫟野寺の十一面観音を参詣してから出陣したところ、蝦夷を平定することができたという。それに感謝して田村麻呂は櫟野寺を祈願寺とし、大同元年(806年)に七堂伽藍を建立した上で、自ら等身大の毘沙門天像を彫刻したという。

櫟野寺は延暦寺の有力末寺として、さらには甲賀六大寺の筆頭として、往時は広大な境内地を有していたと伝わる。

櫟野寺は、たびたび火災に合い、そのたびに伽藍を焼失しているが、そのつど再建もされている。旧本堂は昭和43年(1968年)に焼失したが、仏像等は収蔵庫に保管されていたため無事であったという。
| 名 称 | 櫟野寺【らくやじ】 |
| 所在地 | 甲賀市甲賀町櫟野1377 |
| 電 話 | 0748-88-3890 |
| 拝観時間 | 午前9時から午後4時まで |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 福生山 櫟野寺 |
大池寺
大池寺【だいちじ】は、滋賀県甲賀市水口町にある臨済宗妙心寺派の寺院である。御本尊は釈迦如来で、釈迦如来坐像は「一刀三礼の釈迦丈六坐像」として知られ、像高約2.4mの大仏である。「甲賀三大仏」の一つとされている。行基がこの地を訪れた際、灌漑用水として「心」という字の形に四つの池を掘り、その中央に寺を建立したのが、大池寺の創建とされている。

この大池寺の境内には、蓬莱庭園【ほうらいていえん】と呼ばれる鑑賞式枯山水庭園がある。この庭園は、江戸初期の寛永年間に小堀遠州によって作庭されたと伝えられており、今では甲賀市指定の名勝となっている。

サツキの大刈り込みで表現した「宝船」や「大海原」は実に見事と言わざるを得ない。秋には後方のモミジが紅葉して見事であるが、サツキが開花する5月下旬から6月中旬頃の景色も是非見てみたいものである。

大池寺には蓬莱庭園の他にも庭園がある。大池寺の枯山水の特徴は、石組みの代わりにサツキの刈込みが用いられていることである。庭木にも特徴的な剪定がなされており、実に見応えがある庭であると感心させられた。個人の庭ではこうはいかない。

大池寺の周辺は、行基が作ったという池を中心とした「名坂大池寺自然公園」として整備されている。
| 名 称 | 大池寺 |
| 所在地 | 甲賀市水口町名坂1168 |
| 電 話 | 0748-62-0396 |
| 拝観時間 | 午前9時から午後5時まで |
| 拝観料 | 大人400円 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 大池寺│蓬莱庭園 |
滋賀県内の紅葉名所一覧
| 紅葉の名所 | 所在地 |
|---|---|
| メタセコイア並木 | 高島市 |
| 家族旅行村ビラデスト今津 | 高島市 |
| 奥琵琶湖パークウェイ | 長浜市 |
| 鶏足寺 | 長浜市 |
| 比叡山延暦寺 | 大津市 |
| 比叡山ドライブウェイ | 大津市 |
| 日吉大社 | 大津市 |
| 西教寺 | 大津市 |
| びわ湖バレイ | 大津市 |
| 三井寺 | 大津市 |
| 教林坊 | 近江八幡市 |
| 永源寺 | 東近江市 |
| 百済寺 | 東近江市 |
| 西明寺 | 甲良町 |
| 金剛輪寺 | 愛荘町 |
| 大瀧神社 | 多賀町 |
| 胡宮神社 | 多賀町 |
| 玄宮園 | 彦根市 |
| 青岸寺 | 米原市 |
| 大池寺 | 甲賀市 |
(太字は、私が実際に紅葉の季節に訪ねたことがあるお勧めの紅葉名所)
参考:ウエザーニュース・紅葉
◆ あとがき
滋賀県の紅葉といえば、私の中では湖東三山や永源寺が真っ先に思い浮かぶ。しかし、最近では若いカップルを中心に、マキノ高原のメタセコイア並木が人気を集めているようだ。
湖東三山や永源寺にはかなり昔に訪れたが、その頃からすでに多くの観光客で賑わっていた。今日の知名度を考えれば、紅葉の最盛期にはさらに混雑し、ゆっくりカメラを構えるのも難しいほどではないかと思う。
そこで今回は、湖東三山にならって「湖南三山」と呼ばれるようになった常楽寺・長寿寺・善水寺の紅葉を見に出かけた。すると、コロナ禍が明けたこともあってか、平日にもかかわらず観光バスが次々と到着し、多くの参拝客や観光客で境内は活気に満ちていた。
有名な紅葉スポットでは、写真愛好家にとっては肩身が狭い場面もある。もちろん、通行の妨げになるような三脚を立てることなどできない。思い切り撮影を楽しむには、より静かで人の少ない「隠れた紅葉スポット」を探す必要があるのかもしれない。
とはいえ、地元の人でもなければ、遠方から訪れる旅行者が都合よくそんな場所を見つけられるわけではない。だからこそ、写真愛好家が喜びそうな紅葉スポットを訪ねる価値は十分にあるのだと思う。
写真愛好家に限らず、静かな雰囲気の中で紅葉を楽しみたいと願う人は少なくない。私を含め、そんな人々にとって「隠れた紅葉スポット」は、まさに尊い存在である。