月: 2024年10月

  • 俳聖を偲ぶ伊賀の秋──芭蕉祭を訪ねて

    俳聖を偲ぶ伊賀の秋──芭蕉祭を訪ねて

    目次
    はじめに
    芭蕉祭式典
    墓前式典
    芭蕉祭記念講演会
    全国俳句大会
    芭蕉翁記念館・特別展
    ニュートロ芭蕉祭
    あとがき

    はじめに

    「伊賀の国」は、かつての日本の地方行政区分で、現在の三重県西部・上野盆地一帯に相当する令制国の一つであり、東海道に属していた。現在でも「伊賀」は三重県伊賀地方を指す呼称として用いられ、伊賀市と名張市を中心に構成されている。伊賀は伊賀流忍者の発祥地として知られるほか、伊賀焼(陶器・炻器)や伊賀組紐の産地としても名高い。

    その伊賀市は、俳聖・松尾芭蕉の生まれ故郷として広く知られている。稀代の俳諧師である芭蕉翁は、旅に生き、旅の途上で亡くなった「漂泊の詩人」とも呼べる存在である。

    芭蕉翁が亡くなったのは元禄7年(1694年)10月12日(旧暦)で、臨終の地は大阪・御堂筋であったと伝えられる。享年51。その翌年から伊賀では、芭蕉翁の忌日(10月12日)に遺徳を偲ぶ人々が集まり、「時雨忌【しぐれき】」が営まれてきた。

    この「時雨忌」という名は、芭蕉が好んで詠んだ季語「時雨」に由来するとされる。実際、次のような名句が残されている。

    初しぐれ猿も小蓑をほしげ也

    時雨るゝや田のあらかぶの黒むほど

    芭蕉の忌日は旧暦10月12日で、新暦では11月28日にあたる。時雨は晩秋から初冬にかけて降る冷たいにわか雨のことを指し、芭蕉の忌日がちょうど時雨の季節に重なることも、名の由来とされている。

    つまり時雨忌は、芭蕉翁が好んだ季語と、亡くなった季節の双方に由来するものと言えるだろう。

    この時雨忌は、昭和22年(1947年)に「芭蕉祭」と改称された。俳諧という庶民詩を確立した芭蕉翁の偉業と文学的功績を顕彰するためである。

    芭蕉祭は、伊賀市の上野公園を中心に市内各地で式典や行事が催され、今では伊賀の「秋の風物詩」として定着している。

    2024年で芭蕉祭は78回目を迎えた。私が芭蕉祭に参加したのは今回が初めてであり、本稿はそのときの印象を記したものである。


    芭蕉祭式典

    芭蕉祭式典は、10月12日午前9時25分から、上野公園にある俳聖殿の前で開催される。

    この式典では、各部門の俳句優秀作品の表彰式が執り行われた。

    芭蕉祭式典

    名 称芭蕉祭式典
    会 場上野公園俳聖殿前
    Link12230_2024_F (basho-bp.jp)

    墓前式典

    墓前式典は、10月12日に下記の場所で、芭蕉翁銅像への献花や献菓などが行われる。

    • 愛染院故郷塚:午前8時30分~
    • 上野市駅前芭蕉翁銅像:午前9時10分~
    • 旧上野市庁舎前芭蕉翁文学碑「自然」:午前9時20分~
    名 称 墓前式典
    会 場愛染院故郷塚
    上野市駅前芭蕉翁銅像
    旧上野市庁舎前芭蕉翁文学碑「自然」
    Link12230_2024_F (basho-bp.jp)

    芭蕉祭記念講演会

    芭蕉祭記念講演会は、10月11日午後1時30分からハイトピア伊賀5階多目的大研修室で開催される。

    聴講は無料であるが、事前予約が必要である(TEL 22-9679)。

    名 称 芭蕉祭記念講演会
    会 場ハイトピア伊賀5階多目的大研修室
    所在地三重県伊賀市上野丸之内500
    Link12230_2024_F (basho-bp.jp)

    全国俳句大会

    全国俳句大会は、10月12日午後1時30分からハイトピア伊賀5階の多目的大研修室で開催される。

    予め課題(テーマ)が与えられているものと思っていたが、課題は当日に発表される。そのため参加者は会場で頭を捻ることになる。

    名 称 芭蕉祭記念講演会
    会 場ハイトピア伊賀5階多目的大研修室
    所在地三重県伊賀市上野丸之内500
    Link12230_2024_F (basho-bp.jp)

    芭蕉翁記念館・特別展

    芭蕉祭を記念して、芭蕉翁記念館では例年、特別展が開催されている。2024年は芭蕉翁生誕380年の記念すべき年であるため、それを記念した特別展では、ふるさと伊賀での芭蕉の姿が紹介されている。特に、芭蕉と、芭蕉を俳諧の世界に導いた藤堂新七郎家との関係がわかる「藤堂新七郎家系図」などの貴重な資料が展示されている。

    また、初公開となる珍夕宛の芭蕉書簡も展示されている。芭蕉翁はとても筆まめであったことが知られており、彼の手紙には、日常のこと、旅の道筋、作品のことなど、多彩な内容が書かれている。これらの手紙から芭蕉の人生や人となりに触れることができる。この展示では、芭蕉の晩年の俳諧に対する考え方を伝えていると言われる「風雅三等の文」と呼ばれる有名な芭蕉の手紙も公開されている。

    名 称芭蕉翁記念館・特別展
    会 場芭蕉翁記念館
    入館料10月12日は入館無料
    Link12230_2024_F (basho-bp.jp)

    ニュートロ芭蕉祭

    ──芭蕉翁生誕380年記念事業

    2024年は、松尾芭蕉の生誕380年に当たるため、それ記念して懐かしい風景を再現するとともに、新しい企画を盛りこんだ「ニューでレトロ」(=ニュートロ)な芭蕉祭が開催されることになっており、今年はどのような芭蕉祭になるのか楽しみであった。

    伊賀上野城・天守前の特設ステージでは音楽やパフォーマンス(書道)が披露された。

    なかでも音楽とパフォーマンス(書道)のコラボは見応えがあって、訪れていた多くの見物人を楽しませてくれた。

    ビンゴゲームで楽しんだ後は、芭蕉翁に届くようにと願いを込めて、集まった皆でバルーンリリースをすることになった。

    雲一つない青空の下、放たれた風船が芭蕉翁に届きますように!

    最後は、「ニュートロ芭蕉祭」を盛り上げてくれた人気キャラクターのご挨拶!彼らは、ご当地キャラクターと、近隣都市から応援に来てくれた人気キャラクターらしい。私は知らなかったが。


    あとがき

    芭蕉祭の主要な行事に参加することは、芭蕉翁の功績に触れ、その作品世界をより深く理解するための貴重な機会となる。普段は俳句とは無縁の私であるが、この日ばかりは、わずか十七文字に情景と心情を凝縮する俳句の素晴らしさに、ただただ感嘆するばかりであった。十七文字という極めて短い形式の中に、風景と感情を同時に描き出す文化芸術は、世界広しといえども日本独自のものであり、日本文学の精華の一つと言ってよいだろう。

    近年、俳句は “Haiku” として海外でも愛好者が増えているのは誇らしいことである。芭蕉祭の式典でも、海外の方々が詠んだ Haiku が顕彰されており、俳句が国境を越えて広がりつつあることを実感する印象的な場面であった。


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