| <目次> はじめに 琵琶湖国定公園とは 伊吹山 霊仙山 近江八景 比良山系 竹生島 沖島 比叡山 湖水の出口 . 湖畔の名刹・古刹を歩く 比叡山延暦寺 日吉大社 白鬚神社 近江神宮 園城寺(三井寺) 石山寺 向源寺・渡岸寺観音堂 湖の風景を楽しむ周辺スポット 名湯で締めくくる琵琶湖の旅 雄琴温泉 須賀谷温泉 旅のまとめ あとがき |
◆ はじめに
琵琶湖国定公園は、滋賀県の中央に位置する琵琶湖を中心とした国定公園である。琵琶湖周辺にはハイキングに適した山々が湖を囲むようにある。これらの山々も国定公園の指定区域である。
この自然公園は、日本最大の湖である琵琶湖を中心に、山・島・寺院が織り成す多様な風景が広がる場所である。 湖の北には伊吹山がそびえ、湖西には比良山系が連なり、湖上には竹生島が静かに浮かぶ。 そして湖畔には、近江八景として古くから親しまれてきた名勝が点在し、 水と山と人の営みが長い年月をかけて重なり合ってきたことを感じさせてくれる。
湖の風景を歩きながら、山の稜線を眺め、島の静けさに耳を澄まし、 名刹・古刹の佇まいに心を整える──。 琵琶湖の旅は、自然と歴史がゆるやかに溶け合う、静かな時間の連続である。
本稿では、琵琶湖国定公園の中でも特に印象深い 伊吹山・近江八景・比良山系・竹生島 を中心に、湖の風景を歩く旅をまとめてみたい。
琵琶湖国定公園とは
──水・山・島が重なる風景
琵琶湖国定公園は、日本最大の湖である琵琶湖を中心に、山・島・寺院が重なり合う独特の景観を持つ国定公園である。 湖の周囲には、伊吹山や比良山系が稜線を描き、湖上には竹生島が静かに浮かぶ。 湖畔には近江八景として古くから親しまれてきた名勝が点在し、 水と山と人の営みが長い年月をかけて織り成してきた風景が広がっている。
琵琶湖は、滋賀県の近江盆地に位置する、日本最大の面積と貯水量を誇る淡水湖である。約440万年前に形成された古代湖であり、40万年~100万年前に現在の位置に移動してきたとされる。
近江盆地は、鈴鹿山地、伊吹山地、野坂山地、比良山地、甲賀山地などの山々に囲まれた盆地である。

琵琶湖は、その面積が669.26 km2で、滋賀県の面積の6分の1を占める広大な湖である。琵琶湖の最深部は竹生島と安曇川河口の間にあり、水深約104 mが計測されている。また、琵琶湖の最狭部には琵琶湖大橋が架かっていて、この橋より北側を北湖、南側を南湖と呼ぶ。琵琶湖の貯水量の99%は北湖に蓄えられている。

琵琶湖の旅は、湖の静けさと山の雄大さ、そして寺院の佇まいがゆるやかに溶け合う、 穏やかな時間の連続である。
伊吹山
──湖を見守る名峰

伊吹山(標高1,377m)は、滋賀県米原市、岐阜県の揖斐川町と関ケ原町にまたがる伊吹山地の主峰(最高峰)である。一等三角点がある山頂部は米原市に属し、滋賀県最高峰の山である。

伊吹山は、古くから霊峰とされ、古事記や日本書紀には日本武尊(ヤマトタケル)が東征の帰途に伊吹山の神を倒そうとして返り討ちにあったとする神話が残されている。

伊吹山は、琵琶湖国定公園の指定区域に含まれる名峰であり、 古くから「近江の守り神」として親しまれてきた山である。 山頂からは琵琶湖が大きく広がり、湖の形がはっきりと見える。 晴れた日には、湖の青と山々の稜線が重なり、 まるで湖が山に抱かれているような雄大な風景が広がる。

伊吹山は花の名山としても知られ、夏には高山植物が咲き誇る。 湖と山の対比が美しく、琵琶湖国定公園の魅力を象徴する場所である。



霊仙山
霊仙山【りょうぜんざん】(標高1,094m)は、鈴鹿山脈の最北に位置し、滋賀県の多賀町と米原市、さらには岐阜県大垣市上石津町と不破郡関ケ原町にまたがる山である。霊仙山の北側には伊吹山が位置する。
山体は石灰岩からなり、なだらかな山の上部にはカレンフェルトやドリーネなどのカルスト地形が見られ、「近江カルスト」の一角をなしている。山頂部には窪みが多数あり、「お虎ヶ池」はドリーネにたまった池と考えられている。
奈良時代、山頂に「霊仙寺」が建立されたと伝えられているが、現在はその痕跡は見られない。
近江八景
──湖畔に刻まれた歴史的風景
近江八景は、琵琶湖の湖畔に広がる名勝を描いた歴史的な景観である。 「石山秋月」「粟津晴嵐」「三井晩鐘」など、 湖と寺院、山と光が重なる風景が古くから絵画や和歌に詠まれてきた。
湖畔を歩くと、近江八景の舞台となった場所が点在し、 湖の静けさと歴史の深みが自然に伝わってくる。 夕暮れ時の湖畔は特に美しく、柔らかな光が水面に広がり、 古人が愛した風景が今もそのまま残されている。
比良山系
──湖西に連なる山の稜線
比良山系は、琵琶湖の西側に連なる山並みであり、 湖西の風景を形づくる重要な存在である。 山の稜線が湖に沿って続き、湖と山が近接する独特の景観が広がる。
比良山系から望む琵琶湖は、湖の広さと静けさが際立ち、 山の上から見る湖は、まるで大きな鏡のように光を反射する。 登山や散策を楽しむ人も多く、湖と山の両方を味わえる場所である。
● 武奈ヶ岳
武奈ヶ岳【ぶながたけ】(標高1214m)は、滋賀県大津市に位置する山で、比良山地【ひらさんち】の最高峰である。山名は、中腹部にブナの木が多く生えていることに由来していると伝わる。
● 蓬莱山
蓬萊山【ほうらいさん】(標高1,174m)は、比良山地中部に位置する山で、武奈ヶ岳に次ぐ高峰である。山頂には一等三角点「比良ヶ岳」が設置されている。「蓬萊」とは中国の伝説で仙人が住む東海にある霊山であり、比良山地も修験者の霊山であったことに由来するとされる。

山頂南側にはクマザサの高原が広がるが、山頂北側は日本海側からの寒波を受けて積雪が多いため、スキー場になっている。びわ湖バレイは、京阪神地区から最も近いスキー場の一つであり、山麓の駐車場からはロープウェイに乗って上がる。ロープウェイは比良山系への登山者も利用する。

スキーのオフシーズンには高原公園として営業しており、展望施設「びわ湖テラス」の開業(2016年)により、来場者数は劇的に増加したという。
| 名 称 | びわ湖バレイ |
| 所在地 | 滋賀県大津市木戸1547-1 |
| 駐車場 | あり(有料) |
| Link | びわ湖バレイ/びわ湖テラス |
竹生島
──湖上に浮かぶ聖地
竹生島【ちくぶしま】は、琵琶湖北部の沖合に位置し、周囲約2㎞の針葉樹に覆われた無人島である。滋賀県長浜市早崎町に属し、琵琶湖では沖島に次ぐ面積を有する。琵琶湖国定公園の特別保護地区、国の名勝および史跡に指定されている。
西国三十三所の三十番札所である宝厳寺【ほうごんじ】や 都久夫須麻神社【つくぶすまじんじゃ】(竹生島神社)があり、古くから「神を斎【いつ】く島」として信仰されてきた。
このように、竹生島は琵琶湖に浮かぶ島の中でも特に神聖な場所とされ、古くから「湖の聖地」として信仰を集めてきた。 島へ向かう船の上では、湖の静けさがゆっくりと心に染み込んでいく。
島に上陸すると、寺院の佇まいと湖の風景が重なり、 水と祈りがひとつになったような静かな時間が流れる。 竹生島は、琵琶湖国定公園の中でも特に印象深い場所である。
沖島
沖島【おきしま】は、琵琶湖の沖合約1.5 kmにある琵琶湖最大の島であり、琵琶湖国定公園第2種特別地域に指定されている。
滋賀県近江八幡市沖島町に属する、人口約250人の有人島である。戦国時代には琵琶湖水運の重要拠点としてここに関所が設置されていたという。
比叡山
比叡山(標高848m)は、大津市の西部と京都市の北東部にまたがる山で、大比叡(海抜848m)と四明岳【しめいがたけ】(海抜838m)の双耳峰からなる。
比叡山は、古事記には日枝山【ひえのやま】と記されており、古くから山岳信仰の対象とされてきた山である。大山咋神【おおやまくいのかみ】が近江国の日枝山に鎮座し、鳴鏑を神体とすると記されている。山麓には大山咋神を祀る日吉社(日吉大社)が創建され、大山咋神に対する山王信仰が広まったとされる。
また、大比叡東側の中腹には天台宗総本山の延暦寺がある。平安遷都後、伝教大師・最澄が堂塔を建てて天台宗を開いて以来、王城の鬼門を抑える国家鎮護の寺地となった。京都の鬼門にあたる北東に位置することもあり、比叡山は王城鎮護の山とされた。
かつては比叡山山頂の諸堂や山麓の日吉大社などを参拝して歩く回峰行も行われたという。現在では、有料道路や路線バス、ケーブルカー、ロープウェイで山頂まで簡単に行けるため、休日には多くの参拝客や観光客が訪れる山となっている。
湖水の出口
──瀬田川から宇治川へ、そして淀川へと続く水の旅
瀬田川は、琵琶湖から流れ出る河川で、滋賀県大津市に位置する。瀬田川は、京都府内に入る辺りで宇治川と名を変え、さらに京都府と大阪府の境界付近で桂川・木津川と合流して、最終的には淀川となって大阪湾に注ぐ。
瀬田川の名は、地名の「瀬田」に由来し、琵琶湖から流れ出る唯一の河川である。一方、宇治川の名は、地名の「宇治」に由来したものである。
なお、河川法上では琵琶湖が淀川の水源となっているので、瀬田川や宇治川は河川法上では淀川本流として扱われる。また、琵琶湖に注ぐ全ての河川も、淀川水系として扱われる。
湖畔の名刹・古刹を歩く
琵琶湖の周囲には、歴史ある寺院が数多く残されている。 比叡山の延暦寺は、山上から琵琶湖を望むことができ、 湖と山と寺院が重なる風景が印象的である。
三井寺(園城寺)は、琵琶湖の南側に位置し、 境内の静けさが湖の風景と自然に調和している。石山寺は、湖畔の岩山に建つ古刹で、 紫式部が『源氏物語』の着想を得たと伝えられる場所でもある。湖と寺院が重なる風景は、琵琶湖の旅に深い静けさを添えてくれる。
● 比叡山延暦寺
比叡山延暦寺は、伝教大師最澄が平安時代初期に開いた天台宗の総本山で、千年以上にわたり日本仏教の中心として多くの名僧を育んできた。 東塔・西塔・横川の三塔に広がる広大な境内は、「山全体が一つの寺」と言われるほど、自然と祈りが深く結びついている。
中心となる根本中堂には、最澄以来一度も絶えることなく灯され続ける「不滅の法灯」があり、 堂内の薄暗い空気の中で静かに揺れるその光は、千年の祈りが今も息づいていることをそっと伝えてくれる。
境内を歩くと、杉木立の間を抜ける風の音、 僧侶の読経が遠くに響く気配、そして比叡の山が長い年月をかけて育んできた静けさが、ゆっくりと心に染み込んでくる。
延暦寺は、ただ歴史を学ぶ場所ではなく、「祈りが今も続いている場所」であり、 訪れる者に深い安らぎと静かな余韻を与えてくれる山上の聖地である。
● 日吉大社
比叡山の麓、坂本の町に鎮座する日吉大社は、全国に約3,800社を数える日吉・日枝・山王神社の総本宮である。古くは比叡山延暦寺の守護神として崇敬され、山王信仰の中心として栄えてきた。

境内には東本宮・西本宮をはじめ多くの社殿が点在し、静かな森の中を歩くと、比叡の山気と古社の気配がゆっくりと心に染み込んでくる。神猿(まさる)を神使とすることでも知られ、社殿の随所にその姿を見ることができる。
● 白鬚神社
琵琶湖の西岸、高島市に立つ白鬚神社は、近江最古の大社と伝えられ、湖上に立つ大鳥居の姿が象徴的である。御祭神は「導きの神・長寿の神」として知られる猿田彦命である。

湖面に浮かぶ鳥居は、時間帯によって表情を変え、朝の光の中では静かな神域のように、夕暮れには湖と空が溶け合うように見える。

本殿は湖岸の道路を挟んだ山側にあり、境内を歩くと、古社らしい素朴な気配が静かに漂っている。
● 近江神宮
大津京跡のほど近くに鎮座する近江神宮は、天智天皇を祀る神社として知られている。天智天皇が漏刻【ろうこく】を用いて日本で初めて時を計ったことから、境内には「時の記念日」にちなむ時計館や漏刻の復元模型が置かれている。

朱塗りの神門は清々しく、参道を歩くと、古代の都の気配がどこか遠くに響くような静けさがある。競技かるたの聖地としても知られ、若い参拝者の姿も多い神社である。
● 園城寺(三井寺)
大津市にある園城寺(三井寺)は、天台寺門宗の総本山で、古くから「三井寺」の名で親しまれてきた。広い境内には金堂・仁王門・三井の晩鐘など多くの文化財が残り、歩くほどに歴史の層が重なっていくような深い静けさがある。

「三井の霊泉」にまつわる伝承や、源義経・後白河院など歴史上の人物との関わりも多く、近江の仏教文化を象徴する名刹である。桜や紅葉の名所としても知られ、季節ごとに表情を変える。
● 石山寺
紫式部が『源氏物語』の着想を得た寺として知られる石山寺は、
大津市の瀬田川沿いに立つ真言宗の古刹である。境内には巨大な硅灰石【けいかいせき】が露出し、寺名の由来にもなっている。

本堂は国宝で、堂内には観音信仰の中心となる如意輪観音が安置されている。伽藍は起伏のある地形に沿って配置され、歩くほどに静かな森と古寺の気配が重なり合い、「物語の生まれる場所」と呼びたくなるような風景が広がる。梅・桜・紅葉の名所としても名高く、四季の彩りが境内を満たす。
● 向源寺・渡岸寺観音堂
湖北の静かな田園風景の中に佇む向源寺・渡岸寺観音堂は、 国宝・十一面観音を安置する小さな古堂である。 堂内に入ると、やわらかな光の中に立つ観音像がふっと姿を現し、その気品ある佇まいに、思わず息をのむ。

細やかな衣文の流れ、穏やかな表情、 そしてすっと伸びた姿には、飛鳥・天平の美がそのまま息づいているようでした。 周囲の静けさと観音像の気配が重なり合い、旅人の心をそっと整えてくれる場所である。
湖の風景を楽しむ周辺スポット
琵琶湖の周辺には、湖と町並みが調和した魅力的な観光スポットが多い。
● 近江八幡
八幡堀の水辺の風景が美しく、町歩きが楽しい。
● ラ コリーナ近江八幡
ラ コリーナ近江八幡は、2015年にオープンした、たねやグループのフラッグシップショップで、「自然に学ぶ」をテーマに、お菓子や自然を楽しむことができる施設である。
● 能登川大水車
能登川水車は、伊庭内湖に面したのどかな田園風景の中にある。水車の直径は13 mもあり、関西一を誇る大きさであるという。
● 長浜
黒壁スクエアや長浜城があり、湖と城下町の風景が重なる。
● 彦根城
天守から望む琵琶湖の眺めが美しく、城と湖の対比が印象的である。
● 奥琵琶湖
静かな湖岸が続き、湖の穏やかさをゆっくり味わえる。湖と町並みがつくる旅情は、琵琶湖ならではの魅力である。
● メタセコイア並木
マキノ高原にあるメタセコイア並木は、四季折々の美しい景観が楽しめるため人気の観光スポットとなっている。
● 佐川美術館
琵琶湖の北東、守山市の湖畔近くに佇む佐川美術館は、「水庭に浮かぶ建築」として知られる静謐な美術空間である。
名湯で締めくくる琵琶湖の旅
琵琶湖の周辺には、湖畔の温泉が点在している。 雄琴温泉(おごと温泉)は、湖を眺めながら湯に浸かることができ、 旅の疲れがゆっくりとほどけていく。長浜太閤温泉は、湖と城下町の風景が重なり、 湯のやわらかさが旅の終章にふさわしい静けさをもたらしてくれる。湖の旅を締めくくる名湯は、琵琶湖の旅をより豊かなものにしてくれる。
● 雄琴温泉
雄琴温泉は、比叡山の麓に湧く滋賀県を代表する温泉地である。 かつては風俗街のイメージが強く、 家族旅行では敬遠される時代もあったが、 近年は再整備が進み、落ち着いた温泉街として見事に再生した。

現在の雄琴温泉は、旅館街が整い、琵琶湖を望む露天風呂や上質な料理を楽しめる宿が増え、「湖畔の温泉地」としての魅力がしっかりと息づいている。 私自身、妻とともに気兼ねなく宿泊できるようになったのも、 この新しい雄琴温泉のイメージ回復のおかげである。湖の風がそっと通り抜ける静かな温泉街は、 旅の疲れをゆっくりと癒してくれる場所となっている。
● 須賀谷温泉
小谷城の南麓に湧く須賀谷温泉【すがたにおんせん】は、戦国の気配を今に伝える静かな一軒宿である。 浅井長政やお市の方が湯治に訪れたと伝わる歴史ある湯で、 鉄分を含む褐色の湯が肌にやわらかく、 湯船に浸かると、どこか古の物語が胸の奥に立ち上ってくる。

露天風呂には「長政の湯」「お市の湯」と名付けられた浴槽があり、 戦国ロマンに思いを馳せながら静かに湯を楽しむことができる。 周囲は山の気配が濃く、 観光地の喧騒とは無縁の、素朴で落ち着いた温泉地である。
旅のまとめ
琵琶湖国定公園は、湖・山・島・寺院が重なり合う多様な風景が魅力である。 伊吹山の雄大な眺望、近江八景の柔らかな光、比良山系の稜線、竹生島の静けさ──。 それぞれの風景はまったく異なる表情を持ちながら、 ひとつの湖の周囲で連続している。
歩く旅だからこそ、湖の静けさや山の稜線、寺院の佇まいがゆっくりと心に染み込んでいく。 琵琶湖の旅は、自然と歴史がゆるやかに溶け合う、静かな時間の連続である。
◆ あとがき
今回、琵琶湖とその周辺を旅することになったきっかけは、 妻から佐川美術館に誘われたことだった。 以前から声をかけられていたものの、当時の私は仕事に追われ、 その魅力を深く考える余裕がなかった。 しかしリタイアして時間ができ、 ちょうど佐川美術館では山下清の生誕100年を記念した展覧会が開催されていた。 「裸の大将」のモデルとして知られる山下清画伯だが、 私はむしろその独特の画風に興味があり、 妻の誘いを素直に受けることにした。 そして、せっかく琵琶湖の畔まで足を延ばすのならと、 周辺の神社仏閣や温泉をめぐる旅を計画したのが今回の旅の始まりである。
浅井長政とお市の方が湯治に訪れたと伝わる須賀谷温泉は、 小谷城の南麓に湧く歴史ある温泉で、 現在も一軒宿が静かにその湯を守っている。「長政の湯」「お市の湯」と名付けられた露天風呂に浸かると、戦国の気配がふっと胸に立ち上り、 古の物語に思いを馳せるひとときとなった。
雄琴温泉は、かつて風俗街のイメージが強く、 家族旅行では敬遠される時代もあった。 しかし近年は再生が進み、 滋賀県を代表する温泉地として落ち着いた雰囲気を取り戻している。 私が妻とともに雄琴温泉の旅館に気兼ねなく泊まれるようになったのも、 この「新生・雄琴温泉」のイメージ回復のおかげである。
今回の旅では訪れられなかったが、 私はまだ竹生島を歩いたことがない。 次の機会にはぜひ、湖上に浮かぶその聖地を訪ねてみたいと思っている。
琵琶湖周辺には、長い歴史を刻む神社仏閣が数多く点在している。 天台密教の祖・最澄が開いた比叡山延暦寺をはじめ、 古刹・名刹が目白押しで、歩く旅にはまさにうってつけの土地である。
今回は、古事記にも登場する日吉社(現・日吉大社)や、 幾度もの焼き討ちに遭いながらその都度復興してきた園城寺(三井寺)を参拝できた。 近江神宮が比較的新しい創建であることも、 実際に歩いてみて初めて実感できた点である。 石山寺への参拝は二度目だったが、 前回から長い年月が過ぎていたため、 若い頃とはまったく異なる印象を受けた。 同じ寺を訪れても、年齢を重ねると心に響く場所が変わる── そのことを深く感じた旅でもあった。
本稿が、琵琶湖およびその周辺を旅しようと考えている方の ささやかな道しるべとなれば、これ以上の喜びはない。