◆ はじめに
伊賀上野城を訪れると、まず目に飛び込んでくるのは、 空へと伸びるようにそびえ立つ日本一の高石垣である。その高さは約30メートル。見上げるほどの迫力を持ちながら、 積み上げられた石の一つひとつが、どこか静かな気配をまとっている。
この壮大な石垣を築いたのは、築城の名手として名高い藤堂高虎である。戦国時代から江戸時代初期にかけて数多くの城を手がけた高虎の技術と美意識は、伊賀上野城においても遺憾なく発揮されている。堅牢さと美しさを兼ね備えた石垣は、まさに高虎の築城哲学そのものが形になったものだ。
城跡を歩いていると、石垣の表面に刻まれた時の流れや、この地を守ろうとした人々の思いが、静かに胸に響いてくる。
本稿では、伊賀上野城の高石垣に宿る藤堂高虎の記憶をたどりながら、戦国時代の余韻が残る城跡をゆっくりと歩いてみたい。
伊賀上野城
伊賀上野城【いがうえのじょう】は、三重県伊賀市にある歴史的な城で、別名「白鳳城」とも呼ばれている。
伊賀上野城の歴史は、天正13年(1585年)に筒井定次【つつい さだつぐ】による築城に始まるとされる。筒井定次は、豊臣秀吉の家臣であり、伊賀の地に新しい城を築くことを決意した。
関ヶ原の戦い(1600年)後、徳川家康の命を受けた築城の名手である藤堂高虎【とうどう たかとら】が1611年(慶長16年)に大規模な改修工事を行っている。この改修により、伊賀上野城は防御力を強化し、特に西方面の防御に力を入れたという。
江戸時代には、伊賀上野城は藤堂氏の居城として機能し続けたが、明治4年(1871年)に廃城となった。その後、昭和42年(1967年)に旧城域一帯が国の史跡に指定された。

現在の天守は昭和10年(1935年)に地元の名士、川崎克氏が私財を投じて再建した木造の模擬天守である。正式名称は「伊賀文化産業城」という。

天守内には、藤堂高虎が豊臣秀吉から贈られた「黒漆塗唐冠形兜」が展示されている。この兜は高虎の忠義と築城技術の象徴である。

広大な城跡内には復元天守の他に「高石垣」と呼ばれる堀の石垣も残されており、国の史跡にも指定されている。

伊賀上野城には多くの見どころがあるが、なかでも伊賀上野城の西側にある、高さ約30mの高石垣はイチオシである。

この高石垣は日本で2番目に高い石垣で、大阪城の石垣と並び称されるほどとされる。
| 名 称 | 伊賀上野城 |
| 所在地 | 三重県伊賀市上野丸之内106 |
| TEL | 0595-21-3148 |
| 駐車場 | あり(有料) |
| Link | 三つの天守閣 – 伊賀上野城 |
藤堂高虎
藤堂高虎は、慶長13年(1608年)に徳川家康の命を受けて伊賀上野城の大規模な改修を行ったと伝えられている。この改修は、大坂城の豊臣方に対抗するためのものであり、特に西方面の防御を強化するためのものであったという。
藤堂高虎は築城の名手として知られ、多くの城の築城や改修に関わったが、伊賀上野城もその一つであった。彼の手によって、伊賀上野城は防御力を高めるために高さ約30mの高石垣が築かれたという。
藤堂高虎の改修により、伊賀上野城は徳川家康の重要な拠点の一つとなり、その後も藤堂氏の居城として明治維新後の廃城まで機能し続けたという。
伊賀流忍者博物館
伊賀流忍者博物館【いがりゅうにんじゃはくぶつかん】は、城内にあり、忍者の歴史や技術を学ぶことができる、伊賀流忍者に関する博物館である。伊賀流忍者の歴史や実際の活動について解明された事実について学ぶことができる。

館内には、伊賀流忍者が実際に使用されたとされる武器や道具、忍術書などが展示されている。また、伊賀流忍者の実演ショーも行われており、忍者気分を味わうことができるということで人気を博している
俳聖殿
松尾芭蕉を祀る俳聖殿【はいせいでん】も上野公園(伊賀上野城跡)内の一角にあり、俳句の歴史や文化に触れることができる。俳聖殿は、松尾芭蕉生誕300年を記念して建てられた木造建築物である。

建築家の伊東忠太氏によって1942年に設計されたものとされ、松尾芭蕉翁の旅姿をイメージして設計された建造物となっているらしい。下層が八角形平面、上層が円形平面の木造建築であり、屋根は桧皮葺きの特異な姿をしている。
◆ あとがき
石垣の上に広がる空を見上げながら城跡を後にすると、伊賀上野城が静かに佇み続けてきた長い時間が、ふと心に重なってくる。 その圧倒的な高さを誇る石垣は、単なる防御施設ではなく、藤堂高虎がこの地に刻んだ“技と志”の結晶でもある。
高虎の築城は、堅牢さだけでなく、美しさと調和を重んじたと言われる。伊賀上野城の石垣には、その美意識と、城下の人々の暮らしを守ろうとした静かな意志が、今も確かに息づいている。
歩き終えたとき、胸に残るのは、石垣が語る歴史の重みと、その奥にある“人の記憶”への深い敬意だ。
伊賀上野城を歩く時間は、藤堂高虎という名将の足跡に触れながら、自分自身の歩みをそっと見つめ直すひとときでもある。