◆ はじめに
高原の澄んだ空気に包まれ、ゆっくりと湯けむりが立ちのぼる由布院温泉。 喧騒から離れたこの地には、訪れる人の心をそっとほどくような静けさと、四季折々の自然が織りなす穏やかな風景が広がっています。
朝霧に包まれる金鱗湖、由布岳を望む開放的な露天風呂、そして歩くだけで心が和む湯の坪街道。 どれもが「また来たい」と思わせる、由布院ならではの癒しの時間をつくり出しています。
本記事では、そんな由布院温泉の魅力を、静けさ・自然・温泉文化の視点から丁寧にたどりながら、ゆったりとした“高原の温泉旅”へとご案内します。
由布院温泉
由布院温泉は、大分県のほぼ中央部に位置する人気の温泉地です。四季折々の自然が旅人の心を和ませ、特に秋から冬にかけて発生する朝霧に包まれた幻想的な風景は、由布院を象徴する光景として知られています。
由布院温泉の所在地は、かつて「由布院町」でしたが、昭和30年(1955年)に湯平村と合併した際、両方の地名を合わせて「湯布院町」が誕生しました。その後、平成17年(2005年)に挾間町・庄内町と合併して「由布市」が発足したため、行政上の町名としての湯布院町は消滅しました。しかし、地域名としては現在も「湯布院」が広く使われており、由布院温泉の所在地は由布市湯布院町となっています。

由布院温泉は、豊後富士の名で親しまれる標高1,583mの由布岳(活火山)の山麓に広がり、湧出量49トン/分・源泉数853と、いずれも全国第2位を誇ります。豊富な湯量と周囲の美しい自然環境が評価され、国民保養温泉地にも指定されています。
多くの旅館には露天風呂が備えられ、日帰り温泉施設も数多く点在します。由布院では、一般家庭でも温泉を利用できるほど湯量が豊富だといわれ、温泉地としての恵まれた環境を実感できます。
| 名 称 | 由布院温泉 |
| 所在地 | 大分県由布市湯布院町 |
| Link | 由布院温泉 観光協会 |
由布院温泉の人気の理由
由布院温泉は、温泉地としての歴史はそれほど古くなく、現在のように全国的な人気を得るようになったのは、昭和の終わりから平成にかけてだといわれています。
かつて由布院温泉は、別府湾一帯に点在する「別府十湯」の一つに数えられていました。しかし、明治末期から大正期にかけて行われた区画整理の結果、由布院温泉と塚原温泉は別府十湯から外れ、別府湾に近い温泉のみが「別府八湯」と呼ばれるようになりました。
別府十湯から除外された後も、由布院温泉と塚原温泉は“別府の奥座敷”として親しまれていましたが、別府のように歓楽街や大型ホテルが進出することはありませんでした。約40年前までは、由布院温泉には十数軒の小さな旅館が並ぶだけの、静かな温泉地だったといいます。
しかし、この“静けさ”こそが、後に由布院温泉を人気温泉地へと押し上げる原動力となりました。 飲み屋街もネオンもない、自然豊かで落ち着いた温泉街という環境が、ファミリー層や女性客の支持を集め、由布院温泉は独自の魅力を持つ温泉地として成長していきました。

現在の由布院温泉には、若いアーティストのギャラリーを集めた個性的な美術館や、お洒落なショップ、レストランが点在し、昔ながらの温泉街とは異なる洗練された雰囲気を醸し出しています。こうした文化的な魅力が、特に女性から高い人気を得ている理由の一つです。
旅行雑誌などの「人気温泉地ランキング」でも常に上位に入り、リピート率も高いとされます。
由布院の中心部は旅館や飲食店、土産物店が軒を連ね、多くの観光客で賑わいますが、近くには800年以上の歴史を持つ湯平温泉があり、今も静かな時間が流れています。また、近隣の塚原高原には、大自然に囲まれた草原の中に工房やレストランが点在し、由布院とは異なる魅力を楽しめます。
このように、異なる雰囲気を持つ複数の温泉地が近接していることも、由布院エリア全体の魅力を高めているのでしょう。

現在、由布院温泉の宿泊施設は約150軒、温泉地全体の収容人数は約7,400人弱と、かつての姿からは想像できないほど大きく発展しています。
将来の保養地は、「休暇」と「保養」を兼ね備えた性格をより強めていくと考えられます。そのため、保養地に求められる絶対条件は、静けさ・自然(緑)・ゆとりある空間(パーソナルスペース)であることは間違いありません。
国民保養温泉地に指定されている由布院温泉が、今後もこの「静けさ」や「自然」を守り続けられるかどうかが、保養地として発展し続けるための試金石となるでしょう。 エコツーリズムが生活に浸透していく近い未来に向けて、由布院温泉がさらに魅力を深めていくことを期待したいと思います。
由布院温泉の泉質
由布院温泉の泉質は単純温泉です。単純温泉の多くは無色透明・無臭で刺激が少なく、誰にでも入りやすい泉質として知られています。
単純温泉とは、炭酸水素ナトリウムなどの溶存成分(ガス成分を除く)が1kgあたり1,000mg未満で、泉温が25℃以上の温泉を指します。(引用:環境省「温泉法」)
なお、単純温泉のうちpH8.5以上のものは「アルカリ性単純温泉」に分類され、肌の角質をやわらかくしてなめらかにすることから、いわゆる“美肌の湯”として人気が高い温泉です。

由布院温泉の源泉温度は41〜98℃と幅があり、豊富な湯量が特徴です。単純温泉は刺激がマイルドなため、高齢者・病弱者・子ども・妊婦まで安心して入浴できるとされます。また、飲用した場合でも胃粘膜への刺激が弱いといわれています。
そのため、疾患を持つ人が初めて温泉療養を行う際には、単純温泉が推奨されることが多いです。単純温泉の一般的な効能としては、環境省によれば次のようなものが挙げられます。
- 自律神経不安定症(浴用)
- 不眠症(浴用)
- うつ状態(浴用)
- 慢性胃腸病(飲用)
- 関節痛(飲用)
- 慢性便秘(飲用)
- リューマチ(飲用)
◆ 適応症
由布院温泉の効用(適応症)としては、下記のような疾病や障害に効用があると記されています。
| 自律神経不安定症 | 不眠症 | うつ状態 |
| 筋肉、関節の痛み | 筋肉のこわばり | 軽い喘息・肺気腫 |
| 痔の痛み | 冷え性 | 末梢循環障害 |
| 胃腸機能の低下 | 軽症高血圧 | ストレスによる諸症状 |
| 耐糖能異常 | 軽い高脂血症 | 病後回復期 |
| 疲労回復 | 健康増進 |
◆ 疲労回復・ストレス解消
入浴時の浮力作用でお湯の中では体が軽くなり、筋肉の緊張がほぐれ心身ともにリラックスします。そのため、疲労回復に繋がりストレスが軽減します。まったくそのとおりであり、温泉好きの私が温泉に求めるものが正しくこれです。
金鱗湖
──由布院温泉のシンボル
由布院温泉のシンボルといえば、やはり金鱗湖【きんりんこ】が挙げられます。

私自身、由布院の温泉に興味があったのはもちろんですが、何よりも湖面から立ち上る朝霧の光景を撮影したくて連泊したことがあります。ところが、その時は11月にもかかわらず気温が高く、朝霧を見ることができませんでした。今でも残念に思っています。


金鱗湖は、面積約0.8ha、水深約2mの池のような小さな天然湖沼で、湖底からは温泉と清水が湧き出しているといわれています。


そのため水は常に清らかで、湖水の温度も比較的高いです。この温度差が、秋から冬の冷え込んだ朝に湖面から霧が立ち上る幻想的な風景を生み出すのでしょう。

湖の周囲はおよそ400mほどで、早朝に散歩しながら一周する人も多いです。

また、湖畔の建物や樹木が湖面に映り込む様子を撮影するのも楽しいですが、風が吹いて湖面に波が立つ日は難しいです。
| 名 称 | 金鱗湖 |
| 所在地 | 由布市湯布院町川上1561-1 |
| Link | 金鱗湖 | 大分県の観光情報 |
天祖神社
──金鱗湖のほとりの古社
天祖神社【てんそじんじゃ】は、金鱗湖の湖畔に静かに鎮座する古社です。湖の中に立つ鳥居と、境内にそびえる大きな杉の御神木が目印となっています。創建は、ヤマトタケルの父である景行天皇の時代と伝えられ、その歴史はきわめて古いです。


天祖神社の御祭神は、次の四柱です。
- 天之御中主神【あめのみなかぬしのかみ】(=天祖神)
- 素盞鳴男命【すさのおのみこと】
- 軻遇突智命【かぐつちのみこと】
- 事代主命【ことしろぬしのみこと】
古くから伝わる伝説によれば、この地にはかつて大きな湖があり、そこから水が流れ出して盆地となった際、湖底に棲んでいた一匹の龍が住処を失い、神通力を失って困り果てていたといいます。 龍は天祖神に「湖のすべてとは言わないが、安住の地を少しだけ与えてほしい」と願い出ました。天祖神はその願いを受け入れ、「岳本の池」を残しました。龍はその池で神通力を取り戻し、やがて昇天したと伝えられています。
この「岳本の池」こそが、現在の金鱗湖であると語り継がれています。
| 名 称 | 天祖神社 |
| 所在地 | 由布市湯布院町川上 |
| Link | 天祖神社・金鱗湖 |
湯の坪街道
──由布院のメインストリート
由布院のメインストリートとして知られる「湯の坪街道」には、洒落たスイーツショップやレストラン、工芸品を扱う土産物店、小さなギャラリーなどが所狭しと並び、歩くだけで楽しい通りとなっています。

歓楽街のような喧騒はなく、どこか宿場町の面影を感じさせる落ち着いた雰囲気が漂います。一見すると素朴で昔ながらの風情を残しながらも、活気と温かみが共存する不思議な街並みです。



この街並みこそが、由布院温泉が多くの人に愛される理由の一つでしょう。実際、通りには老若男女の観光客が行き交い、食べ歩きや買い物を楽しみながら散策する姿が見られます。


ゆったりとした休暇を過ごすには、まさに歩いて楽しい街と言えます。
| 名 称 | 湯の坪街道 |
| 所在地 | 由布市湯布院町川上湯の坪 |
| Link | 湯の坪街道 | 大分県観光情報 |
◆ あとがき
温泉好きの間で広く知られる由布院温泉には、以前から一度訪れてみたいと思っていました。しかし、どこか敷居が高いような気がして、自分の中で勝手に距離を置いていたところがあります。人気のある場所には人が集まるものですが、私は人混みが苦手な性格でもあり、その矛盾が足を遠ざけていたのかもしれません。
由布院温泉は海外からの観光客にも人気で、特に中国からの旅行者が増えていた時期もありました。そんな中、コロナ禍で海外からの観光客が途絶えた頃を見計らうようにして訪れたのが、私の初めての由布院温泉です。
率直に言えば、「もっと早く来ておくべきだった」と強く感じました。コロナ禍で観光客が比較的少なかったことも影響しているのでしょうが、期待していたとおりの静寂と自然豊かな風景が相まって、転地効果はまさに最大級でした。
こじんまりとした温泉宿の、まさに「おもてなし」の手本のような温かい応対に心を打たれ、源泉かけ流しの湯は言うまでもなく、絶品揃いの食事に舌鼓を打ちながら、非日常の贅沢な時間を過ごすことができました。まさにスパツーリズムの極みと言える体験でした。
由布院温泉を起点に、アクセスの良い九酔渓はもちろん、遠く耶馬渓にまで足を延ばした旅は、今も忘れがたい記憶として心に刻まれています。