◆ はじめに
みたらい渓谷を訪れるのは今回で二度目である。最初に訪れたのは20年以上も前のことで、細かな記憶は薄れてしまったが、紅葉の美しさだけは鮮明に残っている。前回は日帰りだったと思うので、今回は洞川温泉に宿泊することにした。
前回は、天川村に興味を抱いた妻に誘われて出かけたが、今回は私から提案したところ、すぐに賛同してくれた。もちろん、妻の許可がなければ旅に出られないわけではない。しかし、周辺の観光スポットや宿泊先を調べ、計画を立ててくれるので、いつの間にかそれが私の“長年の習慣”になってしまった。もはや習性に近いと言ってよい。人間は、身についた習性に逆らうことを好まない生き物なのだろう。
私の習性はさておき、みたらい渓谷の自然と紅葉は今回も素晴らしかった。そして洞川温泉も、期待以上に心地よい滞在となった。今回の旅は、スパツーリズムの観点から見ても十分に魅力的で、多くの人にぜひ体験してもらいたいと思う。
みたらい渓谷
みたらい渓谷は、奈良県吉野郡天川村北角にある渓谷である。新宮川水系天ノ川【てんのかわ】の支流である山上川下流部で、川迫川と合流する場所付近の渓谷を指す。

みたらい渓谷は、漢字では「御手洗渓谷」と表示される。この名の由来は、南北朝時代に、後醍醐天皇の皇子・護良親王が勝利祈願に、この地で手を清めたとされる伝説によるという。

およそ200mという大きな高低差がある渓谷内には、大小の滝がいくつも流れ落ち、巨石・奇岩もいたるところに点在する。そして周辺の森林は豊富な種類の木々がつくる自然林である。そのため四季折々の渓谷美を楽しむことができる。
特に秋の紅葉時の景観は絶景というほど素晴らしい。川沿いには遊歩道も整備されており、散策すれば豊かな自然を満喫できる。

遊歩道は、天川川合バス停から洞川温泉バス停まで続き、全行程は約7km余りで、徒歩約2時間30分の道程だという。

遊歩道ハイキング
遊歩道は高低差が約200mあるので、天川村総合案内所を起点に洞川地区を目指す歩き方は登りになり、反対に洞川温泉観光案内所を起点に天川村総合案内所を目指す歩き方は下りになる。
私たちは天川村総合案内所を起点にしたが、車で行ったので全行程を歩かずに途中の「みたらい休憩所」から急登した先に位置する「光の滝」を見て引き返した。

天川村総合案内所で遊歩道の案内マップである「みたらい渓谷ハイキングコースマップ」を入手してからハイキングを開始した。
天川村総合案内所を出て信号を横断し、数分歩いたところにある道案内の看板を左に曲がると緑色に塗られた川合吊橋がある。頭上の看板には「人数制限5人」と書かれているので、重量制限があるが、なんとか私でも渡れたので、多くの人にとっては安全な吊橋である。


川合吊橋を渡って、天ノ川を左手に見ながら車道をしばらく進むと、弁天渕橋の手前右側に、みたらい遊歩道への入口がある。


遊歩道に入ってからは、左手に天ノ川を眺めながらのハイキングコースで、川沿いの遊歩道からは河原に巨石・奇岩が転がる風景を楽しむことができる。透き通ったエメラルドグリーンの水は本当に美しい。

みたらい遊歩道入口から約30分ほどで「みたらい休憩所」に到着する。ここまでは、ほぼ平坦な道程である。


道路を挟んで「みたらい休憩所」横の石段から少し登った所は、みたらい渓谷のなかでも一番のみどころであるという。確かに美しくて絶好の撮影スポットがいくつも存在した。

「みたらい休憩所」を眼下にしながら遊歩道を少し進むと、ここからは哀伝橋・みたらいの滝・みたらい橋の3つを同時に見ることができる場所に着く。

哀伝橋からは、みたらいの滝と、その頭上に架かるみたらい橋を見ることができる。さらに真下には、滝の流れも見える。この絶景は見飽きることはない。

ここがみたらい渓谷を代表する景観の一つとなっているのが容易に理解できる。筆舌できないほどの絶景である。

エメラルドグリーンの淵は本当に美しい。いつまでも眺めていたい思いに駆られる。自分が高所恐怖症であることさえ忘れてしまうほどである。

遊歩道は、急な上りが続くようになる。その先にある「光の滝」は、落差15mの直瀑で、陽光に反射して美しい。

この周辺の紅葉も陽光に照らされてとても綺麗であった。

みたらい渓谷への旅は、遊歩道ハイキングがお勧めである。車で移動しようとすると、道幅が狭くて対向車に気をつける必要があるのでゆっくり天ノ川の景色を見ることができない。また遊歩道ならでは楽しみ方もある。その上、みたらい休憩所の駐車スペースは限られているので先着順となるからである。


| 名 称 | みたらい渓谷 |
| 所在地 | 奈良県吉野郡天川村北角 |
| Link | みたらい渓谷 | 天川村 みたらい渓谷|天川村 みたらい遊歩道 | 天川村 天川村「みたらい遊歩道」 |
| 名 称 | 天川村総合案内所 |
| 所在地 | 吉野郡天川村川合263-1 (国道309号線沿いの天川村の入口に位置する) |
| 備 考 | 遊歩道マップが入手できる 天川村の観光や登山などあらゆる情報が入手できる |
| Link | 天川村総合案内所 | 天川村公式サイト(奈良県) |
| 名 称 | 大峯山洞川温泉観光案内所 |
| 所在地 | 吉野郡天川村洞川528-1 |
| Link | 大峯山洞川温泉観光協会 |
| 名 称 | 天川村役場無料駐車場 |
| 所在地 | 吉野郡天川村大字沢谷60 |
| 備 考 | 繫忙期のみ使用可 |
| Link | 駐車場のご案内 | 天川村公式サイト(奈良県) |
洞川温泉

洞川温泉は、奈良県吉野郡天川村にある温泉地である。標高820mに位置し、山々に囲まれて、平地よりも気温が5度程低いため、避暑地としても親しまれている。

また、大峯山への登山口近くにあるため、古くから多くの行者(修験者)や参詣者が心身を癒す場所として栄えてきた。
| 名 称 | 洞川温泉 |
| 所在地 | 奈良県吉野郡天川村洞川 |
| Link | 洞川温泉街 | 天川村 |
洞川温泉の泉質と効能
洞川温泉の泉質は弱アルカリ性単純温泉で、入浴後は肌がすべすべする、いわゆる「美肌の湯」である。
神経痛・筋肉痛・関節痛・運動麻痺・慢性消化器病・冷え症などに対して治癒効果があり、大峯山への登山者たちの疲労回復に利用されてきたという。
洞川温泉の温泉街
温泉街には旅館や民宿が20数軒ある。温泉街の景観で目を惹くものの一つが各温泉宿に設けられている「縁側」である。

この縁側は、昔は大峯山に登った行者や参詣者が使っていたものである。白足袋にわらじ履きの行者や参詣者が縁側に座り、たらいの水で足を洗ってから部屋に上がったという当時の名残が今に残っているものだという。

私たちがお世話になった旅館「紀の国屋甚八」も修験者のための宿であった頃のおもかげを今に残す老舗旅館(創業300年)の一つであり、設備の一つ一つに風情を感じることができた。
大人数の修験者たちを受け入れていたであろう広い和室2間にはそれぞれコタツと寝室とが準備されていて、私たち夫婦には贅沢な広さであったが、当時の雰囲気を感じることができて良かった。
| 名 称 | 旅館 紀の国屋甚八 |
| 所在地 | 吉野郡天川村洞川222-1 |
| Link | 洞川温泉・紀の国屋甚八 |
洞川温泉街の入口には村営洞川温泉センターがあり、日帰り客はここで温泉に浸ることもできる。
| 名 称 | 村営洞川温泉センター |
| 所在地 | 吉野郡天川村洞川13-1 |
| Link | 洞川温泉センター | 天川村 |
周辺の観光スポット

洞川温泉の周辺にはいろいろな観光スポットがあるが、中でも龍泉寺、天河大弁財天社、来迎院の大イチョウ、栃尾観音堂、不動滝と洞川湧水群を紹介したい。

龍泉寺

大峯山龍泉寺は真言宗醍醐派の大本山であり、大峯山寺の護持院でもある。本尊の弥勒菩薩、八大龍王、役の行者尊は、全国の信者の尊崇を集めている。修験道の根本道場として信者や登山者が訪れる霊場でもある。

白鳳年間(645〜710年)に役行者【えんのぎょうじゃ】が大峯を開山し、修行していた頃に、山麓の洞川で岩場の中から水が湧き出る泉を発見した。

役行者がその泉のほとりに八大龍王尊を祀り、行をしたのが龍泉寺の始まりであると伝えられている。
この泉を「龍の口」と言い、この地を龍神様の住まわれる泉ということから、龍泉寺と名付けられたとされる。

龍の口より湧き出る清水によって満たされた池は、水行場としても名高く、修行者の身心を清める第一の行場となっている。

洞川から大峰山に登る修験者は、宗派を問わず龍泉寺に参拝し、水行の後、八大龍王に道中安全を祈ってから、山上ヶ岳に向かうしきたりとなっているという。


昭和21年(1946年)の洞川の大火によって、境内の建物のほとんどを焼失したが、昭和35年(1960年)に伽藍は復興された。

同年(1946年)、女人禁制が解禁されると共に滝行場である龍王の滝も整備されたという。



不思議な体験、龍泉寺の「なで石」
龍泉寺の境内では不思議な体験をした。それは「なで石」という不思議な石で、「優しくなでると軽く持ち上げられるが、叩くと重くて持ち上がらない」という。


これは伝説ではなく、実体験の話である。そんなことはないだろうと試してみたところ嘘ではなかった。全くワケが分からない。気付かないままマインドコントロールされているのだろうか?
| 名 称 | 龍泉寺 |
| 所在地 | 吉野郡天川村洞川494 |
| Link | 大峯山 龍泉寺 |
天河大弁財天社
奈良県天川村に鎮座する天河大辨財天社【てんかわだいべんざいてんしゃ】は、日本三大弁財天の一つに数えられる名社であり、古くから「天河さん」の名で親しまれてきた。修験道の聖地・大峯山の麓に位置し、山深い地にありながら全国から参拝者が絶えないのは、この地が放つ独特の清浄さと神秘性ゆえだろう。

御祭神は市杵島姫命【いちきしまひめのみこと】、熊野権現(阿弥陀如来)、吉野権現(蔵王権現)で、神仏習合の形態を今も残している。市杵島姫命は、芸能・財運・縁結びの神として知られ、とりわけ芸能関係者からの信仰が篤い。境内には、天河大辨財天社を象徴する「五十鈴(いすず)」が奉納されており、神事の際にはこの五十鈴の音が響き渡る。澄んだ音色は、まるで心の奥に溜まった澱を洗い流すかのようである。

社殿は静かな森に抱かれ、清らかな水が流れる天川の自然と調和している。境内に立つだけで、山の気配と水の気が交わるような独特の空気を感じられ、訪れる者の心を静かに整えてくれる。

拝殿への参道の石段横には、五社殿(龍神大神、大将軍大神、大日靈貴神、天神大神、大地主大神)も鎮座する。

拝殿前に吊された五十鈴【いすず】は古来から伝わる独自の神宝で、みむすびの精神を表しているという。

かつて大海人皇子が皇位継承事件で窮地にたたされた折に、大和朝廷を守護する神々の住まう吉野を訪れて勝利を祈願して琴を奏じると、その音に乗って唐玉緒を纏った天女が現れ、戦勝の祝福を示したという。
この天女が役行者が弥山山頂に祀ったとされる弥山大神であったらしい。皇子は壬申の乱に勝利して天武天皇になると、天女の加護に報いるために麓に神殿を造営し、「天の安河の宮」としたのが天河大辨財天社の始まりと伝えられている。この「天の安河」が天川の地名の由来となったとも云わる。

天河大辨財天社は大峯修行の要の行場ともされ、古来より高僧や修験者たちが集まったとされる。弘法大師・空海も高野山を開山するまで大峯修行を行い、天河大辨財天社で千日修行を行ったという記録があり、空海直筆の写経も残されているという。

弘法大師・空海の参籠後は、大峯参り、高野詣とあわせて多くの人々が訪れるところとなったという。

音楽や芸能の神様としても有名で、神前での能の奉納が毎年行われる。拝殿の向かいにある神楽殿では神楽や能楽、音楽奉納や結婚式など行われているという。

世阿弥も用いたとされる阿古父尉の面、能楽草創期からの価値の高い能面、能装束が多数奉納されているらしい。
天河大辨財天社は、ただの観光地ではなく、古来より修験者や祈りを捧げる人々が集った“聖地”である。天川村の自然とともに、この社が持つ神秘的な雰囲気は、今も変わらず訪れる人々を魅了し続けている。
| 名 称 | 天河大辨財天社 |
| 所在地 | 吉野郡天川村坪内107 |
| Link | 大峯本宮天河大辨財天社 |
来迎院の大イチョウ

来迎院の大イチョウは、樹齢約700年以上の大銀杏で、奈良県の天然記念物に指定されている。天河弁財天社で参籠していた弘法大師・空海のお手植とされている。

幹周りが2mを超える巨樹で、秋の黄葉は圧巻であるらしい。私たちが訪れたのは11月中旬を少し過ぎていたので、ほぼ落葉していたのは残念であった。しかし黄色の絨毯は綺麗であった。
| 名 称 | 来迎院の大イチョウ |
| 所在地 | 奈良県吉野郡天川村坪内 |
| Link | 来迎院の大イチョウ |
栃尾観音堂
栃尾観音堂【とちおかんのんどう】には大峯修行に訪れていた円空(江戸時代初期の遍歴の僧であり、仏師としても名高い)が栃尾地区に滞在した際に彫ったとされる聖観音菩薩立像、大弁財天女立像、金剛童子立像、護法神像の4体の仏像が祀られている。

およそ300年間もの長い間、大切にお祀りされてきた聖観音菩薩立像・大弁財天女立像・金剛童子立像・護法神像の表情は、温和で親近感に満ちている。これらの円空仏は時代を超えて観る者の心に響き、魅了してやまない。


江戸時代初期に岐阜で生まれた円空は、23歳で出家、32歳の時に木仏12万体作像の悲願をたてて、北海道から関西まで多くの地を旅した。そして64歳で亡くなるまで多くの仏像・神像を彫って残したと伝わる。

円空は大峯山にも2度入山し、山上ヶ岳などで厳しい冬のさなかの越冬修行を行っているらしい。栃尾観音堂に安置された4体はこの大峯入峯の際に残されたもので、群像として見られるものは珍しく、円空仏の中でも傑作との評価が高い。特に、彫りの深い護法神像は円空が初めて彫ったものとして注目されている。

| 名 称 | 栃尾観音堂 |
| 所在地 | 奈良県吉野郡天川村栃尾 |
| Link | 栃尾観音堂 | 天川村 |
不動滝
県道53号(大峯高野街道)は、すずかけの道とも呼ばれ、大峯山から高野山までを繋ぐ道で、天川村西部地区は弘法大師・空海の伝承が多く残る地である。「すずかけ」とは修験者が衣服の上に羽織る法衣を指す。この道は、戦前まで多くの修験者が行き交った「祈りの道」であった。

そのすずかけの道(県道53号)を車で走っていると天ノ川の対岸に現れるのが不動滝(落差40m)である。道路脇に不動滝を示す看板が立っているので見落とすことはない。


滝の上の岩穴の中には弘法大師・空海が彫ったと伝わる仏像の形をした自然石があり、地元の人は「お不動さん」と呼び、滝の名も「不動滝」になったと云わる。高野山から大峯山に向かう修験者は、このお不動さんに参拝したといわれている。
| 名 称 | 不動滝 |
| 所在地 | 奈良県吉野郡天川村広瀬 |
| Link | 不動滝 | 天川村 |
洞川湧水群
奈良県天川村の洞川温泉一帯には、ごろごろ水、泉の森、神泉洞という3つの湧水からなる洞川湧水群【どろがわゆうすいぐん】がある。洞川湧水群は、石灰岩からなるカルスト地形の地下水が長期間の年月を経て地表に湧出したものである。
尚、神泉洞は私有地のため残念ながら一般人には見学することは出来ない。
ごろごろ水

「ごろごろ水」は、環境省選定の「名水百選」、国交省認定の「水の郷百選」、奈良県選定の「やまとの水」に選出されており、大峰山の名水としてよく知られている。


「ごろごろ水採水場」で名水を汲み、ごろごろ水で淹れた名水コーヒーが飲めるという「ごろごろ茶屋」も近くにある。
| 名 称 | ごろごろ水 |
| 所在地 | 吉野郡天川村洞川678-220 |
| Link | ごろごろ水採水場 | 天川村 |
泉の森
泉の森オートキャンプ場・小広荘の隣に洞川湧水群の一つである「泉の森」を見つけることができる。

川にかかる赤い歩道橋を渡ると、杉木立のなかに蔵王権現を祀る小さな社殿がある。


その奥にある斜面の洞穴から湧き出ている清水が古くより「神の水」として大切に保存されている「泉の森」であるという。

泉の森は、自由に立ち入りことが許可されており、誰でも洞穴から湧き出る様子を見学できる。但し、周辺に駐車場はないので路上駐車することになり、長居はできない。
| 名 称 | 泉の森 |
| 所在地 | 吉野郡天川村洞川187 |
| Link | 洞川湧水群 | 天川村 |
◆ あとがき
みたらい渓谷の紅葉は見事だった。11月中旬を過ぎていたため見頃を逃したのではないかと心配していたが、まだ十分に楽しむことができた。期待を裏切らない美しさである。
なかでも、思いがけず感動を与えてくれたのが龍泉寺境内の紅葉である。ここがこれほどまでに美しい紅葉の名所だとは知らず、嬉しい驚きだった。つい無邪気になって、さまざまな構図で写真を撮り続けてしまった。
龍泉寺は洞川温泉街のすぐ近くにあり、まるで寺を中心に温泉街が発展したかのような佇まいを見せる。おそらく、大峰山に参拝する修験者たちは、龍泉寺で身を清めてから入山し、無事に下山すると洞川温泉で心身を癒していたのだろう。そんな歴史が自然と目に浮かぶ。

実は私は、社会人になって間もない頃に大峰山(山上ヶ岳・標高1719m)や八経ヶ岳(標高1915m・近畿地方の最高峰)に登ったことがある。その際の登山口も洞川だった。当時は洞川に宿泊せず、山上ヶ岳山頂にある大峰山寺の宿坊に泊まったが、登山道には「女人禁制」の結界や行場が点在し、一般的な登山とは異なる独特の雰囲気を感じたものだ。今回洞川温泉に宿泊してみて、下山後に温泉で疲れを癒さなかったことが少し悔やまれる。

洞川温泉街の夜は、提灯の灯りが揺れ、幻想的な雰囲気に包まれていた。温泉街から龍泉寺までは徒歩数分なので、龍泉寺のライトアップも楽しむことができた。三脚を使わなかったため写真は満足のいく出来ではなかったが、目にはしっかりと焼き付いている。

洞川温泉の周辺には、龍泉寺をはじめ多くの見どころがある。今回は私の好みで訪問先を選んでしまったが、数日滞在すれば、面不動鍾乳洞や五代松鍾乳洞など、さらに興味深い場所にも足を運べただろう。
「いい水のあるところに、おいしい豆腐はできる」とは昔からの言葉だが、洞川湧水群に代表されるように水の美味しい洞川では、豆腐もまた格別である。私たちは旅館の食事でいただいたが、温泉街には豆腐店もあり、立ち寄ることができなかったのは少し残念だった。
ハプニングもあったが、無事に旅を終えることができた。何より、今回も楽しい旅を共にしてくれた妻に感謝したい。