◆ はじめに
甲賀の山里を歩くと、 白い土塀の向こうに、ふっと静けさが深まる瞬間がある。その静けさは、長い年月を経ても揺らぐことなく、この土地を守り続けてきた人々の祈りをそっと宿している。
称名寺【しょうみょうじ】は、そんな甲賀の静かな時間が息づく古刹だ。 応永年間に始まり、天台宗から浄土宗へと受け継がれ、甲賀二十一家・多喜一族の菩提寺として、 そして江戸幕府に仕えた甲賀百人組ゆかりの寺として、 今も地域の歴史を静かに伝えている。本稿では、この称名寺の境内をゆっくりと歩きながら、 甲賀の山里に流れる穏やかな時間を綴ってみたい。
称名寺の由緒
称名寺は、応永年間(1394〜1428)に隆堯によって開かれたと伝わる古刹で、 もとは天台宗の寺院であった。 その後、寛政年間(1789〜1801)に再建され、現在の浄土宗へと改められた。 白い土塀に囲まれた山門をくぐると、静かな境内が広がり、 堂々とした本堂が訪れる者を迎えてくれる。
称名寺は、甲賀二十一家の一つである 多喜一族の菩提寺 として知られ、 江戸幕府に仕えた 甲賀百人組ゆかりの寺 として 日本遺産「忍びの里 伊賀・甲賀」の構成文化財にも登録されている。 甲賀武士の精神と歴史が今も静かに息づく場所である。
また、関東の増上寺三世を務め、 太田道灌とも親交のあった高僧 音誉聖観(音誉上人) が、 わずか九歳のときに当寺の運誉のもとで出家した寺としても知られている。 甲賀の山里から、のちに江戸の大寺を導く高僧が育ったという事実は、 称名寺の歴史に静かな深みを添えている。
| 名 称 | 称名寺 |
| 所在地 | 滋賀県甲賀市甲賀町滝1070 |
| TEL | 0748-88-3759 |
| 駐車場 | あり(無料)数十台 |
| Link | 称名寺 | 滋賀県観光情報 |
称名寺の境内を歩く
称名寺は、白い土塀に囲まれた静かな境内をもつ古刹で、 甲賀百人組ゆかりの歴史や、貴重な文化財が点在する落ち着いた佇まいが魅力である。 山門をくぐると、外の喧騒がすっと遠ざかり、 甲賀の山里らしい穏やかな時間がゆっくりと流れ始める。
● 山門と白い土塀
住宅街の一角に突然現れる、白い土塀に囲まれた格式ある山門。
その静かな佇まいは、称名寺が長い年月を経て守られてきた寺であることを物語る。境内に足を踏み入れると、広々とした空間と心地よい静寂が広がり、自然と歩みがゆるやかになる。
● 本堂と「竜の天井画」
本堂は、寛政年間(1789〜1801年)に再建された堂々たる建築で、 称名寺の中心として静かに佇んでいる。
天井には、文化七年(1810年)に絵師・扇田文廣が描いた 迫力ある「竜の天井画」が残されており、 本堂の静けさの中でひときわ力強い存在感を放っている。
● 地蔵堂
境内には、地域の人々の信仰を集める地蔵堂が建ち、 素朴ながら温かい祈りの気配が漂っている。称名寺が地域に根ざした寺であることを感じさせる一角である。
● 法然上人の幼少期を模した勢至丸像
浄土宗の開祖・法然上人の幼少期(勢至丸)を模した像が境内に安置されている。称名寺が浄土宗寺院として歩んできた歴史を象徴する存在であり、静かな境内に柔らかな気配を添えている。
●「甲賀百人組ゆかりの寺」案内板
境内には、徳川家康に仕え江戸城警護などを務めた 甲賀百人組(甲賀武士) の歴史を伝える日本遺産の公式案内板が設置されている。 称名寺は2020年、日本遺産「忍びの里 伊賀・甲賀」の構成文化財に追加され、 甲賀武士ゆかりの寺としての歴史的価値が改めて評価された。歴史ファン・忍者ファンにとっては、必ず立ち寄りたい撮影スポットである。
● 多喜一族や山岡景光の墓所
境内には、甲賀郡中惣の有力豪族であった 多喜一族 の墓石が静かに祀られている。 また、伏見城の戦いで活躍した戦国武将 山岡景光 の墓所も残され、 甲賀の武士たちが歩んだ歴史を今に伝えている。
● 松尾芭蕉の句碑
境内には、俳聖・松尾芭蕉の句碑が残されており、甲賀の山里に息づく文学の香りを感じられる。静かな境内にそっと佇む句碑は、訪れる者の歩みをやわらかく整えてくれる。
● 貴重な指定文化財(仏像・絵画)
称名寺は、甲賀市指定文化財を複数所蔵している。 拝観には事前予約が必要だが、以下のような貴重な寺宝が伝わる。
- 木造阿弥陀如来立像
鎌倉時代の端正な仏像で、称名寺の御本尊。 - 木造聖観音立像
春日仏師の作と伝わる檜の一木造り。胎内から当時の文書が発見された。 - 絹本著色 山越阿弥陀図
室町時代後期の貴重な仏教絵画。 - 当麻曼荼羅図
室町時代後期の仏教絵画で、称名寺の信仰の深さを伝える。
称名寺の境内は、 白い土塀の静けさ、再建本堂の風格、 甲賀百人組ゆかりの歴史、そして数々の文化財が 穏やかに溶け合う場所である。歩くほどに、 甲賀の山里に息づく祈りと歴史が、そっと心に染み入ってくる。
◆ あとがき
境内を歩き終えるころ、 白い土塀に落ちる柔らかな光や、 本堂の天井に描かれた竜の気迫、そして多喜一族や甲賀百人組の足跡が、静かな余韻となって心に残っていた。
称名寺は、華美さよりも、 時を重ねた土地の記憶と、人々の祈りの深さを感じさせる場所だ。 甲賀の山里に息づく静けさは、訪れるたびに違う表情を見せてくれる。
また季節を変えて訪れれば、 きっと新しい静けさが迎えてくれるだろう。 その日を楽しみにしながら、今日の歩みをそっと閉じたい。