唯称寺を歩く──江戸甲賀百人組「山中福永組」ゆかりの古刹を訪ねて

目次
はじめに
唯称寺の由緒
唯称寺の境内を歩く
あとがき

はじめに

甲賀の山里を歩くと、 田園の向こうに、静かに佇む唯称寺【ゆいしょうじ】の屋根が見えてくる。 その静けさは、ただの古刹の佇まいではなく、 江戸の世に甲賀百人組として生きた武士たちの気配を そっと宿しているように感じられる。

唯称寺は、康応元年(1389年)に玉田寺として始まり、 のちに勝福寺と合併して「唯称寺」と改称された歴史ある寺院だ。 境内には、甲賀武士の有力一族である山中氏の石塔や位牌が残り、 江戸幕府の鉄砲隊──甲賀百人組「山中福永組」 ゆかりの集団位牌が 今も静かに祀られている。

本稿では、この唯称寺をゆっくりと歩きながら、 甲賀武士が生きた時代の気配と、 山里に流れる穏やかな時間を綴ってみたい。


唯称寺の由緒

唯称寺は、康応元年(1389年)、 無門和尚によって現在地に 玉田寺(ぎょくでんじ) として創建された古刹である。 その後、貞享三年(1686年)、本誉上人の代に 玉田寺と勝福寺の二ヶ寺が合併され、寺号を「唯称寺」 と改めて現在の姿となった。

文化六年(1809年)には火災で堂宇を失ったが、 文化八年(1811年)に再建され、 地域の人々の信仰を支える寺として歩みを続けてきた。

唯称寺は、甲賀武士の有力一族である 山中氏の菩提所 として知られ、 境内には山中氏の石塔や位牌が数多く安置されている。 とりわけ、関ヶ原前後の功績によって江戸幕府の鉄砲隊 甲賀百人組「山中福永組」 となった一族ゆかりの集団位牌が残されており、 江戸期甲賀武士の歴史を伝える貴重な資料となっている。

こうした歴史的価値が評価され、 唯称寺は2020年、 日本遺産 『忍びの里 伊賀・甲賀──リアル忍者を求めて──』 の構成文化財に登録された。甲賀武士の祈りと暮らしが今も静かに息づく寺院である。

名 称三録山 摂取院 唯称寺
所在地滋賀県甲賀市水口町宇田143
TEL0748-62-3932
駐車場あり(無料)約50台
Link三録山摂取院唯称寺 公式HP
唯称寺 | 甲賀市観光ガイド

唯称寺の境内を歩く

三録山摂取院唯称寺は、 甲賀武士の歴史と江戸期の甲賀百人組ゆかりの資料が残る、 歴史ファン・忍者ファンにとって見応えのある静かな古刹である。 境内には、山中氏の菩提所としての歴史が息づき、 甲賀の山里らしい穏やかな空気が流れている。


再建された本堂

唯称寺の本堂は、文化六年(1809年)の火災で一度焼失したが、
文化八年(1811年)に迅速に再建された。間口六間半・奥行き五間の堂々たる構えで、平成二十一年には大改修が行われ、現在も美しい姿で参拝者を迎えている。


本堂に残る「山中福永組」ゆかりの集団位牌

本堂には、「山中福永先祖代々」と記された位牌が安置されている。 そこには、将軍や大名級に授けられる最高位の戒名である院殿号が記され、当時の山中氏の高い地位がうかがえる。

位牌の下部には、「十家先亡諸霊」 として組員たちの名が刻まれており、江戸城警備を担った甲賀百人組「山中福永組」の歴史を 今に伝える貴重な資料となっている。


江戸甲賀百人組「山中福永組」十士の墓

境内の墓地には、 江戸幕府の鉄砲隊として江戸城警備を務めた 山中福永をはじめとする十名の武士の墓 が静かに並んでいる。

伏見籠城戦から二百五十年目にあたる嘉永二年(1849年)には、 彼らの忠義を偲ぶ法要が営まれたと伝わり、 甲賀武士の歴史を深く感じられる一角となっている。


正徳5年1715年の石灯籠

境内には、 正徳五年(1715年)、第二世還誉上人の代に建立された 歴史ある 石灯籠 が残されている。 江戸期の信仰と美意識を伝える、静かな見どころである。


勢至丸像法然上人幼少像

浄土宗の宗祖・法然上人の幼少期(勢至丸)を模した像が、境内に瑞々しい気配を添えている。唯称寺が浄土宗寺院として歩んできた歴史を象徴する存在である。


法然ゆかりの大イチョウ

境内には、 法然上人が比叡山へ旅立つ際、 地面に突き刺した杖から芽生えたと伝わる 「逆木の公孫樹(誕生寺)」に由来する 大イチョウ が育っている。

昭和五十五年、当時の住職が誕生寺の銀杏を持ち帰って植えたもので、 今では見事な大木となり、 唯称寺の静かな境内を象徴する一本となっている。


唯称寺の境内は、山中氏の歴史、甲賀百人組の足跡、そして浄土宗の祈りが穏やかに重なり合う場所である。歩くほどに、甲賀の山里に息づく静けさと、江戸期の武士たちの記憶が、そっと心に染み入ってくる。


あとがき

唯称寺の境内を歩き終えるころ、 再建本堂の静かな佇まいや、 山中福永組ゆかりの位牌に落ちる柔らかな光が、 静かな余韻となって心に残っていた。

江戸城を守り、甲賀百人組として生きた武士たちの名が刻まれた位牌、 嘉永二年の法要の記録、 そして山中氏の墓が並ぶ一角── それらは、唯称寺がただの古刹ではなく、 甲賀武士の祈りと忠義を今に伝える場所であることを そっと教えてくれる。

境内に立つ勢至丸像や、法然ゆかりの大イチョウの大木は、 この寺が長く地域の信仰を支えてきたことを物語り、 甲賀の山里らしい穏やかな時間を添えてくれる。

また季節を変えて訪れれば、 きっと違う表情の静けさが迎えてくれるだろう。その日を楽しみにしながら、今日の歩みをそっと閉じたい。


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