| <目次> はじめに 甲賀忍者の歴史を簡潔にたどる 忍者ゆかりの神社を訪ねて 油日神社 大宮神社 大鳥神社 柏木神社 川田神社 飯道神社 矢川神社 田村神社 修験と祈りの古刹を歩く 大池寺 櫟野寺 長福寺 称名寺 多聞寺 唯称寺 慈眼寺 明王寺 岩尾山息障寺 十楽寺 甲賀流忍者の痕跡が残る史跡 甲賀流忍術屋敷 甲賀の里 忍術村 山の気配に包まれて あとがき |
◆ はじめに
甲賀市は、滋賀県南東部に位置する自然豊かなまちである。この地には、甲賀流忍者ゆかりの神社仏閣や史跡が数多く残されている。
甲賀の里を歩いていると、山あいに広がる静けさがゆっくりと心に染み込んでくる。険しい山々に囲まれた伊賀とはまた異なり、甲賀にはどこか穏やかで柔らかな山里の風景が広がる。古社や古刹が点在するその景観の中に、忍者の歴史は今もひっそりと息づいている。
伊賀流と並び称される甲賀流忍者は、奇抜な伝説や秘術だけで語られる存在ではない。地域の自然環境や信仰、そして人々の暮らしの中から育まれた歴史的な存在である。その足跡は、社寺に伝わる祈りの文化や山岳信仰の面影、各地に残る史跡の中に見ることができる。
甲賀流忍者を支えたのは、自治的な結束を誇った甲賀武士団であり、彼らは山岳信仰や修験道とも深く関わりながら独自の文化を形成してきた。本稿では、甲賀ゆかりの神社仏閣や史跡を巡りながら、この土地が育んだ忍者の実像に静かに迫ってみたい。
社寺の佇まいに漂う歴史の気配、山里を吹き抜ける風の音、森に包まれた静寂。その一つひとつが重なり合い、甲賀の歴史をそっと語りかけてくれる。そんな旅を通して、甲賀の里が今なお受け継ぐ「静かな歴史の厚み」を感じていただければ幸いである。
甲賀忍者の歴史を簡潔にたどる
甲賀流忍者の起源は、南北朝時代から室町時代にかけて形成された「甲賀武士団」にある。甲賀の地侍たちは、山岳信仰や修験道の影響を受けながら、山々に囲まれた地形を巧みに利用した戦法や情報収集の技術を磨き、独自の武士集団として発展していった。
戦国時代になると、甲賀武士団は「甲賀郡中惣(こうかぐんちゅうそう)」と呼ばれる自治的な連合組織を形成し、合議によって地域の秩序を維持した。その中心となったのが、「甲賀二十一家」と総称される有力な地侍たちである。彼らは互いに協力しながら地域を守り、その活動の中で後に忍術と呼ばれる技術を発展させていった。
天正伊賀の乱の後、甲賀衆は徳川家康に協力し、江戸時代には「甲賀者」として幕府に仕えた。彼らは警護や情報収集などの任務を担い、伊賀者とともに幕府の治安維持を支える重要な存在となった。
甲賀忍者の歴史は、単なる秘術や伝説の物語ではない。そこには、山里の自然と信仰、そして自治の精神の中で培われた人々の知恵と努力が息づいている。その歩みは今もなお、甲賀の社寺や史跡、そして静かな山里の風景の中に受け継がれているのである。
その足跡をたどりながら甲賀の里を歩くと、忍者とは特別な存在ではなく、この土地で暮らし、この土地を守った人々であったことが見えてくる。
忍者ゆかりの神社を訪ねて
──甲賀の信仰に触れる
● 油日神社
油日神社【あぶらひじんじゃ】は、甲賀の総社として古くから里の中心に立ち、忍びの里の精神的支柱ともいえる古社。境内に足を踏み入れると、静かな森が包み込むように広がり、油日岳を御神体とする山岳信仰の気配が漂う。境内の静けさは深く、忍者たちが祈りを捧げた気配がどこか残る。社殿の荘厳さと森の気配が、甲賀の歴史の厚みを静かに語る。甲賀武士や忍びたちも、この地で旅の安全や勝運を祈ったと伝わり、今も凛とした気配が残る。
| 名 称 | 油日神社 |
| 所在地 | 滋賀県甲賀市甲賀町油日1043 |
| TEL | 0748-88-2107 |
| 駐車場 | あり(無料)約10台 |
| Link | 油日神社公式HP |
● 大宮神社
甲賀の山里に静かに佇む大宮神社【おおみやじんじゃ】は、室町・戦国期に甲賀二十一家の一つとして勢力を持った黒川氏ゆかりの古社である。永禄年間、当主・黒川玄蕃佐が本拠となる黒川氏城を築いた際、領地を守護する産土神として大国主命を勧請したことに始まる。
松並木の参道を進むと、周囲の自然がやわらかく包み込み、戦国の気配がほのかに残る静けさが漂う。拝殿の奥には一間社流造の本殿が覆屋に守られて鎮座し、長い年月を経ても変わらぬ神域の気配を伝えている。
すぐ近くには黒川氏城跡が山中に残り、神社と城跡を合わせて歩くことで、甲賀武士・甲賀忍びの祈りと暮らしが立体的に浮かび上がる。華やかさよりも静かな深みを湛えた、甲賀の里らしい歴史の風景がここに息づいている。
| 名 称 | 大宮神社 |
| 所在地 | 滋賀県甲賀市土山町黒川1039 |
| TEL | 0748-68-0558 |
| 駐車場 | 参拝者用の無料駐車スペースあり |
| Link | 棟札・花笠太鼓踊/大宮神社 |
● 大鳥神社
大鳥神社【おおとりじんじゃ】は、主祭神として素盞鳴命(すさのおのみこと)、相殿神として大己貴命(おおなむじのみこと)と奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)が祀られている。祇園信仰を伝える古社で、甲賀の文化が京の信仰と交わる場所として興味深い。
京都八坂神社西門を模した朱塗りの楼門・回廊を配した大鳥神社は、旧大原村の氏神として信仰を集めている。 毎年7月23・24日に斎行される「大原ぎおん」は、その華麗さと荒々しさで知られる祭礼。歴史は古く、すでに応永22年(1415年)から行われ、その壮観・華麓さは、夏をいろどる風物詩として親しまれている。
| 名 称 | 大鳥神社 |
| 所在地 | 滋賀県甲賀市甲賀町鳥居野782 |
| TEL | 0748-88-2008 |
| 駐車場 | あり(無料)約50台 |
| Link | 滋賀県甲賀市 大鳥神社 |
● 柏木神社
柏木神社【かしわぎじんじゃ】は、白鳳期以前の創祀と伝わる古社である。 大己貴命を主祭神とし、誉田別命・川島皇子を祀るこの社は、 中世には柏木御厨の本郷として栄え、 近世には柏木荘十六ヶ村の総社として地域の信仰を支えてきた。
源頼朝の合祀による若宮八幡宮の歴史や、 飛鳥井家が祠官として仕えた文化的な背景も残り、 素朴な楼門と長い参道が甲賀らしい静けさを今に伝えている。厄除け・病気平癒の祈願が多く、 芸能の神としても厚く崇敬される、 山里の風景に溶け込む古社である。
| 名 称 | 柏木神社 |
| 所在地 | 滋賀県甲賀市水口町北脇189 |
| TEL | 0748-62-3339 |
| 駐車場 | あり(無料)約30台 |
| Link | 柏木神社 > 滋賀県神社庁 柏木神社 | 甲賀市観光ガイド |
● 川田神社
川田神社【かわたじんじゃ】は、垂仁天皇の御代に創祀されたと伝わる甲賀の古社で、 鳥取連の祖神である 天湯川桁命 と 天川田奈命 を祀る。 平安期には神階を授かり、延喜式の名神大社に列した格式高い社である。 中世には蔵田荘の惣社として厚い信仰を集め、 戦国期には甲賀武士・内貴氏が社殿を再建し守護神として崇敬した。 朱塗りの本殿と静かな山里の風景が、 古代氏族の祈りと甲賀武士の歴史を今に伝えている。神社の南側山中には内貴川田山城の遺構が残る。
| 名 称 | 川田神社 |
| 所在地 | 滋賀県甲賀市水口町北内貴490 |
| TEL | 0748-62-6084 |
| 駐車場 | あり(無料)数台 |
| Link | 川田神社 > 滋賀県神社庁 |
● 飯道神社
飯道神社【はんどうじんじゃ】は、甲賀市信楽町の霊峰・飯道山に鎮座する古社で、和銅7年(714年)に熊野神を勧請して創建されたと伝わる。『延喜式神名帳』に名を連ねる式内社であり、古くから山岳信仰と修験道の聖地として栄えた。慶安3年(1650年)再建の本殿は桃山様式の極彩色を残し、国の重要文化財に指定されている。行場には奇岩・巨岩が連なり、修験者の行跡が今も息づいている。かつて甲賀忍者たちが山の気を学び、心身を鍛えた場所として語られ、訪れる者を厳粛な空気が包み込む。
| 名 称 | 飯道神社 |
| 所在地 | 滋賀県甲賀市信楽町宮町7 |
| TEL | 0748-60-2690 |
| 駐車場 | あり(無料)約5台 |
| Link | 飯道神社 | 甲賀市観光ガイド 飯道神社 | 滋賀県観光情報 飯道神社 > 滋賀県神社庁 |
● 矢川神社
矢川神社【やがわじんじゃ】は、奈良時代・天平宝字六年(762年)に杣川中流の矢川津へ鎮座したと伝わる古社で、『延喜式』に記された 甲賀八座 の一つとして知られる式内社である。主祭神として大己貴命、配祀神に 矢川枝姫命 を祀る。
杣川流域二十二ヶ村の総社として「杣一ノ宮」と称され、 中世には甲賀五十三家を中心とする自治組織「甲賀郡中惣」の寄り合いが行われた。 また、雨乞いの霊験で名高く、文明四年(1472年)には 大和国布留郷五十ヶ村から返礼として楼門の寄進を受けている。甲賀の歴史と祈りを今に伝える、静かな山里の古社である。
| 名 称 | 矢川神社 |
| 所在地 | 滋賀県甲賀市甲南町森尻310 |
| TEL | 0748-86-3141 |
| 駐車場 | あり(無料)約30台 |
| Link | 矢川神社 > 滋賀県神社庁 矢川神社 矢川神社 | 滋賀県観光情報 |
● 田村神社
田村神社【たむらじんじゃ】は、坂上田村麻呂を祀る社として知られ、武運と開運の神として信仰されてきた。甲賀の里では、旅立ちの安全や勝負事の成就を願う者が多く訪れたという。境内は明るく開け、歩くほどに心が軽くなるような清々しさがある。
| 名 称 | 田村神社 |
| 所在地 | 滋賀県甲賀市土山町北土山469 |
| TEL | 0748-66-0018 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 開運厄除・交通安全 田村神社 |
修験と祈りの古刹を歩く
──甲賀の寺院文化に触れる
● 大池寺
大池寺【だいちじ】は、甲賀の静かな里に佇む臨済宗の古刹で、名勝庭園「蓬莱庭園」で知られる。創建は、天平年間(729~784)に諸国行脚の行基がこの地を訪れた際、日照りに悩む農民のため、灌漑用水として、「心」という字の形に4つの池を掘り、その中央に寺を建立したのが始まりと伝えられている。
蓬莱庭園は、江戸初期に小堀遠州によって作庭された鑑賞式枯山水庭園で、サツキの大刈り込みが美しい。甲賀の文化の豊かさを感じられる場所で、 静かな庭の佇まいが心を整えてくれる。
| 名 称 | 大池寺 |
| 所在地 | 滋賀県甲賀市水口町名坂1168 |
| TEL | 0748-62-0396 |
| 駐車場 | あり(無料)約50台 |
| Link | 大池寺・蓬莱庭園 臨済宗 妙心寺派 |
● 櫟野寺
櫟野寺【らくやじ】は、日本最大級の十一面観音坐像を安置する天台宗の名刹。堂内に入ると、穏やかな表情の観音が静かに迎え入れ、甲賀の里の信仰の厚さを感じさせる。古くから里人の守り仏として親しまれ、忍びたちも旅の安全を祈願したという。
伝教大師最澄が比叡山延暦寺の根本中堂建立の用材を求めてこの地を訪れた際、櫟の巨木に霊夢を感じ、その木に十一面観音像を刻まれたのが現在の御本尊である。古より坂上田村麻呂や源頼朝など多くの武将が武運を祈った寺であり、戦国武将・滝川一益を生み出した郷土の中で甲賀武士(忍者)の崇敬によって守られてきた20体を超える平安仏(重要文化財)が安置されている。
| 名 称 | 櫟野寺 |
| 所在地 | 滋賀県甲賀市甲賀町櫟野1377 |
| TEL | 0748-88-3890 |
| 駐車場 | あり(無料)約50台 |
| Link | 福生山 櫟野寺(いちいの観音) |
● 長福寺
長福寺【ちょうふくじ】は、大同元年(806年)に比叡山の僧・天長比丘が「長正庵」を開いたことに始まる古刹で、 二度の火災を奇跡的に免れた 木造聖観音坐像(国指定重要文化財) を伝える観音霊場である。 現在は甲賀百人組ゆかりの寺として、日本遺産「忍びの里 伊賀・甲賀」の構成文化財にも登録されている。
| 名 称 | 長福寺 |
| 所在地 | 滋賀県甲賀市甲賀町田堵野1008 |
| TEL | 0748-88-5111 |
| 駐車場 | あり(無料)約40台 |
| Link | 長福寺 | 滋賀県観光情報 |
● 称名寺
称名寺【しょうみょうじ】は、応永年間(1394〜1428)に隆堯によって開かれ、のちに寛政年間(1789〜1801)に再建されて浄土宗となった古刹である。住宅街の一角に白い土塀に囲まれた山門が立ち、境内に入ると広々とした空間と心地よい静寂が訪れる。堂々とした本堂が迎えてくれる、甲賀の山里らしい静かな寺院である。
伏見城の戦いで甲賀忍者100人を引き連れて活躍した山岡景光の墓石や、甲賀二十一家に数えられる多喜一族を代表する瀧飛騨守の墓石も残されている。
| 名 称 | 称名寺 |
| 所在地 | 滋賀県甲賀市甲賀町滝1070 |
| TEL | 0748-88-3759 |
| 駐車場 | あり(無料)数十台 |
| Link | 称名寺 | 滋賀県観光情報 |
● 多聞寺
多聞寺【たもんじ】は、多聞寺は、甲賀町鳥居野に静かに佇む浄土宗の古刹で、篠山氏の信仰と祖先供養を起源とする寺院である。境内には、徳川家康の命を救い、伏見城で討ち死にした 篠山理兵衛景春の墓 が残り、甲賀武士の忠義と哀史を今に伝えている。
本堂には御本尊の阿弥陀如来を祀り、 平安時代後期の作とされる 木造多聞天立像(甲賀市指定文化財) を安置する。 周囲には近江篠山城跡が広がり、 甲賀の山里らしい静けさと中世の歴史が溶け合う寺院である。
| 名 称 | 福寿山 吉祥院 多聞寺 |
| 所在地 | 滋賀県甲賀市甲賀町鳥居野890 |
| TEL | 0748-88-4884 |
| 駐車場 | あり(無料)数台分 大鳥神社の駐車場(約60台)利用がお薦め |
| Link | 多聞寺(浄土宗) | ホトカミ 多聞寺 近江篠山城主・篠山景春の菩提寺 |
● 唯称寺
唯称寺【ゆいしょうじ】は、甲賀市水口町に静かに佇む浄土宗の古刹で、 康応元年(1389年)に玉田寺として創建され、貞享三年(1686年)に勝福寺と合併して現在の寺号となった歴史ある寺院である 。
境内には、甲賀武士の有力一族・山中氏の石塔や位牌が残り、 江戸幕府の鉄砲隊として江戸城警備を担った 甲賀百人組「山中福永組」ゆかりの集団位牌と十士の墓 が静かに祀られている 。
| 名 称 | 唯称寺 |
| 所在地 | 滋賀県甲賀市水口町宇田143 |
| TEL | 0748-62-3932 |
| 駐車場 | あり(無料)約50台 |
| Link | 三録山摂取院唯称寺 公式HP 唯称寺 | 甲賀市観光ガイド |
● 慈眼寺
慈眼寺【じげんじ】は、甲賀市甲南町野田に静かに佇む臨済宗永源寺派の古刹で、 慶安三年(1650年)、江戸幕府の甲賀百人組で与力を務めた 望月嘉左衛門 によって建立された寺院である。
その背景には、嘉左衛門の父・津之助が 慶長五年(1600年)の 伏見城の戦いで徳川家康に忠義を尽くし、その功績によって甲南町野田に二百石余りの所領を拝領したという 甲賀武士らしい確かな物語がある。
境内には、伏見城で討ち死にした望月組の武士たちの墓や、 江戸幕府の鉄砲隊として江戸城警備を担った 江戸甲賀百人組(望月藤左衛門組) の位牌が静かに祀られている。 2022年に復元された茅葺き本堂の柔らかな佇まいも、 この寺の静けさを象徴する風景となっている。甲賀武士の忠義と祈りが今も息づく、 山里の静かな古刹である。
● 明王寺
明王寺【みょうおうじ】は、明王寺は、甲賀市甲南町に静かに佇む天台宗の古刹で、 弘仁二年(811年)に円瑞によって開かれたと伝わる、千年以上の歴史をもつ寺院である。
御本尊の不動明王像は伝教大師・最澄の作とされ、境内には 五大明王(不動・降三世・軍荼利・大威徳・金剛夜叉) が すべて揃って祀られている。 五体が一堂に安置される寺院は全国的にも珍しく、 明王寺の大きな特色となっている 。
さらに、徳川家康から家綱までの徳川四代の位牌 が所蔵されており、 家康が伊賀・甲賀を抜けて三河へ帰還した 「神君甲賀伊賀越え」のルートに関わる寺として 歴史的にも注目されている 。
境内には東海自然歩道が通じ、 手入れの行き届いた庭園が四季折々の表情を見せる。 高台から望む鈴鹿連峰の山並みも美しく、 歩くほどに静けさと深い歴史が心に染み入る寺院である。
| 名 称 | 清凉山 明王寺 |
| 所在地 | 滋賀県甲賀市甲南町磯尾1972 |
| TEL | 0748-86-2572 |
| 駐車場 | あり(無料)約30台 |
| Link | 明王寺 | 甲賀市観光ガイド |
● 岩尾山息障寺
岩尾山息障寺【いわおさんそくしょうじ】は、甲賀市甲南町に位置する天台宗の古刹で、 標高471mの岩尾山の中腹に佇む霊域である。 山全体が巨岩・奇岩に覆われ、古くから修験者の行場として知られてきた 。
寺の由緒には、伝教大師・最澄が比叡山延暦寺を建立する前に、 まずこの岩尾山で伽藍造営を「試みた」という霊験譚が残り、 そのため 「比叡山試みの寺」 と呼ばれている。 最澄が彫ったと伝わる不動明王像を祀り、切り出した材木を琵琶湖へ流して比叡山造営に用いたという物語は、岩尾山の霊性と比叡山の歴史を深く結びつけている。
険しい山内には、修験者や忍者が修行したと伝わる奇岩群が点在し、奥の院には室町時代作の像高約5mの 磨崖不動明王立像(甲賀市指定文化財) が刻まれた巨石が残る。 周囲には南北朝時代の銘を刻む磨崖地蔵菩薩坐像もあり、 山岳信仰の古層が今も息づいている。
岩尾山頂の展望台からは、甲賀の平野や鈴鹿山系を一望でき、 霊域を歩ききった者だけが味わえる静かな達成感が広がる。 修験の気配と巨岩の迫力が重なる、甲賀屈指の山岳霊場である。
| 名 称 | 岩尾山息障寺 |
| 所在地 | 滋賀県甲賀市甲南町杉谷3774 |
| TEL | 0748-86-5700 |
| 駐車場 | あり(無料)約10台 |
| Link | 岩尾山(息障寺) | 滋賀県観光情報 岩尾山息障寺|忍びの里 伊賀・甲賀 岩尾山息障寺:中日新聞Web |
● 十楽寺
十楽寺【じゅうらくじ】には、甲賀三大佛の1つで、日本最大級の丈六阿弥陀如来坐像が安置されているほか、甲賀市指定文化財の木造十一面千手観音、木造摩耶夫人立像などが安置されている。
山門の前には天保3年(1832)の永代常夜燈があり、西側の駐車場奥には「山中城址」の石柱が建っている。山中城は、建久5年に山中俊直によって築かれた。鈴鹿山麓の山中村地頭で鈴鹿警固役を務め、その後、甲賀二十一家に数えられた。
| 名 称 | 十楽寺【じゅうらくじ】 |
| 所在地 | 滋賀県甲賀市土山町山中351 |
| TEL | 0748-68-0364 |
| 駐車場 | あり(無料)約30台 |
| Link | 十楽寺 トップページ |
甲賀流忍者の痕跡が残る史跡
● 甲賀流忍術屋敷
甲賀流忍術屋敷は、甲賀忍者五十三家の筆頭格とされる望月家に伝わる旧邸で、忍者の暮らしを今に伝える貴重な史跡である。一見すると静かな茅葺き農家だが、館内には落とし穴やどんでん返しなど数々のからくりが隠されている。戦乱の時代を生き抜いた忍びの知恵に触れながら、歴史ロマンを体感できる見どころ満載の忍者屋敷である。
| 名 称 | 甲賀流忍術屋敷 |
| 所在地 | 甲賀市甲南町竜法師2331番地 |
| TEL | 0748-86-2179 |
| 駐車場 | あり(無料)約50台 |
| Link | 甲賀流忍術屋敷(甲賀望月氏本家旧邸)公式HP |
● 甲賀の里 忍術村
甲賀の里 忍術村は、滋賀県甲賀市の鈴鹿山麓に広がる忍者テーマパークである。実在した忍者屋敷を移築した「からくり忍者屋敷」や忍術博物館をはじめ、手裏剣体験や忍者修行アスレチックなど、甲賀忍者の歴史と文化を楽しみながら体感できる。深い森に囲まれた園内は、まるで戦国時代の忍びの隠れ里を訪れたかのような雰囲気に包まれている。
甲賀の里 忍術村は、まさに甲賀忍者の歴史と知恵を、見て・学んで・体験できる忍者の隠れ里である。
| 名 称 | 甲賀の里 忍術村 |
| 所在地 | 滋賀県甲賀市甲賀町隠岐394 |
| TEL | 0748-88-5000 |
| 駐車場 | あり(無料) 普通車 約600台 / 大型バス 約20台 |
| Link | 甲賀の里忍術村【オフィシャル】 |
山の気配に包まれて
──自然と忍者の関係
甲賀の里は、伊賀ほど観光地化されていない分、山の静けさと素朴な里山の風景が今も色濃く残されている。
飯道山に息づく修験道の歴史、岩尾山息障寺の周囲に広がる深い森、そして神社仏閣を結ぶ穏やかな里道。そうした風景が重なり合い、この土地で育まれた甲賀忍者の精神世界を静かに感じさせてくれる。
甲賀の里山には、人の心を落ち着かせる柔らかな静寂が漂っている。飯道山の山道を歩けば、かつて修験者たちが行き交った足跡を風の中に感じることができる。厳しい修行の場であった山々は、同時に忍びたちが身を鍛え、知恵を磨く場でもあった。そのことが、自然と理解できるだろう。
また、岩尾山息障寺の周辺には、山岳寺院ならではの凜とした空気が流れている。深い森に抱かれた静寂の中に身を置くと、甲賀の自然と信仰が忍者たちの精神性を形づくってきたことを実感させられる。
甲賀の山々は、単なる風景ではない。そこには修験者や忍びたちが歩んだ歴史が刻まれている。森を渡る風に耳を澄ませながら里山を歩くと、甲賀の歴史が今もなお静かに息づいていることを感じられるのである。
◆ あとがき
甲賀の社寺を巡っていると、甲賀武士団が育んだ自治の精神や、忍者たちが生きた時代の面影が静かに浮かび上がってくる。
油日神社や飯道神社は、甲賀武士団の信仰の拠り所として知られ、飯道神社や岩尾山息障寺には、修験道の歴史とともに、忍者たちの精神文化を思わせる空気が今も残されている。
また、甲賀二十一家にまつわる伝承は地域の歴史の中に受け継がれ、社寺や史跡の佇まいの奥には、往時を生きた人々の足跡がほのかに感じられる。
甲賀の里を歩いていると、忍者の歴史は決して伝説や秘術だけで語られるものではなく、この土地の自然、信仰、そして人々の暮らしの中から育まれてきたものであることに気づかされる。
社寺を包む静寂、山里に漂う木々の香り、森を渡る風の音。その一つひとつが重なり合い、甲賀忍者の実像を静かに浮かび上がらせてくれる。
今回の旅では、史跡や社寺を巡るだけでなく、甲賀という土地そのものが語りかける歴史の声に耳を傾けることができたように思う。その静かな余韻を胸に、いつの日かまた季節を変えてこの里を訪れ、新たな甲賀の表情に出会ってみたい。