◆ はじめに
甲賀の山里を歩くと、 田園の向こうに、茅葺き屋根を静かに載せた慈眼寺【じげんじ】の本堂が見えてくる。 その佇まいは、ただの古刹の風景ではなく、 江戸の世に甲賀百人組として生きた望月氏一族の祈りと、 伏見城で散った武士たちの気配をそっと宿しているように感じられる。
慈眼寺は、慶安三年(1650年)、甲賀百人組の与力であった望月嘉左衛門が建立した寺院である。その背景には、父・津之助が伏見城の戦いで徳川家康に忠義を尽くし、二百石余りの所領を拝領したという、甲賀武士らしい確かな物語がある。
境内には、伏見城で討ち死にした望月組の武士たちの墓や、 江戸甲賀百人組の位牌が静かに祀られ、 甲賀武士の歴史が今も息づいている。本稿では、この慈眼寺をゆっくりと歩きながら、望月氏が生きた時代の気配と、甲賀の山里に流れる穏やかな時間を綴ってみたい。
慈眼寺の由緒
福聚山 慈眼寺は、慶安三年(1650年)、 江戸幕府の甲賀百人組で与力を務めた 望月嘉左衛門 によって建立された 臨済宗永源寺派の寺院である。
望月嘉左衛門の父・津之助は、 慶長五年(1600年)の「伏見城の戦い」で徳川方として籠城し、 大きな功績を挙げた甲賀武士である。 その忠義が家康に認められ、 望月一族は甲南町野田に二百石余りの所領を拝領した。
その後、嘉左衛門は母の名義で観音堂の建立を発願し、 村人と力を合わせて本堂・庫裏を整え、 現在の慈眼寺を完成させたと伝えられている。 甲賀武士の祈りと地域の信仰が重なり合って生まれた寺院である。
境内には、 伏見城で討ち死にした望月組の武士たちの墓や、 望月家の先祖位牌が大切に納められており、 甲賀武士の歴史を今に伝える貴重な場となっている。
慈眼寺は、 伏見城で戦死した甲賀衆の子弟を中心に組織された 江戸甲賀百人組(望月組) の歴史を伝える寺として知られ、 2020年には日本遺産「忍びの里 伊賀・甲賀──リアル忍者を求めて──」 の構成資産に登録された 。甲賀武士の忠義と祈りが静かに息づく、 山里の古刹である。
慈眼寺の境内を歩く
慈眼寺の境内は、甲賀武士の歴史と、望月氏一族の祈りが静かに息づく穏やかな空間である。茅葺き本堂の柔らかな佇まいと、伏見城で散った武士たちの墓所が並ぶ一角は、甲賀の山里らしい静けさと歴史の重みをそっと伝えてくれる。
● 復元された「茅葺き本堂」
慈眼寺の象徴ともいえる茅葺き本堂は、 2022年に美しく復元された。 日本の伝統建築が持つ柔らかな質感が境内の静寂と調和し、 訪れる人の心を自然と落ち着かせてくれる。
内部の拝観には事前予約が必要で、 寺が大切に守り続けてきた空間を丁寧に案内していただける (0748-86-4813)。
● 伏見城の戦いで散った「甲賀武士たちの墓所」
境内には、慶長五年(1600年)の伏見城籠城戦で 徳川家康のために最期まで戦い、討ち死にした 望月加左衛門組の甲賀武士たちの墓石 が静かに祀られている。
家康に忠義を尽くし、命を賭して戦った武士たちの歴史が 石塔の前に立つと、肌で感じられるほどの重みを持って迫ってくる。 慈眼寺の中でも最も重要な史跡のひとつである。
● 歴史を繋ぐ「望月藤左衛門組の位牌」
寺内には、伏見城で戦死した甲賀衆の子弟を中心に組織された 江戸幕府の鉄砲隊 江戸甲賀百人組(望月藤左衛門組) の 十士の先祖位牌が大切に納められている。
これらの位牌は、百人組の歴史が単なる伝承ではなく、 現代まで地続きで受け継がれてきたことを示す貴重な文化財である。 拝観には事前予約が必要(0748-86-4813)。
● 歴史が刻まれた山門と由緒書き
境内入口の落ち着いた山門には、 慈眼寺が日本遺産 「忍びの里 伊賀・甲賀──リアル忍者を求めて──」 の構成資産であることを示す案内板が掲げられている 。
一歩足を踏み入れると、 かつてこの地を治めた甲賀武士── のちの「甲賀忍者」の源流ともいえる人々の息づかいが そっと感じられる。
慈眼寺の境内は、望月氏一族の祈り、伏見城で散った甲賀武士の忠義、そして江戸甲賀百人組の歴史が穏やかに重なり合う場所である。歩くほどに、 茅葺き本堂の柔らかな美しさと、 墓所や位牌が伝える武士たちの物語が、 静かに心へ染み入ってくる。
◆ あとがき
境内を歩き終えるころ、復元された茅葺き本堂の柔らかな佇まいや、望月組ゆかりの墓石に落ちる夕光が、静かな余韻となって心に残っていた。
伏見城で散った武士たちの名が刻まれた墓所、 江戸甲賀百人組の位牌、そして望月嘉左衛門が村人とともに建立した本堂── それらは、慈眼寺がただの古刹ではなく、甲賀武士の忠義と祈りを今に伝える場所であることをそっと教えてくれる。
境内に立つと、甲賀の山里が持つ静けさと、望月氏一族が歩んだ歴史がゆっくりと重なり合い、心の奥に静かな温度を残してくれる。
また季節を変えて訪れれば、きっと違う表情の静けさが迎えてくれるだろう。その日を楽しみにしながら、今日の歩みをそっと閉じたい。