| <目次> はじめに 錦帯橋 眼鏡橋 諫早公園・眼鏡橋 本耶馬渓・耶馬渓橋 日本最大級の石造アーチ橋 轟橋 出會橋 白馬渓の石造アーチ橋 長府公園のアーチ橋 毛利庭園の反橋 伊弉諾神宮の神橋 別府明礬橋 室生寺山門前の太鼓橋 恵那峡大橋 青蓮寺湖に架かる赤と青のアーチ橋 弁天橋 青蓮寺橋 黒部峡谷に架かるアーチ橋 用水路橋 山彦橋 新山彦橋 湖面橋 くしもと大橋 神戸大橋 あとがき |
◆ はじめに
アーチ橋は、優美な曲線を描きながら力を受け止める構造をもち、その造形美は見る者の心を強く惹きつける。私もまた、その魅力に抗うことができない一人である。
アーチ橋とは、主構造にアーチを用いた橋梁のことである。橋にかかる鉛直荷重をアーチ部材の圧縮力として受け止めるため、剛性が高く、断面効率に優れるという利点がある(引用:ウィキペディア)。 この構造的合理性が、そのまま美しい曲線として視覚化されている点に、私は特に心を奪われる。
アーチが二つ並ぶ橋は、形が眼鏡のように見えることから「眼鏡橋」と呼ばれる。長崎市の眼鏡橋はその代表例である。また、アーチが太鼓の胴のように盛り上がった形状のものは「太鼓橋」と呼ばれる。
山口県岩国市の錦帯橋は、五つのアーチ(太鼓橋)が連なる独特の構造をもつ名橋である。初めてこの橋を目にしたとき、私はアーチ橋の造形美にすっかり魅せられてしまった。
本稿は、本来なら私が旅先で撮りためたアーチ橋の“紙上ギャラリー”としたいところだが、まだ数が十分とは言えない。これを手始めに、少しずつ作品を増やしていきたいと考えている。
錦帯橋
山口県岩国市を流れる錦川に架かる錦帯橋【きんたいきょう】は、五つの木造アーチが連なる日本を代表する名橋である。初代の架橋は江戸時代の1673年。度重なる洪水に耐えるため、当時の岩国藩主・吉川広嘉が工夫を重ね、独創的な五連アーチの構造が生み出されたという。

現在の錦帯橋は、伝統的な木組み技法を受け継ぎながらも、近代的な補強を加えて再建されたもので、木造橋としての美しさと実用性を両立している。アーチの曲線は、遠くから眺めても近くで見上げても優美で、四季折々の風景と調和し、訪れる人の心を静かに魅了する。

特に、川面に映る五連のアーチは、まるで波紋のように連なり、自然と人工の造形がひとつの景観として完成しているかのようだ。私自身、この橋を初めて目にしたとき、その造形美に深く心を奪われ、アーチ橋への関心が一気に高まった。

錦帯橋は、単なる観光名所ではなく、日本の木造橋梁技術の粋と、自然と共生する美意識が結晶した存在である。何度訪れても、新しい表情を見せてくれる橋だ。

錦帯橋は、昼間の明るい時に眺めるのも勿論素晴らしいが、夜にライトアップされた様子は幻想的で、一段とアーチ橋の魅力を増していた。思わず同じ構図の写真を何枚も撮影してしまう。

錦帯橋は、日本橋(東京都)や眼鏡橋(長崎県)と共に日本三名橋の一つに数えられている。話に聞いたり、写真でしか見たことがなかった錦帯橋を初めて見たとき、私は感動したことを今も鮮明に覚えている。もっと小さな橋だと思っていたからである。幅5m、長さ193.3mで、木組みの技法を駆使して造られている。まさに「百聞は一見に如かず」だと思った次第である。
| 名 称 | 錦帯橋 |
| 所在地 | 山口県岩国市 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 【錦帯橋】岩国市 |
眼鏡橋
長崎市を流れる中島川に架かる眼鏡橋【めがねばし】は、1634年に興福寺の僧・黙子如定(もくす・にょじょう)によって架けられた、日本最古級の石造アーチ橋である。二つのアーチが川面に映ると、まるで丸眼鏡のように見えることから「眼鏡橋」と呼ばれるようになった。

橋の構造は、江戸初期の石工技術の粋が凝縮されており、石を積み上げてアーチを形成する“石造アーチ橋”の典型例として高く評価されている。洪水の多い中島川にあって、幾度も修復を重ねながら今日まで姿を保ってきたこと自体が、長崎の歴史と人々の努力を物語っている。

周囲には石畳の遊歩道が整備され、川沿いを歩くと、眼鏡橋が街の風景に自然に溶け込んでいることに気づく。華美ではないが、静かに佇むその姿は、長崎という港町の歴史と文化を象徴する存在であり、訪れるたびに新しい表情を見せてくれる。

私にとっても、眼鏡橋は“石造アーチ橋の原点”のような存在であり、川面に映る二つの円が重なり合う光景は、何度見ても心を和ませてくれる。
眼鏡橋は、中島川石橋群(長崎市)の中では唯一の双円アーチ型で、水に映る姿が眼鏡のように見える稀有な存在である。日本最古のアーチ型石橋であり、日本橋(東京都)と錦帯橋(山口県)と共に日本三名橋の一つに数えられている。
| 名 称 | 眼鏡橋 |
| 所在地 | 長崎県長崎市 |
| 駐車場 | なし |
| Link | 眼鏡橋/長崎観光 |
諫早公園・眼鏡橋
長崎県諫早市の諫早公園【ちはやこうえん】に佇む眼鏡橋【めがねばし】は、1839年(天保10年)に本明川に架けられた石造アーチ橋で、国の重要文化財に指定されている。二つのアーチが川面に映ると丸眼鏡のように見えることから「眼鏡橋」と呼ばれ、長崎市の眼鏡橋と並び、九州を代表する石橋として知られている。
この橋は、当時の名石工・岩永三五郎によって築かれたと伝えられ、石を積み上げてアーチを形成する高度な技術が随所に見られる。洪水対策として架けられた橋でありながら、構造の合理性と造形の美しさが見事に調和している点が特徴である。

現在の眼鏡橋は、1957年の諫早大水害で流失した後、諫早公園内に移設・復元されたものだ。公園の緑に包まれ、静かに佇むその姿は、かつて本明川を跨いでいた頃とはまた違った趣を見せている。周囲を散策すると、石橋の曲線と自然の風景が穏やかに溶け合い、訪れる人の心を和ませてくれる。

私にとっても、諫早公園の眼鏡橋は“石造アーチ橋の静かな美”を象徴する存在であり、歴史を背負いながらも柔らかな表情を見せるその佇まいに、心が惹かれた想い出がある。眼鏡のように水に映る姿を撮ろうとしてみたが、うまく撮れなかったのは心残りである。
| 名 称 | 諫早公園・眼鏡橋 |
| 所在地 | 長崎県諫早市高城町770-2 |
| Link | 眼鏡橋(諫早公園内) |
本耶馬渓・耶馬渓橋
耶馬渓橋【やばけいばし】は、山国川に架かる石造アーチ橋で、「青の洞門」より500mほど下流に位置する。全長116m、日本最長の石造アーチ橋である。

8連アーチが渓谷の景観と調和していると評価され、国の重要文化財に指定されている。
| 名 称 | 本耶馬渓・耶馬渓橋 |
| 所在地 | 中津市本耶馬渓町樋田・曽木 |
| 駐車場 | なし |
| Link | 耶馬渓橋(オランダ橋) 耶馬渓橋 | 大分県中津市 |
日本最大級の石造アーチ橋

大分県豊後大野市を流れる大野川水系の奥岳川【おくだけがわ】には日本最大級の石造アーチ橋が架かっている。一つは轟橋【とどろばし】で、奥岳川が轟川【とどろがわ】と合流する地点のすぐ上流に架かる石造2連アーチ橋である。もう一つは出會橋【であいばし】で、轟橋の約80m下流に架かる石造単アーチ橋である。アーチの径間は29.3mで、轟橋に次いで国内第2位であるとされる。

これらの橋付近の奥岳川の渓谷の断崖には「しゃくし岩」と呼ばれる柱状節理が見られる。2つの石造アーチ橋とともに絶景を成し、豊後大野市の景勝地の一つとなっている。

| 名 称 | 轟橋・出會橋 |
| 所在地 | 豊後大野市清川町平石 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 出会橋・轟橋 | 大分県の観光 |
轟橋
大分県豊後大野市を流れる大野川水系・奥岳川に架かる轟橋【とどろばし】は、昭和9年(1934年)に完成した石造アーチ橋で、国の重要文化財に指定されている。橋長は約32メートル、単一アーチとしては県内でも屈指の規模を誇り、石積みの重厚さとアーチの優美な曲線が見事に調和している。

轟橋の特徴は、石造2連アーチ橋で、アーチの両側に設けられた石造の翼壁と中央の橋を支える堅牢な石桁が、橋全体の安定感と造形美を高めている点にある。

周囲の渓谷風景と相まって、橋そのものが自然の一部のように溶け込み、訪れる者に静かな感動を与えてくれる。

奥岳川の澄んだ流れの上に、石のアーチがしっかりと腰を据えて佇む姿は、時代を越えて受け継がれてきた石工技術の確かさを物語っている。私にとっても、轟橋は“石橋の力強さと優美さが同居する橋”として心に残る存在である。

正直に話せば、轟橋の存在を私は知らなかった。私の妻が探して私に教えてくれたのである。おかげで日本最大級の石造アーチ橋を写真に収めることができたとともに私の記憶にも残せた。感謝!
出會橋
轟橋からほど近い場所に架かる出會橋は、昭和8年(1933年)に完成した石造アーチ橋で、こちらも国の重要文化財に指定されている。橋長は約30メートル。単アーチ構造だが、より柔らかな曲線を描き、周囲の里山風景と穏やかに調和している。

「出會橋」という名は、奥岳川と支流が合流する地点に架けられていることに由来するとされる。二つの流れが出会う場所に、石のアーチが静かに架かる光景は、どこか象徴的で、訪れる者の心を和ませる。

出會橋は、轟橋と並んで“奥岳川の双璧”とも言える存在であり、二つの橋を歩いて巡ると、石造アーチ橋の表情の違いや、石工たちの技術の妙をじっくり味わうことができる。
白馬渓の石造アーチ橋
大分県別府市にある白馬渓を訪れた際、渓谷を流れる小さな谷川に架かる小さな石造アーチ橋が何故か印象に残っている。

率直に言うと、すべてのアーチ橋が石造であったかどうかは覚えていない。石造のものもあれば、コンクリート製のアーチ橋もあったかも知れない。

およそ8基ほどのアーチ橋があり、それぞれの橋には名前が付けられていたかも知れないが、今となっては思い出せない。

| 名 称 | 白馬渓の石造アーチ橋 |
| 所在地 | 大分県臼杵市前田馬代 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 白馬渓 | 臼杵市観光協会 |
長府公園のアーチ橋
長府庭園【ちょうふこうえん】は、毛利家の家老格であった西運長【にしゆきなが】の屋敷跡にある日本庭園である。小高い山を背にした約3万平方メートルの広大な敷地に、池を中心にした庭に書院、茶屋や東屋が残されている。散策するには最適の回遊式池泉庭園である。

池泉庭園にはいくつかの石造のアーチ橋が架かり、風情を感じさせてくれる。

なかでも「中島」に通ずる木造のアーチ橋は欄干を有する比較的大きな立派なものである。橋の名前が分からないのは残念である。
| 名 称 | 長府庭園 |
| 所在地 | 下関市長府黒門東町8-11 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 長府庭園|トップページ |
毛利庭園の石造アーチ橋
毛利博物館とその前庭に広がる庭園は、明治維新後に爵位を得て公爵となっていた旧長州藩主毛利家の毛利元昭が、国許【くにもと】に建てた邸宅の一部が一般観光客に開放されたものである。邸宅・庭園をあわせて国指定の名勝となっている。

この毛利庭園の「瓢箪池」にも「反橋」と呼ばれる立派な石造アーチ橋(長さ11m、幅2.6m)が架かっている。尚、反橋は明治12年(1879年)に造られたものであるというから、既に140年以上も経過している。

この反橋は中央に2組の石柱があってアーチ橋を支える造りとなっている。
| 名 称 | 毛利博物館・庭園 |
| 所在地 | 防府市多々良一丁目15-1 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 毛利博物館/毛利氏庭園 |
伊弉諾神宮の神橋
伊弉諾神宮は、日本最古の神社の一つで、伊邪那岐神と伊邪那美神の二神を祀る神社である。記紀には伊邪那岐神が「国生み」に始まるすべての神功を果たした後、御子神の天照大御神に国家統治の大業を委譲して、淡路島の多賀の地に「幽宮」を構へて余生を過ごしたと記される。その住居跡に御陵が営まれたのが伊弉諾神宮の起源であるとされる。

現在の本殿の位置は、明治時代に後背の御陵地を整地して移築されたもので、それ以前は、禁足の聖地であったという。御陵を中心とする神域の周囲には濛が巡らされたと伝えられ、正面の神池や背後の湿地はこの周濛の遺構とされる。

この神池に「神橋」と呼ばれる石造のアーチ橋が架かっている。この神橋は中央に一組の石柱があってアーチ橋を支える造りとなっている。
| 名 称 | 伊弉諾神宮 |
| 所在地 | 兵庫県淡路市多賀 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 伊弉諾神宮 |
別府明礬橋
別府明礬橋【べっぷみょうばんきょう】は、東九州自動車道が通っているコンクリート製アーチ橋である。

全長が411m(アーチ橋部351m、ラーメン橋部60m)もある見事なアーチ橋である。私は明礬温泉の岡本屋に宿泊していた際に偶然、このアーチ橋が目に留まり、思わずシャッターを押していたのを今でも覚えている。

別府明礬橋は、平成元年(1989年)に開通している。竣工当時は、日本最長のアーチ支間(235m)を有し、「東洋一」のコンクリートアーチ橋であったとされる。
| 名 称 | 別府明礬橋 |
| 所在地 | 別府市大字鶴見(明礬)地内 |
| Link | 別府明礬橋 – 大分県 |
室生寺山門前の太鼓橋
室生寺【むろうじ】は、奈良県宇陀市室生に位置する、真言宗室生寺派の大本山の寺院である。山号は宀一山【べんいちさん】または檉生山【むろうさん】で、御本尊は如意輪観音である。

室生寺は、高野山金剛峯寺とは異なり、古から女性の参詣が許されていた。そのため室生寺は「女人高野」と呼ばれるようになったと言われている。

その室生寺の山門前には朱塗りの太鼓橋が架かっている。太鼓橋の下を流れるのは室生川である。

この室生川に架かる太鼓橋を綺麗に撮りたいとベストアングルを求めて周辺を散策したが、結果的になかなかしっくりとする撮影スポットを探し出せなかった。川辺に降りた方が良かったかもしれない。

アーチ橋、特に太鼓橋の特徴が人の立ち位置の変化(全身が見えるかどうか)で分かるのが面白い。
| 名 称 | 室生寺 |
| 所在地 | 奈良県宇陀市室生78 |
| 駐車場 | あり(有料) |
| Link | 女人高野 室生寺 |
恵那峡大橋
恵那峡【えなきょう】は、木曽川中流域の渓谷で、大井ダムの上流域に位置する約10kmの区間をいう。恵那峡は恵那峡県立自然公園の中心的存在である。
恵那峡大橋【えなきょうおおはし】は、恵那峡に架かる赤色の1連上路アーチ橋である。恵那市中心部と中津川市蛭川を結ぶ主要路にあり、重要な役割を果たしている。

恵那峡一帯は奇岩が多いことで知られており、屏風岩、軍艦岩、獅子岩、鏡岩などと名付けられた奇岩が存在する。それらの見物を目的とした観光遊覧船が周航している。
| 名 称 | 恵那峡 |
| 所在地 | 岐阜県恵那市大井町恵那峡 |
| Link | 恵那峡|岐阜県観光 |
青蓮寺湖に架かる赤と青のアーチ橋
青蓮寺ダム【しょうれんじダム】は、三重県名張市青蓮寺に位置し、名張川の支流である青蓮寺川に造られたダムで、そのダム湖は青蓮寺湖【しょうれんじこ】と呼ばれている。
| 名 称 | 青蓮寺湖(青蓮寺ダム湖) |
| 所在地 | 三重県名張市青蓮寺字ガオヤ |
| Link | 青蓮寺ダム管理所 青蓮寺湖(青蓮寺ダム) |
弁天橋
弁天橋【べんてんばし】は、青蓮寺湖に架けられた赤色に塗装されたアーチ橋である。

青蓮寺湖付近一帯は室生赤目青山国定公園に指定されている地域も多く、青蓮寺川上流には紅葉の名所として知られる香落渓があり、山を越えると赤目四十八滝もある。

青蓮寺湖も室生赤目青山国定公園の一部に指定されている地域であり、その景観は一見の価値がある。

青蓮寺橋
青蓮寺橋【しょうれんじばし】は、青蓮寺湖に架けられた青色に塗装されたアーチ橋である。

青蓮寺湖は、ブラックバス釣りでも知られるが、周囲を山に囲まれた風光明媚な場所である。春(3月下旬~4月上旬)は桜、秋(11月上旬~下旬)は紅葉が湖面に映える。

青蓮寺湖の美しい湖畔はサイクリングにも最適である。赤色に塗装された弁天橋や青色に塗装された青蓮寺橋を自転車で渡りながら青蓮寺湖を眺める景色は格別である。
黒部峡谷に架かるアーチ橋
用水路橋
橋は、一般的には人や車両・列車が行きかうものであるが、水が通る橋、すなわち用水路橋も立派な橋と言えよう。

そんな用水路橋の造形美に惹かれ、黒部峡谷鉄道沿線のトロッコ列車の車窓から思わずシャッターを押していた。

険しい谷を跨いで水路を繋ぐコンクリート製のアーチ橋であるが、年季の入った風格が漂う。緑の渓谷を背景に一段と美しい景観を楽しませてくれる。私は、この用水路橋を最初に見たときには、石造のアーチ橋ではないかと勘違いしたくらいである。

| 名 称 | 黒部渓谷・用水路橋 |
| 所在地 | 黒部峡谷鉄道沿線 |
| Link | 黒部峡谷鉄道トロッコ電車 |
山彦橋
山彦橋【やまびこばし】は、宇奈月温泉街の黒部峡谷鉄道トロッコ電車の出発駅(宇奈月駅)近くに位置するアーチ橋である。

山彦橋は、かつては黒部峡谷鉄道の軌道であった。トロッコ列車の音が山彦【やまびこ】となって温泉街に響くことから名付けられたというのが橋名の由来である。
| 名 称 | 山彦橋 |
| 所在地 | 富山県黒部市宇奈月温泉 |
| Link | 山彦橋 / やまびこ遊歩道 |
新山彦橋
新山彦橋【しんやまびこばし】は、現在の黒部峡谷鉄道の軌道である。山彦橋と新山彦橋の二つのアーチ橋は隣合わせで黒部川に架けられている。

山彦橋から新山彦橋を見上げるようにして撮影すると迫力のある写真が撮れる。周囲の緑と赤色のアーチ橋のコントラストは美しいので、思わずシャッターを押してしまう。

タイミングが良ければ新山彦橋をトロッコ列車が通過する姿を撮影することもできるが、待つことが嫌いなのですぐに諦めた。私には、いわゆる「撮り鉄」になる資質はなさそうだ。
| 名 称 | 新山彦橋 |
| 所在地 | 富山県黒部市宇奈月温泉 |
| Link | 黒部峡谷山彦橋と新山彦橋 |
湖面橋
湖面橋【こめんきょう】は、黒部川を堰き止めた宇奈月ダムの人造湖(うなづき湖)に架かる赤色のアーチ橋である。エメラルドグリーンの湖面と赤色のアーチ橋とのコントラストが美しい。

湖面橋は、宇奈月ダムの工事用道路として建設されたものであるが、ダムの完成後には一般道として供用されている。湖面橋は、構造的にはバスケットハンドル型ニールセンローゼ橋というタイプのアーチ橋であるらしい。
| 名 称 | 湖面橋 |
| 所在地 | 黒部市宇奈月町舟見明日音沢 |
| Link | 湖面橋|黒部めぐり |
くしもと大橋

くしもと大橋は、本州側の潮岬と紀伊大島を繋ぐ橋で、導入路となるループ橋と海を跨ぐアーチ橋の2つの橋から構成されるユニークな橋である。アーチ橋の長さは290mもあるという。

くしもと大橋は、白く塗装されており、太平洋のコバルトブルーとのコントラストが鮮やかである。

くしもと大橋の開通のおかげで、それまで巡航船やフェリーに頼っていた大島内の交通が圧倒的に便利になったと言われている。
| 名 称 | くしもと大橋 |
| 所在地 | 和歌山県串本町大島 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | くしもと大橋|串本町 |
神戸大橋
神戸大橋【こうべおおはし】は、神戸港の新港第四突堤とポートアイランド間に架かるダブルデッキ型アーチ橋である。

神戸大橋には自動車専用道路に加えて、歩道も併設されている。ポートアイランドへ行くルートには、このアーチ橋と海底トンネルがあるが、海底トンネルは自動車専用である。そのため神戸大橋は徒歩でポートアイランドに行ける唯一のルートとなる。

神戸マラソン大会の際には、自動車の通行を規制して、ランナーがこの神戸大橋を渡ってゴール地点のあるポートアイランドへと向かって走る。

神戸大橋を渡ったポートアイランド側の橋の袂にはポートアイランド北公園がある。ここからの神戸の夜景も一見の価値がある。

私は会社員生活をリタイアするまでは、この神戸大橋を渡って通勤をしていた。今から1年と数か月前までの話である。
| 名 称 | 神戸大橋 |
| 所在地 | 兵庫県神戸市中央区新港町 |
| Link | 神戸大橋 – 神戸夜景ガイド |
◆ あとがき
アーチ橋には、木造・石造・鋼製といった多様な形式があり、それぞれに独自の魅力がある。どれが優れていると単純に比較できるものではなく、いずれも甲乙つけがたい存在である。
なかでも、九州には石造アーチ橋が数多く残されているという。ボランティア団体「日本の石橋を守る会」の調査によれば、全国に現存する石橋は2,072基。そのうち 89.4%(1,853基) が九州に集中しており、九州以外に残る石橋は 219基(10.6%) にすぎないという。 全国に均等に分布しているものと勝手に思い込んでいた私にとって、この偏在ぶりは驚きであった。同時に、洪水などで失われた石橋も少なくないと知り、惜しさも覚える。
こうして調べてみると、九州には訪れるべき石造アーチ橋がまだまだ多くある。リタイアを機に、できるだけ多くの橋をこの目で見てみたいと思うようになった。 とりわけ、大分県宇佐市院内町は「日本一の石橋の町」と呼ばれ、約60基の石造アーチ橋が点在しているという。ぜひ機会をつくり、ゆっくり歩いてみたいものである。