◆ はじめに
伊賀上野と聞けば、多くの人がまず「忍者の里」を思い浮かべることだろう。上野城や伊賀流忍者博物館には多くの観光客が訪れ、その名は全国に知られている。
しかし、城下町の一角にある「忍町(しのびちょう)」を訪ねる人は、それほど多くはない。
忍町は、江戸時代に藤堂藩へ仕えた伊賀者たちゆかりの地として伝えられる町である。華やかな観光施設が並ぶわけではないが、静かな路地や武家屋敷の面影の中に、忍びの里・伊賀の歴史が今も息づいている。
長い年月を経て町並みは変わったが、地名として残る「忍町」の二文字は、この地に暮らした人々の記憶を現代へと伝えている。
今回は、伊賀上野城下に残る忍町を歩きながら、伊賀者ゆかりの歴史や、赤井家住宅、入交家住宅などの武家屋敷を訪ね、往時の城下町の姿をたどってみたいと思う。
忍町の由緒
三重県伊賀市上野にある「忍町(しのびちょう)」は、伊賀上野城下に残る歴史ある地名である。その名は、藤堂藩に仕えた「伊賀者」と呼ばれる人々に由来すると伝えられている。
江戸時代初期、藤堂高虎によって伊賀上野城の大改築と城下町の整備が進められた。城下町は碁盤目状に整然と区画され、商人町や武家町が配置されたが、その一角に伊賀者ゆかりの居住地として知られる忍町が設けられた。
伊賀者は、戦国時代の伊賀忍者の系譜を引く郷士層から登用され、伊賀上野城や津城の警備、藩主の護衛、情報収集などの任務を担った。藤堂藩では伊賀者に城下の屋敷地を与えた時期があり、その名残として現在も「忍町」の地名が受け継がれている。
もっとも、伊賀者の多くは本来、城下町ではなく村々に居住する郷士であり、近世中期以降は在村のまま勤番に就く形が一般的になったとされる。こうして町としての役割は変化したものの、「忍町」の名は今なお残り、伊賀が忍者ゆかりの地であることを静かに伝えている。
現在、忍町周辺には国登録有形文化財の赤井家住宅や、三重県指定有形文化財の入交家住宅などが残り、往時の武家町の面影を今に伝えている。
忍町を歩く
忍町は伊賀市の中心市街地にあり、観光の拠点から徒歩で気軽に訪れることができる。伊賀鉄道「上野市駅(忍者市駅)」から南へ徒歩約10分。駅前から銀座通りを南へ進み、少し西へ入った一帯が忍町である。
周辺には江戸時代の城下町の区割りが今も残り、細い路地や落ち着いた町並みが続く。道幅が狭い場所も多いため、車で通り抜けるよりも、駅周辺の駐車場を利用して徒歩で散策するのがおすすめである。
忍町は観光施設が集中するエリアではない。しかし、江戸時代初期に伊賀者(伊賀流忍者の系譜を受け継ぐ人々)の役屋敷が置かれた歴史を伝える町として、城下町ならではの静かな趣を今に残している。華やかな観光地とは異なる、伊賀上野の歴史と暮らしに触れられるのが、この町の大きな魅力である。
● 赤井家住宅(国登録有形文化財)
忍町を代表する歴史的建造物。江戸時代の面影を残す武家屋敷で、主屋や長屋門、土蔵、茶室、庭園などが保存されている。現在は市民交流や文化活動の拠点として活用されており、展示会やイベントが開催されるほか、気軽に立ち寄って庭園や建物を見学することができる。上野城下に残る数少ない武家屋敷の一つとして貴重な存在である。
● 忍町の集議所
現在も地域の集会所として利用されている建物で、屋根瓦に刻まれた「忍」の文字が目を引く。往時の町名と歴史を象徴する意匠として知られ、散策の途中にぜひ注目したい見どころの一つである。
● 長屋門と古い町並み
町内には武家屋敷に特徴的な長屋門や古い家並みが点在し、往時の城下町の雰囲気を感じることができる。整然とした武家町の景観に加え、東側には寺院が連なる寺町が広がり、武家地と寺町が接する独特の町割りも見どころである。歴史ある街路を歩いていると、伊賀上野城下の面影が今なお息づいていることを実感できる。
華やかな忍者屋敷や忍者博物館とはひと味違い、忍町では「忍びの里」の日常に近い風景と出会える。静かな路地を歩けば、城下町に暮らした人々の息遣いが聞こえてくるようである。
| 名 称 | 伊賀城下の忍町 |
| 所在地 | 三重県伊賀市上野忍町(三之町筋の南側) |
| アクセス | 名阪国道「上野東IC」から約5〜10分 |
| 駐車場 | なし |
| Link | 忍町 | 忍者オフィシャルサイト 日本遺産ポータルサイト |
赤井家住宅の由緒
赤井家住宅は、伊賀市上野忍町に残る武家屋敷で、伊賀上野城下町の歴史を今に伝える貴重な文化財である。丹波国黒井城(現在の兵庫県丹波市)を本拠とした戦国大名・赤井氏の流れをくむ家の住宅であり、現在は国登録有形文化財として保存・公開されている。
● 赤井氏と藤堂家
赤井氏は戦国時代、丹波国黒井城を拠点に勢力を築いた武家であった。しかし、織田信長の丹波攻略により没落し、その後、一族の一部は藤堂高虎に仕えるようになったと伝えられている。江戸時代になると伊賀上野城下に屋敷を構え、藤堂藩の藩士として代々続いた。
● 武家屋敷としての歴史
現在の赤井家住宅は、江戸時代の武家屋敷の伝統を受け継ぎながら形成された建物群である。敷地内には長屋門、主屋、土蔵、茶室、土塀などが残されており、上野城下町に現存する数少ない武家屋敷の一つとして高い価値を有している。
主屋は明治時代に建てられたものであるが、武家屋敷時代から受け継がれてきた間取りや空間構成を色濃く残しており、城下町に暮らした武士たちの生活をしのぶことができる。
● 現代への継承
赤井家住宅は平成22年(2010年)に国登録有形文化財に登録され、その後、所有者から伊賀市へ寄贈された。保存整備を経て文化交流施設として公開されており、市民活動や展示会、各種イベントの会場として活用されている。
赤井家住宅を歩く
赤井家住宅は忍町の中心部に位置し、城下町散策の途中で気軽に立ち寄ることができる。伊賀鉄道「上野市駅(忍者市駅)」から徒歩約7〜10分。忍町の落ち着いた街並みの中に、ひときわ存在感のある長屋門が姿を現す。
敷地内には主屋や長屋門、土蔵、茶室、日本庭園が保存されており、江戸から明治にかけての武家屋敷の雰囲気をゆったりと味わうことができる。
● 長屋門(ながやもん)
通りに面して建つ長屋門は、赤井家住宅を象徴する建物である。武家屋敷の格式を伝える重厚な門構えは、往時の城下町の景観を今に伝えている。国登録有形文化財の一つに数えられている。
● 主屋(おもや)
明治時代に建てられた主屋は、武家住宅の伝統を継承した落ち着いた佇まいが魅力である。畳敷きの座敷や欄間などの意匠が残され、当時の暮らしぶりを身近に感じることができる。
● 日本庭園
主屋の南側には、美しく手入れされた庭園が広がっている。庭石や植栽が調和した穏やかな景観は、城下町の喧騒を忘れさせる静けさをたたえている。縁側から眺める庭は、赤井家住宅ならではの見どころの一つである。
● 茶室と文化交流空間
敷地内には茶室や土蔵も残され、現在は展示や文化活動の場として利用されている。歴史ある建物を活用した文化交流施設として、市民や観光客に親しまれている。
● ひと休みできる憩いの場
現在の赤井家住宅は、歴史を学ぶだけでなく、ゆっくりと時間を過ごせる場所でもある。季節ごとに企画展や催しが開かれるほか、周辺の城下町散策の休憩スポットとしても利用されている。
| 名 称 | 赤井家住宅 |
| 所在地 | 三重県伊賀市上野忍町2491-1 |
| アクセス | 名阪国道「上野東IC」から約5〜10分 |
| 駐車場 | あり(無料)約5台 |
| 入館料 | 無料 |
| 開館時間 | 午前9時〜午後10時 |
| 休館日 | 毎週水曜日、年末年始 |
| 備 考 | ※入交家住宅は毎週火曜休みなので要注意! 両武家屋敷を同日に見学する場合は火・水は避ける |
| Link | 赤井家住宅 – 施設案内 |
入交家住宅の由緒
入交家住宅は、伊賀市上野相生町に残る武家屋敷で、藤堂藩に仕えた藩士・入交勘平家の住宅として伝えられている。現在は三重県指定有形文化財に指定されており、伊賀上野城下に残る貴重な武家屋敷遺構の一つである。
● 入交氏の出自と藤堂高虎への臣従
入交氏は、もともと土佐国(現在の高知県)の戦国大名・長宗我部氏に仕えた家系である。関ヶ原の戦い後に長宗我部氏が改易されると、一族の一部は藤堂高虎に召し抱えられた。高虎は旧長宗我部家臣を積極的に登用したことで知られ、入交家もその流れの中で藤堂家に仕えることになった。後に高虎が伊勢・伊賀へ移封されたため、入交家も伊賀上野へ移り住んだと伝えられている。
● 屋敷の拝領と変遷
現在の入交家住宅は、寛政年間(1789〜1800年)頃に入交勘平が屋敷替えによって拝領した武家屋敷と伝えられている。江戸時代の武家住宅は藩の所有であり、藩士は身分や役職、禄高に応じて住居を与えられていた。入交家住宅もそのような藩士住宅の一つであった。
● 中級武士の暮らしを伝える貴重な屋敷
入交家住宅の最大の特徴は、主屋、長屋門、表屋、土蔵など、中級武士の屋敷を構成する建物群がまとまった形で残されていることである。建物だけでなく古図面や関連資料も伝わっており、江戸時代の武士の暮らしや住環境を知るうえで貴重な文化遺産となっている。
平成10年(1998年)には建物群と関連資料が三重県指定有形文化財となり、その後保存修理が行われ、現在は一般公開されている。
入交家住宅を歩く
入交家住宅は忍町の東隣に位置する相生町にあり、赤井家住宅から徒歩数分の距離にある。城下町散策では両者をあわせて見学すると、江戸時代の武家町の様子をより深く理解することができる。
入交家住宅の魅力は、170石取りの藩士が暮らした中級武士の屋敷構えを、現在でも具体的に見ることができる点にある。華やかな大名屋敷ではなく、実際に藩士一家が日常生活を送った住まいであるため、「江戸時代の武士のリアルな暮らし」を感じやすい。
● 茅葺屋根の主屋
主屋は江戸後期の建築とされ、現在では城下町の武家屋敷としては珍しい茅葺屋根を残している。質実で落ち着いた佇まいは、華美を避けた武士の生活様式をよく表している。
● 公私を明確に分けた間取り
屋敷内には、来客や上役を迎えるための式台玄関や座敷と、家族の日常生活の場である居間や台所が明確に分けられている。こうした間取りからは、江戸時代の武士社会における礼儀や身分秩序をうかがうことができる。
● 長屋門・表屋・土蔵
通りに面した長屋門、敷地内の表屋や土蔵が主屋を囲むように配置されている。屋敷全体の構成が良好に残っているため、当時の武家住宅の空間構成を立体的に理解できるのが大きな見どころである。
● おくどさんと生活展示
台所には、かつて実際に使われていた「おくどさん(かまど)」が残されている。また、館内では古文書や生活道具なども展示されており、武士の家族が営んだ日々の暮らしを身近に感じることができる。
● 赤井家住宅との見比べも楽しい
近くにある赤井家住宅が明治以降の武家屋敷文化の継承を伝えるのに対し、入交家住宅は江戸時代の武士の生活空間をより色濃く残している。両者を見比べながら歩くことで、伊賀上野城下町の歴史がいっそう立体的に見えてくる。
| 名 称 | 入交家住宅 |
| 所在地 | 三重県伊賀市上野相生町2828 |
| アクセス | 名阪国道「上野東IC」から約5〜10分 |
| 駐車場 | あり(無料)約8台 |
| 入館料 | 大人 200円 / 菓子付き入館券 500円 |
| 開館時間 | 午前9時〜午後4時30分 |
| 休館日 | 毎週火曜日、年末年始 |
| 備 考 | ※赤井家住宅は毎週水曜休みなので要注意! 両武家屋敷を同日に見学する場合は火・水は避ける |
| Link | 入交家住宅 – 施設案内 |
◆ あとがき
忍町の魅力は、華やかな観光施設や派手な演出にあるのではない。むしろ、静かな路地を歩きながら、江戸時代の城下町の空気に思いを巡らせることにある。そこには、藩に仕えた武士たちや伊賀者たちの日々の暮らしがあり、また家族を支えながら時代を生きた無数の人々の営みがあった。
赤井家住宅や入交家住宅に残る長屋門や座敷、庭園を眺めていると、歴史は決して城や合戦だけでつくられたものではなく、その時代を生きた人々の暮らしの積み重ねによって形づくられてきたことを実感する。
伊賀上野城や忍者博物館を訪れた際には、ぜひ少し足を延ばして忍町も歩いてみてほしい。観光地としての伊賀とはまた違う、落ち着いた城下町の表情に出会えるはずである。
静かな町角に残る「忍町」の名。その由緒に耳を傾けながら歩けば、忍びの里・伊賀の歴史が、より身近なものとして感じられるはずである。