◆ はじめに
足摺宇和海国立公園は、高知県の足摺岬から愛媛県の宇和海沿岸にかけて広がる、海と山の多様な景観を抱く国立公園である。竜串・樫西・勤崎・尻貝・沖ノ島といった海域公園地区では、奇岩が連なる海岸線や透明度の高い海が続き、外洋の力強さを間近に感じることができる。一方、内陸部には滑床渓谷、篠山、法華津峠などがあり、深い森と渓谷がつくり出す静かな山の風景が広がっている。
このように、海岸線と内陸部の景観が大きく異なるため、同じ国立公園でありながら、まるで別の土地を旅しているかのような多彩な風景に出会える。岬の雄大さ、渓谷の静けさ、海と山の対比──どれも見飽きることがない魅力である。
広い範囲に景勝地が点在しているため、車での移動が中心になるが、ドライブしながら風景の変化を楽しむにはもってこいの国立公園だと言える。私自身、まだ訪れたことのない場所が多く、今回の旅を機に、事前にしっかりと学びながら、海と山の風景を歩いて味わう旅を計画したいと思う。
海岸線の絶景を歩く
──足摺岬 → 柏島 → 高茂岬→ 佐田岬
足摺岬・足摺岬灯台
足摺岬【あしずりみさき】は、高知県南西部(土佐清水市)に位置し、太平洋に突き出る足摺半島南東端の岬である。黒潮によって浸食された断崖は約80 mの高さがある。各所からは日の出や日の入りが一望できる南向きの岬である。

四国最南端に位置する足摺岬は、黒潮が勢いよく流れ込む外洋に面し、海と空が大きなスケールで広がる場所である。岬に立つと、水平線がわずかに丸みを帯びて見え、地球の大きさを実感する。

潮風は強く、波は絶えず寄せては返し、海の青さは深く濃い。 足摺岬灯台の周辺には散策路が整備されており、海を間近に感じながら歩くことができる。灯台の白い塔と外洋の青が対照的で、写真に収めたくなる風景が続く。岬の突端に立つと、海の果てに向かって風が吹き抜け、旅の始まりにふさわしい雄大な景観が広がっていた。

よく台風の進路にあたる場所であることから「台風銀座」とも呼ばれ、しばしば暴風に見舞われる。足摺岬の周囲はツバキ、ウバメガシやビロウ等の亜熱帯植物が密生している。沖合いはカツオの好漁場として知られる。そのため土佐清水市はカツオのたたきなどで有名である。

足摺岬灯台は、足摺岬の突端に立つ白亜の灯台で、黒潮が流れ込む外洋を見守り続けている。明治初期に初点灯した歴史ある灯台で、現在も航行する船の重要な道標として働いている。 灯台の白い塔は、濃い海の青と空の広がりの中でひときわ際立ち、足摺岬の風景を象徴する存在となっている。

灯台の足元には展望スペースがあり、太平洋の広がりを一望できる。足摺岬灯台は、ただの航路標識ではなく、海と空の大きさを静かに教えてくれる場所である。岬を訪れる旅の中で、必ず立ち寄りたい風景のひとつだと感じた。
| 名 称 | 足摺岬・足摺岬灯台 |
| 所在地 | 高知県土佐清水市 足摺岬足摺山214-5 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 足摺岬・足摺岬灯台 足摺岬灯台 – 土佐清水市 |
竜串海岸
竜串海岸【たつくしかいがん】は、足摺岬近辺にある奇勝のある海岸で、名称の由来は諸説があって定かではない。
竜串の一帯は砂岩と泥岩の層が交互の重なっており、その層が波食や風食を受けて独特の形状が形成されている。中でも一直線上に、丸みを帯びた節理が見られる大竹小竹は竜串を象徴する景観である。他にもしぼり幕、欄間石、蛙の千匹連れ、千畳敷などと名付けられた名所が知られている。
竜串海岸は、海食によって削られた奇岩が連なる独特の海岸線である。岩肌は風化によって複雑な模様を描き、まるで自然が彫刻した作品のようだ。歩くほどに岩の形が変わり、同じ海岸線でありながら、場所によってまったく異なる表情を見せる。
海は透明度が高く、浅瀬では海底の岩が透けて見える。波が岩に当たる音が心地よく、風景の中に身を置いているだけで静かな時間が流れていく。竜串は「見る」だけでなく「歩く」ことで風景の深さが増す場所だと思う。
| 名 称 | 竜串海岸 |
| 所在地 | 土佐清水市竜串3897 竜串ダイビングセンター |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 『竜串海岸』 | 土佐清水市 竜串海岸 – 土佐清水市 |
見残し海岸
見残し海岸は、竜串海岸から千尋岬を南下したところにある海岸である。「見残し」という地名は、弘法大師・空海がこの景勝地を見残したことに因むと伝わる。
竜串層といわれる地層から成っており、砂岩や泥岩が長年の波食や風食作用によって岩肌に無数の襞【ひだ】と甌穴【おうけつ】を生み出している。その特徴的な造形によって屏風岩がよく知られているあるが、他にも渦巻岩、博打【バクチ】岩や人魚御殿などと名付けられた鑑賞ポイントが多数ある。
見残し海岸は、船でしかアクセスできない秘境のような海岸である。断崖が連続し、奇岩が海に向かって突き出し、自然の造形美が圧倒的なスケールで広がる。 「見残し」という名が象徴するように「見残してはならない風景」が続いている。船で海岸に近づくと、岩壁の高さと海の青さが際立ち、足摺の海岸線の中でも特に印象深い場所である。
| 名 称 | 見残し海岸 |
| 所在地 | 高知県土佐清水市竜串 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 『見残し海岸』 | 土佐清水市 見残し海岸 – 土佐清水市 見残し海岸 – 竜串〜見残し |
大堂海岸
大堂海岸【おおどうかいがん】は、宿毛湾【すくもわん】の南に突き出た大月半島の南側の海岸である。大月半島の南側は岩が波により侵食された高さ120~130mの切り立った断崖が続く。断崖の岩石は花崗岩と水成岩で構成され、白く見える岩石が花崗岩である。
地殻変動の激しかった白亜紀に水成岩須崎層に裂け目ができ、その裂け目に花崗岩の岩漿が噴き出した結果、現在の姿になったと言われている。
観音岩は、高さ30mほどの花崗岩の岩で、海から突き出た姿が観音菩薩に似ていることからこの名がついたとされる。昔は沖を航行する船を照らしたと言う伝説が残る。
お万の滝は、「滝」という名が付いているが水は流れていない。断崖をこの地方では「タキ」、あるいは「ガケ」と呼ぶ。伝承によれば、その昔、お万という盲目の美女が島守に恋をしたが、島守の職務の妨げになると思って、高さ120mの崖から身を投じたという。この悲話を悼んで、この断崖は「お万の滝」と呼ばれるようになったと伝わる。
大堂海岸は、足摺岬の北側に広がる断崖絶壁の海岸線である。外洋の荒々しさがそのまま風景に現れ、波が岩壁に激しく打ちつける音が響く。 展望台から見下ろすと、海の青さと断崖の黒い岩肌が強いコントラストを描き、足摺岬の「雄大さ」とは異なる「荒々しい海」の表情がある。風が強く、海が荒れている日ほど、この海岸線の迫力は増す。自然の力を全身で感じる場所である。
| 名 称 | 大堂海岸 |
| 所在地 | 高知県幡多郡大月町一切 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 大堂海岸 | 高知県観光情報 大堂山展望台 – 大月町観光 |
柏島
柏島【かしわじま】は、宿毛湾【すくもわん】の南に突き出た大月半島の先端に位置する、高知県最西端に位置する島である。柏島は、柏島橋と新柏島大橋の2本の橋で大月半島と繋がっているので車だけでアクセスできる。
島の北東側の平坦部には集落があり、漁港もある。一方、島の南側が最も高く、山上には柏島灯台がある。南岸から南西岸にかけては断崖となっている。
柏島は、全国屈指の透明度を誇る海で知られる。海の色は場所によって青からエメラルドグリーンへと変わり、海底の岩や魚影がはっきりと見えるほど澄んでいる。
島と海の距離感が近く、橋を渡るとすぐに海が広がる独特の地形が魅力だ。海域公園地区として保護されているため、自然の美しさがそのまま残っている。ドライブで訪れると、海の色が次々と変わり、窓越しに見るだけでも心が洗われるようだ。
| 名 称 | 柏島【かしわじま】 |
| 所在地 | 高知県幡多郡大月町柏島 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 柏島 – 大月町観光サイト 柏島 | 高知県観光情報 |
高茂岬
高茂岬【こうもみさき】は、豊後水道に突き出た船越半島【ふなこしはんとう】にある岬で、周辺の海岸線は高さ80~100mに達する海食崖である。岬にある展望所からは、南側に高知県の沖の島や鵜来島【うぐるしま】が見え、西には豊後水道越しに九州山地が見える。
高茂岬は、足摺岬のような外洋の荒々しさはなく、穏やかな海が広がる。 特に夕暮れ時の美しさは格別で、海と空がゆっくりと色を変え、岬全体が柔らかな光に包まれる。風が静かに吹き、海面がわずかに揺れるだけの穏やかな時間が流れる。旅の途中で立ち寄ると、心が落ち着く場所である。
| 名 称 | 高茂岬 |
| 所在地 | 愛媛県愛南町高茂18番地 (駐車場) |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 愛南町公式HP/ 高茂岬 高茂岬|愛南町観光協会 |
佐田岬・佐田岬灯台
佐田岬は、四国の最西端に位置し、瀬戸内海と宇和海が出会う細長い半島の突端にある。半島は東西に約40キロも伸び、海に向かって細く延びる地形が特徴的で、岬に近づくほど海の気配が濃くなる。両側に海を感じながら進む道は、まるで海へ向かって歩いていくような感覚を与えてくれる。
佐田岬灯台は、大正7年(1918年)に佐田岬半島の先端の岸壁に建設された白亜の灯台である。塔高は18 m、灯高は49 mであり、光達距離は19海里(約35km)に及ぶとされる。

佐田岬灯台は、瀬戸内海と豊後水道を行き交う船を見守り続けてきた歴史ある灯台だ。灯台へ向かう遊歩道は緩やかに続き、海風がそっと吹き抜ける。歩くほどに視界が開け、灯台の白い姿が少しずつ近づいてくる。

灯台の周囲は展望地になっており、豊後水道の広がりを一望できる。晴れた日には海が深い青を描き、遠くに九州の山影がかすかに見えることもある。潮の流れが複雑な海域であるため、海面の色や模様が刻々と変わり、眺めているだけで時間がゆっくりと過ぎていく。四国の最西端に位置するため、晴れた日には豊予海峡を隔てて九州を遠望できるという。夕暮れになると海に沈む夕日を間近に眺めることもできる。

佐田岬は、足摺岬の外洋の力強さとは異なり、瀬戸内海の穏やかさと宇和海の広がりが交わる「静けさの岬」である。灯台の前に立つと、海と風がつくる柔らかな時間が流れ、旅の終わりにふさわしい落ち着いた風景が広がっていた。
佐田岬灯台は、ただの航路標識ではなく、 海と空の境界にそっと立ち、旅人に静かな余韻を与えてくれる場所 だと感じた。
| 名 称 | 佐田岬・佐田岬灯台 |
| 所在地 | 愛媛県西宇和郡伊方町正野 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 佐田岬灯台|愛媛県 |
内陸部の静けさを歩く
──篠山 → 滑床渓谷 → 法華津峠
篠山
篠山【ささやま】(標高1,065m)は、愛媛県と高知県の県境に位置する山で、山名はミヤコザサの大群落があることに由来するらしい。篠山はアケボノツツジで知られ、4月下旬~5月上旬にかけては、アケボノツツジやシャクナゲの花で山一面が埋め尽くされるという。
山頂付近には弘法大師・空海が開山したと伝えられる観世音寺跡があるなど古くから開かれた山であり、歴史的遺跡が存在する。
篠山は、山頂から宇和海の多島美を望むことができる山である。海に近い山であるため、山頂に立つと海と山が同時に視界に入り、風景の層が豊かだ。 内陸部にありながら「海を感じる山」という独特の魅力があり、歩いて登るほど風景が変化していく。山頂から見下ろす海は穏やかで、海岸線とは異なる静けさがある。
| 名 称 | 篠山 |
| 所在地 | 愛媛県愛南町正木3047-2 篠山自然学習館所在地 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 愛南町公式HP/ 篠山 篠山観光開発協議会 篠山のアケボノツツジ 篠山 – すくも観光ナビ 篠山 – 宿毛市 |
滑床渓谷
滑床渓谷【なめとこけいこく】は、四万十川支流の目黒川最上流に位置する、延長12kmにも及ぶ愛媛県下有数の渓谷である。渓谷のほぼ全域が花崗岩から成り立っているため、長年にわたる浸食によって岩肌が滑らかになっていることが名称の由来と言われている。
滑床渓谷にある雪輪の滝【ゆきわのたき】は、一枚岩(花崗岩)の緩斜面を全長約300mにわたって流れるナメ滝(落差80m、幅約20m)である。名称の由来は、流れ落ちる水紋が雪の輪の様に見えることからであるという。但し、水量が多いとその雪輪が見えないことがあるので運次第ということかも知れない。
滑床渓谷には雪輪の滝以外にも霧ヶ滝、象頭岩、太鼓岩、千畳敷などと名付けられた景勝地がある。
滑床渓谷は、深い森と渓谷がつくる静かな世界である。岩盤を流れる水は透明で、渓谷の奥へ進むほど森の深さが増していく。 海岸線の「動」に対して、渓谷は「静」の風景であり、歩くほどに自然の音が際立つ。水の流れ、風の音、鳥の声──それらが重なり、渓谷全体が静かな時間を包み込んでいる。
法華津峠
法華津峠【ほけつとうげ】(標高436m)は、宇和島市と西予市との間に位置する峠で、市境となっている。かつて峠越えの道は宇和島と宇和とを隔てる難所であったが、現在ではトンネルが開通し、道路(国道56号)と鉄道(予讃線)が共に整備されている。
昔ながらの峠道(旧国道56号)は、トンネルの南口から、南へ(宇和島市街方面)へと下る。旧道の沿線は果樹園(みかん畑)と雑木林が混在しているが、峠付近から見下ろすみかん畑や法花津湾の眺望は素晴らしい。新国道の両側は一面のみかん畑であり、みかんの実の色づくころには独特の景観を形成している。この眺めも素晴らしい。
法華津峠は、峠から宇和海の穏やかな海景を望むことができる場所である。内陸部と海岸線をつなぐ地形の特徴がよくわかり、山の静けさと海の広がりが同時に感じられる。 峠に立つと、遠くに島々が浮かび、海が柔らかく光を受けている。旅の途中でふと立ち寄ると、心が静かに整うような場所である。
| 名 称 | 法華津峠 |
| 所在地 | 宇和島市吉田町法花津/ 西予市宇和町皆田 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 法華津峠|西予市 法華津峠 法華津峠展望台 / 愛媛県 |
海と山の対比が生む旅の深さ
足摺宇和海国立公園を歩いていると、海と山がまったく異なる表情を見せながら、ひとつの旅の中で静かに響き合っていることに気づく。足摺岬や竜串海岸、大堂海岸、柏島、高茂岬──これら海岸線の風景は、黒潮の力強さや外洋の荒々しさ、あるいは宇和海の穏やかさを通して「動」の自然を感じさせてくれる。波は絶えず形を変え、風は海面を揺らし、光は時間とともに海の色を変えていく。海は常に動き続ける存在であり、その変化が旅人の心を揺さぶる。
一方、篠山、滑床渓谷、法華津峠といった内陸部の風景は、海岸線とは対照的に「静」の自然を湛えている。森の奥へ進むほど音が少なくなり、渓谷では水の流れが一定のリズムで続き、山頂では風がそっと木々を揺らすだけだ。山の風景は、海のように大きく形を変えることはないが、その静けさが旅人の心をゆっくりと整えてくれる。歩くほどに、自然の奥行きが深まっていく。
同じ国立公園の中で、これほど性格の異なる風景に出会える場所は多くない。海の「動」と山の「静」がひとつの旅の中で交互に現れ、互いの魅力を引き立てている。海岸線で自然の力強さを感じ、内陸部で静かな時間に身を置く──その対比が、旅に豊かな深みを与えてくれる。
足摺宇和海国立公園を歩く旅は、単に景勝地を巡るだけではなく、自然の多様性そのものを体感する旅でもある。海と山がつくり出す二つの時間の流れを味わうことで、旅はより静かに、より深く心に残るものとなる。
◆ あとがき
足摺宇和海国立公園には、さすが国立公園と呼ぶにふさわしい景勝地が数多く点在している。ところが、私はその多くをまだ訪れたことがないことに気づき、少し愕然とした。思い返せば、近くの道路を何度もドライブしていながら、肝心の景勝地には立ち寄らずに通り過ぎてしまっていたのである。
いったい何を目的に旅をしていたのだろうか──そう自問すると、明確な答えが浮かばない。これは、どこか「主体的ではない旅」を続けてきた証左なのかもしれない。妻のドライバー兼ポーターとしての役割に甘んじていたことも、否めない事実である。
しかし、今はリタイアし、時間を自分で選び取れるようになった。遅まきながらではあるが、旅は本来、主体的であるべきだということに気づいた。自分の足で歩き、自分の目で風景を確かめ、自分の心でその土地を味わう──そんな旅を、これからは大切にしたい。
足摺宇和海国立公園の海と山の風景は、まだ私の中では「未踏の余白」として残っている。その余白を少しずつ埋めていく旅を、これから静かに始めてみたいと思う。