◆ はじめに
甲賀の里に静かに佇む櫟野寺【らくやじ】。 ここには、日本最大級の十一面観音坐像が安置され、さらに甲賀三大仏のひとつである薬師如来像が並び立つ、 滋賀県でも屈指の古寺である。境内に足を踏み入れた瞬間、十一面観音の圧倒的な存在感が空気を変え、静けさの中に深い慈悲が満ちていく。
甲賀の山里の穏やかな風景と、 千年を超えて守られてきた仏像の荘厳さが重なり、 櫟野寺を歩くという体験は、 ただの参拝ではなく、「心を整える旅」そのものである。

櫟野寺の由緒
──甲賀の里に佇む古寺の歴史
櫟野寺は、滋賀県甲賀市甲賀町に位置する天台宗の古寺で、 平安時代から続く長い歴史を持つ。境内は甲賀の山里らしい穏やかな風景に包まれ、華美な装飾よりも、静けさと落ち着きを大切にした佇まいが印象的である。この寺を特別な存在にしているのが、堂内に安置される二体の大仏── 十一面観音坐像と薬師如来像である。
櫟野寺の山号は福生山であり、御本尊は十一面観音(櫟野観音)である
櫟野寺の創建については、延暦11年(792年)に延暦寺根本中堂の用材を求めてこの地を訪れた最澄が十一面観音を安置したのが始まりと伝えられている。
延暦21年(802年)、征夷大将軍に任命された坂上田村麻呂が蝦夷征討に赴いた際に、櫟野寺の十一面観音を参詣してから出陣したところ、蝦夷を平定することができたという。それに感謝して田村麻呂は櫟野寺を祈願寺とし、大同元年(806年)に七堂伽藍を建立した上で、自ら等身大の毘沙門天立像を彫刻して、本尊守護のために奉納して祀ったと伝えられている。さらに、家来に命じて相撲を奉納したという。
櫟野寺は延暦寺の有力末寺として、さらには甲賀六大寺の筆頭として、往時は広大な境内地を有していたと伝わっている。
櫟野寺は、たびたび火災に合い、そのたびに伽藍を焼失しているが、そのつど再建もされている。旧本堂は昭和43年(1968年)に焼失したが、仏像等は収蔵庫に保管されていたため無事であったという。

日本最大級の十一面観音坐像
──圧倒的な存在感と慈悲の表情
櫟野寺は、「いちいの観音」とも呼ばれており、日本最大級の十一面観音坐像を有することで知られている。
その十一面観音坐像は、像高が約3.12mもあり、平安時代後期の作とされている。十一面観音坐像は、かつては33年に一度だけ開帳される秘仏であったが、現在は春と秋の特別公開時に拝観することができる。
その姿は、ただ大きいだけではなく、「人々の苦しみを受け止める仏」としての 圧倒的な慈悲を感じさせると言われている。千年以上前の平安時代に造立されたこの観音像は、 地域の人々の祈りを静かに受け止め続けてきた。

甲賀三大仏・薬師如来像
──地域に息づく祈りの象徴
櫟野寺には、甲賀三大仏の一つに数えられる薬師如来坐像も安置されている。この薬師如来坐像は像高が約2.4mで、平安時代後期の作とされる。
薬師如来は「病を癒す仏」として知られ、 甲賀の里では古くから深い信仰を集めてきた。御本尊の十一面観音の慈悲と、 薬師如来の癒しが並び立つことで、櫟野寺は、静けさと安らぎに満ちた特別な空間となっている。

櫟野寺・山門前の石菩薩群
──甲賀の里に残る素朴な祈りの風景
櫟野寺の山門へと続く参道の左側に、素朴な石仏が静かに並んでいる。これが「石菩薩群」と呼ばれる一角である。
櫟野寺の石菩薩群は、古くから地域の人々が奉納してきた石仏で、
時代は平安末期から江戸期にかけてとされる。
地域の信仰が積み重なった祈りの形が石仏として山門前に静かに並んでいる。十一面観音坐像や薬師如来像のような大仏の荘厳さとは異なり、 石菩薩群は「民の祈り」を象徴する存在である。まさに地域の素朴な祈りの風景である。

櫟野寺・釣鐘堂
──静けさの中に佇む、古寺の音を伝える建造物
華美な寺院の鐘楼とは異なり、櫟野寺の釣鐘堂は「静けさの中の風格」を感じさせる建物で、甲賀の山里の風景に自然と溶け込んでいる。

十一面観音坐像や薬師如来像の荘厳さを支える、「音の伽藍」としての釣鐘堂。櫟野寺を歩く旅の中で、その静かな佇まいは心に深く残る。
| 名 称 | 櫟野寺【らくやじ】 |
| 所在地 | 滋賀県甲賀市甲賀町櫟野1377 |
| 電 話 | 0748-88-3890 |
| 拝観時間 | 午前9時から午後4時まで |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 福生山 櫟野寺(いちいの観音) |
◆ あとがき
櫟野寺は、延暦11年(792年)に最澄が十一面観音を安置したときが創建と考えられているから、相当に長い歴史にある寺院である。
また、征夷大将軍に任命された坂上田村麻呂が蝦夷征討に赴く際に櫟野寺を参詣し、蝦夷を無事に平定できたことから祈願寺としたと伝わっている。
貴重な仏像を有する櫟野寺は、仏教美術の宝庫であり、その長い歴史と共に訪れる多くの参拝者にその歴史と神聖な雰囲気を与え続けている。まさに魅力的な観光スポットである。
櫟野寺を歩いていると、十一面観音の慈悲と薬師如来の癒しが、 ゆっくりと心に染み込んでくる。甲賀の山里の静けさと、千年の祈りが重なり、「心が整う時間」が自然と生まれる。観音像の前に立つと、自分の中のざわめきが静まり、ただその場に身を置くことの尊さを感じる。
櫟野寺は、 日本最大級の十一面観音坐像と、 甲賀三大仏の薬師如来像が並び立つ、 甲賀の里を象徴する古寺である。静けさの中で仏と向き合う時間は、旅の途中でふと立ち止まり、心を整えるための大切なひとときとなる。櫟野寺は、まさにそんな古刹である。
