◆ はじめに
島根半島は、日本海に面した海岸線がつくり出す多様な風景が魅力の半島である。 日御碕の荒々しい断崖、出雲日御碕灯台の白亜の姿、経島に群れるウミネコの営み、 加賀の潜戸が見せる海食洞門の造形美、そして地蔵崎や美保関灯台が描く静かな岬の風景──。 海岸線を歩くたびに、まったく異なる表情が現れ、島根半島の自然が持つ奥深さが静かに伝わってくる。
旅の終わりには、皆生温泉のやわらかな湯が心身をそっと癒してくれる。 海の迫力と温泉の静けさ──その対比が、島根半島の旅をより豊かなものにしてくれる。
海岸線の多様性と静けさを歩きながら味わう── そんな島根半島の旅をまとめてみたい。
日御碕
──荒々しい断崖と神域の風景
島根半島の西端に位置する日御碕【ひのみさき】は、荒々しい断崖と日本海の迫力が印象的な景勝地である。 海食作用によって削られた岩壁が続き、波が岩肌に打ち寄せるたびに白い飛沫が舞い上がる。 海の力強さを間近に感じられる場所であり、島根半島の旅の始まりとしてふさわしい。
近くには日御碕神社があり、朱塗りの社殿が海の青と美しく対照をなす。 海と神域が隣り合う独特の雰囲気は、歩くほどに心が静かに整っていくような感覚を与えてくれる。
出雲日御碕灯台
──白亜の灯台が立つ海の岬
日御碕の高台に立つ出雲日御碕灯台は、日本一の高さを誇る石造灯台である。 白亜の灯台が青い海に映え、晴れた日には空の青と海の青がひとつにつながるような美しい風景が広がる。

出雲日御碕灯台は、明治36年(1903年)に初点灯され、現在も現役の灯台である。日本一の高さ(塔高:43.65 m)を誇る白亜の石造灯台として断崖絶壁が続く海岸線の先端に聳え立っている。真っ白な外壁は、松江市美保関町で切り出された硬質の石材で作られている。内壁はレンガ造りで、外壁と内壁の間に空間を作った特殊な二重構造になっているという。

灯台の展望台に上がると、日本海が遠くまで広がり、海岸線の曲線が柔らかく続いていく。 風が静かに吹き抜け、灯台の足元に広がる断崖が海の力強さを伝えてくれる。 写真映えするスポットとしても人気が高いが、実際に歩いてみると、その静けさがより深く心に残る。

出雲日御崎灯台の内部には163段のらせん階段があり、灯台上部の展望台へ上がることができる稀有な灯台である。狭い階段を一段ずつ登っていくのは結構大変であるが、最上部からの景色は格別であった。高所が苦手な私でも恐怖を忘れて長居をしてしまった。

出雲日御崎灯台の光度は48万カンデラで、夜間は約40km沖合まで達し、初点灯日から100年以上が経過した今日でも現役として海の安全を守っているという。
| 名 称 | 出雲日御崎灯台 |
| 所在地 | 出雲市大社町日御碕1478 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 出雲日御碕灯台|出雲観光 |
経島
──ウミネコ繁殖地が語る自然の営み
日御碕の南方の沖合に浮かぶ経島【ふみしま】は、ウミネコの繁殖地として知られ、「経島ウミネコ繁殖地」の名称で国の天然記念物に指定されている。経島の標高は約20mで、石英角斑岩からなっているという。

流紋岩からなる山が沈降して海に浸かり、波に侵食された後にわずかに隆起して海食台と呼ばれる地形になったと考えられている。周辺には柱状節理や洞穴が見られ、海上には小島や岩礁が点在している。

春から夏にかけては、島の上空をウミネコが舞い、海と鳥の営みがひとつの風景として広がる。 人が立ち入らない島だからこそ、自然の営みがそのまま残されている。 海の音と鳥の声が重なるこの場所は、島根半島の海岸線の中でも特に印象深い。

経島は、「文島」あるいは「日置島」とも記されることがある。かつて、この島に天照大神を祀る日沈宮【ひしずみのみや】があり、それを天暦2年(948年)に日御碕神社へ遷座したという。経島は、日御碕神社の神域として立ち入り禁止区域である。

島全体が神域であり、上陸は禁止されているため、海岸から静かに眺めることになる。
| 名称 | 日御碕・経島 |
| 所在地 | 出雲市大社町日御碕 |
| Link | 経島 | 島根県公式観光情報 |
加賀の潜戸
──海食洞門がつくる神秘的な海景
島根半島の北側に位置する加賀の潜戸【かかのくけど】は、海食作用によってつくられた洞門が連続する景勝地である。 潜戸鼻【くけどのはな】と呼ばれる岬の先端にある洞門 (新潜戸) と洞窟 (旧潜戸)のことで、国の名勝及び天然記念物に指定されている。船で洞門内部へ入ることができ、海が刻んだ造形美を間近に見ることができる。
「新潜戸」は天井が高く、海の青が洞門の奥まで届き、幻想的な光景が広がる。 一方、「旧潜戸」は天井が低く、岩壁が迫るような迫力がある。 二つの洞門は対照的な表情を持ち、自然が長い年月をかけて刻んだ造形の奥深さを感じさせてくれる。
潜戸【くけど】とは洞窟のことであり、安山岩、凝灰岩の岩盤が地殻変動に伴って断層や亀裂を発生させ、その割れ目に沿って日本海の荒波や強風が岩盤を長い歳月をかけて浸食していったことによって形成されたものとされている。
海寄りの新潜戸と陸寄りの旧潜戸の両者は大自然が創り出した外観の違いだけでなく、文化的な価値観も全く異なる。
新潜戸には3つの入り口があり、中がトンネルのように連結された全長200mの海中洞窟となっている。洞内は広く、波が穏やかであれば、グラスボートでの探勝が可能である。
旧潜戸は、幅5.5mの狭い入り口を持つ洞窟であるが、洞窟の内部は広大で、そこには亡くなった子供らが親を慕い小石を積み上げたとされる賽の河原があり、独特の雰囲気を醸し出している。堤防から内部へ潜入するための遊歩道やトンネルが設けられている。
| 名 称 | 加賀の潜戸(新潜戸・旧潜戸) |
| 所在地 | 松江市島根町加賀 |
| Link | 加賀の潜戸 | しまね観光ナビ 加賀の旧潜戸(仏潜戸) |
地蔵崎
──海と空が広がる静かな岬
島根半島の東端に位置する地蔵崎【じぞうざき】は、島根半島の東端に位置する美保関(松江市美保関町)に位置し、日本海に面する岬である。地蔵崎の名の由来は、航海安全を祈願して多くの地蔵が奉納されていたことからであるらしい。
海が広く開け、風が静かに吹き抜ける穏やかな岬である。 日御碕の荒々しさとは対照的に、地蔵崎は「静の風景」が広がる場所であり、歩くほどに心がゆっくりと落ち着いていく。岬の散策路を歩くと、海と空がゆるやかにつながり、遠くの水平線が柔らかい光を放つ。 島根半島の海岸線の多様性を感じられる場所である。

美保関灯台
──海の果てに立つ灯台の風景
地蔵崎の先端には明治31年(1898年)に初点灯されたという美保関灯台が建っている。美保関灯台は、山陰地方最古の灯台であり、歴史的価値も高い灯台である。塔高は約14 mとそれほど高くはないが、海面からの高さは約83 mとなっており、光度49万カンデラの光は夜間には約44kmの沖合まで達するという。初点灯日から120年以上経った今も現役の灯台である。

明治の面影を残す石造りの風格ある灯台は、設置から100年目にあたる1998年(平成10年)にドイツ・ハンブルグで開催されたIALA(国際航路標識協会)の総会で、歴史的・文化的価値のある文化遺産として「世界の歴史的灯台100選」に選出された。

美保関灯台は、歴史的価値が高く、現役の灯台として初めて文化庁によって登録有形文化財(第32-0048~0049号)に指定されている。経産省からも近代化産業遺産(平成20年度)に指定されている。

美保関灯台は、まぎれもなく日本を代表する灯台であり、「日本の灯台50選」や「恋する灯台(2018年)」にも選ばれている。

灯台に隣接した旧事務所や宿舎は、現在は「ビュッフェ」に改築されており、日本海を眺めながら休息できるようになっている。
天候が良ければ、美保湾を隔てて大山や弓ヶ浜を眺めることができ、遠くは隠岐諸島も望むことができるという。雄大な景観の眺望はこの灯台の魅力らしい。残念ながら、悪天候のためその雄大な眺望を私は眺めることはできなかった。次回に期待したい。

灯台の周辺には静かな時間が流れ、海風がやさしく吹き抜ける。灯台から眺める海は広く、波がゆっくりと寄せては返す。 美保関の港町の風情も魅力で、青石畳通りを歩くと、昔ながらの町並みが旅情を深めてくれる。
| 名 称 | 美保関灯台 |
| 所在地 | 松江市美保関町美保関字大平 |
| Link | 美保関灯台|美保関町観光 |
周辺の観光スポット
● 出雲大社
島根半島の旅の前後に立ち寄りやすい場所で、神域の静けさが心を整えてくれる。
● 美保神社
えびす様の総本社として知られ、港町の静けさと神社の厳かな雰囲気が調和している。
● 青石畳通り
石畳が続く港町の通りで、古い町並みが残されている。 灯台と合わせて歩くと、旅の印象がより深まる。
● 境港
海鮮の美味しさと水木しげるロードの賑わいが魅力。 海岸線の旅に少し彩りを添えてくれる。
● 境港さかなセンター
夢みなと公園の一角にオープンした。新鮮な魚介類と海産加工品が満載。新鮮な魚やカニ、乾物・水産加工品のほかに刺身・切り身・焼き物など日本海の海の幸を販売する海産物専門店。気に入った魚はその場で刺身にしてもらえる。広々とした館内には、地元業者の威勢のいい売り声が響き、安さと新鮮さを競い合っている。
| 名 称 | 境港さかなセンター |
| 所在地 | 境港市竹内団地259-2 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 境港さかなセンター – 鳥取県 |
● 鳥取港海鮮産物市場かろいち
| 名 称 | 鳥取港海鮮産物市場かろいち |
| 所在地 | 鳥取県鳥取市賀露町西3-27-1 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 鳥取港海鮮市場 かろいち |
● かにっこ館
| 名 称 | かにっこ館 |
| 所在地 | 鳥取市賀露町西3-27-2 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | とっとり賀露かにっこ館 |
● 鳥取二十世紀梨記念館・なしっこ館
| 名 称 | 鳥取二十世紀梨記念館 なしっこ館 |
| 所在地 | 倉吉市駄経寺町198-4 倉吉パークスクエア内 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 二十世紀梨記念館なしっこ館 |
● 倉吉パークスクエア
文化・観光・産業・娯楽機能を中心とするさまざまな施設が集積され、人・もの・情報が行き交う文化交流ゾーンとなっている。
| 名 称 | 倉吉パークスクエア |
| 所在地 | 倉吉市駄経寺町187-1 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | とっとり旅 /鳥取県観光 倉吉パークスクエア |
● 大山の山麓
海と山が近接する風景が美しく、島根半島の海岸線とは異なる表情を楽しめる。
皆生温泉
──海辺の名湯で旅を締めくくる
皆生温泉【かいけおんせん】は、鳥取県米子市の郊外にある温泉地であり、「米子の奥座敷」と呼ばれることがある。美保湾を臨む白砂青松の美しい海岸線と中国山地最高峰の大山を眺めることができる、山陰を代表する海辺の温泉地である。弓ヶ浜海岸沿いの絶景やさざなみを見ながら浸かれる温泉地として知られ、泉質は塩化物泉が多いとされる。

皆生温泉は、明治期に地元の漁師が海中に湧いている湯を発見し「泡の湯」と名付けたのが始まりとされる。大正期になって開発が進められ、昭和期に現在のような大温泉地に発展したという。
泉質・効能
泉質は、塩化物泉(ナトリウム・カルシウム塩化物泉)であり、湧出量は毎分約4.5トンと豊富な湯量を誇る。源泉数は19カ所もあるという。源泉温度は63〜83℃と高温で、鳥取県内で最も高温であるという。
主な効能は、神経痛、リウマチ、慢性皮膚病、慢性婦人病などであるとされる。
温泉街
皆生温泉の温泉街は、日本海を臨む弓ヶ浜の皆生海岸に面する東西約1 km、南北400mの狭い範囲に数寄屋造りの旅館や近代的なホテルが集積する。その収容規模は約5,000人で、山陰最大級であると言われ、島根半島や大山の雄姿が見えるリゾート地でもある。温水プールやテニスコートが備わっている。
目前の白い砂浜は夏は海水浴場としてにぎわうほか、付近には無料で利用できる足湯や日帰り入浴施設もある。

皆生温泉の宿では妻の誕生日を祝ってもらった。妻は照れながらも満足のいく夕食に舌鼓を打ったに違いない。グレードアップされた部屋は十分に快適であった。

皆生温泉は、海に面した温泉地であり、波の音を聞きながら湯に浸かることができる。 海岸線の旅の疲れがゆっくりとほどけていくような、やさしい時間が流れる。湯のやわらかさと海の静けさが重なり、島根半島の旅を締めくくるにふさわしい名湯である。 海の迫力と温泉の静けさ──その対比が旅の余韻を深めてくれる。
旅のまとめ
島根半島の海岸線は、歩くほどにその多様性が静かに心に染み込んでいく。 日御碕の荒々しい断崖、出雲日御碕灯台の白亜の姿、経島のウミネコの営み、加賀の潜戸の海食洞門、地蔵崎の静かな岬、そして美保関灯台の端正な海景──。 それぞれの風景はまったく異なる表情を持ちながら、ひとつの海岸線の中で連続している。
旅の終わりに訪れた皆生温泉では、海を眺めながら湯に浸かり、心身が静かに整っていくような感覚があった。 自然の迫力と温泉のやさしさが重なり、島根半島の旅をより豊かなものにしてくれる。
今回の旅で出会った風景は、島根半島のほんの一部にすぎない。 まだ訪ねていない場所も多く、次の旅ではそれらの風景をひとつずつ丁寧に歩いてみたいと思う。
◆ あとがき
大山隠岐国立公園は、鳥取・島根・岡山の三県にまたがる広大な国立公園であり、 大山蒜山地域・三瓶山地域・島根半島地域・隠岐地域の四つに区分されている。 今回歩いた島根半島地域は、北を日本海、東を美保湾、南を中海と宍道湖に囲まれた、 海と湖が複雑に入り組む独特の地形が魅力の半島である。
島根半島の大部分は島根県に属するが、東端の美保関に近い境港市は鳥取県であり、 その境港からほど近い皆生温泉は、島根半島の旅の拠点として非常に便利である。 島根県には玉造温泉や宍道湖温泉といった名湯があるものの、 今回はあえて鳥取県側の皆生温泉に宿を取り、海辺の静けさを味わうことにした。 地蔵崎(美保関)からのアクセスも良く、旅程として自然な選択だったと思う。
島根半島への旅は「遠い」という印象が長くあったが、 神戸からの距離をあらためて調べてみると、意外なほど近い。 その思い込みを改める良い機会となった。
今回の旅では、島根半島地域のうち、 日御碕・出雲日御碕灯台・経島・地蔵崎・美保関灯台を歩くことができた。 大山隠岐国立公園の指定地である「加賀の潜戸」だけは訪問できなかったが、 次回こそは必ず足を運びたいと思っている。
皆生温泉では、海辺の静けさと湯のやわらかさに癒され、 心に残る時間を過ごすことができた。 そう遠くない将来に、また再訪したいと静かに思っている。
島根半島は、これまで何度も訪れてきたつもりでいたが、 今回あらためて調べてみると、実際にはごく一部しか歩けていなかったことに気付かされ、 少なからず驚いた。 近くまで行きながら気付かずに通過していた場所がいくつもあり、 思い返せば「もったいない旅」を繰り返していたことになる。
旅は、ただぼんやりと時間を過ごす旅を除けば、 やはり事前準備が大切だと痛感する。 行き先だけでなく、周辺の景勝地や地形の特徴を少しでも知っておくことで、 旅の密度は大きく変わり、目の前の風景の意味がより深く理解できる。 その結果、旅の満足感も確かなものとなる。
島根半島には、まだ訪ねていない景勝地が数多く残されている。 次の機会には、それらの場所をひとつひとつ丁寧に歩き、 海岸線が持つ多様な表情をじっくり味わってみたい。 その際には、今回の反省を活かし、しっかりと事前学習をしてから旅に出るつもりである。