投稿者: takaaki.nishioka

  • 信州ふたつの善光寺へ:元善光寺から始める両詣りのすすめ

    はじめに

    牛に引かれて善光寺参り」ということわざがある。これは、他人に連れられて、思いがけず良い方へと導かれることの例えであり、たまたまある場所へ行くことを指すことわざでもある。

    このことわざの由来は、善光寺(長野市)近くに住んでいた不信心で欲深い老婆が、さらしていた布を隣の家の牛が角に引っかけて走り出したのを見たという話から始まる。その牛を追いかけるうちに善光寺へと辿り着き、それがきっかけで度々善光寺に参詣するようになって、信仰の道に入ったとされている。そして、後日、近くの観音堂を詣でると、堂内の観音様には牛にさらわれた布がかけてあったという話も残っている。それを見た老婆は、牛と思ったのは実は「仏様の化身」と知り、ますます善光寺への信仰を深めていき、最期には往生を遂げたと伝わっている。

    このように、「牛に引かれて善光寺参り」は、予期しない好機や他人の導きにより、思いがけなく良い結果を得ることを象徴することわざとなっている。このことわざの通り、信仰心のない人でも一度は善光寺を参拝すべきとされるのは何故でしょうか?

    その理由の一つとして考えられるのは、善光寺の御本尊が一光三尊阿弥陀如来であり、創建以来約千四百年の長きにわたり、阿弥陀如来との結縁の場として宗派の別なく民衆の心の拠り所となって、広く、深い信仰を得てきているためであろう。善光寺は、日本において仏教が諸宗派に分かれる以前からの寺院であり、そのことから宗派の別なく宿願が可能な霊場と位置づけられている。そして、女人禁制があった旧来の仏教の中では稀な女性の救済をも目指していた点も忘れてはならない。

    私は、牛ならぬ妻に誘われて飯田市にある元善光寺を参拝する機会を得た。勿論、私は初めての参拝であり、妻も初めてである。

    元善光寺(飯田市)は、善光寺(長野市)の御本尊が最初に安置されていた寺院であり、「善光寺」の由来になっている本多善光の誕生地でもある。

    元善光寺には「善光寺だけでは片詣り」という言葉が残されている。これは、御本尊が善光寺に遷座されるときに、「毎月半ば十五日間は必ずこの麻績の里に帰り来て衆生を化益せん」との御請願を残されたことから来ているらしい。つまり、善光寺元善光寺の両方にお詣りしなければ片詣りとなるという意味で、現世と来世の両方のご利益を得るためには両方を参拝(両詣り)することが推奨されている。これが「両詣り」のいわれである。

    本稿では、その「両詣り」の対象寺院である元善光寺善光寺について記したいと思う。

    目次
    はじめに
    元善光寺
    善光寺
    あとがき

    元善光寺

    元善光寺は、長野県飯田市座光寺にある天台宗の寺院で、善光寺にゆかりのある本多善光の誕生地とされている。

    元善光寺の起源は、推古天皇10年(602年)に本多善光が難波の堀江(現在の大阪市)で善光寺の御本尊となる「一光三尊阿弥陀如来」を見つけて持ち帰り、自宅の臼の上に安置したところ、臼が燦然と光を放ったことから始まるという。

    その後、御本尊が芋井の里(現在の長野市)に遷座され、建てられた寺院が本多善光の名をとって善光寺と名付けられたという。その際に、元々御本尊が安置されていたこの場所を元善光寺と呼ぶようになったという。つまり、元善光寺は「善光寺(長野市)の御本尊が最初に安置された寺院」ということになる。

    元善光寺は、「元善光寺」と名付けられる以前は坐光寺【ざこうじ】と呼ばれており、現在も座光寺【ざこうじ】として地名にその名を残している。

    元善光寺の鐘楼にある釣鐘は「平和の鐘」と称し、戦時中に供出された鐘の代わりに、昭和25年(1950年)に再鋳造されたものらしい。平和を祈念するために当時の総理大臣や衆議院議長をはじめ各大臣の協賛によって奉献されたという。鐘の銘文は善光寺貫主・清水谷恭順大僧正によるものとされる。

    元善光寺では、内陣参拝や「お戒壇めぐり」が無料で体験することができる。また、宝物殿(有料)では木彫釈迦涅槃像やいざりの絵馬など約80点が陳列されている。

    元善光寺の境内には「智惠・縁結びの松」と呼ばれる大きなクロマツが生育している。この松は、枝が分かれた先で再び結合していることから、知恵の輪のように見えるために「智惠の松」と呼ばれたり、夫婦和合の象徴のようにも見えることから「縁結びの松」とも呼ばれている。

    この松の樹齢は約300年と推定され、樹高は約15mもあるらしい。学業成就や良縁成就にご利益があるとされている縁起の良い松である。

    また、元善光寺の境内から「麻績の里遊歩道」と呼ばれる小道を約350mほど登っていった先の場所には「舞台桜」と呼ばれる立派な枝垂桜が生育している。樹齢は約350年と推定され、樹高は約12mもあるという。

    この枝垂れ桜は、花びらの数が花ごとに異なるという珍しい特徴を持っている。具体的には、花びらの数は、5枚から10枚までのバリデーションがあるようだ。ある調査によると、次のような割合で出現したという報告もある。10弁花は希少ということのようだ。

    • 5弁花:15%
    • 6弁花:33%
    • 7弁花:25%
    • 8弁花:19%
    • 9弁花:7%
    • 10弁花:1%

    花びらの数が花ごとに異なるという特長は非常に珍しく、この「舞台桜」が飯田市の天然記念物に指定されているのも頷ける。

    「舞台桜」は旧座光寺麻績学校校舎の隣に生えており、開花期にはこの旧校舎を背景に絶景が眺められるという。見頃は、例年4月上旬から中旬頃らしいので、「舞台桜」の美しさを是非、堪能してみたいものだ。

    名 称元善光寺
    所在地長野県飯田市座光寺2638
    TEL0265-23-2525
    駐車場あり(無料)
    Link元善光寺 – 南信州飯田のお寺

    善光寺

    善光寺は、無宗派の単立仏教寺院で、御本尊は日本最古と伝わる一光三尊阿弥陀如来(善光寺如来)で、絶対秘仏とされている。そのため7年に一度だけの御開帳も、御本尊の御身代わりとなる前立本尊で行われるという。実にミステリアスな伝統であろうか。しかしながら、それがより人々の心を駆り立てるのだろう。

    善光寺は、四門四額と称して、東門を「定額山善光寺」、南門を「南命山無量寿寺」、北門を「北空山雲上寺」、西門を「不捨山浄土寺」と呼んでいる。ご住職は、大勧進貫主と大本願上人の両名で務めているという。

    善光寺は、日本において仏教が諸宗派に分かれる以前からの寺院であることから、宗派の別なく宿願が可能な霊場と位置づけられており、女人禁制があった旧来の仏教の中では稀な女性の救済が挙げられている。そのため善光寺は、創建以来約千四百年の長きにわたり、阿弥陀如来との結縁の場として民衆の心の拠り所として広くて深い信仰を得ている寺院である。

    たとえ牛に引かれなくとも是非、一度は善光寺に参拝したいものである。

    名 称善光寺
    所在地長野市大字長野元善町491-イ
    TEL026-234-3591
    駐車場あり(有料)
    Link善光寺 (zenkoji.jp)

    あとがき

    牛ならぬ妻に誘われて飯田市にある元善光寺を参拝する機会を得た。期待以上に素晴らしい寺院で参拝して良かったと思う。

    妻曰く、「次は善光寺(長野市)にも参拝して両詣りすることにしよう!」。妻は、善光寺には若い頃に一度参拝したきりであり、随分と年月が過ぎ去ってしまっているので再度参拝したいのであろう。私はと言えば、登山をしていた学生時代に松本市に何度か訪れたことがあるが、長野市には行ったことすらない。きっと次の旅先には長野市も含まれることだろう。

    ところで、「善光寺の両詣り」は、元善光寺だけではなく、北向観音堂(上田市)も関与していることを知った。北向観音堂(上田市)は千手観音菩薩(千手千眼観世音菩薩)を御本尊として災難、延命、病気治癒などあらゆる現世利益を願っているが、お堂は北向きに建立されているという。お堂を北向きに建立するのは珍しいことであると言われている。

    一方、善光寺は南向きに建立されている。そして、善光寺の御本尊は一光三尊阿弥陀如来で、阿弥陀如来であるから「来世往生」を願っている。

    つまり、現世と来世の片方だけであれば、「片詣り」であり、向き合ってる両方をお詣り(両詣り)した方が良いと言われるようになったらしい。現世と来世の両方のご利益を得るためには両詣りが推奨されるわけである。

    長野県は広大な県である。私たちの旅先は、飯田市の次は長野市、そして上田市へもきっと向かうことになると思う。


    【参考資料】
    元善光寺 – 南信州飯田のお寺
    善光寺 (zenkoji.jp)
    善光寺を観光するなら!
    北向観音・常楽寺
    北向観音と善光寺の両詣り!その理由

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