◆ はじめに
奈良県宇陀市・室生の深い森に佇む室生龍穴神社は、 古来より「龍穴」を御神体として祀る、特別な神域である。 龍穴とは、山の奥深くに開いた洞穴のことで、 大地の気が集まる場所として古くから信仰の対象となってきた。
境内に足を踏み入れると、 森の静けさが肌に触れ、 木々のざわめきが耳に届く。華美な装飾はないが、その素朴さこそが室生龍穴神社の魅力であり、訪れる者の心をゆっくりと整えてくれる。
本稿では、室生龍穴神社を歩きながら出会った 龍穴信仰の神秘、室生の森の静けさ、そして祈りの時間を綴りたいと思う。
龍穴はパワースポット
風水では、大きな山や山脈から大地のエネルギー(気)が放出すると考え、その強大なエネルギーの流れを龍に例えて「龍脈」と呼び、その龍脈上でエネルギーが留まる地形になっている場所を「龍穴」と呼ぶ。つまり「龍穴」というのは、風水でいう大地の気が吹き上がる場所であるということだ。
大地の気がみなぎる場所=パワースポットということで、この場所に建立された神社仏閣のような建造物は、それ自体がパワースポットになる。 龍穴のある場所では、樹木の生長も促進されるようで、古い神社仏閣の境内では、「御神木」と呼ばれる杉、楠やイチョウなどの大木が悠久の年月をそこで生き続けているケースが多いとされる。
以前からパワースポットとしての龍穴【りゅうけつ】に興味を抱いていたが、その龍穴を御神体とする神社があることを知った。その神社が室生龍穴神社で、有名な室生寺にも近い。室生寺は、かつて室生龍穴神社の神宮寺であった時代もある。そんな室生龍穴神社とその奥宮である吉祥龍穴の神秘的な魅力を探ってみたい。
室生龍穴神社の由緒
──龍穴を御神体とする古社
室生龍穴神社【むろうりゅうけつじんじゃ】は、「龍穴」との関係が非常に深い神社である。室生龍穴神社のご神体は、神社背後の渓谷に位置する奥宮にある「吉祥龍穴」【きっしょうりゅうけつ】とよばれる龍穴である。

室生龍穴神社は、女人高野で知られる室生寺よりも古い歴史をもつ神社である。事実、創建された年代が不明のままである。
室生龍穴神社の奥宮である吉祥龍穴には、水の神「龍神」が祀られており、すでに奈良時代から平安時代にかけて朝廷からの勅使によって雨乞いの神事が営まれて来たという歴史をもつ。
室生龍穴神社は、室生寺の東側に位置し、室生川に沿って約1㎞ほど遡った所に鎮座する。室生寺が龍穴神社の神宮寺(神社に付属した寺院で、寺の別当が神社の祭祀を執り行う)であった時代もある。その当時の室生寺は「龍王寺」と称していたという。

室生龍穴神社の鳥居前の両脇には樹齢600年超の杉の巨木が聳えており、拝殿や本殿も巨大な杉木立のなかに鎮座する。境内は広さよりも高さを感じる不思議さと静けさが相まって神聖な雰囲気が漂う。

室生龍穴神社
──拝殿・本殿・境内の神秘的な気配
室生龍穴神社の境内は華美な装飾を持たず、 素朴でありながら凛とした佇まいを見せている。拝殿の神額には善女龍王社【ぜんにょりゅうおうしゃ】と書かれている。善女龍王【ぜんにょりゅうおう】とは、雨乞いの際に祈祷される「雨や水を司る龍王」のうちの一尊とされ、「善如龍王」とも表記される龍神である。

八大龍王【はちだいりゅうおう】の一尊、沙掲羅龍王【しゃかつらりゅうおう】の三女であるとされ、京都の神泉苑【しんせんえん】や高野山金剛峯寺の鎮守社(善女龍王社)にも祀られている。その理由は、善女龍王は仏教における龍を統率する女神で、弘法大師・空海が神仙苑で雨乞いを行った時に現れたとされる龍王であるからである

尚、室生龍穴神社の主祭神は高龗神【たかおかみのかみ】となっているが、これは高龗神が「水を司る神」なので龍神と同一視されたためだと思われる。
現在、室生龍穴神社の御祭神は次の6柱の神々となっている。
- 高龗神【たかおかみのかみ】: 水を司る神
- 天兒屋根命【あめのこやねのみこと】
- 大山祇命【おおやまつみのみこと】
- 水波能賣命【みづはのめのみこと】
- 須佐之男命【すさのうのみこと】
- 埴山姫命【はにやまひめのみこと】
特に水に関連する神々が祀られており、雨乞いや水の浄化などのご利益があるとされている。

現在の室生龍穴神社本殿は、寛文11年(1671年)建立とされ、朱塗りの春日造りの一間社である。この本殿は、春日大社若宮社の旧社殿を譲られたものであると言われており、奈良県指定文化財にもなっている。

本殿前方の左右両脇には道主貴神社【みちぬしのむちじんじゃ】と手力男神社【たぢからおじんじゃ】が鎮座し、それぞれ市杵島姫命【いつきしまひめのみこと】と手力男命【たぢからおのみこと】を祀っている。

手力男命は、天照大御神が天の岩戸へ隠れた際に腕を引っ張って外に連れ出したとされている神である。室生龍穴神社・奥宮への道中に「天の岩戸」と呼ばれる場所があり(後述)、「天岩戸神話」に関連した伝説が残されている。
| 名 称 | 室生龍穴神社 |
| 所在地 | 奈良県宇陀市室生1297 |
| 駐車場 | なし(路上駐車) |
| Link | 龍穴神社|奈良県観光[公式サイト] |
奥宮(吉祥龍穴)
室生龍穴神社の奥宮は、吉祥龍穴【きっしょうりゅうけつ】と呼ばれ、古来からパワースポット中のパワースポットとして知られる場所である。

吉祥龍穴の周辺の地は、古代から神聖な磐境【いわさか】(神が鎮座する場所、あるいは祭祀に際し神が降臨する場所を中心にした神域)とされてきた。実際に訪れると厳粛な雰囲気があたりに漂う。

吉祥龍穴に向かう林道を歩いていると鳥居が見えてくる。この鳥居をくぐり、川のせせらぎを聞きながら参道の山道を数分ほど下っていくと「遥拝所」が見えてくる。

この拝殿は土足厳禁であるので、用意されているスリッパに履きかえてあがる。そして遥拝所から見える、注連縄【しめなわ】が張られた龍穴に向かって祈願する。吉祥龍穴は、岩盤に口を開けたような洞穴である。

吉祥龍穴の右側の大きな一枚岩には招雨瀑【しょううばく】と称される滝が流れており、この流れの水はやがて木津川(奈良県)や淀川(大阪府)にも注ぎ込まれることから源流の一つに数えられる。

古くから雨乞いの神事が多く執り行われてきたのも納得できる場所である。

室生龍穴神社から奥宮・吉祥龍穴に参拝するには、車で行くこともできるが、参道となっている林道は1車線で道幅も狭く、対向車が来た場合には道幅がある場所までどちらかが下がって道を譲らないといけない。対向車がいつ来るかも分からないので、運転に神経を使う。林道であるので路面も決して良いわけではない。さらに吉祥龍穴周辺には駐車場自体がない。
道幅が広めになっているので、車道端に車を停めて(路上駐車)参拝することになるが、何台も停められる広さではない。だから健脚者の方には徒歩での参拝を推奨したい。

道順は、室生龍穴神社から県道28号を室生川上流に沿って500mほど行くと、左側に案内板が出てくるので迷うことはない。その案内板の所を左折して林道を登っていく。この林道を500mほど登って行くと先述した「天の岩戸」が右側にある。

「天の岩戸」は、2つに割れたかの様な高さ5mくらいもある一対の巨岩で、注連縄【しめなわ】が張られて鎮座している。

「天の岩戸」の前には鳥居があり、その鳥居の近くには祠【ほこら】もある。


この「天の岩戸」からさらに300mほど先に進むと左側に「吉祥龍穴」と書いた看板と白い鳥居が見えてくるので場所を迷うことはない。

◆ あとがき
室生龍穴神社と、その奥宮である吉祥龍穴を訪ねて強く感じたのは、案内板などに記されている「龍神が住んだ洞穴」という説明は、おそらく後世に生まれた民間的な解釈であろうという点である。
実際に龍穴の前に立つと、「龍神が身を潜めていた洞窟」と呼ぶには規模が小さく、物理的な“住処”としてのイメージとは一致しない。むしろ、古代の人々が感じ取ったのは、洞穴そのものではなく、その場所に満ちる大地の気(エネルギー)だったのではないか。

風水では、 大きな山や山脈から流れる大地の気を「龍脈」と呼び、 その龍脈の気が集まり、吹き上がる地点を「龍穴」とする。 吉祥龍穴はまさにそのような地形的特徴を備えており、 “龍神が住んだ洞穴”というより、大地の気が集中する特別な場所=龍穴 と考える方が自然である。
では、なぜ「龍神が住んだ」という伝承が生まれたのか。 おそらく古代の人々は、 龍脈の強大なエネルギーそのものを“龍神”として感じ取り、その気配を人格化して崇拝したのだろう。龍穴の前に立つと、 確かに言葉では表現しきれない気配が漂い、自然と背筋が伸びるような感覚が生まれる。その感覚が、龍神信仰へとつながったのではないかと推察する。
龍穴は大地の気が吹き上がる場所であるため、 現代でいう「パワースポット」と呼ばれるのも理解できる。そこに龍神信仰が重なり、 室生龍穴神社は龍神を祀る社として形づくられていったのだろう。
奈良時代から平安時代にかけて、 雨乞い神事のために奈良や京都の都から勅使が派遣されたという記録が残る。 都からわざわざ勅使が訪れるという事実は、 この地が当時から霊験あらたかな神域として 特別視されていたことを示している。
一方、室生寺は「女人高野」として全国に知られる真言宗の名刹であるが、かつては室生龍穴神社の神宮寺として機能していた時代がある。神仏習合の時代、龍穴信仰と仏教が自然に重なり合い、 室生の地に独特の宗教文化が育まれたことがうかがえる。
室生寺の伽藍は国宝級の建築が立ち並び、奥の院へ続く山道は険しいながらも清々しい。 シャクナゲが咲く春の終わり(4月中旬~5月上旬)も美しいが、 境内のモミジが色づく秋の紅葉は、一度は見ておきたいほどの見事さである。
室生寺を参拝するなら、ぜひ室生龍穴神社にも足を運んでほしい。 両者を歩くことで、 室生の地が育んできた信仰の深さと静けさが、より立体的に感じられるはずだ。
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