◆ はじめに
瀬戸内の海は、季節を問わず、どこか心を落ち着かせてくれる静けさを湛えている。 その海に寄り添うように佇む柳井市と光市は、華やかさよりも“穏やかな美しさ”が際立つ町。 白壁の町並みが残る柳井では、時の流れがゆっくりとほどけていき、 光では、海のきらめきが歩くたびに表情を変え、旅人の心をそっと癒してくれる。
今回の旅は、そんな二つの町をゆっくり歩きながら、「静けさに身をゆだねる時間」を味わうための小さな瀬戸内散歩である。
柳井
──白壁の町並みに息づく“やさしい時間”
柳井市【やないし】は、山口県東部に位置し、瀬戸内海の周防灘に突き出た室津半島【むろつはんとう】のつけ根部分に拓けた港町である。日本有数の日照時間が長い地域で、瀬戸内のおだやかな気候と自然豊かな風土に恵まれている。古くから海上交通の要衝として栄え、江戸時代には岩国藩の「お納戸」と呼ばれ、商都として賑わったという。
往時の面影を残す白壁の町並みや細い路地は、訪れる者に歴史の流れを感じさせてくれる。そんな「歴史の町・柳井」を旅した。


白壁の町並み
柳井の町を歩き始めると、まず目に入るのは白壁の続く町並み。
江戸時代からの商家が残るこの一帯は、派手さはないものの、
どこか懐かしく、心の奥にそっと触れてくる風景である。
写真を撮るなら晴れた日の午前の柔らかな光が白壁に差し込む時間帯が最適であろう。影の落ち方まで美しく、歩くほどに“静かな絵画”の中にいるような気持ちになると思う。残念ながら、私たちが訪れたときは曇り空であった。

当時の商家や町家の白壁と格子窓の街並みが約200mにわたり続く街筋は、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。

江戸時代に岩国藩の「お納戸」として栄えた往時の面影を残す街筋で、柳井を代表する観光地となっている。
| 名 称 | 柳井市白壁の町並み |
| 所在地 | 柳井市古市金屋 |
| 駐車場 | あり(無料) 白壁の町並み観光駐車場 |
| Link | 白壁の町並み – 柳井市HP |
やない西蔵
「白壁の町並み」の一画にある、大正時代末期に建築された木造平屋建、白壁土蔵造りの建造物で、昭和55年(1985年)頃まで醤油蔵として使用されていたものであるという。歴史を感じさせる重厚な佇まいから観光スポットとして人気が高い。

平成13年(2001年)にギャラリー及び体験工房の複合型観光施設として生まれ変わった施設である。柳井の民芸品「金魚ちょうちん」の製作体験や柳井縞機織体験などができるようになっている。製作体験のほか、写真コンテストや絵画の展示などの様々な展示会が開催されているという。

軒先に揺れる 金魚ちょうちん の赤が、白壁の静けさにやわらかく映え、 通りを歩くだけで、旅のテンポが自然とゆっくりになる。
| 名 称 | やない西蔵 |
| 所在地 | 柳井市柳井3700-8 |
| 駐車場 | あり(無料) 白壁の町並み観光駐車場 |
| Link | やない西蔵 – 柳井市HP |
佐川醤油店
天保元年(1830年)の創業から現代まで伝統の製法を大切に守り続けている再仕込醤油の醸造所である。
再仕込醤油とは、できあがった濃口醤油にもう一度麹を加えて醗酵させた醤油のことである。仕上げまで通常の倍の材料と歳月がかかるのが特徴である。杉の三十石桶に琴石山系の伏流水を仕込み水として使用する。これが伝統の製法であるらしい。

再仕込醤油の「甘露醤油」は柳井の特産品であり、銘品となっている。「甘露醤油」の名称は、時の岩国藩主吉川公がその芳醇な醤油の味と香りに思わず「甘露」と歓声を漏らしたことに由来すると伝わる。

甘露醤油は、主に刺身や握り寿司などのかけしょうゆとして使用される。まろやかな甘露醤油は日本国内にとどまらず海外へも発送されており、好評を得ているという。
甘露醤油の蔵元に立ち寄れば、醤油の香りがふわりと漂い、 「この町は、昔から変わらず人の暮らしを支えてきたのだ」と感じさせてくれる。
| 名 称 | 佐川醤油店 |
| 所在地 | 柳井市柳井3708-1 |
| 駐車場 | あり(無料) 白壁の町並み観光駐車場 |
| Link | 佐川醤油店 |
柳井 甘露醤油資料館
柳井 甘露醤油資料館は、佐川醤油店に併設する資料館である。柳井の特産品「甘露醤油」の蔵の一部を公開している。
施設内では杉桶で醸成される甘露醤油の製造工程や醤油づくりに使われる諸道具を見学することができる。
| 名 称 | 柳井 甘露醤油資料館 |
| 所在地 | 柳井市柳井3708-1 |
| 駐車場 | あり(無料) 白壁の町並み観光駐車場 |
| Link | 甘露醤油資料館 – 柳井市HP |
柳と井戸(湘江庵)
柳井の地名発祥の地とされる柳の木と井戸は、約1400年前、般若姫(後の用明天皇に召された姫)が上洛する際に遭難し、井戸の清水を飲んで一命をとりとめたという伝説が残る場所である。
お礼に刺した柳の楊枝【ようじ】が一夜にして芽を吹き、柳の巨木になったという言い伝えから「楊井」【やない】の地名が生まれ、江戸時代に「柳井」へと改められたという。
現在の柳の木は5代目であるらしい。井戸の清水を飲めば美人になれるとの伝説も残されている。
| 名 称 | 柳と井戸(湘江庵) |
| 所在地 | 柳井市柳井3058-1 |
| 駐車場 | あり(無料) 白壁の町並み観光駐車場 |
| Link | 柳と井戸(湘江庵)- 柳井市 |
光
──海のきらめきが心をほどく町
柳井から車で少し南へ向かうと、光市【ひかりし】の海が迎えてくれる。 瀬戸内らしい穏やかな波が寄せる 虹ケ浜海岸 は、 砂浜の白さと海の青がやわらかく溶け合い、 ただ海を眺めているだけで、胸の奥の緊張がすっとほどけていく。
光市は、山口県東南部に位置し、市中心部は島田川の沖積平野にあり、その両端には室積海岸と虹ヶ浜海岸が広がっており、瀬戸内海国立公園の一角をなしている。
光ふるさと郷土館
瀬戸内海に突き出た室積半島の付け根には、かつて北前船が寄港する潮待ち・風待ちの港町として繁栄した往時の室積の町並み「室積海商通り」が残こされている。
光ふるさと郷土館は、江戸時代後期から昭和30年代にかけて醤油屋を営んでいた磯部家の商家を修復した建物である。
館内のメイン展示室では、海上交易によって繁栄した室積の歴史や風土を紹介している。中央に置かれた弁才船【べざいせん、べんざいぶね】の大型模型が目を引く。他にも醤油の醸造用具などを展示し、当時の人々の生活や文化を学べる施設となっている。
| 名 称 | 光ふるさと郷土館 |
| 所在地 | 光市室積5-6-5 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 光ふるさと郷土館 室積観光ガイド|歴史 |
普賢寺
普賢寺【ふげんじ】は、平安時代中期(1006年)の創建で、古来より「海の菩薩」として信仰されてきた室積を代表するパワースポットとされている。海商通りを南に下ったところに普賢寺の山門(仁王門)が見えてくるので道に迷うことはない。
普賢寺は、幕末の歴史にも深い関わりがあるお寺である。慶応元年(1865年)に「南奇兵隊」の本陣が置かれた場所で、約400名の隊士がここに集結したという。その後、普賢寺から石城山へ転陣し「第二奇兵隊」と改称し、長州藩公認の軍隊として第二次長州征討や戊辰戦争を戦い抜いたという。それがやがて明治維新へとつながっていくことになる。
| 名 称 | 普賢寺 |
| 所在地 | 光市室積8-6-1 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 普賢寺|山口県観光 普賢寺 | 光市観光協会 室積観光ガイド|歴史 |
室積みたらい公園・みたらい燈籠堂
室積海岸 へ向かうと、 海と松林が寄り添うように続く風景が広がり、 歩くたびに潮の香りと松の香りが混じり合う、瀬戸内ならではの心地よさを味わえる。
普賢寺の東側は海岸であるが、その一帯は室積みたらい公園として整備されている。その海岸線に立つ「みたらい燈籠堂」は元禄15年(1702年)に建造された山口県最古の灯台を平成3年(1991年)に復元されたものである。元は対岸の象鼻ヶ岬の先端に立っていた和式灯台であるという。
| 名 称 | 室積みたらい公園・みたらい燈籠堂 |
| 所在地 | 光市室積5丁目 |
| 駐車場 | なし 光ふるさと郷土館を利用 |
| Link | みたらい燈籠堂 | 光市観光 室積観光ガイド|歴史 |
笠戸島
笠戸島【かさどしま】は、山口県下松市沖の瀬戸内海に浮かぶ三日月形をした島で、本土とは笠戸大橋でつながっている。笠戸島にある夕日岬は、西日本有数の夕日の名所として知られている。

海水の浸食により自然にできた「はなぐり岩」の穴を通して見る夕焼けはひときわ美しく、多くの写真家が訪れるという。

特に冬場は、夕焼け空から海面まで全てが茜色に染まり、息をのむ美しさとなるらしい。

二日に渡って夕日岬を訪れたが、残念ながら海に沈む前に雲の中に入ってしまった。

| 名 称 | 笠戸島・夕日岬 |
| 所在地 | 下松市笠戸島 |
| Link | 笠戸島|山口県観光 |
◆ あとがき
柳井の“歴史の静けさ”と、光の“海の静けさ”。 この二つはまったく違う表情を持ちながら、 どちらも旅人の心をそっと癒してくれる力を持っている。
歩く速度を少しゆるめるだけで、 町の息づかい、海のさざめき、風の音が自然と耳に入ってくる。 そんな旅は、シニアになった今だからこそ、より深く味わえるのかもしれない。
柳井と光を歩いた一日を振り返ると、「静けさの中にある豊かさ」という言葉が心に残る。 華やかな観光地ではなく、そっと寄り添うような町だからこそ、 旅人の心にやさしい余韻を残してくれるのだと思う。瀬戸内の光と風に包まれながら歩いた時間は、 日々の忙しさをそっとほどき、 また明日へ向かう力を静かに与えてくれるようであった。
柳井と光には史跡が多いのでもっとゆっくりと時間をとって旅をすべき場所である。旅に出る前にもっと下調べをしておけば見学すべきポイントを外すことはなかっただろう。次に訪れるときは、季節を変えて、 また違う表情の瀬戸内を歩いてみたいと思う。