◆ はじめに
古来、人間は自然界のあらゆるものに精神的な性質──魂や精霊、あるいは神のような超越的な存在──が宿ると考えてきた。山や風、木や岩といった自然物にも霊性が宿ると信じるこの考え方は、専門用語で「アニミズム(animism)」と呼ばれる。アニミズムでは、すべてのものが固有の霊魂を持つとされ、その独自性こそが信仰の前提となっている。
霊魂が宿る対象は、生物(たとえば樹齢を重ねた巨木)に限らず、巨大な岩石などの無機物にも及ぶ。
日本の神道は、このアニミズム的な自然崇拝・精霊信仰を起源としており、神話の形成や歴史的変遷を経て、今日の信仰体系へとつながっているとされる。
神社仏閣の境内に立つ老齢の巨木は、神が降臨する依代【よりしろ】と考えられ、「御神木」として注連縄【しめなわ】が張られ、古くから人々に崇められてきた。私自身、最近では神社仏閣そのものよりも、そこに佇む御神木に強く心を惹かれるようになってきた。
御神木については別稿で触れたので、本稿では社寺境内の御神木ではなく、日本の“神秘の森”に生きる巨樹たちに目を向け、その魅力を書き留めてみたい。
和池の大カツラ
私が老齢の巨木に興味をもつのは、御神木だけではない。老齢の巨樹に関心をもつきっかけになったのは「和池の大カツラ」を見てからだと思う。

「和池の大カツラ」は、但馬植物園内で生長しているカツラの巨樹で、兵庫県の天然記念物にも指定されている。樹齢は1000年以上といわれ、幹回りは16m、 樹高は38mという、とんでもない巨大なカツラである。

この巨大カツラの上手からは1日湧出量が約5,000トンといわれる水がこんこんと湧き出している。
その渓流を跨いで、この巨大カツラ が成長していることにも驚かせられる。この神聖な景色は、何の疑念もなく精霊や神が宿っているのではないかと思わせるほどの雰囲気を与える。
私はこの巨大カツラの前で言葉を発することができないほどの感動を覚えたことを今でも鮮明に記憶している。
| 名 称 | 和池の大カツラ |
| 所在地 | 兵庫県香美町・ 「但馬植物園」内 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 和池の大カツラ~香美町 |
別宮の大カツラ
兵庫県養父市別宮【べっくう】には「別宮の大カツラ」と呼ばれるカツラの巨樹があり、兵庫県指定の天然記念物になっている。

幹回りの周囲は14m、樹高は27mである。枝張りは直径24mもあるという。

このカツラの根元からは豊富な清水がこんこんと涌いており、下流に広がる多くの棚田を養っている。

弘法大師・空海が諸国巡歴の途中にこの地に立ち寄り、教海寺を開いて別宮を発足させ、このカツラを水の神木であると告げたという伝承があるが、樹齢がおよそ400年と言われているので、この伝承とは矛盾する。

| 名 称 | 別宮の大カツラ |
| 所在地 | 兵庫県養父市別宮 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 別宮の大カツラ | やぶ市 |
みたらい渓谷の大カツラ
みたらい渓谷は、奈良県吉野郡天川村にある渓谷で、近畿地方随一と称される紅葉の名所として知られている場所でもある。

遊歩道も整備されており、ハイキングにはもってこいの場所である。その遊歩道の途中に道を遮るほどの大きさで姿を現すのが「みたらい渓谷の大カツラ」である。

このカツラの巨樹は、大きすぎて全体を把握できない。根元から遊歩道を遮るように張り出した大きな枝が樹形をより複雑にしている。典型的な大カツラの姿の一つと言えなくもないが、この大カツラには自由奔放に生育する強い生命力を感じた。
| 名 称 | みたらい渓谷の大カツラ |
| 所在地 | 奈良県吉野郡天川村北角 |
| Link | 巨木 | 天川村(奈良県) みたらい渓谷 | 天川村 |
岩座神のホソバタブ
ホソバタブは、クスノキ科タブノキ属の常緑広葉樹で、アオガシという別名で呼ばれることもある。高木であり、樹高は通常10~15mになると言われている。

このホソバタブの巨樹3本が、「岩座神の棚田」で有名な岩座神【いさりがみ】地区に鎮座する五霊神社のすぐ近くに生育している。これら3本のホソバタブの巨樹は、ホソバタブとしては兵庫県におけるトップ3の巨木であると言われている。樹高は約32 mに達するらしいので、通常よりも2~3倍も高く育っていることになる。


| 名 称 | 岩座神のホソバタブ |
| 所在地 | 兵庫県多可町加美区岩座神 |
| Link | 岩座神のホソバタブ No1 岩座神のホソバタブ No2 |
かえで渓谷のカエデ
かえで渓谷は、三重県伊賀市を流れる子延川【ねのびがわ】の上流に位置する渓谷であり、秋の紅葉時のカエデが美しいことから「かえで渓谷」と名付けられている。「大山田温泉 さるびの」から加太へと子延川をさかのぼった場所に位置する。
この渓谷の旧県道の残った部分の橋のそばに、推定樹齢400年前後と伝わる楓【カエデ】の巨樹が生育している。

巨岩の上に根を張っている様子は非常に珍しいといえる。よくぞこのような劣悪な環境のなかで生き延びてきたものである。その生命力の強さに脱帽する。

幹は太く力強く、根元は巨岩にしっかりと張りつき、まるで渓谷そのものを抱きかかえるように立っている。このカエデは、単なる一本の巨樹ではなく、渓谷の歴史を見守り続けてきた“時の証人”とも言える存在だ。 この巨樹の前でしばし静かに佇んでいると、400年という歳月が、そっと語りかけてくるような気がする。

紅葉の頃は特に見事な景観であるが、他の季節、例えば春の若葉の頃や夏の青葉の頃もきっと見応えがあるはずだ。冬の落葉樹形である「寒樹」も見てみたいものだ。これほどの巨樹であれば寒樹もきっと素晴らしいと思う。
| 名 称 | かえで渓谷 |
| 所在地 | 三重県伊賀市上阿波 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | かえで渓谷 – 伊賀上野観光協会 |
英彦山の鬼杉
英彦山【ひこさん】は、北岳・中岳・南岳の3つの峰からなり、最高点は南岳(標高1,199m)である。英彦山は古くから修験道の聖地であり、英彦山神宮が鎮座している。英彦山は、英彦山神宮の御神体になっている山である。

英彦山には現在も手付かずの自然林が残されている。その自然林のなかに「鬼杉」と呼ばれる、スギの巨樹が生育している。樹齢は1,200年以上とされ、福岡県最大級のスギの巨樹である。幹の周囲は約12.4m、高さは上部が落雷で欠損しているものの、約38mもあるという。
| 名 称 | 英彦山の鬼杉 |
| 所在地 | 福岡県添田町大字英彦山 |
| Link | 英彦山の鬼スギ | 添田町 |
下城の大イチョウ
熊本県阿蘇郡小国町下城坂下地内にある県下最大の銀杏の木は、「下城の大イチョウ」と呼ばれ、国の天然記念物に指定されている。幹まわり約12m、高さ約25mもある巨樹である。

樹齢は1000年以上と言われており、枝からは多数のこぶが下がっている。女性のお乳のように見えることから「ちちこぶ」さんとも呼ばれている。

また、乳の出が少ない女性が、この大イチョウに乳の出が良くなるように祈ったところ、願いが叶ったという伝説もあるという。

| 名 称 | 下城の大イチョウ |
| 所在地 | 熊本県小国町下城坂下 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 下城大イチョウ |小国町 |
宮園の大イチョウ
「宮園の大イチョウ」は、樹齢500年の雄株で、熊本県下での最大級の古木であると言われている。熊本県指定の天然記念物でもある。

私たちは熊本県内を旅していた際に、偶然「宮園のイチョウ」の案内板を道路脇で見つけて寄り道をした。見応えのある大銀杏である。「下城の大イチョウ」より幹回りは細いが、樹高はこちらの大イチョウの方がはるかに高そうである。ちょうど黄色に色づいており、しかも落ち葉が黄色のままで美しかった。


私は、関係者ではなく、通りすがりの旅人ではあったが、この大銀杏が大切に維持管理されているようでちょっと嬉しかった。
| 名 称 | 宮園の大イチョウ |
| 所在地 | 熊本県五木村甲5662 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 宮園の大イチョウ | 五木村 |
神秘の森の巨人たち
「和池の大カツラ」のような巨樹が全国各地にあると聞く。生きているうちに彼ら「森の巨人たち」に会いにいきたいものだ。
会ってみたい全国の巨樹一覧
| 名称 | 種類 | 樹齢 | 所在地 |
|---|---|---|---|
| 森の神様 | カツラ | 900+ | 美瑛町 |
| めおと杉 | スギ | 200~300 | 秋田市 |
| オブ山の大杉 | スギ | 1000+ | 大仙市 |
| 法内の八本杉 | スギ | 300+ | 由利本荘市 |
| 女甑山の大カツラ | カツラ | 不明 | 真室川町 |
| 滝の沢の一本杉 | スギ | 300+ | 真室川町 |
| 岩神権現のクロベ | ネズコ | 200~300 | 大蔵村 |
| 和賀仙人姥スギ | スギ | 900+ | 北上市 |
| 越代の桜 | サクラ | 400 | 古殿町 |
| コモチカツラ | カツラ | 1000+ | 白山市 |
| 岩谷のトチノキ | トチノキ | 400 | 南越前町 |
| 大又のカツラ | カツラ | 300 | 熊野市 |
| 大悲山の三本杉 | スギ | 1200 | 京都市 |
| 和池の大カツラ | カツラ | 1000+ | 香美町 |
| 鬼杉 | スギ | 1200+ | 添田町 |
| エドヒガンザクラ | サクラ | 600 | 伊佐市 |
| 下城の大イチョウ | イチョウ | 1000+ | 小国町 |
| 縄文杉 | スギ | 2000~7200 計測:2170 | 屋久島町 |
参考:「森の巨人たち百選(林野庁)」
樹齢単位:年
◆ あとがき
林野庁は、後世に残すべき貴重な巨樹を調査し、その代表的な巨樹を「森の巨人たち百選」として選定している。そして、各自治体やボランティア団体と協力しながら、これらの巨樹を健全な姿で守り続けるための保護活動に取り組んでいるという。
これら「森の巨人たち」が、私たちの何代も後の世代においても変わらぬ姿で立ち続けてほしいと願う。そのためには、人為的な森林環境の破壊だけは避けなければならない。同時に、台風や地震といった自然災害からもどうか無事であってほしいと、心から思う。