◆ はじめに
辞書で「絶景」を引くと、広辞苑は「すぐれた景色」、大辞林は「ほかにたとえようもない、すばらしい景色」、大辞泉は「すばらしい景色。絶勝。」、新明解国語辞典は「他に比べるものも無い、すぐれた景色」と記している。 いずれも簡潔で、景色そのものの“質”を示す定義である。
ブログを書くようになってから、私もこの「絶景」という言葉をよく使うようになった。しかし私の場合は、辞書の定義にもう一歩踏み込み、「見る者を感動させるような、心に響く景色」という意味合いを込めて使っている。
辞書に「感動」という語が入っていないのは、当然といえば当然だろう。 同じ景色を見ても、「まさしく絶景だ!」と感じる人もいれば、「まあまあの景色だな」と受け止める人もいる。 感動の度合いは、見る者の感性や経験によって大きく異なる。 つまり「絶景」という言葉には、どうしてもあいまいさが含まれるのである。
また、辞書によっては「ほかにたとえようもない」「他に比べるものも無い」といった強い表現が使われているが、これも厳密には万人に当てはまるわけではない。 過去に同じような、あるいはそれ以上の景色を見た経験がある人にとっては、初めて訪れた人ほどの高揚感は得られないかもしれない。 比較対象が人それぞれ異なる以上、「絶景」の定義はやはり揺らぎを含む。
それでも私は、心が動いた景色に対しては迷わず「絶景」という言葉を使いたい。 他に一言で表現できる適切な語を、私はまだ知らないからである。
本稿のタイトルに用いた「絶景」も、私自身を含め、見た者の多くが感動を覚えるほどのすばらしい景色という意味であることを、まずはご了承いただきたい。
さて、今回の旅先である「角島大橋」と「元乃隅稲成神社」を選んだのは、私の妻である。テレビか雑誌で見て、その景色に何らかの期待を抱いたのだろう。 私を誘った理由は、単に“専属ドライバー”として便利だからであって、夫婦で絶景を共有しようという意図はなかったのかもしれない。
しかし、妻の専属ドライバー兼ポーターとして同行した私であっても、元乃隅稲成神社の朱の鳥居が海へ向かって連なる光景を目にした瞬間、胸が震えた。 間違いなく「絶景」だと感じたのである。 角島大橋も同様で、沖縄の古宇利大橋を知らない私にとっては、海の青と橋の白が織りなす風景は、まさしく「他に比べるものも無い、すぐれた景色」であった。
今回の旅は、妻の選択によって導かれたものだが、結果として私自身の心にも深く刻まれる旅となった。私が撮った写真では伝わらないかも知れないが、その感動の一端を綴ってみたい。
角島大橋
山口県北西部、コバルトブルーの海に向かって伸びる「角島大橋」は、角島【つのしま】と本土を結ぶ全長1,780メートルの橋である。海の上をゆるやかに弧を描きながら続くその姿は、日本海沿岸では珍しい“南国のような青さ”を湛え、訪れる人の心を静かに奪う。晴れた日には、海の色が浅瀬のエメラルドから沖の深い群青へと重なり、橋の白さがその上にすっと浮かび上がる。まるで海の上に一本の白い道が描かれたかのようである。

角島大橋は、日本屈指の長さ(全長1,780m)を誇り、無料で渡れる一般道であるのも嬉しい。何度でも走ってみたい衝動に駆られる。実際に車でドライブしても楽しいが、橋を被写体にして、橋の周辺でベストな構図を探しながら写真を撮っても楽しい。

天気の良い日には、エメラルドグリーンやコバルトブルーと称される海の色とよく調和し、まるで海に浮かんでいるような神秘的な雄姿をみせてくれる。

角島大橋は、眺める角度によって姿を変える。ベストな構図を求めて撮影場所を変えて移動するのも楽しい。角島大橋の雄姿に魅せられて、後で気が付けば何十枚分もの写真を撮ってしまっていた。


橋の手前にある展望スポットから眺める景色は、角島大橋の“定番の絶景”として知られている。高台から見下ろすと、海の青と橋の白が最も美しい角度で重なり、写真を撮る人々が途切れることがない。しかし、橋を渡りきった先の角島側から振り返る景色もまた格別で、海の広さと橋の曲線がより伸びやかに感じられる。

角島大橋は、ただの交通インフラではなく、 海と風と光が織りなす“日本海の静かな名景” である。 訪れる人の多くが感動を覚える理由は、橋そのものの美しさだけでなく、海の青が持つ深い静けさが心に染み込むからだろう。

私たちシニア世代でも無理なく楽しめるスポットであり、車でゆっくり渡るだけで旅の満足度がぐっと高まる。車で渡ると、海の広さがゆっくりと迫ってきて、橋の上を走る時間そのものが旅の一場面になる。スピードを落として走ると、海の青が刻一刻と変わり、まるで色彩のグラデーションの中を進んでいるような感覚になる。
角島灯台や元乃隅神社と組み合わせて巡ると、海の表情の豊かさをより深く味わうことができる。
| 名 称 | 角島大橋 |
| 所在地 | 下関市豊北町神田~角島 |
| Link | 角島大橋/山口県観光 |
角島灯台
灯台に興味がある私は角島大橋を渡ると真っ先に角島灯台に向かって車を走らせていた。

角島灯台は、1876年(明治9年)にイギリス人技師の設計により建設された日本海側初の西洋式灯台である。今日でも現役の灯台である。


塔高は30 m、灯高は45mであり、光達距離は18.5海里(約34km)に及ぶという。竣工時には石造の灯台としては最も高い灯台であったと言われている。
| 名 称 | 角島・角島灯台 |
| 所在地 | 下関市豊北町角島2343-2 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 角島灯台 |
元乃隅神社
山口県長門市、青い海を望む断崖の上に静かに佇む元乃隅神社【もとのすみじんじゃ】は、1957年に地元の網元が建立した比較的新しい神社である。しかし、その歴史の若さとは裏腹に、ここには訪れる人の心を強く惹きつける“特別な景色”がある。
境内から海へ向かって続く赤い鳥居の列──その数は123基。朱色の鳥居が緩やかな曲線を描きながら斜面を下り、最後は日本海の青へと吸い込まれるように伸びていく。この光景は、まるで海へ向かう一本の赤い道が描かれたかのようで、初めて目にしたときの感動は言葉にしがたい。

元乃隅神社は、山口県屈指の絶景スポットとして人気がある。その理由は、海岸から本殿に向かう参道に昭和62年(1987年)から10年間かけて奉納された123基の鳥居が100m以上にわたって並ぶ景色はまさに圧巻であるからだ。この神社は、神社本庁・山口県神社庁には所属しておらず、個人(岡村家)の所有物であるというから驚く。

元乃隅神社の創建は昭和30年(1955年)というから比較的新しい神社といえる。この地域の網元であった岡村斉【おかむらひとし】氏の枕元に白狐が現れ、そのお告げにより建立したのがこの神社の始まりということである。宇迦之御魂神を主祭神として祀っているため稲荷神社であることには変わりなく、私たちが参拝した際には元乃隅稲成神社【もとのすみいなりじんじゃ】と称していた。外国人を含む観光客の参拝が急増したため、長い社名が外国人に分かりにくいという理由で、平成31年(2019年)1月に社名を元乃隅神社に改名したという。

鳥居の赤と海の青、そして周囲の緑。三つの色が重なり合うことで、元乃隅神社の景観は他に比べるもののない独自の美しさを生み出している。

晴れた日には鳥居の朱が陽光に照らされて鮮やかに輝き、曇りの日には海の青が深まり、鳥居の赤がしっとりと落ち着いた表情を見せる。天候によって景色が変わるため、何度訪れても新しい発見がある。

神社のご利益は、商売繁盛や大漁・海上安全をはじめ、良縁、子宝、開運厄除、福徳円満、交通安全、学業成就などで、様々な願いごとを叶えてくれるらしい。

境内は大きくはないが、海風が心地よく、静けさが漂う。参拝を終えて鳥居の列をゆっくり歩くと、海の音が近づき、視界が開けた瞬間に日本海の広さが一気に迫ってくる。この“海へ向かって歩く感覚”こそが、元乃隅神社の魅力の核心だろう。

裏参道出口付近にある大鳥居の中央上部(高さ約5m)には「日本一入れづらい」とも言われる賽銭箱が設置されており、見事賽銭を投げ入れることが出来れば願いが叶うと言われている。実は、私の妻が偶然にも一回目で見事に賽銭を入れることに成功している。当の妻は大興奮で大はしゃぎ!今でも彼女のドヤ顔が目に浮かぶ。そして後で気がつけばお願い事をするのを忘れてしまっていた。いかにも彼女らしいエピソードである。

また、元乃隅神社から日本海側を見下ろした先には「龍宮の潮吹」と呼ばれる奇勝があり、荒波が岩の裂け目から勢いよく吹き上がる様子は自然の力強さを感じさせる。元乃隅神社と合わせて訪れることで、海の静と動、二つの表情を味わうことができる。

龍宮の潮吹は、断崖下の海蝕洞に荒波が打ち付ける度に海水が中の空気と一緒に吹き上がる現象から「龍宮の潮吹」と名付けられたものである。龍宮の潮吹を見下ろす場所には展望台があり、そこからの眺めも格別であった。

元乃隅神社は、ただ写真映えする名所ではなく、 海と風と朱の鳥居が織りなす“心に刻まれる絶景” を持つ場所である。 角島大橋や角島灯台と組み合わせて巡ると、日本海の多彩な美しさをより深く感じられる旅となる。
| 名 称 | 元乃隅神社 |
| 所在地 | 長門市油谷津黄498 |
| 駐車場 | あり(有料) |
| Link | 元乃隅神社 元乃隅神社 | 山口県長門市 |
◆ あとがき
今回の旅で「絶景」の写真を撮ることができたのは、ひとえに妻のおかげである。 行き先の選定から下調べ、旅行プランの作成まで、すべて彼女が担ってくれた。まずはそのことに感謝したいし、感謝すべきだと素直に思う。
とはいえ、車のナビで「元乃隅稲成神社」を探しながら目的地にたどり着くまでには、少々苦労した。 有名な神社だからすぐ分かるだろうと高を括っていたのが災いし、ナビの候補がなかなか見つからない。 最終的には「龍宮の潮吹」を目的地に設定することでようやく到着できたのだが、そのときの安堵感は今でもよく覚えている。
この一件で、妻の旅行プランの“弱点”も改めて浮き彫りになった。 彼女は地理にまったく興味がなく、理解しようとする気配もない。 旅先の「点と点」──つまり観光スポットそのものには強い関心を示すが、その点をどう結ぶかという「線」、すなわちルートづくりにはほとんど注意を払わない。
もちろん、これは以前からうすうす気づいていたことだ。しかし、妻が選んだ複数のスポット(点)を、無理なく巡れる一本のルート(線)へと仕立てるのが自分の役目なのだと、はっきり悟ったのは今回の旅だったように思う。
そう考えると、この旅は単なる観光ではなく、私たち夫婦にとっての“役割分担”が静かに形を成した、記念すべき旅でもあった。 妻は行き先を見つけ、私はその行き先をつなぐ。その結果として、角島大橋と元乃隅稲成神社という二つの「絶景」に出会えたのだから、これ以上の幸運はない。