◆ はじめに
集落【しゅうらく】とは、人が住む家屋が一定のまとまりをもって集まった場所を指す地理学上の概念である。また、社会学的には、人間関係や文化的統合を基盤とした地域社会の一形態として捉えられ、村落とほぼ重なるものとされている。(引用:ウィキペディア)
日本各地には「集落」と呼ばれる観光名所が点在している。 その特徴の一つとして、家屋の「屋根」や「外壁」の意匠が地域ごとに統一され、独自の景観を形づくっている点が挙げられる。 私がこれまで訪ねた“観光地としての集落”の中で、最も強い印象を残したのが、合掌造りの集落であった。
言うまでもなく、合掌造りの集落とは、1995年に「白川郷・五箇山の合掌造り集落」としてユネスコの世界文化遺産に登録された白川郷と五箇山のことである。 急峻な山間に暮らしてきた人々が、豪雪に耐えるために生み出した独特の建築様式であり、いまも生活の営みが続く“生きた文化遺産”として世界的に評価されている。
本稿では、この白川郷と五箇山という文化的・歴史的に重要な集落について、私自身が訪ねた際に抱いた印象を中心に、静かに振り返ってみたいと思う。
白川郷
白川郷は、岐阜県北部・白山連峰の山あいに広がる合掌造り集落で、1995年に五箇山とともにユネスコの世界文化遺産に登録された。 豪雪地帯に暮らす人々が、厳しい自然と向き合いながら育んできた独自の建築様式が、今も生活の営みとともに息づいている。
合掌造りの家屋は、急勾配の茅葺き屋根が特徴で、雪を自然に滑り落とすための知恵が形となったものだ。 屋根裏は広く、かつては養蚕の作業場として使われ、家族の暮らしと生業が一体となった空間が残されている。 集落を歩くと、家屋の並びや水路、田畑の配置に至るまで、山里の生活文化がそのまま風景として現れていることに気づく。

白川郷は、「合掌造り集落」として昔から有名であり、現在も大小100棟余りの合掌造りの家屋が残り、そこで人々の生活が営まれている。日本の原風景とも言える農村文化・生活・暮らしを感じることができる素晴らしい場所である。

その日本の原風景ともいうべき美しい景観が評価されて、1976年に重要伝統的建造物群保存地区として選定された。さらに1995年には五箇山(富山県)と共に「白川郷・五箇山の合掌造り集落」として、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。

四季の移ろいも白川郷の魅力のひとつである。 春は山桜が里を彩り、夏は清流と緑がまぶしく、秋は稲穂と紅葉が合掌造りを包み、冬は雪景色が集落を静寂の世界へと変える。 どの季節に訪れても、自然と人の暮らしが寄り添ってきた時間の深さを感じさせてくれる。

白川郷は、単なる観光地ではなく、山里に根づいた生活文化そのものが世界遺産として評価された場所である。 訪れる者は、合掌造りの家々に宿る温もりと、長い年月をかけて守られてきた日本の原風景に静かに心を寄せることができる。

明善寺の本堂の柱や梁【はり】は、欅材【けやきざい】で、その伐採に着手したのが1806年で、20年近い歳月を経た1827年に建築されたといわれている。本堂と鐘楼門の間にある大きなイチイの木は、本堂の建設に際し記念樹として植樹されたものであると伝わる。

明善寺の鐘楼門はおよそ220年前(1801年)に建築されたものでかなり古い建築物である。屋根は茅葺きであるが、一階に板庇【ひさし】をつけた珍しい建築物であるとされる。梵鐘【ぼんしょう】は戦後に作られた二代目らしい。初代は第二次世界大戦中に供出されたと言われている。

最初、私は合掌造りの民家を二階建ての住宅だと思っていたが、よく見てみると、4階建てになっている民家が多いことに気付いた。最上階の屋根裏は面積から考えて居住スペースではないかも知れないが造りとしては4階建てに相当すると考えて間違いはなさそうだ。

食事処や喫茶店も合掌造りの民家の家屋を利用をしており、周囲の景観に違和感を与えていない。


一方でこのような合掌造りの家屋を維持していくのは大変であろうと推察する。屋根ふき用の萱の確保一つをとっても容易ではないだろう。


一般観光客が白川郷の集落を見学に訪れる際に渡るであろう吊橋がある。私は高い所が苦手なので、このような吊橋はできることなら渡りたくないが、この橋を渡らないと見学できないので仕方なく渡ることにした。


白川郷は合掌集落として非常に有名なのでかなり観光地化されている。私たちが訪れた日も多くの観光客に出会った。


私は観光客のいない田園風景をゆっくりと眺めていたい方であるが、それは現代においては贅沢な望みというものだろうか。

| 名 称 | 白川郷 |
| 所在地 | 大野郡白川村荻町地区 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 白川郷観光協会 和田家 合掌家屋 | 白川郷 神田家 | 白川郷観光協会 |
五箇山菅沼集落
五箇山の菅沼集落は、富山県南砺市の山あいにひっそりと佇む小さな合掌造り集落で、白川郷とともに1995年にユネスコの世界文化遺産に登録された。庄川の深い渓谷に寄り添うように家々が並び、急峻な地形と豪雪という厳しい自然環境の中で育まれた暮らしの知恵が、今も静かに息づいている。

五箇山菅沼集落には現在9戸の合掌造り家屋が残っている。集落の規模は大きくないが、その分、合掌造りの家屋がつくり出す景観が凝縮され、山里の生活文化が手に取るように感じられる。


茅葺きの急勾配の屋根は、豪雪を自然に落とすための工夫であり、屋根裏は養蚕や生活の作業場として使われてきた。合掌造り家屋は、日本有数の豪雪地帯という自然環境に耐える住まいとしての役割と養蚕や塩硝作りという生活の糧となる仕事場としての役割を同時にかつ合理的に達成しているわけである。合掌造り家屋は、見た目以上に合理的で頑強な構造で裏打ちされた居住性の高い空間を満たしているのかも知れない。

家屋の配置、水路の流れ、畑の広がりなど、どれもが自然と共に生きてきた人々の営みを物語っている。合掌造りの家屋と田んぼのある風景はずっと眺めていたくなるほど癒される。

菅沼集落の魅力は、観光地化が進みすぎていない“素朴さ”にもある。静かな山里に風が通り抜け、庄川のせせらぎが遠くから聞こえてくる。訪れる者は、合掌造りの家々が守り続けてきた時間の深さと、山村の暮らしの温もりにそっと触れることができる。

四季の移ろいもまた格別で、春は山桜が咲き、夏は緑が濃く、秋は紅葉が集落を包み、冬は雪景色が合掌造りを静寂の世界へと導く。どの季節に訪れても、菅沼集落は“日本の原風景”としての美しさを静かに語りかけてくれる。

幸運にも一軒の合掌造り家屋の茅葺き屋根の葺き替え工事中の写真を撮ることができた。通常の瓦屋根よりも費用と時間が掛かることが容易に推察できる。後世に是非残していってもらいたい。

合掌造りの茅葺き屋根は、豪雪に耐えるために60度前後の急勾配を持ち、厚さは1メートル近くにもなることがある。 そのため、葺き替え工事は大規模で、専門技術と多くの人手を必要とする。
葺き替えの周期は、20〜30年に一度が一般的であるという。豪雪地帯のため、傷みが早く、屋根の一部補修(差し茅)は数年ごとに行われるらしい。合掌造り家屋の茅葺き屋根の葺き替えは、 自然素材・伝統技術・共同体の力が一体となった、日本でも特に貴重な文化的営みである。 白川郷や五箇山の集落が世界遺産として高く評価される理由の一つが、この「葺き替え文化」にある。

農機具などを入れておくのであろう物置小屋も茅葺屋根であるのはちょっと嬉しい気持ちになった。


五箇山・菅沼集落の魅力は、山あいにひっそり息づく、素朴で静かな“日本の原風景”がそのまま残る場所であることだろうか。

観光地化が進みすぎず、合掌造りの暮らしの気配が自然と調和している――それこそが、五箇山菅沼集落の唯一無二の魅力である。
| 名 称 | 五箇山菅沼集落 |
| 所在地 | 南砺市菅沼地区 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 五箇山菅沼合掌造り集落 |
五箇山相倉集落
五箇山の相倉集落は、富山県南砺市の山あいに広がる合掌造りの里で、白川郷・菅沼集落とともに1995年にユネスコの世界文化遺産に登録された。標高の高い山々に抱かれた静かな谷間に、20棟ほどの合掌造り家屋が寄り添うように並び、昔ながらの山村の暮らしが今も息づいている。

相倉集落の魅力は、合掌造りの家屋と周囲の自然が一体となった“山里の原風景”がそのまま残されている点にある。五箇山の歴史的風景を今に残す集落で、現在も人々が生活を営んでおり、世界的にも珍しい「人が住まう世界遺産」であるという。






合掌造り家屋を利用した資料館や民宿も充実している。

相倉集落は観光地化が過度に進んでいないため、訪れる者は山里の静けさをそのまま味わうことができる。春の新緑、夏の深い緑、秋の紅葉、冬の雪景色――四季の移ろいが合掌造りの家々を包み込み、どの季節にも異なる表情を見せてくれる。

勝手にシャッターを押してもよいのだろうかと一瞬躊躇してしまうほどに生活感のある立派な合掌造りの家屋が多く存在する。

相倉集落は、単なる観光名所ではなく、山村の暮らしと伝統が今も守られている“生きた文化遺産”である。訪れる者は、合掌造りの家屋に宿る温もりと、山里の静かな時間にそっと心を寄せることができる。

緑の林の中に建つ合掌造りの家屋がある風景も私は好きである。

茅葺きの急勾配の屋根は豪雪に耐えるための知恵であり、屋根裏は養蚕の作業場として使われてきた。家屋の配置、水田の広がり、石垣や水路の流れに至るまで、自然と共に生きてきた人々の営みが静かに語りかけてくる。

豪雪地域に属するので冬は白銀の世界になるのであろうが、夏は緑の田畑の中に合掌造りの家屋が点在する風景を眺めることができる。私はこのような風景が好きである。思わずシャッターを押していた。

五箇山・相倉集落の魅力は、山里の静けさと合掌造りの原風景が、最も美しい形で残る“生きた世界遺産”であることだ。相倉集落は、自然と暮らしが溶け合った“山村の時間”がそのまま息づく、合掌造り集落のなかでも特に心に残る場所である。
| 名 称 | 五箇山相倉集落 |
| 所在地 | 南砺市相倉地区 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 相倉合掌造り集落|五箇山 相倉合掌造り保存財団 |
天狗の足跡
古くから五箇山相倉集落の北側に聳える大きく尖がった大岩(ヤノクラ)には多くの天狗が住んでいたという天狗伝説が残っている。人が決して登れない急峻の崖の上には人には見えない穴があり、そこから大岩の中に入ると天狗の御殿があったという。


「天狗の足跡」は、相倉集落が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された際に環境物件の一つとして評価されている。
数百年も昔、五箇山相倉集落の上にあるヤノクラから天狗が跨いだ時につけた足跡という伝説が残る石が「天狗の足跡」で、凹みの深さは2~3 cmもあるという。人間技でつけることができるとは到底考えられない不思議な代物だという。
集落の伝承では天狗はヤノクラから川向かいの「島の山」まで二跨ぎで渡る事が出来たとされ、ある時に天狗が一回転して、この岩に片足を付いて、さらに一回転して「島の山」に飛んでいったと伝えられている。
| 名 称 | 天狗の足跡 |
| 所在地 | 南砺市相倉418 |
| Link | 天狗の足跡/南砺市 |
村上家住宅
村上家住宅は、五箇山地方の民家のうち、古い時代の形式を改造されずに残している合掌造りの建造物で、国指定重要文化財になっている。
天正年間(1573~1592年)に建設されたと伝えられており、戦国時代の武家造りから書院造りに移行する過渡期の様子を示しているという。多くの古風かつ古式の遺構が残こされているのは全国にその類を見ないとされている貴重な建物である。

私たちは五箇山菅沼集落から五箇山相倉集落に向かう国道156号線を走行中に、偶然に妻が気付き、立ち寄ることができた。
| 名 称 | 村上家住宅 |
| 所在地 | 南砺市上梨742 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 村上家|五箇山合掌造り |
◆ あとがき
白山白川郷ホワイトロード(旧・白山スーパー林道)は、石川県の加賀温泉郷と岐阜県の白川郷を結ぶ、白山国立公園内の山岳ドライブルートとして知られている。 標高の高い峠を越えるため、四季折々の絶景が楽しめる一方で、私のように高所が苦手なドライバーにとっては、なかなか手強い道のりであった。
特に下り坂は恐怖心が勝り、気づけば本能的にセンターライン側へ寄ってしまう。 対向車に注意しながらキープレフトを心がけるものの、長くは続かない。 景色を楽しむ余裕などまったくなく、ただ無事に走り切ることだけを考えていた。 峠の途中で白川郷の集落が小さく見えた瞬間の安堵感は、写真を見返すたびに今も鮮明によみがえる。

今回の旅の目的は、白川郷と五箇山の合掌造り集落を訪ね、世界遺産として評価される日本の文化的・歴史的価値を、自分の目で確かめることにあった。 そしてその目的は、十分に果たされたと感じている。
もともとは妻の提案に便乗した旅であったが、気づけば私のほうが合掌造りの家屋に強く惹かれていた。山里に息づく暮らしの知恵と美しさに触れられたのは、妻のおかげである。 改めて感謝の気持ちを抱きながら、この旅の記録を締めくくりたい。