◆ はじめに
京都の神社仏閣は国際的にも有名であり、世界文化遺産「古都京都の文化財」の構成資産として17か所が登録されている。世界文化遺産に登録されていない寺社にも素晴らしい景勝地があり、むしろそちらの方が多いくらいだ。護王神社【ごおうじんじゃ】もその一つである。
京都御所の西、静かな木立に守られるように佇む護王神社。ここには、時代の荒波の中でも信念を曲げず、国家の安寧を願い続けた和気清麻呂と、彼を支え、弱き者を救った姉・和気広虫の祈りが息づいている。社殿へ続く参道を歩くと、二人の気骨と優しさが、今もそっと訪れる者を包み込んでくれるようである。本稿では、この静かな社を歩きながら、彼らが守り伝えた祈りの物語に耳を傾けてみたいと思う。
護王神社の由緒
──御所の西に息づく静けさと佇まい
護王神社は、和気氏の創建による高雄山神護寺境内に作られた、和気清麻呂を祀った護王善神社に始まると伝わる。主祭神は和気清麻呂と姉の和気広虫【わけのひろむし】である。
和気清麻呂は、平安京遷都に貢献した人物であり、その功績を称えるために祀られている。
興味深いのは境内に狛犬ではなく狛イノシシがあることである。神社の表門や境内にはいのしし(猪)の像や彫刻が多くあり、特に鳥居の前には巨大な狛イノシシが奉納されている。このようにイノシシ(猪)をモチーフにしたユニークな狛イノシシがあることから、この神社は「いのしし神社」と呼ばれることもある。
| 名 称 | 護王神社 |
| 所在地 | 京都市上京区烏丸通下長者町下ル桜鶴円町385 |
| 駐車場 | あり(無料)約15台分 |
| Link | 京都御所の西側、蛤御門の向かいに鎮座する護王神社 |
和気清麻呂の気骨
──国家を思い、信念を曲げなかった人物
和気清麻呂は、奈良時代末期から平安時代初期にかけての高級官僚で、歴代天皇の側近として平安京遷都などに力を発揮した人物として知られる。また、僧・道鏡の皇位継承問題にからんで流罪になったことでも知られている。
称徳天皇の信任が厚かった僧・道鏡は「八幡大菩薩のお告げ」により皇位を継ぐ者とされていたが、称徳天皇は神意を再確認すべく、和気清麻呂を八幡大菩薩が鎮座する宇佐八幡宮(現在の宇佐神宮)へ派遣した。宇佐から戻った清麻呂は「宇佐八幡は、臣下の者が皇位に就くことを望んでいない」と奏上した。
これが道鏡の怒りにふれ、769年に清麻呂と姉の和気広虫(法均尼)はそれぞれ大隅国と備後国へ流罪となった。しかし、770年に、称徳天皇が崩御し、天皇の信望が厚かった道鏡は左遷され、入れ代わるように清麻呂と広虫は許されて都に戻された。
清麻呂が和気氏の私寺である神願寺の建立を願い出たのはそれから10年後の780年から806年までの間とされる。神願寺という寺号は宇佐八幡の神意に基づいて建てた寺という意味である。
このように和気清麻呂は、奈良時代末期の政治的混乱の中で、信念を曲げずに国家の行く末を案じた人物として知られている。道鏡事件では、権力に屈することなく「天皇の血筋を守るべき」との立場を貫き、追放されるという厳しい運命を背負う。それでも清麻呂は怯まず、誠実に生き続け、のちに帰京を許される。護王神社に立つと、彼の揺るぎない気骨が、社殿の静けさの奥に確かに息づいているように感じられる。時代が変わっても、信念を守ることの重さと尊さを、清麻呂は今も語りかけてくれるようである。

和気広虫の慈悲
──孤児を救い続けた姉のまなざし
清麻呂の姉・和気広虫は、慈悲深い人物として知られている。戦乱や飢饉で親を失った子どもたちを救い続け、その数は数百人に及んだと伝えられている。広虫の行いは、ただの慈善ではなく、「弱き者を見捨てない」という揺るぎない信念に支えられていた。
護王神社の境内に立つ広虫像は、静かで穏やかな表情をたたえ、訪れる者に寄り添うような温かさを感じさせる。清麻呂の気骨を支えた姉としての姿は、強さとは何か、優しさとは何かをそっと教えてくれるようである。
猪と足腰の守護
──護王神社の信仰と見どころ
護王神社といえば、境内に並ぶ猪像が印象的である。清麻呂が追放の途中、猪に助けられたという伝承から、猪は「守護」と「勇気」の象徴となった。拝殿前の猪像は力強く、どこか愛らしく、訪れる人々の願いを受け止めてくれるようである。境内をゆっくり歩くと、清麻呂と広虫の物語が、猪の姿を通して今に伝わっていることを感じられる。
護王神社は「足腰の守護神」として知られることから、参拝者には足腰の健康や怪我の回復を願う人々が多い。その理由は、和気清麻呂にまつわる伝説によるところが大きい。その伝説によると、清麻呂が足の腱を切られた後、いのししが彼を守り、足の痛みが治ったと伝えられている。神社の境内に猪像が多いのもそれが理由である。
護王神社では、御朱印帳が豊富に揃っているが、足腰の健康を願う御朱印を受けることもできる。護王神社は、足腰の健康だけでなく、歴史的な背景やユニークな伝説も楽しめる魅力的な場所となっている。
◆ あとがき
護王神社を歩いていると、和気清麻呂の揺るぎない気骨と、広虫の静かな慈悲が、まるで両輪のようにこの社を支えていることに気づく。強さだけでは人は救えず、優しさだけでも時代は動かない。
二人の祈りは、その両方があってこそ社会は守られるのだと、静かに語りかけてくれる。時代が変わっても、人が人を思う心は変わらない。現代を生きる私たちにとっても、清麻呂の「信念」と広虫の「寄り添う心」は、日々の歩みにそっと力を与えてくれるはずである。また季節を変えて訪れたくなる、そんな優しい場所である。