◆ はじめに
京都の神社仏閣は国際的にも有名であり、世界文化遺産「古都京都の文化財」の構成資産として17か所が登録されています。世界文化遺産に登録されていない寺社にも素晴らしい景勝地があり、むしろそちらの方が多いくらいです。白峯神宮【しらみねじんぐう】もその一つです。
白峯神宮は、蹴鞠【しゅうきく】(けまり)やサッカーなどの球技の守護神として信仰を集めており、多くのアスリートが祈願に訪れます。御神徳を仰ぎ、野球やサッカーをはじめとする球技や新体操などの上達を願う参拝者が多く訪れる神社として知られ、日本サッカー協会からは使用された公式球が奉納されています。
白峯神宮
白峯神宮【しらみねじんぐう】は、京都市上京区今出川通堀川に位置し、
- 崇徳天皇(第75代)
- 淳仁天皇(第47代)
の二柱を祀る神社です。 創建は明治天皇で、父・孝明天皇(第121代)の遺志を継いで建立されました。
| 名 称 | 白峯神宮 |
| 所在地 | 京都市上京区今出川通堀川東飛鳥井町261 |
| TEL | 075-441-381 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | スポーツの守護神 白峯神宮 |
飛鳥井家邸跡に創建された神社
白峯神宮は、蹴鞠【けまり】と和歌の宗家として知られる飛鳥井家の屋敷跡に建てられました。 境内の摂社・地主社【じしゅしゃ】に祀られる精大明神【せいだいみょうじん】は、飛鳥井家が代々邸内で祀ってきた守護神であり、白峯神宮がその祭祀を受け継いでいます。
精大明神は蹴鞠の守護神として知られ、
- 4月の「春季例大祭」
- 7月の「精大明神例祭」
では、蹴鞠保存会による奉納蹴鞠が行われます。

名水「飛鳥井」と清少納言
境内の手水舎には、清少納言の『枕草子』にも登場する名水「飛鳥井」があります。 清少納言はこれを「九つの名水」の一つとして称え、
「飛鳥井『みもひも寒し』とほめたるこそをかしけれ」 (飛鳥井の水は冷たくてとても美味しい) と記しています。 千年前の人々にも愛された清冽な水が、今も湧き続けています。
崇徳天皇を祀る神宮としての創建
崇徳天皇は、保元の乱(1156年)により讃岐へ配流され、悲運の最期を遂げた天皇です。 幕末期、孝明天皇は崇徳天皇の御霊を慰め、国難に際してその加護を祈ろうとし、四国・白峰山陵から御霊を京都へ迎えて祀ることを望みましたが、志半ばで崩御しました。
明治天皇は父帝の遺志を継ぎ、飛鳥井家邸跡を宮地として選定。 明治元年(1868年)9月6日、現在地に社殿を新造しました。 さらに明治6年(1873年)には、淡路島の御陵から淳仁天皇の御神霊を移して併祀しています。
白峯神宮は明治時代に官幣中社となり、昭和15年(1940年)に官幣大社へ昇格しました。
球技上達の神としての信仰
境内の地主社・精大明神は、
- 蹴鞠の守護神
- 球技全般の上達祈願の神
として広く信仰されています。蹴鞠は「落とさない」ことが重要であるため、
- 学力を落とさない
- 試験に落ちない
という縁起にもつながり、学生の参拝者も多いとされています。
魔除・厄除の柊大明神
境内には、魔除・厄除の神として柊大明神も祀られています。 節分の時期には、魔除けの柊護符を授かることができ、古来より厄除けの信仰を集めています。
◆ あとがき
白峯神宮の歴史をたどると、そこには天皇の御霊を慰める祈りと、千年を超えて受け継がれてきた文化の息づかいが静かに重なっています。 崇徳天皇の悲運を思い、父帝・孝明天皇の願いを継いで創建されたこの神宮は、単なる神社ではなく、時代を超えて人々の心を支えてきた「鎮魂と再生の場」と言えるでしょう。
また、飛鳥井家の邸跡に建てられたことにより、蹴鞠や和歌といった雅な文化が今も境内に息づいています。奉納蹴鞠の軽やかな音や、名水・飛鳥井の清らかさに触れると、平安の昔から続く日本文化の奥深さを感じずにはいられません。
球技上達や学業成就を願う若い参拝者、厄除けを求める人々、そして静かに手を合わせる旅人たち。 白峯神宮は、それぞれの願いを受け止めながら、今日も変わらず京都の地に佇んでいます。
本記事が、白峯神宮を訪れる際の小さな道しるべとなり、読者の皆さまがこの地に込められた祈りと文化の深さに触れるきっかけとなれば幸いです。