◆ はじめに
伊賀国は、かつての日本の地方行政区分で、現在の三重県西部、上野盆地一帯に該当する令制国の一つであり、東海道に属していた。「伊賀」は、現在でも三重県の伊賀地方を指す呼称として使われており、伊賀市と名張市を中心に構成されている。伊賀は、伊賀流忍者の発祥地として知られ、伊賀焼(陶器・炻器)や伊賀組紐の産地としても有名である。
そんな伊賀の山里にひっそりと佇む九品寺。 境内へ向かう道を歩きはじめると、周囲の空気がふっとやわらぎ、 遠くの山並みと田畑の広がりが、旅人の心を静かに整えてくれる。
その道すがら、守田の集落に差しかかると、 石造十三仏が並ぶ小さな祈りの空間が姿を見せる。石仏たちは、長い年月を経てもなお、訪れる者をそっと迎え入れるような穏やかな表情をたたえている。
九品寺へ向かう旅は、古寺を訪ねるだけではなく、 山里に息づく祈りの風景に触れる、静かな時間の散策でもある。
九品寺の由緒
伊賀市守田町にある九品寺(くほんじ) は、古くからこの地に根づく祈りの場として知られる寺院である。 寺伝によれば、奈良時代・天平年間に 聖武天皇の勅願により、行基が創建したと伝わり、 のちに 弥勒四十九霊場 の札所としても位置づけられた。
平安時代の大同2年(807年)には、巖如上人が弘法大師空海の霊場として 「中央山蓮台寺」を建立したとされるが、時代の流れとともに荒廃した。
室町時代の1491年頃、天台宗の高僧 真盛上人(しんせいしょうにん) がこの地を訪れ、念仏道場として寺を再興し、寺号を「袖合山九品寺」と改めた。この再興が、現在の九品寺の基盤となっている。
戦国期には「天正伊賀の乱」の戦火により堂宇が焼失したが、 その後、地域の人々の支えによって再び立ち上がり、 明治・昭和を経て、現在は 天台真盛宗 に属する寺院として静かに歴史を刻んでいる。
境内には、『伊乱記』の著者として知られる 菊岡如幻(きくおか・にょげん) の墓所があり、寺の近くには、伊賀の山里の信仰を今に伝える「守田の石造十三仏」 が佇む。 九品寺は、古寺の歴史と山里の祈りが重なり合う、伊賀らしい静かな風景を湛えた場所である。
| 名 称 | 九品寺 |
| 所在地 | 三重県伊賀市守田町1194 |
| TEL | 0595-21-3497 |
| 駐車場 | なし |
| Link | 九品寺 |
九品寺の境内を歩く
九品寺の境内を歩くと、 古寺ならではの静けさと、山里の祈りが今も息づいていることを感じる。 ここには、伊賀の歴史を語る文化財が点在しており、 散策の途中でそれらに出会うたびに、時の流れがゆっくりとほどけていく。
● 菊岡如幻の墓所
九品寺の境内には、伊賀の歴史を語るうえで欠かせない人物、 菊岡如幻(きくおか・にょげん) の墓所が静かに佇んでいる。 如幻は、戦国期の伊賀を描いた歴史書 『伊乱記』 の著者として知られ、その筆致は、天正伊賀の乱の様子を伝える貴重な史料となっている。
墓所は伊賀市指定史跡であり、 九品寺を訪れる人々が歴史に思いを馳せる場として大切に守られている。
● 守田の石造十三仏
九品寺の周辺には、伊賀の山里に古くから伝わる信仰の象徴、 守田の石造十三仏 が残されている。 十三仏とは、初七日から三十三回忌までの供養を司る仏たちで、 日本の民間信仰に深く根づいた存在である。
守田町には、室町時代に造立された十三仏が二基現存し、 そのうち 守田北地蔵十三仏 は伊賀市の有形文化財に指定されている。 もう一基の 守田南地蔵十三仏 も、地域の祈りの場として大切に受け継がれてきた。
風雨にさらされながらも、石仏の表情にはどこか柔らかさが残り、 長い年月を経た石の質感が、山里の信仰の深さを静かに伝えてくれる。
守田の石造十三仏
伊賀市守田町に残る 守田の石造十三仏 は、 この山里に古くから息づく民間信仰を象徴する存在である。 十三仏とは、初七日から三十三回忌までの供養を司る十三の仏たちで、 日本各地の村々で「死者を導く存在」として深く信じられてきた。
守田の十三仏は室町時代の造立とされ、 村人たちが日々の祈りの場として大切に守り続けてきた。 風雨にさらされながらも、石仏の表情にはどこか柔らかさが残り、 長い年月を経た石肌は、静かな重みと温かさをたたえている。
この石仏群は九品寺の参道から少し外れた場所にあり、 “里の祈りの場”として独自の存在感を放っている。
● 守田北地蔵十三仏(伊賀市指定有形文化財)
九品寺門前の道を南へ進み、 左手の丘陵に沿って歩くと、ほどなく岩肌に刻まれた石仏群が姿を見せる。 これが 守田北地蔵十三仏 である。
右側の舟形光背には 地蔵菩薩立像 が彫られ、 その左側の長方形の枠内には、 三列四段に整然と並んだ 十三仏像 が肉彫りされている。 地蔵菩薩の下には 永正五年(1518年)の銘が刻まれ、 室町末期の造立であることがわかる。
この北地蔵十三仏は、 歴史的価値が高いことから 伊賀市の有形文化財 に指定されている。
● 守田南地蔵十三仏
さらに道を南へ下ると、右手に小さな覆屋が現れる。 その内部にも自然石に刻まれた十三仏が祀られており、 こちらが 守田南地蔵十三仏 である。
北地蔵とは構成が逆で、 地蔵尊と十三仏の配置が左右反転している点が特徴的である。 同じ地域に二基の十三仏が残る例は珍しく、 守田の人々が長く祈りを捧げてきたことを静かに物語っている。
山里の祈りが息づく風景
九品寺へ向かう道すがら出会う二基の石造十三仏は、 伊賀の山里に今も息づく素朴な信仰の姿を静かに伝えてくれる。 華美な装飾はないが、岩肌に刻まれた仏たちの佇まいには、 長い年月を経ても揺らぐことのない祈りの深さが宿っている。
九品寺を訪れる旅は、古寺の静けさに触れるだけではなく、 こうした山里の信仰の風景に寄り添う時間でもある。 歩みを進めるほどに、伊賀の土地が持つ物語がそっと立ち上がり、 旅人の心に静かな余白をもたらしてくれる。
九品寺周辺に広がる山里の風景
九品寺の周辺には、伊賀らしい穏やかな山里の景色が広がっている。 田畑の間を抜ける細い道を歩くと、 季節ごとに表情を変える草花が足元を彩り、 遠くには袖合山の緩やかな稜線が静かに横たわる。
境内に近づくにつれ、古寺特有の澄んだ空気が濃くなり、 木々のざわめきや鳥の声が、まるで背景音のように耳に心地よく響く。 九品寺の伽藍は大きくはないが、 本堂や石仏、古びた石段が、長い年月の積み重ねを静かに伝えてくれる。
散策の途中でふと振り返ると、 山里の家々や畑が柔らかな光に包まれ、 どこか懐かしい日本の原風景が広がっている。 九品寺を歩くという行為は、 歴史をたどる旅であると同時に、 自分の内側に静かな余白を取り戻すひとときでもある。
◆ あとがき
守田の石造十三仏と九品寺をめぐる散策は、 華やかさよりも、静けさと寄り添う優しさに満ちている。 岩肌に刻まれた仏たちの穏やかなまなざし、 山里を渡る風、古寺の佇まい── そのすべてが、旅人の心にそっと触れ、 日常の喧騒から一歩離れた時間へと導いてくれる。
伊賀の山里には、派手な観光地とは異なる、 “ゆっくりとした時間”が確かに流れている。 九品寺を歩くという行為は、 その時間に身をゆだね、 自分の歩みを少しだけ緩めるための静かなひとときでもある。
石仏の前に立ち止まり、 風の音や鳥の声に耳を澄ませていると、 この土地が長い年月をかけて育んできた祈りの深さが、 ふと胸の奥に届いてくる。 九品寺をめぐる旅は、 歴史をたどるだけでなく、 自分自身の内側に静かな余白を取り戻す、 そんな癒やしの散策でもある。
