タグ: 覚住寺

  • 淡路島を歩く──七福神が導く穏やかな福の旅

    目次
    はじめに
    七福神とは
    大黒天(裕福の神)
    弁財天(知恵の神)
    福禄寿(大望の神)
    布袋尊(和合の神)
    恵比寿神(律儀の神)
    毘沙門天(勇気の神)
    寿老人(長寿の神)
    淡路島七福神めぐりとは
    八浄寺(大黒天)
    智禅寺(弁財天)
    長林寺(福禄寿)
    護国寺(布袋尊)
    萬福寺(恵比寿天)
    覚住寺(毘沙門天)
    宝生寺(寿老人)
    あとがき

    はじめに

    淡路島にも七福神を祀る寺院がある──そのことを最初に教えてくれたのは妻だった。教わったというより、例によって「七福神巡りに行きましょう」と静かに誘われた、というのが正しいところだろう。

    神戸から淡路島までは車で気軽に行ける距離である。 サラリーマン生活を終え、時間に追われることがなくなった今の私には、断る理由を見つけるほうが難しい。 とはいえ、決して渋々承諾したわけではない。これまで七福神巡りを体験したことがなかったので、心のどこかに「一度は歩いてみたい」という小さな興味があった。

    最初に参拝した八浄寺では、住職から「淡路島七福神めぐり」の作法を丁寧に教えていただいた。 その瞬間、胸の内にふっと灯りがともるように興味が湧き、旅への期待が一気に膨らんだのを今でも鮮明に覚えている。

    各寺院では奉納金(300円)を納めると御祈願をしていただけ、住職の法話を伺うこともできた。 参拝記念品や吉兆福笹を授かると、まるで自分の手のひらに小さな福がそっと置かれたような気持ちになったものだ。

    淡路島を七福神が乗る宝船に見立て、島内各所に点在する七つの寺院を巡るこの旅は、車で巡拝すれば日帰りでも十分可能である(島内の走行距離は約80km)。 実際に巡ってみると、淡路島には古くから人々の願いと祈りを静かに受けとめてきた場所が確かに息づいていることを知った。

    七福神を祀る寺院をゆっくりと巡ると、派手なご利益を求める旅ではなく、むしろ自分の心の奥にある「小さな願い」をそっと見つめ直す時間が訪れる。 島の風に吹かれながら神仏に手を合わせる──その素朴な行為が、思いがけず心を整え、日々の暮らしに穏やかな光を差し込んでくれる。

    本稿では、淡路島七福神めぐりの魅力を、私たちシニアの旅人にも無理なく楽しめる視点でまとめてみた。 この文章が、私のような出不精の方が「淡路島七福神めぐり」をきっかけに各地の七福神巡りにも興味を抱き、外出の小さな動機づけとなれば望外の喜びである。


    七福神とは

    七福神の信仰は、もともとインド伝来の大乗仏教における経典『仁王経【にんのうぎょう】』に記される 「七難即滅・七福即生」──七つの災いは速やかに滅し、七つの福は生じる という教えに由来するとされる。

    この思想が中国・日本へと伝わる過程で、福徳を象徴する神々が民間信仰として形づくられ、やがて日本独自の「七福神」というまとまりが生まれた。現在よく知られる七柱──

    • 大黒天【だいこくてん】
    • 弁財天【べんざいてん】
    • 福禄寿【ふくろくじゅ】
    • 布袋尊【ほていそん】
    • 恵比寿神【えびすしん】
    • 毘沙門天【びしゃもんてん】
    • 寿老人【じゅろうじん】

    この「七福神の顔ぶれ」が定着したのは、庶民文化が花開いた江戸時代とされる。 当時の人々は、七柱の神々を「福を授ける守り神」として親しみ、正月には七福神を巡拝する風習も広まった。

    七福神は日本では、 五穀豊穣・商売繁盛・家内安全・長命長寿・立身出世 など、現世利益を授ける神々として広く信仰されてきた。

    それぞれの神は異なる由来を持ち、仏教・道教・神道の要素が混ざり合っている点も、七福神信仰の大きな特徴である。 この多様性こそが、七福神が時代を超えて人々に愛され続ける理由なのだろう。


    大黒天

    大黒天【だいこくてん】は、七福神の中でも特に「裕福の神」「福徳の神」として親しまれてきた存在である。

    その起源はインドにさかのぼる。 大黒天は、ヒンドゥー教におけるシヴァ神の異名 マハーカーラ(大黒天) に由来し、世界の創造・維持・破壊を司る力を象徴していた。 この神格が仏教に取り入れられ、仏法を守護する「護法善神」として再解釈され、やがて日本でも信仰されるようになった。

    日本では、「大黒」と「大国」が同じ読みであることから、日本神話の 大国主神【おおくにぬしのかみ】 と混同され、神仏習合によって二つの神が重ねられていった。 その結果、現在の大黒天は、米俵の上に立ち、福袋と打出の小槌を持つ、福々しい長者の姿で表されるようになった。

    この姿には、日本神話の要素が随所に織り込まれている。 たとえば、背中の大きな袋は「因幡の白兎」の神話で、大国主神が八十神たちの荷物を担がされた場面に由来するといわれる。 また、「根の国訪問」の神話で大国主神が鼠に助けられたことから、鼠(ねずみ)は大黒天の使いとされ、像や絵にもよく描かれる。

    大黒天の真言は 「おん まか ぎゃらや そわか」 と唱えられ、福徳招来の祈りとして広く伝わっている。

    大黒天は、仏教・神道・民間信仰が重なり合って形成された、日本らしい「福の神」である。 その姿を前にすると、ただ豊かさを願うだけでなく、日々の暮らしを大切に積み重ねていく心の豊かさまでも思い起こさせてくれる。


    弁財天

    弁財天(弁才天)は、七福神の中で唯一の女神であり、知恵・芸術・福徳を授ける神として広く信仰されている。

    その起源はインドにさかのぼる。 弁財天は、ヒンドゥー教の女神 サラスヴァティー(Sarasvatī) に由来し、もともとは聖なる河の化身として崇められた「水の女神」であった。 しかし時代が進むにつれ、音楽・学問・芸術を司る「知の女神」へと役割が広がり、さらに福徳神・戦勝神としての性格も帯びるようになった。 この多面的な神格が仏教に取り入れられ、弁財天は仏法を守護する天部の一尊として数えられるようになった。

    日本では、神仏習合の流れの中で弁財天は独自の変容を遂げた。 財宝神としての側面が特に強調されるようになり、「弁財天」「辨財天」と表記されることが多くなった。 こうした民間信仰の広がりを背景に、近世には七福神の一柱として定着した。

    弁財天がもともと「水の女神」であったことから、川・池・泉・湖・海・島・港など、水に関わる場所に弁天社や弁天堂が数多く建立された。 そのため、全国には「弁天島」「弁天池」といった地名も多く残っている。

    明治初期の神仏分離政策では、弁天社の多くが神社へと転換され、主祭神が弁財天から日本神話の宗像三女神の一柱 市杵嶋姫命【いちきしまひめ】に改められた。 この経緯から、弁財天と市杵嶋姫命は現在でもしばしば同一視される。

    弁財天信仰は、仏教・神道・民間信仰が複雑に混じり合い、時代とともに多様な姿を見せてきた。 しかし、ただ一つ変わらないのは、弁財天が「女神」であることだ。 七福神の中で唯一の女神として、一般には琵琶を抱え、バチを持って演奏する天女形で描かれることが多い。

    弁財天の真言は 「おん そらそばてい えい そわか」 と唱えられ、芸事上達・福徳招来の祈りとして広く伝わっている。

    弁財天は、知恵と芸術、そして豊かさを象徴する、きわめて多面的で魅力的な女神である。 その姿に触れると、ただ財運を願うだけでなく、心の奥にある「創造性」や「静かな知性」までもそっと呼び起こしてくれる。


    福禄寿

    福禄寿【ふくろくじゅ】は、七福神の中で「大望の神」とされ、 幸福・財運・長寿という三つの願いを象徴する神として広く信仰されている。

    その起源は中国にある。 福禄寿はもともと、道教で尊ばれる 福星・禄星・寿星 の三つの星を神格化した「三星(さんせい)」と呼ばれる三体一組の神であった。 道教では、

    • (幸福) … 子宝や家庭円満
    • (封禄) … 財産・社会的地位
    • 寿(長寿) … 健康を伴う長命

    という三徳を具現化した存在とされ、人々の生活に密接した願いを象徴していた。日本に伝わると、三体一組の神ではなく、一柱の神としての福禄寿が受け入れられた。 この日本的変容によって、福禄寿は七福神の一柱として定着し、現在のような姿で親しまれるようになった。

    福禄寿の姿は非常に特徴的である。 背が低く、頭が長く伸び、白い長い髭をたくわえ、杖に経巻を結びつけている。 鶴や亀を伴うことも多く、これらは長寿の象徴として古くから尊ばれてきた。 その姿は、見る者に「静かな福」と「穏やかな長寿」を思い起こさせる。

    福禄寿の真言は 「おん まか しり そわか」 と唱えられ、福徳・長寿を祈る言葉として伝わっている。

    福禄寿は、人生の後半を歩む私たちシニア世代にとって、特に親しみ深い神かもしれない。 幸福・財運・長寿──どれも派手な願いではなく、日々の暮らしを静かに支えてくれる「三つの望み」である。 その姿に手を合わせると、人生の歩みをゆっくりと肯定してくれるような温かさが感じられる。


    布袋尊

    布袋尊【ほていそん】は、七福神の中で「和合の神」とされ、 人々の心を和らげ、円満な関係をもたらす神として親しまれている。

    その起源は中国にある。 布袋尊は、唐代末期の明州に実在したとされる伝説的な禅僧 契此【かいし】 に由来する。 常に大きな頭陀袋【ずだぶくろ】を背負っていたことから、人々は親しみを込めて「布袋」と呼んだという。 契此は、太鼓腹で笑みを絶やさず、子どもたちに囲まれて歩く姿が語り伝えられ、後世には「弥勒菩薩の化身」とみなされるほど慈愛に満ちた人物として尊崇された。

    日本では室町時代後期から七福神の一柱として信仰され、水墨画の画題としても人気を博した。 大きな袋を背負い、丸々とした体つきで笑う布袋尊の姿は、見る者の心を自然に和ませる。 その袋には「財宝」だけでなく「人々の悩みや苦しみを受け入れる度量」が象徴され、やがて「堪忍袋」とも解釈されるようになった。

    布袋尊は、

    • 広い度量
    • 円満な人格
    • 富貴繁栄

    を司る神とされ、家庭や人間関係の和合を願う人々に深く信仰されてきた。

    布袋尊の真言は 「おん まいたれいや そわか」 と唱えられ、心の安寧と福徳を祈る言葉として伝わっている。

    布袋尊の笑顔は、ただ福を授けるだけでなく、「肩の力を抜いて、ゆっくり生きていけばよい」 とそっと語りかけてくれるような温かさを持っている。 人生の後半を歩む私たちにとって、その穏やかな笑みは、何よりの励ましになるのかもしれない。


    恵比寿神

    恵比寿神【えびすしん】は、七福神の中で唯一の日本生まれの神であり、「律儀の神」として古くから人々の暮らしを支えてきた。

    その起源にはいくつかの説がある。 もっとも広く知られるのは、

    • 蛭子神【ひるこ】──イザナギとイザナミの最初の子
    • 事代主神【ことしろぬしかみ】──大国主神の子

    のいずれかを恵比寿神とみなすという説である。

    淡路島の萬福寺では「恵美酒天」と表記し、蛭子神を恵比寿として祀る。淡路島には、イザナギとイザナミが最初に国産みを行ったとされる「おのころ島」伝説が残り、蛭子神が最初に生まれた神であることを思えば、この土地で蛭子神が恵比寿として信仰されるのは自然な流れともいえる。

    恵比寿神は、もともと漁業の神として海の民に深く信仰されてきた。 やがてその「律儀で誠実な働きぶり」が商人の心にも響き、近世以降は 商売繁盛・五穀豊穣の神 として全国に広まった。

    その姿は非常に象徴的である。 左手には「めでたい」を表す鯛を抱え、右手には釣竿を持つ。 この釣竿は、ただの漁具ではなく、 「まっすぐに生きること」「礼を尽くすこと」 を象徴するとされる。 恵比寿神が「律儀の神」と呼ばれるゆえんである。

    恵比寿神の真言は一般的には 「おん いんだらや そわか」 と唱えられるが、淡路島・萬福寺では 「なむ えびす だいじん」 と称える。 土地の歴史と神話が息づく淡路島らしい祈りの形である。

    恵比寿神は、日本の海と商いを支えてきた「働く人の神」であり、 その穏やかな笑顔は、誠実に日々を重ねることの尊さをそっと教えてくれる。 人生の後半を歩む私たちにとっても、恵比寿神の律儀な姿は、静かな励ましとなるだろう。


    毘沙門天

    毘沙門天【びしゃもんてん】は、七福神の中で「勇気の神」とされ、 悪を退け、正しい道を歩む力を授ける守護神として広く信仰されている。

    その起源はインドにさかのぼる。 毘沙門天は、ヒンドゥー教では クベーラ(Kubera) と呼ばれ、もともとは「富と財宝の神」として崇められていた。 しかし中央アジアを経て中国へ伝わる過程で、武力と威厳を備えた「武神」としての性格が強まり、仏教では四天王の一尊として北方を守護する 多聞天【たもんてん】 として位置づけられた。

    日本では、四天王として祀られる場合は「多聞天」、独尊像として祀られる場合は「毘沙門天」と呼ぶのが通例である。 甲冑をまとい、槍や塔を持つ勇ましい姿は、仏法を守り、悪を退ける力の象徴とされてきた。

    室町時代末期になると、毘沙門天は日本独自の民間信仰の中で七福神の一柱として取り入れられた。 江戸時代以降は、武神としての性格から 勝負事・必勝祈願・厄除け に御利益を授ける神として特に人気を集めた。 商人や武士だけでなく、庶民にとっても「勇気を与えてくれる神」として親しまれたのである。

    毘沙門天の真言は 「おん べいしら まんだや そわか」 と唱えられ、勇気・勝利・福徳を祈る言葉として伝わっている。

    毘沙門天は、ただ戦いの神ではなく、「恐れに向き合い、正しい道を歩む力」 を授けてくれる存在である。 人生の後半を歩む私たちにとっても、毘沙門天の凛とした姿は、静かな励ましとなり、心の奥にある勇気をそっと呼び起こしてくれる。


    寿老人

    寿老人【じゅろうじん】は、七福神の中で「長寿の神」とされ、 健康と長命、そして穏やかな人生の成熟を象徴する神として広く信仰されている。

    その起源は中国にある。 寿老人は、中国の道教における神仙の一人で、伝説上の人物とされる。 長い頭と白髭をたくわえ、酒を好む風雅な老人として描かれ、 手には「不老長寿の桃」を持つ。 この桃は、道教で古くから長寿の象徴とされ、寿老人の神格を端的に表している。

    寿老人のそばには、しばしば 牡鹿が寄り添う。 牡鹿は「長寿と自然の調和」を象徴する霊獣とされ、 寿老人が持つ瓢箪【ひょうたん】には「不死の霊薬」が入っていると伝えられる。 こうした姿は、道教の「仙人の世界」をそのまま映し出しており、 寿老人がただ長寿を授けるだけでなく、 自然とともに生きる静かな知恵を象徴していることがわかる。

    寿老人の真言は 「おん ばざら ゆせい そわか」 と唱えられ、健康長寿・延命祈願の言葉として伝わっている。

    寿老人の穏やかな姿は、人生の後半を歩む私たちにとって特に親しみ深い。 長寿とは単に「長く生きること」ではなく、 静かに、ゆっくりと、心豊かに生きることでもある。 寿老人の像に向き合うと、そんな人生の成熟をそっと肯定してくれるような温かさが感じられる。


    淡路島七福神めぐりとは

    ──島に宿る七つの福のかたち

    淡路島の七福神は、島内七つの寺院にそれぞれ祀られている。淡路島を七福神が乗る宝船に見立て、七福神を祀る下記の7か所の寺院を参拝して巡る。寺院の参拝順序は自由で、どの寺院から参拝しても良いし、期間も自由である。

    • 八浄寺【はちじょうじ】:
      • 【大黒天】を祀る
    • 智禅寺【ちぜんじ】:
      • 【弁財天】を祀る
    • 長林寺【ちょうりんじ】:
      • 【福禄寿】を祀る
    • 護国寺【ごこくじ】:
      • 【布袋尊】を祀る
    • 萬福寺【まんぷくじ】:
      • 【恵比寿天】を祀る
    • 覚住寺【かくじゅうじ】:
      • 【毘沙門天】を祀る
    • 宝生寺【ほうじょうじ】:
      • 【寿老人】を祀る

    寺院ごとに雰囲気が異なり、境内の佇まい、住職の言葉、御朱印の趣など、訪れるたびに「福のかたち」が少しずつ違って見えるのが魅力である。

    淡路島七福神めぐりの方法は、最初に参拝した寺院でハッピー券を頂戴し、各寺院で奉納金(300円)を納めて、住職に御祈願をして貰う。住職の法話が拝聴できると共に参拝記念品も授かる。

    各寺院を参拝するごとにハッピー券に参拝のスタンプが押され、七ヶ寺すべてを参拝(結願)【けちがん】すると、最後に参拝した寺院で「吉兆福笹」が頂戴できる。

    この吉兆福笹を翌年に最初に参拝した寺院で返却すると、吉兆福笹の中にある福券と引き換えに、翌年の干支が描かれた色紙が頂戴できる。

    淡路島七福神めぐりは、すべてを一日で回ることもできるが、シニアの旅では「二日間でゆっくり」が心地よいペースである。寺院間の移動は車が便利である。「どんなご利益があるか」よりも、「いまの自分は何を願っているのか」を静かに感じると、旅の質がぐっと豊かになる。写真を撮るより、手を合わせる時間を少し長く──それだけで旅の印象が変わるはずである。


    八浄寺(大黒天)

    ──福徳を授ける島の玄関寺

    八浄寺【はちじょうじ】は、淡路島七福神めぐりの起点となる寺院。境内に足を踏み入れると、穏やかな大黒天をはじめ七福神が旅人を迎えてくれる。住職の法話は温かく、七福神めぐりの作法や心構えを丁寧に教えてくださるため、初めての巡拝でも安心して旅を始められる。大黒天の福々しい笑顔に触れると、心の奥に小さな灯りがともるような感覚がある。

    八浄寺は、高野山真言宗の寺院で、山号を蓮台山と称する。御本尊は阿弥陀如来である。

    「淡路島七福神霊場」の総本山として、境内には国内唯一の宝塔とされる瑜祇七福宝塔【ゆぎしちふくほうとう】が建立されている。

    本堂は、平成元年(1989年)に再建されたものであり、その本堂には日本一大きいとされる木造の大黒天像(高さ2m以上)が安置されている。

    八浄寺の境内には弘法大師・空海を祀る大師堂や弥勒菩薩を祀る弥勒堂も建立されている。

    八浄寺は、淡路四国八十八ヶ所霊場の第64番札所でもある。お砂踏み霊場が設けられており、 四国八十八箇所のお砂踏みができる。

    名 称八浄寺
    所在地兵庫県淡路市佐野834
    駐車場あり(無料)
    Link八浄寺 淡路島七福神の大黒天

    智禅寺(弁財天)

    ──水の気配を宿す学芸の聖地

    弁財天は七福神唯一の女神。 智禅寺【ちぜんじ】の境内は静かで、どこか水辺の気配を感じさせる。 琵琶を抱えた弁財天の姿は優雅で、芸事上達・知恵・福徳を授けるとされる。 本堂に響く読経の音が、弁財天の「音楽の神」としての性格を思い起こさせ、心が自然と整っていく。

    智禅寺は、高野山真言宗の寺院で、山号を大廣山と称する。御本尊は大日如来であり、本堂の中央に大日如来像が祀られている。

    智禅寺は、西隣にある草香八幡神社神宮寺であったが、明治初期の神仏分離政策により分離させられたという。

    山門は竜宮門と呼ばれ、上部に梵鐘がある鐘楼門となっている。

    本堂には御本尊の大日如来像の他に、弁財天を祀る祭壇がある。智禅寺に安置されている弁財天像は、全国の弁天像の中でもひときわユニークな姿で知られている。一般的な弁財天は琵琶を抱え、優雅な天女形で描かれることが多いが、智禅寺の弁財天はその定型に収まらない。ふくよかで親しみ深い表情、丸みを帯びた体つき、そしてどこか人間味のある佇まい──その姿は、淡路島の土地柄と人々の素朴な信仰が自然に形づくったものだと感じさせる。

    智禅寺の本堂に安置されている弁財天像の中でも、ひときわ目を引くのが 松久宗琳 による作品である。 松久宗琳は現代仏像彫刻の第一人者として知られ、伝統的な仏像の様式美を守りながらも、柔らかく気品ある表情を生み出すことで高く評価されてきた。

    蓮の葉に乗った三体の弁天像が並び、訪れる人の目を引く。 弁財天は本来、琵琶を抱えた天女形で表されることが多いが、智禅寺の三体はその定型にとらわれず、それぞれ異なる姿・表情・雰囲気を持っている。 まるで弁財天が三つの側面を示すかのように、三体が静かに並んでいるのだ。

    ふくよかで柔らかな表情を持ち、どこか人間味がある。淡路島の素朴な信仰がそのまま形になったような、親しみ深い弁天像である。福徳・財運・心の安寧を象徴し、旅人の願いをそっと受けとめてくれるような温かさがある。

    三体のうち一体は、伝統的な天女形に近い端正な姿をしている。
    琵琶を抱え、静かに目を閉じた表情は、芸術・学問・音楽を司る弁財天の本来の神格を感じさせる。智禅寺の本堂の静けさの中で向き合うと、心が自然に整い、深い知性の気配が漂う。

    三体目は、少しユーモラスで、訪れた人の心をつかんで離さない弁財天像である。そのお顔立ちが、人気タレントのマツコ・デラックス に似ているとしてメディアに取り上げられ、一躍話題となった弁財天像である。

    ふくよかで親しみ深い表情、丸みを帯びた頬、どこか人間味のある柔らかな微笑── その姿は、一般的な天女形の弁財天像とはまったく異なる。 むしろ「島の弁天さま」と呼びたくなるような、淡路島の素朴な信仰がそのまま形になったような温かさがある。

    この像は、芸術的な洗練というより、「人々の願いを受けとめる、親しみ深い女神」 としての弁財天の姿を体現している。 本堂で向き合うと、思わず笑みがこぼれ、肩の力がふっと抜ける。 弁財天が本来持つ「福徳」「芸事上達」「心の安寧」といったご利益が、柔らかな表情を通して自然に伝わってくる。

    メディアで話題になったことで観光的な注目も集まったが、実際に対面すると、そのユニークさ以上に、「人を励ます優しさ」が心に残る像である。

    名 称智禅寺
    所在地兵庫県淡路市草香436
    駐車場あり(無料)
    Link智禅寺 淡路島七福神の弁財天

    長林寺(福禄寿)

    ──三徳を授ける穏やかな寺

    福禄寿は「幸福・財運・長寿」の三徳を象徴する神。長林寺【ちょうりんじ】はその名の通り、林に囲まれた静かな寺で、背の低い長頭の福禄寿像が旅人を迎える。 鶴や亀の意匠が随所に見られ、長寿の気配が境内に満ちている。 人生の成熟をそっと肯定してくれるような、柔らかな空気が漂う寺院である。

    長林寺は、高野山真言宗の寺院で、山号は平栖山と称する。御本尊は、十一面観音菩薩である。

    長林寺は、天平9年(737年)に行基によって創建されたと伝わる、歴史のある寺院である。かつては七堂伽藍が建立され、塔頭十二坊を構えるなど繁栄したようであるが、火災によって消失しているのは残念である。

    長林寺の年季の入った本堂横のお堂には七福神の一柱、福禄寿が祀られている。残念ながら本堂を含め建物内の写真は撮影できなかったが、かなり年季の入った神像であることが理解できた。

    長林寺は、淡路西国三十三ヶ所霊場の第18番札所であると共に淡路四国八十八ヶ所霊場の第45番札所でもある。

    名 称長林寺
    所在地洲本市五色町都志万歳975
    駐車場あり(無料)
    Link七福神めぐり | 福禄寿長林寺
    長林寺 淡路島七福神の福禄寿

    護国寺(布袋尊)

    ──笑顔がこぼれる和合の寺

    護国寺【ごこくじ】の布袋尊は、丸々とした体つきで大きな袋を背負い、朗らかな笑顔を見せている。 その姿は「和合の神」として、人々の心を和らげ、円満な関係をもたらす象徴。 境内にはどこか温かい気配があり、布袋尊の笑顔に触れると肩の力がふっと抜ける。 私たち人生の後半を歩む旅人にとって、心が軽くなるような寺院である。

    護国寺は、高野山真言宗の寺院で、山号を賀集山と称する。御本尊は大日如来である。

    護国寺は、行教(京都の石清水八幡宮を開創した僧)によって創建されたと伝わり、西隣の賀集八幡神社の神宮寺であったが、明治初期の神仏分離政策によって分離したという。

    本堂には、御本尊の大日如来坐像(重要文化財)が安置されている。この木造の仏像は平安時代後期の作とされる。

    護国寺は、布袋尊を祀る「淡路島七福神」の札所でもある。本堂には布袋尊像が数体安置されている。本堂の薄暗い光の中で見る布袋尊は、その丸みを帯びた体つきや柔らかな表情が、より深い落ち着きを帯びて感じられる。布袋尊は弥勒菩薩の化身ともいわれ、本堂の像はその「慈悲の側面」を強く感じさせる。境内の像が旅人を明るく励ます存在だとすれば、本堂の像は旅人の心の奥にそっと寄り添い、静かに癒しを与える存在である。

    護国寺の境内は広く、境内を散策するだけでも楽しい。

    境内の布袋尊像は、屋外に設置されているため、淡路島の風や光を受けて表情が柔らかく変化し、まるで旅人に「よく来たね」と声をかけているような温かさがある。その姿は、布袋尊が司る「和合」「円満」「度量」の象徴そのもの。境内の静けさと相まって、肩の力が自然に抜け、心がゆるむような感覚が訪れる。

    護国寺の境内に立つ布袋尊像は、七福神めぐりの旅人を最初に迎えてくれる存在だ。 丸々とした体つき、大きく膨らんだお腹、そして何よりも印象的なのは、 見る者の心をふっと軽くする朗らかな笑顔である。

    一方、本堂に安置されている布袋尊像は、境内の像とは異なる趣を持つ。 屋外の朗らかさとは対照的に、 静寂の中で深い慈愛を湛える布袋尊 として旅人を迎える。笑顔は控えめだが、「すべてを受け入れ、包み込むような優しさ」が静かに伝わってくる。護国寺を訪れると、布袋尊が「外の世界での明るい励まし」と「内なる心への静かな癒し」という二つの姿で現れていることに気づく。
    この異なる雰囲気の布袋尊像は、護国寺の魅力を象徴する、非常に味わい深い存在であると言えるだろう。

    護国寺の境内には、兵庫県指定の名勝にもなっている護国寺庭園がある。この庭園は、池泉鑑賞式庭園で、淡路島最古の庭園であるとされる。

    護国寺庭園は、作庭時期の異なる南側の本堂書院庭と北側の庫裡書院庭とからなっている。

    護国寺は、淡路四国八十八ヶ所霊場の第17番札所にもなっている。

    名 称護国寺
    所在地南あわじ市賀集八幡732
    駐車場あり(無料)
    Link護国寺 淡路島七福神の布袋尊

    萬福寺(恵比寿天)

    ──律儀の神を祀る海の気配の寺

    萬福寺【まんぷくじ】では「恵美酒天」と表記され、淡路島らしく蛭子神(ヒルコ)を恵比寿として祀っている。 海に近い土地柄もあり、漁業神としての恵比寿の気配が自然に感じられる。 鯛を抱え、釣竿を持つ律儀な姿は、誠実に働く人々をそっと励ます。 淡路島に残る神話「おのころ島」とも深くつながる、由緒ある寺院である。

    萬福寺は、高野山真言宗の寺院で、山号を賀集山と称する。御本尊は大日如来である。

    萬福寺は、藤原仲麻呂の乱に敗れて淡路国に流され、その地で崩御した淳仁天皇の御陵を守るための僧侶の宿坊として宝亀年間(770年~781年)に創建されたのが始まりであるとされる。

    本堂には御本尊の大日如来のほか、恵美酒神【えびすしん】が祀られており、「淡路島七福神巡り」の札所となっている。

    境内には薬師堂があり、淡路島四十九薬師霊場の14番札所になっている。

    また萬福寺は淡路四国八十八ヶ所霊場の番外札所でもある。

    名 称萬福寺
    所在地南あわじ市賀集鍛冶屋87-1
    駐車場あり(無料)
    Link万福寺 七福神の恵美酒太神

    覚住寺(毘沙門天)

    ──勇気を授ける凛とした寺

    覚住寺【かくじゅうじ】の毘沙門天は、甲冑をまとい、凛とした姿で旅人を迎える。「勇気の神」とされ、勝負事・厄除け・心の強さを授ける守護神として信仰されてきた。 境内は静かだが、どこか背筋が伸びるような気配があり、「正しい道を歩む力」をそっと与えてくれる寺院である。

    覚住寺は、高野山真言宗の寺院で、山号は南隆山である。御本尊は、如意輪観音菩薩である。

    寺伝では、592年に聖徳太子の勅詔によって創建されたという淡路島で最も古い寺院であるらしい。かつては七堂伽藍を備えた大きな寺であったとも伝わっている。

    覚住寺は、西隣の上田八幡神社の神宮寺であったが、明治初期の神仏分離政策により分離させられたという。

    本堂には御本尊の如意輪観音菩薩を祀るほか、「淡路島七福神巡り」の札所として毘沙門天を祀っている。

    百足【ムカデ】は毘沙門天の使いとされている。そのため覚住寺では百足のデザインが太鼓や座布団に施されている。

    覚住寺は、淡路四国八十八ヶ所霊場の第9番札所でもある。

    名 称覚住寺
    所在地南あわじ市神代社家343
    駐車場あり(無料)
    Link覚住寺 七福神で毘沙門天

    宝生寺(寿老人)

    ──長寿と自然の調和を感じる寺

    宝生寺【ほうじょうじ】は、淡路島の自然に溶け込むような静かな寺。 寿老人は長い頭と白髭をたくわえ、手に不老長寿の桃を持ち、そばには牡鹿が寄り添う。 その姿は「長寿と自然の調和」を象徴し、人生をゆっくりと味わうことの大切さを教えてくれる。 境内の穏やかな空気は、心を静かに整えてくれる。

    宝生寺は、高野山真言宗の寺院で、山号を十輪山と称する。御本尊は地蔵菩薩である。寺伝では、天平13年(740年)に聖武天皇の勅命を受けた行基によって創建されたという。御本尊の地蔵菩薩像は、行基が自ら彫ったものとされる。この地蔵菩薩像は「日限地蔵尊」と呼ばれ、霊験あらたかな尊像として祀られたと伝わっている。

    宝生寺は、西隣にある春日神社の神宮寺であったが、明治初期の神仏分離政策によって分離させられたという。

    宝生寺は、「淡路島七福神巡り」の札所でもあり、寿老人を祀っている。

    2023年10月現在、本堂は老朽化のため建て替え中であり、2024年6月頃の竣工を予定しているらしい。それまでは駐車場に設けられた仮参拝所で「淡路島七福神巡り」の参拝を受け付けている。

    宝生寺は、淡路四国八十八ヶ所霊場の第75番札所でもある。

    名 称宝生寺
    所在地兵庫県淡路市里326
    駐車場あり(無料)
    Link宝生寺 | 淡路島観光ガイド

    あとがき

    この歳になって初めて「七福神巡り」を体験した。 七福神という名前だけは知っていたものの、その由来や神々の姿について深く知る機会はこれまでなかった。「淡路島七福神めぐり」を歩いたことで、ようやく七福神を「自分の体験として理解できた」と感じられたことが、率直に嬉しい。

    他の地域の七福神巡りは知らないが、淡路島の七福神巡りはとても興味深かった。 各寺院では、本堂中央の須弥壇に御本尊が祀られ、その隣に七福神の一柱を祀る祭壇が設けられている。 七福神への祈願は、木魚ではなく太鼓を叩きながら般若心経と真言を唱え、祈願の最初と最後には二拍手を打つ。 仏教と神道が自然に溶け合った「神仏習合」の姿がそのまま残されており、深い感銘を受けた。

    淡路島七福神巡りの七ヶ寺の御本尊は以下の通りである。 巡拝の途中で、ここが確かに仏教寺院であることを再認識することになった。

    • 八浄寺:阿弥陀如来
    • 智禅寺:大日如来
    • 長林寺:十一面観音菩薩
    • 護国寺:大日如来
    • 萬福寺:大日如来
    • 覚住寺:如意輪観音菩薩
    • 宝生寺:地蔵菩薩

    毎年旧正月の三日間には、各寺院で「七福神まつり」が開催されるという。 次はぜひ、その祭りの時期に参拝してみたいと思う。

    淡路島の寺院は、観光地化されすぎていない素朴さが魅力だ。 境内の花、海風の匂い──どれもが旅人を自然に受け入れてくれる。 寺院によっては、ご住職が七福神の由来や淡路島の歴史を丁寧に語ってくださり、その言葉が心に残る「小さな宝物」になる。

    七福神めぐりは、寺院だけを巡る旅ではない。 道中で出会う淡路島の食材、海沿いの風景、ゆったりと流れる島時間──それらすべてが「福」の一部である。 昼食には淡路島の玉ねぎ、海の幸、そして淡路牛を使った料理を堪能したい。 移動の途中でふと立ち寄る海岸や丘の上の風景が、心を静かに満たしてくれる。

    七つの寺院を巡り終えるころ、手にした御朱印帳よりも、胸の奥に残る感覚のほうが大切になる。「また明日も、穏やかに暮らしていこう」 そんな気持ちが自然と湧いてくるのが、淡路島七福神めぐりの魅力である。 ゆっくり歩き、手を合わせ、風に吹かれながら島を巡る──その時間こそが、旅人にとっての「福」なのだと思う。


    参考資料

    淡路島七福神めぐり | 淡路島観光

    関連記事

    湖に浮かぶ竹生島を歩く──弁才天の聖地・厳金山 宝厳寺
    眼病封じの霊験がある観音様を祀る南法華寺/壺阪寺
    四季折々の花が美しい奈良大和路の花の寺「長谷寺」
    古都奈良の栄華のシンボル南都七大寺の名刹・興福寺
    豊臣秀吉の「醍醐の花見」で有名な世界遺産・醍醐寺 
    紫式部が源氏物語の着想を得た、花の寺「石山寺」
    再興を重ね続ける不死鳥の「園城寺(三井寺)」
    「清水の舞台」がシンボルの世界遺産・音羽山 清水寺
    時を経て六波羅の栄華の歴史を伝える「六波羅密寺」
    横方向に37mのゴヨウマツ「遊龍の松」と西山善峯寺
    勝運の寺・応頂山勝尾寺は勝ちダルマと○○で有名! 
    西の比叡山と称される播磨の名刹「書寫山 圓教寺」