カテゴリー: ウェルネスツーリズム

  • 八ヶ岳中信高原国定公園を歩く──稜線の静けさと美ヶ原の高原風景

    目次
    はじめに
    八ヶ岳中信高原国定公園とは
    南八ヶ岳の稜線を歩く
    北八ヶ岳の稜線を歩く
    八ヶ岳稜線から高原へ
    蓼科高原
    霧ヶ峰
    美ヶ原
    鉢伏山
    高ボッチ山
    あとがき

    はじめに

    八ヶ岳の稜線に立つと、風の音がひときわ澄んで聞こえる。 深い森を抜け、岩肌を踏みしめ、ふと振り返れば、雲が影を落とす高原の広がり。 その静けさは、シニアになった私の心にそっと寄り添い、歩くほどに自分の内側が整っていくようである。

    そして道は、美ヶ原へ。 なだらかな草原が続き、空の青さが大きく広がる場所。 八ヶ岳中信高原国定公園は、険しさとやわらかさ、静寂と開放感──その両方を歩きながら味わえる、稀有な高原の旅である。

    本稿では、八ヶ岳の稜線歩きと美ヶ原の高原散策を、シニアの視点からゆっくりと辿っていきたいと思う。


    八ヶ岳中信高原国定公園とは

    八ヶ岳中信高原国定公園は、長野県と山梨県にまたがる八ヶ岳と松本市東部の美ヶ原を中心とした国定公園である。八ヶ岳の南東麓に広がる清里高原からは八ヶ岳連峰がよく見える。清里に行くたびに八ヶ岳に登ってみたい衝動を強く感じたものである。

    八ヶ岳中信高原国定公園の魅力は、八ヶ岳の険しさと美ヶ原のやわらかさがひとつの旅の中で味わえる点にある。 岩稜の力強い風景と、高原の穏やかな広がり──その対比が、歩く旅に豊かな変化を与えてくれる。自然の表情が多彩で、歩くほどに新しい景色が現れ、飽きることがない。

    四季の変化も、この公園の大きな魅力である。夏は風が澄み、秋は光が柔らかく、冬は静寂が深くなる。季節によってまったく違う表情を見せるため、何度訪れても新しい発見がある。特に、私たちシニア世代にとっては、季節の移ろいをゆっくり味わいながら歩くことが、心身のリズムを整える大切な時間になる。

    歩く旅としての魅力は、「ゆっくり進むほど見えてくるものがある」という点である。若い頃のように速く歩く必要はない。むしろ、速度がゆっくりになった今だからこそ、風の音、光の変化、草原の揺れ、岩の質感──そうした細やかな自然の表情がより深く感じられる。

    八ヶ岳中信高原国定公園は、ただ美しいだけではなく、歩く人の心を静かに整えてくれる場所である。自然の雄大さと静けさが共存し、年齢を重ねた旅人に寄り添う風景が広がっている。歩く旅を続ける中で、この自然公園はきっと、心に残る大切な場所になるはずである。

    八ヶ岳は、ひとつの山塊でありながら、南と北でまったく異なる稜線の表情を見せる。その違いは、歩く旅人にとって「風景の変化」として鮮やかに感じられ、同じ八ヶ岳を歩いているはずなのに、まるで別の山に来たかのような印象を与えてくれる。


    南八ヶ岳の稜線を歩く

    ──岩稜が連なる、力強い山の時間

    南八ヶ岳は、赤岳・横岳・硫黄岳へと続く鋭い岩稜の連なりが特徴である。 稜線は細く、岩場が多く、風が強く吹き抜ける場所も少なくありません。 山肌は荒々しく、空に向かって突き上げるような峰々が続き、歩くほどに「山の力強さ」を感じる。

    岩の質感、切れ落ちた斜面、鋭いピーク── 南八ヶ岳の稜線は、まさにアルプス的な険しさを持ち、歩く者の集中力を静かに引き出す。 その一方で、ピークに立ったときの展望は圧倒的で、遠くの山々がくっきりと浮かび上がり、達成感と静けさが同時に訪れる。


    南八ヶ岳の稜線に足を踏み入れると、まず感じるのは「音の少なさ」である。 森を抜けて標高が上がるにつれ、鳥の声は遠くなり、風の通り道だけが耳に届くようになる。木々のざわめきが消え、岩稜の上に立つと、まるで世界がひとつの静寂に包まれたような感覚が訪れる。

    編笠山【あみがさやま】(標高2,524m)は、八ヶ岳連峰の最南端に位置する山である。山名の由来は、編笠を伏せたなだらかな山容であるとされている。山頂は森林限界のハイマツ帯で、北斜面に大きな岩塊がある。

    三ッ頭【みつがしら】(標高2,576m)は、八ヶ岳連峰の南端、西岳と権現岳の間にそびえる山である。山頂からは八ヶ岳連峰全体の展望が望める山ではあるが、それも天候次第である。天候が良くなければ何も見えない。山とはそうゆうものである。諦めるしかない。


    権現岳【ごんげんだけ】(標高2,715m)は、八ヶ岳連峰の南部に位置する山である。天候が良ければ、権現岳の山頂からは南アルプスを一望することができる。

    権現岳の北側には赤岳がある。権現岳と赤岳の間は、キレット(鞍部)となっていて一気に落ち込んでいる。


    赤岳【あかだけ】(標高2,899 m)は、権現岳の北側に位置し、八ヶ岳連峰の最高峰である。山名は山肌が赤褐色であることに由来している。

    赤岳の山頂は南峰と北峰に分かれていて、南峰に一等三角点と赤森神社がある。北峰には赤岳頂上山荘がある。南峰とその南側にある権現岳との間はキレット(鞍部)となっている。

    赤岳や権現岳は、なだらかな山容の多い八ヶ岳連峰おいて、北アルプス的な岩肌の山容を見せる山岳であると言えよう。


    稜線の道は、険しさと穏やかさが交互に現れる。岩場を慎重に越える区間もあるが、足元を確かめながら進めば、シニアでも無理なく歩けるルートが続く。標高によって植生が変わり、ハイマツ帯を抜けると、視界が一気に開けて遠くの山並みが姿を見せる。雲が影を落とし、光が稜線をなぞるように移動していく──その変化を眺めているだけで、時間の流れがゆっくりとほどけていく。


    中岳【なかだけ】(標高2,700m)は、赤岳と阿弥陀岳の間に位置する山である。周辺は森林限界を超えているため展望が良い。


    阿弥陀岳【あみだだけ】(標高2,805m)は、赤岳の約1km西に位置し、八ヶ岳連峰では赤岳、横岳に次いで3番目に高い山である。山頂には阿弥陀如来像をはじめとして、多くの講中碑が奉じられている。


    横岳【よこだけ】(標高は2,830m)は、阿弥陀岳の北側に位置し、八ヶ岳連峰では、赤岳に次ぐ高さを誇る山である。

    横岳の山頂は奥ノ院とも呼ばれ、山頂付近は小ピークが連続している。赤岳側から順に二十三夜峰、日ノ岳、鉾岳【ほこたけ】、石尊峰【せきそんほう】、三叉峰【さんしゃほう】、無名峰、奥ノ院と呼ばれる。


    硫黄岳【いおうだけ】(標高2,760m)は、横岳の北側に位置する山である。山頂付近はなだらかだが、南北両側は、断崖絶壁となって鋭く切れ落ちている。


    赤岩の頭【あかいわのあたま】(標高2,656m)は、硫黄岳の西側に位置する山である。山頂付近は森林限界を超えているので、山頂からの赤岳、横岳や阿弥陀岳など八ヶ岳連峰の主峰の展望が良い。


    峰の松目【みねのまつめ】(標高2,568m)は、硫黄岳の西側に位置する山である。山頂は樹林帯のため、展望は開けていない。


    夏沢峠【なつざわとうげ】は、八ヶ岳連峰にある峠で、南八ヶ岳と北八ヶ岳の境界に位置する。


    南八ヶ岳の山岳一覧表

    山岳名標高(m)
    編笠山2,524
    三ッ頭2,580
    権現岳2,715
    赤岳2,899
    中岳2,700
    阿弥陀岳2,805
    横岳2,830
    硫黄岳2,760
    赤岩の頭2,656
    峰の松目2,568
    夏沢峠2,430

    北八ヶ岳の稜線を歩く

    ──苔むす森と丸い山容がつくる、やわらかな静けさ

    北八ヶ岳は、南八ヶ岳とは対照的に、丸みを帯びた山容と苔むす原生林が広がる穏やかな世界である。 天狗岳・縞枯山・茶臼山・蓼科山へと続く稜線は、なだらかで歩きやすく、森の静けさが深く感じられる。

    縞枯れ現象がつくる独特の風景、苔の絨毯のような森、湿原の広がり── 北八ヶ岳の稜線は、険しさよりも「静寂」が際立ち、歩くほどに心が落ち着いていく。 風景は柔らかく、光もやさしく、南八ヶ岳の岩稜とはまったく違う時間が流れている。


    根石岳【ねいしだけ】(標高2,603m)は、北八ヶ岳の最南端に位置する山である。


    天狗岳【てんぐだけ】(標高2,646m)は、北八ヶ岳の最高峰である。天狗岳は、北八ヶ岳の特徴であるなだらかな山容とは異なり、南八ヶ岳に近い険しい山容をしている。山頂部は東天狗岳(標高2,640m)と西天狗岳(標高2,646m)の2つのピークに分かれ、東天狗岳の山頂を八ヶ岳の主縦走路が通っている。


    中山【なかやま】(標高2,496m)は、八ヶ岳連峰のほぼ中央部に位置する山である。


    丸山【まるやま】(標高2,330m)は、中山麦草峠の間にある山である。残念ながら山頂は木々に囲まれているため山頂からの眺望は期待できない。


    麦草峠【むぎくさとうげ】(標高2,120m)は、北八ヶ岳にある峠で、丸山と茶臼山の間に位置する。

    麦草峠
    麦草峠

    国道299号(メルヘン街道)が麦草峠を通過している。峠付近は比較的なだらかであるが、それを過ぎると両側とも勾配が厳しく、狭いヘアピンカーブが続く。国道299号は、冬場には閉鎖される。

    麦草峠付近には白駒の池があるほか、峠をはさんで茅野市方面には蓼科高原が、佐久穂町方面には八千穂高原がある。


    茶臼山【ちゃうすやま】(標高2,384m)は、北八ヶ岳に属し、麦草峠の北側に位置する山である。北側には縞枯現象で有名な縞枯山がある。


    縞枯山【しまがれやま】(標高2,403m)は、北八ヶ岳に属し、茶臼山の北側に位置する山である。縞枯れ現象で知られる。

    縞枯れ現象【しまがれげんしょう】は、モミ属の亜高山帯針葉樹であるシラビソやオオシラビソが帯状に枯れ、その縞枯れの帯が山頂に向かって長い年月をかけ移動していく現象である。離れて遠くから見ると何列もの白い縞状の模様に見える。このような縞枯れ現象は、縞枯山の他には、蓼科山や北横岳でも見られる。


    北横岳【きたよこだけ】(標高2,480m)は、北八ヶ岳に属し、縞枯山の北側に位置する山である。北横岳の正式名称は横岳であるが、わずか10kmほど南側(南八ヶ岳)に同名の横岳(標高2,830m)があるために便宜的に北横岳と称されることが多い。

    山頂部は、標高は南峰(標高2,472m)と北峰(2,480m)の2つのピークに分かれている。

    山頂近辺のごくわずかな一角と「坪庭」と呼ばれる一帯のみが森林限界を超え、ハイマツ帯となっている。坪庭のハイマツ帯の上部に亜高山帯針葉樹林があるという植生の逆転現象が起こっている。その理由として、坪庭周辺がきわめて土壌の乏しい溶岩地帯であると考えられている。

    北横岳にも縞枯山と同様に大規模な縞枯れ現象が見られる。


    大岳【おおたけ】(標高2,381m)は、北横岳双子池(標高 2,021m)の間に位置している山である。


    双子山【ふたごやま】(標高2,224m)は、双子池の北側に位置する山である。山頂はなだらかな丘陵地であり、蓼科山が近くによく見える。


    大河原峠【おおがわらとうげ】(標高2,093m)は、北八ヶ岳にある峠で、信濃川水系と天竜川水系の境をなす分水嶺上にある。

    大河原峠の頂上を蓼科スカイラインが通過している。また、峠の頂上には大河原ヒュッテ(山小屋)が季節営業をしている。駐車場が設置されており、蓼科山や双子山への登山口になっている。


    蓼科山【たてしなやま】(標高2,531m)は、北八ヶ岳の北端に位置する火山である。成層火山によって生まれた山であり、諏訪方面から仰ぐと優美な円錐型に見えることから、「諏訪富士」の別名を有する。

    頂上部はブロック状の溶岩で覆われており、樹林が育たず360度の展望がある。そのため八ヶ岳連峰、浅間山、霧ヶ峰、美ヶ原、北アルプスなどの眺望が楽しめる。

    蓼科山でも縞枯れ現象が見られるが、南西斜面にのみに限られている。全く不思議な現象と言わざるを得ない。


    二つの稜線がつくる、八ヶ岳という山の豊かさ

    南八ヶ岳の力強さと、北八ヶ岳のやわらかさ。 この対照的な稜線の表情こそが、八ヶ岳という山の魅力を深くしているのだと思う。

    同じ山域でありながら、

    • 南は岩の鋭さが際立つ「山の時間」
    • 北は森と湿原がつくる「静けさの時間」

    ──という二つの世界が広がり、歩く旅人に豊かな変化を与えてくれる。年齢を重ねた今だからこそ、この違いがより鮮明に感じられ、 歩く速度がゆっくりになった分、風景の細やかな表情が心に深く残るように思う。


    稜線歩きの魅力は、景色の雄大さだけではない。歩く速度がゆっくりになった今だからこそ、風の表情や岩の質感、空の色の移ろいがより丁寧に見えてくる。山の静けさに身を置くことで、日常の雑音が自然と遠ざかり、自分の呼吸が整っていくのを感じる。八ヶ岳の稜線は、ただ「登る」場所ではなく、心を静かに整えるための時間を与えてくれる場所なのだと思う。


    北八ヶ岳の山岳一覧表

    山岳名標高(m)
    根石岳2,603
    天狗岳2,646
    中山2,496
    丸山2,330
    麦草峠2,120
    茶臼山2,384
    縞枯山2,403
    北横岳2,480
    大岳2,381
    双子山 2,224
    大河原峠2,093
    蓼科山2,531

    八ヶ岳稜線から高原へ

    ──蓼科・霧ヶ峰・美ヶ原へと続く道

    八ヶ岳の岩稜を歩いたあと、森の中へと道を下りていくと、風景は少しずつやわらかさを帯びていく。 深い森を抜けた先に現れるのは、蓼科高原の静かな広がり。白樺の立ち姿が美しく、風が木々の間をすり抜ける音が心を落ち着かせてくれる。標高が変わるごとに空気の質が変わり、歩くほどに高原の穏やかな表情が近づいてくる。

    さらに道を進むと、霧ヶ峰のゆるやかな草原が姿を見せる。 風が絶えず吹き抜け、空が大きく開けたこの高原は、歩く速度が自然とゆっくりになる場所である。草原の揺れ、雲の影、遠くに見える山並み──そのすべてが、旅人の心を静かに整えてくれる。

    やがて道は、美ヶ原へ。 なだらかな起伏が続き、空の青さが一層広がる高原の頂。八ヶ岳の岩稜とは対照的な、やわらかな光が満ちる場所である。朝夕には影が長く伸び、草原の奥行きが深まり、歩くほどに風景が静かに変化していく。

    さらに旅を広げれば、鉢伏山や高ボッチ山にも足を運ぶことができる。 どちらも高原の静けさが際立つ場所で、山頂からは松本盆地や北アルプスの山々が遠くに望める。広がりのある風景の中で、自分の歩幅に合わせてゆっくり進む時間は、シニアの旅にとって何よりの贈り物になる。

    蓼科、霧ヶ峰、美ヶ原、そして鉢伏山・高ボッチ山── 八ヶ岳中信高原国定公園の高原地帯は、それぞれが異なる表情を持ちながら、ひとつの静かな風景としてつながっていく。稜線から高原へと続くこの道は、歩くほどに心が軽くなり、自然のやさしさがそっと寄り添ってくれる旅となる。


    蓼科高原

    蓼科高原【たてしなこうげん】は、蓼科山の南側に広がる高原である。八ヶ岳中信高原国定公園に属し、東側に八ヶ岳を望む。

    蓼科高原、蓼科中央高原、奥蓼科温泉郷、白樺湖などのエリアに分けられる。国道152号、国道299号やビーナスラインが高原を縦横に貫き、ドライブコースとして眺望が楽しめる。


    霧ヶ峰

    霧ヶ峰【きりがみね】は、車山を中心にその外輪山と白樺湖、ガボッチョ、強清水、和田峠などに囲まれた高原台地である。

    霧ヶ峰の最高峰は車山(標高1,925m)である。車山山頂には気象レーダー観測所があり、360度の展望が素晴らしい。

    霧ヶ峰にはニッコウキスゲの群落がある。7月中旬にはニッコウキスゲの開花と見頃を迎える。「ニッコウキスゲの道」と呼ばれる遊歩道も整備されている。

    名 称霧ヶ峰
    所在地長野県諏訪市四賀霧ヶ峰
    Link霧ヶ峰 | 霧ヶ峰高原観光

    美ヶ原

    美ヶ原【うつくしがはら】は、長野県のほぼ中央に位置する、山頂付近が平坦な高原台地である。牛の放牧地(美ヶ原牧場)となっている。美ヶ原からは県内の広範囲を見渡すことができる。特に茶臼山頂上は草原で展望良く、車山や蓼科山方面が近くに見える。

    美ヶ原には下記の6つのピークがあり、最高峰は王ヶ頭である。

    • 王ヶ頭(標高2,034m)
    • 王ヶ鼻(標高2,008m)
    • 茶臼山(標高2,006m)
    • 牛伏山(標高1,990m)
    • 鹿伏山(標高1,977m)
    • 武石峰(標高1,973m)

    美ヶ原の魅力は、その「広がり」にある。どこまでも続く草原の道は、歩くほどに心が軽くなり、自然と深呼吸したくなるような開放感がある。高原の光はやわらかく、朝と夕方には影が長く伸び、風景に深い奥行きを与える。夏には草花が揺れ、秋には黄金色の光が高原を包み込み、季節ごとに違う表情を見せてくれる。

    シニアの歩き旅としても、美ヶ原はとても歩きやすい場所である。道は比較的なだらかで、休憩できるポイントも多く、無理なく自分のペースで進むことができる。高原の風を感じながらゆっくり歩くと、身体のこわばりがほどけていき、心も自然と落ち着いていく。八ヶ岳の稜線で感じた静けさとはまた違う、やわらかな時間が流れている。

    美ヶ原は、ただ景色が美しいだけではなく、「歩くことそのものが心地よい」場所である。高原の広がりの中で、自分の歩幅に合わせてゆっくり進む──その時間が、旅の深い満足感をもたらしてくれる。

    名 称美ヶ原
    所在地長野県松本市・
    上田市・長和町の境界
    駐車場あり(無料)
    Link美ヶ原高原 ハイキングコース

    鉢伏山

    鉢伏山【はちぶせやま】(標高1,929m)は、筑摩山地に属する山である。美ヶ原高原の南東に扉峠をはさんで、南側の高ボッチ山とともになだらかな山容を見せる。

    鉢を伏せたような姿から「鉢伏山」と呼ばれる。山岳信仰の山であり、西側中腹には牛伏寺【ごふくじ】がある。

    牛伏寺【ごふくじ】は、真言宗智山派の寺院で、山号は金峯山【きんぽうざん】と称する。御本尊は十一面観音である。古くから修験道の寺として知られ、県下屈指の規模と文化財を誇る名刹である。

    名 称牛伏寺
    所在地長野県松本市内田2573
    Link厄除観音 金峯山 牛伏寺

    高ボッチ山

    高ボッチ山【たかボッチやま】(標高1,665m)は、筑摩山地に属する山である。諏訪盆地と松本盆地とを隔てる塩尻峠の北側に位置する。

    高ボッチ山から南北に連なる山稜を高ボッチ高原といい、高原の大半がススキの草原で覆われているが、夏にはレンゲツツジやニッコウキスゲが咲く。「ひょうたん池」という名の池もある。


    あとがき

    八ヶ岳の稜線で感じた静けさと、美ヶ原の高原が見せるやわらかな広がり。 そのどちらも、年齢を重ねた心に深く響く風景であった。 歩く速度がゆっくりになった今だからこそ、山の表情がより丁寧に見えてくる──そんな旅がある。

    ニッコウキスゲを見るたびに、私はいつも大学時代の恩師・朝比奈菊雄先生と歩いた霧ヶ峰高原の群落を思い出す。 車山のある霧ヶ峰高原には、社会人になりたての頃、幸運にも毎年のように訪れる機会があった。 毎年七月中旬に、昭和薬科大学諏訪校舎(白樺湖近く)で薬剤学会主催の「製剤セミナー」が開催され、会社の上司の勧めで私も参加できたからである。

    空き時間ができると、朝比奈先生がよく車山山頂のコロボックル小屋まで車で連れて行ってくださり、コーヒーをご馳走になった。 高原の風の中で先生と語り合った時間は、今でも懐かしく、忘れがたい思い出である。

    家族との八ヶ岳の記憶もまた、心に残っている。 五月の連休に北八ヶ岳を登ったとき、予想外に日陰には雪が残っていた。 幼かった次女を私が抱え、妻が長女の手を引きながら慎重に下山したときの安堵感は、今でも鮮明だ。 腕の中で陽気に笑う次女と、悲壮感を漂わせながらも黙々と歩き続ける長女──その対照的な姿が愛しくてならなかった。

    八ヶ岳中信高原国定公園は、自然の雄大さだけでなく、静かに自分を整えてくれる場所でもある。 次の季節には、また違う風が吹くだろう。 その変化を楽しみに、ゆっくりと歩く旅を続けていきたいと思う。

    山は、訪れるたびに違う表情を見せてくれる。その変化に気付けるようになったことこそ、歳を重ねた旅の豊かさなのかもしれない。


    参考資料
    ヤマケイアルペンガイド 八ヶ岳(山と渓谷社、2019.04.17発行)
    八ヶ岳(山と渓谷社、2008.05.22発行)

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