| <目次> はじめに 観光名所となった断崖絶壁 断崖絶壁をウリにしている観光地 祖谷の小便小僧 三段壁 九酔渓 三徳山三佛寺投入堂 観光名所となった吊橋 吊橋をウリにしている観光地リスト 九重“夢”大吊橋 祖谷のかずら橋 谷瀬の吊橋 蔵王橋 龍神の吊橋 佐久間橋(野々垣内の吊橋) あとがき |
◆ はじめに
日本は島国で海岸線が複雑に入り組み、さらに山国でもあるため、河川は短く急で、深い渓谷も数多く存在する。こうした自然環境が、全国に多くの断崖絶壁を生み出してきた。
シニア世代の方なら共感していただけると思うが、かつての刑事ドラマ──たとえば「○曜サスペンス劇場」──のクライマックスには、犯人が追い詰められる断崖絶壁のシーンが定番だった。 高所が苦手な私にとっては、あの場所に立つだけで身震いするのに、そこで演技をする俳優の方々は本当に大変な仕事だと感じたものだ。
しかし、断崖絶壁は恐怖だけでなく、圧倒的な絶景を見せてくれる観光資源でもある。 日本で最も有名な断崖絶壁といえば、福井県坂井市の 東尋坊 を思い浮かべる人が多いだろう。 東尋坊は、国の天然記念物に指定された 輝石安山岩の柱状節理 が約1kmにわたり続き、最大約25mの断崖と日本海の荒波が織りなす景観はまさに迫力満点である。 観光客の多さを見ても、断崖絶壁に魅力を感じる人が少なくないことがわかる。
とはいえ、高所が苦手な私が「断崖絶壁は好きか?」と問われれば、迷わず「嫌いだ」と答えるだろう。できれば近づきたくない──それが正直なところである。
一方で、世の中には断崖絶壁だけでなく、吊橋のスリル を求める人も多い。私の妻もその一人で、旅行の際には目的地の近くに吊橋がないか、必ずチェックしているほどだ。観光地の吊橋には「空中散歩」といった魅力的なキャッチフレーズが添えられているが、高所が苦手な私にとっては、吊橋は恐怖の象徴でしかない。
妻が吊橋を好む理由は未だによくわからないが、幸い「一緒に渡ろう」と強制されたことはないので、観光地でも平静を保つことができている。
そんな私ではあるが、妻の喜ぶ姿を見ているうちに、吊橋が好きな人におすすめできる観光スポットについては、自然と詳しくなってしまった。 本稿では、断崖絶壁と吊橋、それぞれの魅力を求める方に向けて、厳選したスポットを紹介したい。
観光名所となった断崖絶壁
日本各地には、観光名所として知られる断崖絶壁が数多く存在する。 そこで、代表的な断崖絶壁をいくつか調べてみることにした。おそらく、その多くは観光地としても高い人気を誇る場所だろう。
調査の結果を、以下のリストにまとめてみた。 妻に付き添って訪れた場所も含まれているが、断崖絶壁に興味のある方にとって、多少なりとも参考になるかもしれない。
もっとも、高所が苦手な私にとっては「近づくと危険な観光地リスト」でもあるのだが……。
| 断崖絶壁【だんがいぜっぺき】 |
| 非常に険しい崖のこと。または、非常に危険な状況。「断崖」と「絶壁」はどちらも非常に切り立った崖のことで、同じ意味の言葉を重ねて強調した言葉。 |

断崖絶壁をウリにした観光地
| スポット | 高さ, m | 所在地 |
|---|---|---|
| 神威岬 | 156 | 積丹町 |
| 仏ヶ浦 | 不明 | 佐井村 |
| 北山崎・鵜の巣断崖 | 200 | 田野畑村 |
| 達谷窟毘沙門堂 | 16.5 | 平泉町 |
| 鋸山・地獄のぞき | 100 | 鋸南町 |
| 青ヶ島 | 423 | 青ヶ島村 |
| 城ヶ島 | 30 | 神奈川県 |
| ヤセの断崖 | 35 | 志賀町 |
| 東尋坊 | 25 | 坂井市 |
| 楯ヶ崎 | 80 | 熊野市 |
| 三段壁 | 50~60 | 白浜町 |
| 三徳山三佛寺投入堂 | 不明 | 三朝町 |
| 摩天崖 | 257 | 島根県西ノ島町浦郷 |
| 知夫赤壁 | 50~200 | 知夫村 |
| 高茂岬 | 100 | 愛南町 |
| 祖谷の小便小僧 | 50~100 | 三好市 |
| 九酔渓 | 不明 | 九重町 |
| 日向岬・馬ヶ背断崖 | 70 | 日向市 |
| 鹿島断崖 | 200 | 薩摩川内市 |
太字は訪れた経験があるお勧めの断崖絶壁スポット
祖谷の小便小僧【徳島県】
かつて地元の子供達や旅人が度胸試しをしたという逸話をもとに作られたという祖谷の小便小僧が祖谷川沿いの断崖に立っている。

私は、断崖の下を見ることができないので記念に小僧像だけを撮影した。小僧像をバックに妻の写真を撮ろうとしたら、あろうことか小僧像の隣に座ろうとしていた。
妻に対して「馬鹿じゃねぇの」と思わず口に出してしまった。妻の三半規管は壊れているに違いない。いや強がりはよそう。私が高い所が苦手な小心者であるだけだ。
| 名 称 | 祖谷の小便小僧 |
| 所在地 | 徳島県三好市池田町松尾~ 三好市西祖谷山村 |
| 駐車場 | なし |
| Link | 祖谷渓・小便小僧|徳島県 |
三段壁【和歌山県】
三段壁(和歌山県白浜町)は、東尋坊(福井県坂井市)と共に「自殺の名所」と不名誉な呼ばれ方をしたこともある断崖絶壁である。

高さ50m、長さ2kmにわたる大断崖であり、近くに寄ればかなりのスケール感がある。

高所が苦手な私からすれば、ここから落下すれば助からないなあと思う前に、断崖の先に立つことすらできない。
| 名 称 | 三段壁 |
| 所在地 | 和歌山県白浜町2927-52 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 三段壁洞窟 |
九酔渓【大分県】
九酔渓が展望できる場所(桂茶屋の駐車場)からの眺めも良いということだが、私にとっては長居をしたくない場所であることには変わりはない。防護柵があるのが救いである。

この九酔渓に架かる九重”夢”大吊橋(標高777 m)に妻のお供で行ってみたが、あまりの高さに足が震えた。

勇気を出して橋の上から「震動の滝(落差83 m)を撮影するも足が震えて手振れぎみとなってしまった。

| 名 称 | 九酔渓 |
| 所在地 | 大分県九重町田野 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 九酔渓 | 大分県の観光 |
三徳山三佛寺投入堂
三徳山三佛寺投入堂(鳥取県三朝町)には未だ参拝の経験はない。しかし、私には参拝は多分無理だと思う。「日本一危険な国宝」の異名があるという。こんな断崖絶壁の窪みの中に建造された仏堂に行く勇気は正直私にはない。
数年前に羅漢寺(大分県中津市本耶馬渓町)を参拝した経験があるが、この時も生きた心地がしなかった。
この羅漢寺も断崖絶壁に建造されており、参拝するには登山道を登っていくか、リフトに乗って行くかどちらかを選択できる。私は妻と一緒だったのでリフトに乗って参拝することにした。
しかし、これがいけなかった。結構な急勾配であり、上りは何とか平静を装うことができたが、下りは顔面蒼白になるくらい、否、顔面蒼白に実際になってしまった。
体中の血液がどこかに抜けていくような感覚を実際に感じた。前のリフトに乗っていた妻が私の方を振り返った時、私の顔を見て私の異変に気付いたというから私の顔面は本当に蒼白になっていたのだと思う。私だけでも登山道を使って下山すべきだったと本当に後悔したが、後の祭りであった。
このような経験をしている私は、 三徳山三佛寺投入堂には多分、参拝しないと思う。否、参拝したくても無理だと思う。
| 名 称 | 三徳山三佛寺投入堂 |
| 所在地 | 鳥取県三朝町三徳1010 |
| Link | 三徳山三佛寺 国宝投入堂 |
観光名所となった吊橋
「九重“夢”大吊橋」のように、吊橋そのものを観光資源として前面に押し出している場所 は、全国に数多く点在している。
その中から、私が気になった観光地をいくつかピックアップしてみた。 興味のある方は、どうぞご自身の判断で訪れていただきたい。
断崖絶壁の名所と同じく、私は決して他人に無理強いするつもりはない。 なにしろ、高所が苦手な私にとっては、吊橋は“遠くから眺めるだけで十分な存在”なのだから。
吊橋をウリにしている観光地
| 吊橋名 | 高さ | 全長 | 所在地 |
|---|---|---|---|
| 塔のへつり | 不明 | 不明 | 下郷町 |
| 鬼怒楯岩大吊橋 | 40 | 140 | 日光市 |
| 上野スカイブリッジ | 90 | 225 | 上野村 |
| 竜神大吊橋 | 100 | 375 | 常陸太田市 |
| 箱根西麓・三島大吊橋 (三島スカイウォーク) | 70 | 400 | 三島市 |
| 河童橋 | 36 | 37 | 上高地 |
| 寸又峡・夢の吊橋 | 8 | 90 | 川根本町 |
| 城ヶ崎海岸・門脇吊橋 | 23 | 48 | 伊東市 |
| 塩郷の吊橋 | 11 | 220 | 川根本町 |
| カンパ谷吊橋 | 不明 | 60 | 黒部ダム |
| 谷瀬の吊橋 | 54 | 297 | 十津川村 |
| 蔵王橋 | 不明 | 160 | 二川ダム |
| 龍神の吊橋 | 不明 | 不明 | 龍神村 |
| 佐久間橋(野々垣内の吊橋) | 不明 | 不明 | 龍神村 |
| 小麦橋 | 不明 | 180 | 田辺市 |
| 上瀞橋 | 不明 | 175 | 北山村 |
| 椿山レイクブリッジ | 16 | 200 | 日高川町 |
| 祖谷のかずら橋 | 14 | 45 | 三好市 |
| 舌震“恋”吊橋 | 45 | 160 | 奥出雲町 |
| 九重“夢”大吊橋 | 173 | 390 | 鳴子川渓谷 |
太字は行ったことがある観光地スポット
(高所が苦手な人には決して推奨はしません)
九重“夢”大吊橋【大分県】
九酔渓(大分県)の紅葉を見に行った折に、日本一の吊橋だという「九重“夢”大吊橋」を自らの意思で渡ってしまい、大いに後悔した経験がある。

多くの観光客が平気で渡っており、落下する危険はないだろうと高をくくっていたが、本来、高い所が苦手な私には荷が重すぎた。
できるだけ中央を渡りたかったが、対向者がいるので決められた端を渡るしかなかった。長い吊橋なので目を瞑って一機に駆け抜けることもできず、否応なく眼下の景色が視界に入ってくる。
やがて恐怖で 思考が麻痺してくると、今度は折角の機会だからというので写真の一枚でも撮っておこうと貧乏人根性を出してしまった。我ながら呆れるしかない。
必死の思いで撮った写真は、手ぶれ補正機能のついたカメラといえども、やはりシャープに撮れなかった。期待していなかったので、落胆もない。むしろ生還できたことの安堵感の方が強い。

故意ではないと思うが、多くの観光客が一緒に渡ろうとするとどんなに大きくて立派な橋も「吊橋」である以上、多少の「揺れ」はあるものである。
妻は全く平気で、むしろその揺れを楽しんでいるかのように私には見えた。しかし、私は生きた心地がしなかった。一刻も早く橋を渡り切りたかった。でも本当は渡り切っては行けなかったのである。
途中で引き返すべきであった。恐怖心が強く、冷静に考えることができなくなって、ある種のパニック状態になっていたのかも知れない。往路の恐怖心が、復路ではさらに増幅される。
往復すれば、恐怖心にも「慣れる」と妻は無邪気に言う。しかし高所が苦手な者にとって、高所の恐怖心は麻痺することはあっても慣れることは決してない。
吊橋は遠くの安全な場所、例えば展望台のような所から写真に収めるだけで私には十分だ。吊橋を渡る必要はない。否、決して渡ってはいけない「恐怖の代物」である。

| 名 称 | 九重“夢”大吊橋 |
| 所在地 | 大分県九重町大字田野1208 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 九重“夢”大吊橋公式サイト |
祖谷のかずら橋【徳島県】
平家の落人伝説は全国各地にある。 その全国各地に残る平家の落人伝説の中でも、標高1000m級の山々に囲まれた秘境・祖谷(徳島県三好市)は、日本有数の質と量を誇っているという。

徳島県の西部に位置する西祖谷山村には、「祖谷平家伝説」としてもう1つの平家物語が語り伝えられている。
屋島の戦いに敗れた平国盛が率いる30名の平家一行が讃岐山脈を経て阿波へと入り、現在の徳島県東みよし町から三好市井川地区にかけての一帯に住んだが、追手に脅かされ祖谷に住んだと伝わる。

平国盛一行が幼い安徳天皇を守りながら祖谷の地に住み着いた際、山深い地で源氏の討手が迫ってきた時に敵の侵入を防いでいつでも切り落とせるようにと、かずらを束ねて橋を造った。それが現在にも残されている「かずら橋」であると言われている。
正直に言うと、私はかずら橋を渡っていない。妻が渡るのを写真に収めただけである。橋を渡った妻は、勿論、ご満悦であった。
| 名 称 | 祖谷のかずら橋 |
| 所在地 | 三好市西祖谷山村善徳162-2 |
| 駐車場 | あり(有料) |
| Link | 祖谷のかずら橋 | 三豊市 |
谷瀬の吊橋【奈良県】
谷瀬の吊橋は、元々は住民の生活のための吊橋であったものが、今日では十津川村No.1の観光スポットとなっている。

日本有数の長さを誇る鉄線のつり橋で、全長297 m、高さ54 mである。眼下には清澄な十津川(熊野川)が流れまさに絶景と言われているが、私には恐怖の想い出しか残っていない。

実は、谷瀬の吊橋に行ったは妻の強い誘いであり、この時、始めて私の妻が無類の吊橋好きであることを知った、ある意味での、記念日である。
このときは妻と二人きりではなく、まだ幼かった二人の娘も同行していた。娘を一人ずつ手を引いて渡ることになったが、高い所が苦手な私はなかなか足をスムーズに踏み出すことはできなかった。結局、妻が二人の娘の手を引いて橋を往復するまで私は吊橋の入口で待っていた。
私がダラシナイ父親の姿を娘達にさらした屈辱の「記念日」でもある。できることなら思い出したくもなかったが、吊橋好きの人達にとってはリストから外せない吊橋らしい。
| 名 称 | 谷瀬の吊橋 |
| 所在地 | 奈良県十津川村上野地-谷瀬 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 谷瀬の吊り橋 |
蔵王橋【和歌山県】
蔵王橋【ざおうばし】は、有田川の二川ダム【ふたがわダム】に架かる全長約160mの赤い吊橋である。

蔵王橋は、足元が格子状の鉄骨になっているため、眼下のエメラルドグリーンのダム湖がしっかりと見えるのでスリル満点である(らしい)。

私は、高い所が苦手なので、足がすくんで渡ることはできない。だから推測で話をしているだけである。


蔵王橋が有名になったきっかけは、2016年にアメリカの人気俳優のザック・エフロンが訪れてSNSにアップしたことであると言われている。ザック・エフロンは『ハイスクール・ミュージカル』や『グレイテスト・ショーマン』などに出演した俳優であるらしいが恥ずかしながら私は知らない。

二川ダム湖沿いは桜の名所でもある。春になるとおよそ4kmにわたって、約1000本のソメイヨシノが咲き誇る。どちらかと言えば、私は吊橋ではなく、お花見スポットとして推薦したい。
| 名 称 | 蔵王橋 |
| 所在地 | 和歌山県有田川町沼1119 |
| 駐車場 | あり(無料)橋入口付近の駐車スペースを利用 |
| 車利用の場合 | 阪和自動車道「有田IC」から約40分 |
| Link | 蔵王橋/有田川町 蔵王橋・二川ダム湖周辺 |
龍神の吊橋【和歌山県】
龍神の吊橋は、道の駅・龍神から皆瀬神社【かいせじんじゃ】へ徒歩で渡るために架けられた吊橋であるのかも知れない。勿論、吊橋を渡るのが嫌でなければの話である。

車道を使えば車で皆瀬神社に参拝できる。勿論、私は吊橋を渡ることはせず、神社横の駐車場まで車で行って参拝した。

皆瀬神社は、室町時代の長禄2年(1458年)に龍神正直氏(龍神氏10代目当主)が勧請し、文明年間(1469~1486年)に龍神正氏(龍神氏11代目当主)が社殿を造営したという。主祭神は八幡大明神である。

明治42年(1909年)、神社合祀令により多くの神社が合祀されたため、配祀神として天児屋根命【あめのこやねのみこと】はじめ16柱の神々が祀られている。

大正13年(1924年)の社殿の大改築の際には名大工たちがその技術の限りをつくし、龍神材を用いて春日造りの神殿を建造したという。巨木に囲まれた境内の中に立派な社殿が鎮座する。
| 名 称 | 皆瀬神社 |
| 所在地 | 田辺市龍神村龍神1346番地 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 和歌山県神社庁-皆瀬神社 |
佐久間橋【和歌山県】
龍神村には龍神の吊橋よりもエグい吊橋があった! 吊橋の名称は、佐久間橋または野々垣内の吊橋と言い、ちょっと分かりづらい場所に架かっていたので、探すのに時間を要した。私の妻は執念でこの吊橋を探し出した。

妻と一緒に旅をすると必ずと言ってよいほどその地に架かる吊橋を渡りに行く。正確に言えば、私はただ見に行くことになる。言わば「お約束」のようなものだ。勿論、高い所が苦手な私はただ妻が吊橋を渡っているのをできるだけ遠くから眺めているだけである。それでも心臓の鼓動が高まるのを感じる。健康に良くないかも知れないと訴えても妻にはスルーされるだけであり、当分はこの状況は続くだろうと諦めている。

しかし今回の佐久間橋(野々垣内の吊橋)は、さすがの妻にとっても渡るには結構勇気がいったらしい。必要性や用事もなく、ただ吊橋を渡るためだけに勇気を出す意義を私には全く見い出せないが・・・。
それでもLINEで連絡をとりあっているという娘からのリクエストに応えて、動画撮影のために2往復もするからその気が知れない。できることなら彼女の頭の中を覗いてみたいものだ。
後日談として、私の妻はこの佐久間橋に対して、スリル度はピカ1という最高点評価を与えている。確かに遠くから見ているだけでも鼓動の高鳴りを感じたことを私は白状しよう。
| 名 称 | 佐久間橋(野々垣内の吊橋) |
| 所在地 | 田辺市龍神村野々垣内 道の駅・龍神から約1 km 上流地点 |
| 駐車場 | なし(200mほど上流に ある林道入口近くの広場 に路上駐車) |
◆ あとがき
正直に言えば、私は断崖絶壁や吊橋が名物の観光地では、どうしても写真撮影に集中できない。 常に身の危険を感じてしまい、平常心を保つことが難しいのだ。 そのため、せっかくの絶景を前にしても手ぶれ気味の写真になってしまい、構図をじっくり考える余裕などまったくない。自分でも情けなく思うほどである。
若い頃から高所は苦手だったが、今ほどではなかったように思う。 友人と黒部峡谷の「水平歩道」を“死ぬ気で”歩いたこともあるくらいだから、当時はまだ人並みに頑張れたのだろう。しかし今では、想像しただけで足が震え、現地に立てば失神するかもしれない。
それでも世の中には、断崖絶壁や吊橋が大好きだという人が確かに存在する。 私からすれば、彼らの気持ちはまったく理解できないし、どこに楽しさを見出しているのかも分からない。
もし「断崖絶壁が好きな人の集合」があるなら、その中には間違いなく私の妻も含まれるだろう。 私とは対照的に、妻は断崖絶壁はもちろん、私が眩暈を起こしそうな吊橋でさえ喜んで渡る。 当然ながら、私は彼女の感覚を理解できない。
それでも、私たち夫婦の旅には妻の希望で断崖絶壁や吊橋が組み込まれることが多い。そして、そのおかげで本稿のような記事を書くことができた。 私一人では決して足を運ばなかったであろう場所ばかりである。そう思うと、妻にはやはり感謝しなければならない。