投稿者: takaaki.nishioka

  • 向源寺・渡岸寺観音堂を歩く──湖北に息づく十一面観音の古堂

    目次
    はじめに
    向源寺・渡岸寺観音堂とは
    観音堂を歩く
    十一面観音像の遍歴
    十一面観音像の歴史的価値
    十一面観音像の芸術的価値
    あとがき

    はじめに

    湖北の田園風景の中にひっそりと佇む向源寺・渡岸寺観音堂。 静かな集落の一角にある小さな古堂ですが、 そこには国宝・十一面観音が静かに立ち、 訪れる者の心をふっと整えてくれるような気配が漂っています。

    堂内に入ると、やわらかな光の中に浮かび上がる観音像の姿があり、 その穏やかな表情とすっと伸びた立ち姿に、 飛鳥・天平の美がそのまま息づいているようでした。

    今日は、この湖北の静かな観音堂をゆっくりと歩きながら、 十一面観音立像が守り続けてきた祈りの時間に触れてみました。


    向源寺・渡岸寺観音堂とは

    向源寺【こうげんじ】は、滋賀県長浜市高月町渡岸寺にある真宗大谷派の寺院です。天平8年(736年)に聖武天皇の勅願によって、泰澄が十一面観音を刻み、光眼寺として創建したのが始まりとされています。戦国時代の戦火を逃れた後に、浄土真宗に改宗し、寺名を光眼寺から向源寺に改めたと伝わっています。

    一方、渡岸寺観音堂【どうがんじかんのんどう】は、向源寺の飛地境内にある観音堂で、国宝の十一面観音像が安置されていることで知られています。浄土真宗では阿弥陀如来以外の仏像を本堂に祀ることが認められていないため、観音堂は向源寺の飛地境内に設けられ、地名を取って「渡岸寺観音堂」と呼ばれるようになったようです。

    戦国時代には、浅井勢と織田勢の戦火によって堂宇が焼失しましたが、住職や近隣の住民が観音像を土中に埋めて難を逃れたと伝えられています。そして、大正14年(1925年)に、平安時代建築の様式を取り入れた観音堂が再建されました。

    その渡岸寺観音堂には、国宝に指定された十一面観音立像が安置されています。この観音像は、平安初期の様式を持ち、深い慈悲に満ちた表情が特徴的で、「祈りの仏」にふさわしい姿とされています。腰をひねった官能的なプロポーションや大きく作られた頭上面など、インドや西域の作風の影響を受けていると考えられています。この十一面観音立像は、その美しさから日本彫刻史上の最高傑作であると言われ、非常に高い評価を受けています。

    名 称向源寺渡岸寺観音堂
    所在地滋賀県長浜市高月町渡岸寺50番地
    拝観時間午前9時から午後5時まで
    (冬季は午後4時まで)
    拝観料大人500円
    駐車場あり(無料)
    Link渡岸寺観音堂(向源寺)/公式HP
    渡岸寺観音堂(向源寺) | 滋公式観光サイト

    観音堂を歩く

    ──静けさに満ちた空間

    湖北の静かな田園風景の中に佇む向源寺・渡岸寺観音堂は、 国宝・十一面観音を安置する小さな古堂です。 周囲は住宅と畑が広がる穏やかな土地で、 観音堂の前に立つだけで、心がゆっくりと落ち着いていきます。

    堂内に入ると、やわらかな光の中に十一面観音がふっと姿を現します。 細やかな衣文の流れ、すっと伸びた立ち姿、 そして穏やかな表情には、飛鳥・天平の美がそのまま息づいているようでした。 華美ではなく、ただ静かに、ただ気品を湛えて立つ姿が印象的で、 しばらく見つめていると、胸の奥が自然と整っていくような感覚があります。


    十一面観音像の遍歴

    寺伝によれば、奈良時代の736年、当時、都に疱瘡が流行したので、聖武天皇は泰澄【たいちょう】に除災祈祷を命じました。泰澄は十一面観世音像を彫り、光眼寺を建立して、息災延命、万民豊楽の祈祷を行ったところ、憂いは絶たれました。その後病除けの霊験あらたかな観音像として、信仰されるようになりました。そして、790年、最澄が勅を奉じて七堂伽藍を建立しました。

    1570年、浅井と織田の争いに巻き込まれて、戦火で伽藍は焼失しました。しかしながら、観音を篤く信仰する住職巧円や近隣の住民は、十一面観世音像を土中に埋蔵して難を逃れました。この後巧円は浄土真宗に改宗し、光眼寺を廃寺とし、向源寺を建立しました。

    明治21年(1888年)、宮内省全国宝物取調局の九鬼隆一らが向源寺の十一面観音像を調査し、日本屈指の霊像であると賞賛します。明治30年(1897年)、古社寺保存法に基づく日本で最初の国宝指定により、この十一面観音像は国宝に指定されました。

    国宝指定時の内務省告示における十一面観音像の所有者名は「観音堂」となっています。その理由は、向源寺が属する浄土真宗では、阿弥陀如来以外の仏を本堂に祀ることを認めていないためで、この十一面観音像については、向源寺飛地境内の観音堂に祀るということで、本山から許可されたという経緯があります。

    大正14年(1925年)には平安時代建築の様式を取り入れた渡岸寺観音堂が再建され、昭和17年(1942年)には宗教団体法の規定に基づき、渡岸寺観音堂は正式に向源寺の所属となりました。十一面観音像が文化財保護法に基づく国宝(新国宝)に指定されたのは昭和28年(1953年)です。

    国宝の十一面観音立像は、向源寺に属する渡岸寺観音堂に安置されていましたが、1974年に収蔵庫の慈雲閣が完成してからはそちらへ移されています。寺伝では泰澄作とされますが、像容に密教思想の影響がみられることから、実際の制作年代は平安初期の西暦9世紀頃とされると言われています。


    十一面観音の歴史的価値

    ──気品と柔らかさ

    向源寺・渡岸寺観音堂の十一面観音立像は、その歴史的価値と芸術的な美しさから国宝に指定されています。

    歴史的価値については、仏像の制作時期が平安時代初期(9世紀)であるとされることから日本の仏教美術の重要な遺産であることに間違いありません。また、戦国時代の戦火を逃れ、住職や住民によって土中に埋められて守られたという歴史は尊いものがあります。

    向源寺・渡岸寺観音堂の十一面観音立像は、明治30年(1897年)に、日本で最初の国宝に指定されたという実績があります。当時の「国宝」は、現在の「重要文化財」に相当するものであったらしいですが、価値が高く評価されたことに変わりがありません。

    そして、昭和28年(1953年)に、文化財保護法に基づく新たな国宝に指定されたという経緯があります。


    十一面観音の芸術的価値

    ──美しさと気品、そして柔らかさ

    十一面観音立像は、像高194cm(頭上面を含む)、檜材の一木彫です。均整のとれた体躯、胸部や大腿部の豊かな肉取り、腰をひねり片脚を遊ばせた体勢などにインドや西域の様式が伺われます。腰をこころもち左にひねる造形が素晴らしいです。

    十一面観音像は、一般的に以下のような計11面を頭上に有します:

    • 菩薩面:3面
    • 瞋怒面【しんぬめん】:3面
    • 狗牙上出面【くげじょうしゅつめん】:3面
    • 大笑面【だいしょうめん】:1面
    • 頂上仏面:1面

    一方、この国宝の十一面観音立像は、

    • 本面の左右にそれぞれ瞋怒面と狗牙上出面を大きく表し、
    • 天冠台上には菩薩面、瞋怒面、狗牙上出面を各2面
    • 背面に大笑面を表しているのが特徴的です。

    また、頂上面は螺髪【らはつ】をもつ如来形とするのが一般的ですが、本像の頂上面は髻【たぶさ】を結い、五智宝冠を戴く菩薩形であるのも特徴的であるとされます。

    芸術的美しさについては、専門家から下記のような評価を受けています。

    彫刻技術

    • 檜材の一木彫りで、頭上面や持物など一部は別材を使用
    • 均整のとれた体躯や豊かな肉取り、腰をひねった姿勢
    • インドや西域の影響を受けた官能的なプロポーション

    表情と姿勢

    • 深い慈悲をたたえた表情
    • 片脚を遊ばせた独特の姿勢
    • これらの表情や姿勢は観音像の美しさを際立たせている

    頭上面のデザイン

    • 頭上には11面が表現されている
    • 菩薩面、瞋怒面、狗牙上出面、大笑面、頂上仏面が配置

    このように、向源寺・渡岸寺観音堂の十一面観音像は、その歴史的価値と芸術的美しさから国宝に指定され、現在も多くの人々に愛され続けています。


    あとがき

    向源寺・渡岸寺観音堂は、湖北の静けさの中で、 十一面観音が千年以上の祈りを守り続けてきた場所でした。 堂内で観音像と向き合う時間は、 ただ静かで、ただ心地よく、 旅の流れを穏やかに整えてくれます。

    湖北の風景と観音の気配が重なり合うこの場所で過ごしたひとときは、 成熟した旅の記憶として、静かに胸の中に残り続けるでしょう。


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