◆ はじめに
初夏の光がやわらかく山里を照らす頃、 永富家住宅の庭園・秋恵園【しゅうけいえん】では、花菖蒲が静かに咲き始める。
紫、白、淡い黄色── 水辺に揺れる花びらは、光を受けてふんわりと浮かび上がり、 初夏の訪れをそっと知らせてくれる。庄屋屋敷の落ち着いた佇まいと、花菖蒲の凛とした姿が重なり合い、歩くほどに心が静かに整っていくような散策となる。
本稿では、永富家住宅・秋恵園を歩きながら出会った、花菖蒲が咲く初夏の名園の風景を綴ってみたい。

永富家住宅
──静かな山里に残る旧庄屋屋敷
永富家住宅は、江戸期の庄屋屋敷として知られ、 山里の静けさに包まれた落ち着いた佇まいを今に伝えている。永富家は、たつの市揖保川町付近で代々の大地主(庄屋)であったという。
| 名 称 | 永富家住宅・秋恵園 |
| 所在地 | たつの市揖保川町新在家 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| Link | 永富家住宅 – 兵庫県たつの市 |
屋敷の周囲には水辺や植栽が整えられ、 初夏になると花菖蒲が咲き始め、 歴史ある建物と季節の彩りが美しく調和する。その風景は、どこか懐かしさを感じさせる静かな時間である。

秋恵園を歩く
──水辺に揺れる花菖蒲の時間
秋恵園【しゅうけいえん】は、旧庄屋屋敷である永富家住宅の南向かいに位置する庭園で、広さは約2400m2もある。この庭園には約50種もの色とりどりの花菖蒲が約3000株も栽培されており、永富家住宅の見学者に開放されている。
秋恵園の散策路を歩くと、 水辺に咲く花菖蒲が風にそっと揺れ、 紫や白の花びらが光の中でやわらかく浮かび上がる。庭園内は静かで、水面のきらめきがゆっくりと揺れ、初夏らしい穏やかな時間が流れていく。歩くほどに、花菖蒲の色彩と水辺の涼しさが心に広がり、 季節がゆっくりと進んでいく気配を感じられる。

名園を歩くと見える風景
秋恵園は、歩くことでその魅力がより深く感じられる。 光の角度、水面の反射、花の揺れ方── 歩く速度だからこそ気づける細やかな変化がある。
庄屋屋敷の建物と花菖蒲の色彩が重なり合い、初夏の庭園らしい静けさが感じられる。その風景は、写真では伝わりきらない、 歩くからこそ味わえる美しさである。
私たちが訪ねた6月某日は、花菖蒲が池を囲むように咲いており、ちょうど見頃の時期であった。

◆ あとがき
──花菖蒲の魅力は色彩と形が描く初夏の表情
花菖蒲の名所は各地にあるが、特に印象に残っているのは永富家住宅の名園・秋恵園で観た花菖蒲である。
花菖蒲は、品種ごとに色も形も佇まいも異なる。 淡い色の花はやさしい雰囲気をまとい、 濃い色の花は力強い存在感を放つ。近くで見ると、花びらの模様は繊細で、水辺の光を受けてやわらかく輝き、初夏の庭園に静かな彩りを添えてくれる。その揺れは、初夏の空気と重なり合い、心をゆっくりとほどいてくれるようである。
花菖蒲が咲く庭園を歩いていると、初夏がゆっくりと深まっていくことを静かに感じられる。華やかさよりも静けさをまとった花菖蒲の姿は、 季節の移ろいをそっと知らせる存在であり、 その風景は旅の中でも特別なひとときとなる。花菖蒲は、静けさの中で季節を味わうことの大切さを教えてくれる花である。
花菖蒲が咲く初夏の名園は、水と光が静かに編む季節の便りでもある。 歩くほどにその色は深まり、旅の記憶として静かに私たちの心に残り続ける。